Monday, January 15, 2018

山を続ける上での課題

■ 教え損を無くす

最初の師匠は会の代表者で、よく相手を試す人だった。

まず出会いからして、「流動分散を作って見せなさい」
次は三つ峠で。「人気ルートは何ですか?」
アイスで。「ここがリードできないようじゃ、見込みなし」

答えられないと次がない仕組み。これは、教え損を減らす師匠なりの工夫だったようだ。

■ 危ない人と危なくない人を見分ける方法は?

アルパインをスタートして2年ほどで、ずいぶん多くの、アルパイン1年生の死や事故を耳にした。

危険な人と危険でない人を、予見して 切り分ける方法はあるのだろうか?

同行者というリスクマネジメントをしなければ、巻き添え死を受けてしまうのが、山、のようだった。

1)いい人かいい人でないか?は、基準にできない

阿弥陀北稜凍傷3人の人も、4人の父親で世間ではいい人。

2)山小屋関係者かどうかも基準にはできない

小屋のオーナーとしばらく歩いたが、4時間登頂にかかる山なのに下界で10時出発にするなど

3)知性も基準にできない

ものすごく賢い人に、ものすごくエリート教育をほぼ無料で一年してみたが、全くダメビレイヤーにしか育たなかった

4)年齢

若くてもしっかりした人はいるし、高齢でベテランでも、自覚がなく突っ込む人はいる

5)体力

体力がある山ヤは、その辺にごまんといる。が、ほかの人の安全には貢献しない。自分が安全になるだけ

6)高度な山岳会に属している

これも老舗に属しているからと言って、優れた山ヤとは限らない

7)登山歴の長さ

これは生き延びたということで、その人が、人的リスクを避ける方法論を確立しているのではないかと思うのだが、非言語で、言語伝達されない

8)性別

男性にも危ない人はいるし、女性にもいる

9)ガイドかどうか

死んだ同期の友人は、ガイドである先輩についていった山で亡くなった

10)クライミングが上手かどうか

全く相関関係なし

11)子供がいるかどうか

関係なし

12)責任ある地位についているかどうか

多少あるのかもしれない

13)読書家かどうか

強い関連がありそうに思うが、定量的に計測できない

14)年間登山日数

関連がありそうだが、内容にもよるだろう

15)装備のよしあし

関連は多少はありそうだが、見た目では判断できないことが多い

16)教育

山教育をしても、あまり効果は上がっているように思えない。無駄とまでは言えない

というわけで、外見やその他から、その人が安全かどうかを見分ける方法はないに等しい。

■ レスキューを共有する

唯一の実効性がありそうな対策は、レスキューの共有。レスキューを共有していると、その人がどれくらいスキルがあり、あるいは考え方がどのような考え方なのか?ということが、垣間見える。

ベテランであっても、危ない人は危ない。

スキルではなく、判断力の場合もあるので、姿勢を見る、ということになると、突っ込むタイプかそうでないか、なども見れるようだ。

一生の友達ができることもあるそう。

■ 2点が課題

・教え損を無くす
・危ない人を避ける

この2点が、山ライフを続ける中での最大の難問で、この回答に、ガイド登山を選ぶ人もいます。アルパインのガイドさんというのもいますが、阿弥陀北稜5万円とかです。5万も払って、相手にリードさせてやるなんて、なんか損だなぁとか、私などは思ってしまいます。

私と夫で、適当に二人で行ったような北横岳程度の山でも、ガイド登山で行くと、3万円です(汗)。

同じお金なら、レスキュー講習に払うのがベスト!

Wednesday, January 10, 2018

メンバーシップ

■ 良きメンバーシップとは、ともにリスクを考えること

山には、いろいろなリスクがあります。そのリスクに対して、パーティのメンバーのメンバーシップの発露が、

 頑張ってついていく

以外ゼロなのが、中高年登山の特徴かもしれません。このような組織では、

 結果的に、リーダーが1人で、一方的にすべての責任を背負う

ことになってしまいます。これが分かっている人はリーダーだけという状態です。これではだめです。分かっている人=パーティ全員でなくては、なりません。

■ 実力以上の山に誘われたら

〇〇山に行く、という山行計画が出されたとき、

  その山に行けるかどうか?

自分で自分の実力相応かどうか?を判断する義務がメンバーには、そもそもあります。

日曜日の遠足の延長で、山をとらえていると、日本には、歩けない山はないため、誰だって行ける、を前提にしてしまいますが、実はそうではありません。

飛躍がある山が提案されたら、その飛躍について指摘するのはメンバーの義務です。

かつての日本の会社はキャリアプランまで、会社が考えてくれたそうで、社員はただ頑張っていればキャリアが形成され、財産が形成され、定年し、死ぬまでの滞りないプランが会社により提供されていたそうです。山との共通点は、考える必要がなかった、ということです。

しかるに、中高年登山では、

・そもそも、メンバーに参加する脚力がないのに参加した
・そもそも、各自がレインウェアを持っていたのに着なかった
・そもそも、出発しなければよかった
・そもそも、ロープを持っているのに出さなかった
・そもそ、渡渉すべきでなかった

などと、通常、山をやっている人であれば、リスク回避できて当然のことで、リスク回避ができない、という現象がおきます。

そして、結局は、リーダーシップ、のせいにされますが、ここで忘れ去られているのは、メンバーシップ、つまり、

山は自己責任

という視点です。自己責任が要らないような山をしているのが、中高年登山という登山スタイルです。

つまり、人間は、自分の能力ギリギリに行くとなると、だれだって、

 必死&正直

にならざるを得ないわけですが…、自分の限界グレードに挑むのに、いい加減なビレイで登れますか??? 

大なり小なり同じことで、山に対して自分のスキルが低すぎることに自覚がないと、無邪気について行って、「こんなはずではなかった」となってしまいます。

建て前、ええかっこしい、見栄、我慢 

など、率直さ以外の要素が、人間関係に交わるようであれば、その山は、ゆとりがあるのです。

本当にしんどいときは、しんどいと声に出さないと、自分が死ぬだけでなく、仲間を死の危険に陥れてしまいます。

ですので、ちゃんとした山をやっている人は、みんな

 見栄っ張りや建て前

は、克服しています。私の師匠は、なんど私に向かって

 怖い

と言ったことでしょう…(笑) 

見栄を張らずに、正直に気持ちを伝えあえるパーティが安全なパーティ=良いパーティです。

山はこのように、その人の人間力を暴露します。

Monday, January 8, 2018

つぼ足

■つぼ足について

雪山を学ぶにあたって、習得する要素の一つに

つぼ足

があります。一般ルートのように滑落の危険がほとんどなく、傾斜の緩い、雪上歩行では、つぼ足を基本としたほうが、後々、高度な歩行スキルが身につく、と思います。

一般ルートで学ぶべきことは、高度な歩行スキルの習得、です。

アイゼンは、基本的に氷をとらえるためのもので、雪ではないです。氷化していない通常の雪では、キックステップとフラットフッティングで、たいていのところが歩けます。

もちろん、傾斜や雪の状態にもよりますが、雪=アイゼン、という自動思考は、必要ないです。

むしろ、キックステップが必要な斜度とフラットフッティングで十分な斜度の違いを、身をもって理解したり、逆ハの字歩き以外の足の疲れを分散させる歩きを工夫するためにも、初心者は、できるだけアイゼンなしで、雪道歩行してみることをお勧めします。

■ アイゼンが絶対いる山と、念のため必要な山が明瞭に分かること

…こう書くと滑落の危険があるところでアイゼンなしの人が出るかもしれないと思うので、念のため書くと、八ヶ岳赤岳は、12本爪以上のアイゼン必携で、仮に6本しか持ってこないようだったら、行者小屋待機が適当です…念のため。装備不足はダメです。

金峰山や鳳凰三山のように、長いけれど特に危険個所がない山では、つぼ足で大体のところが歩けます。これらは、アルパインの基礎となる山なので、ほとんどつぼ足で歩けて当然の山です。もちろん、コンディションによるので、アイゼンは必要な時はすぐにつけられるよう、持っていないといけません。

どのような道やどのようなコンディションでどのような装備が適当か、どのような技術が必要なのか、そうした見極め力をつけるのが、山とお友達になる、という登山という活動の楽しみ方かと思います。

■ 分かっていない人との軋轢について

こういうことが頻繁に山では起きています。

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同意致します。オーレン小屋前で、未アイゼンで歩いていたら、年配者に見下されました。フカフカ雪で、必要無しでしたが。その人は、高価なファイントラックの上着、無意味なリュックサックに付けた、無意味なカラビナ&スリングに、アイゼンでダブルストック。必要無しだろ?そう思いました。
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このブログで私が受けた一般登山者からのバッシングも同じく分かっていない人からのバッシングです。気にしないのが一番ですね!

どういうことか?と解説しますと、こうしたことが怒るのは、ある意味仕方がないのです。

雪の山がスタートの人と、雪の山がゴールの人の違いなのです。あるいは、赤岳がスタートの人と赤岳がゴールの人。

いわゆる一般登山で、スタートした人は、カラビナの使い方を知ることがありません。ので、スリングとカラビナは、アクセサリーとなってしまっても仕方がないのです。スリングも持っている種類が全く違います。簡易ハーネスを作るためのスリングと、支点用では、用途が違います。

ウエアが高級なのは、高額なクライミング用品を買いそろえる必要がないので、余った資金がウエアに行くためと思います。

クライマーにならない限り、アルパインへのステップアップ(本格的登山へのステップアップ)は、ありません。その場合、クライミング用品は買いそろえるだけで、だいぶお金がかかります。

また、講習会費用も掛かります。揃うまで2-3年は、高額なウエアに回すゆとりはないですし、ゆとりが回せるようになったころには、海外の岩場に行くほうにお金を回したくなってしまい、またウエアに行くことはない。そのころには、多少品質の落ちるウエアでも、リスクマネジメントできるので、高級なウエアは必要なくなっている…という循環になっていると思われます。





Thursday, January 4, 2018

安全かどうかは、その人による

■ 体力一点豪華主義

若い人は誰でも、おじさん登山者に、「体力すごいですね~!」と言ってあげます。それは、若い人が礼儀正しく、おじさん登山者が言ってほしそうにしているからです。言わないと、もっとややこしいことになるのは、目に見えているし…。

本当にすごい人には誰も「すごいですね~」と言わず、もっと具体的で根拠を特化したほめ方をします。

■ 防衛体力

体力には、2種類あります。通常の体力と防衛体力。

通常の体力は、有酸素運動や筋トレでだいぶ人により変わり、そこらのへなちゃこ20代より、強つよの60代がいることも、また真実です。

これは、20代が弱いだけなのかもしれません。よくわからない。やる気の問題かもしれません。

が、防衛体力っていうのは、「年齢は嘘つけないね」ってやつです。

■ 個別事象

例えば、視力が衰えれば、夕暮れでは、こけやすくなるから、早めの下山が必要です。若い時は、少々のヘッデン下山は楽しみのうちかもしれませんが、視力が衰えると楽しみではなくなります。

コケて怪我でもすると、レスキューになり、それだけならまだしも、低体温症でピンチに陥ったり、長期の怪我の要因となったら、山に行けなくなったりと、リスクがリスクを呼ぶ循環に。

物忘れが多くなる=ロープはどっち引きだっけ?というのは、若い時より注意が要りますし、俺の手袋どこ?!さっき、ぽっけに入れてたよ、なんてのも増えます。

そういう意味で、いろいろと注意していくことが増えますが、全く覚えていない人よりマシで、新人さんは、「セルフ取りました」と言って、セルフを解除したりします。全く分かっていない人の危なさはないです。

また、経験値が高いということは、自己管理力が上がるので、たとえ末端の血管が弱くなっても、手首にカイロ張るという知恵があり、それを怠ることがないので、それがない若い人より、むしろ安全な人もいます。

というようなことを、事細かく解説するのは、めんどくさいので、一般的に、山やは

「安全かどうかは、その人による」

という言い方をして、結果

うーん、分かったような、分からないような?

と山を知らない人には感じさせてしまいます。

要するに必要なのは、

自分自身をよく知り、
山をよく知り、
予想される個別の事象を一つ一つ、つぶしていく…

ということです。

■ ついていくのが使命っておかしい

山域概念図が頭に入っておらず、右も左もわからないでバリエーションへという人は、ものすごく中高年に多いです。それは、たぶん、

リーダーについていくもの、という固定観念



山に行く前に、どういう知識がないと危ないことになるか?という山行シミュレーション

が、不足しているからなのではないか?と思います。

風が強かったら、どうするか?
雪が降っていたら、どうするか?
トレースがなかったら、どうするか?

いちいち個別に事象を予想して(仮説思考)、そのリスクに備え、

(リスクいっぱいで行けない)を(リスクはあるけど行ける)にひっくり返していく、

というのがゲームの本質だと思うのですが、違うのかな?

Wednesday, January 3, 2018

あなたはどう考えますか?

八ヶ岳で遭難がありました。

こちらがそのニュースです。
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八ヶ岳で遭難の2人 無事発見
八ヶ岳で登山をしていた60代の男女2人が1日から一時、連絡がとれなくなりましたが、警察などが捜索した結果けさ無事に発見され、2人ともけがはないということです。

1日午後10時半ごろ、八ヶ岳で登山をしていた大阪の67歳の男性と香川県の68歳の女性の2人と連絡が取れなくなったと、一緒に登っていた仲間から山小屋を通じて警察に通報がありました。
警察によりますと、2人は仲間2人とともに先月31日から八ヶ岳に入り、1日は標高2800メートル付近の切り立った岩場を登ったあと、2人ずつに分かれて下山していたということです。
しかし、2人は夜になっても山小屋に戻らず、連絡がとれなくなっていました。
警察や地元の山岳遭難防止対策協会では、2人が遭難した可能性があるとみて、2日午前6時頃から捜索を行ったところ、午前7時半すぎに対策協会の隊員が2人がビバークしているのを発見し救助しました。
2人とも自力で歩くことができ、けがはないということです。
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そして、こちらが、救助した人の弁。
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パトロールから戻り束の間の正月気分を破って遭難が起きました。‼️
未明に電話で2名パーティーが消息不明とのこと。
風雪の中、遭難者探しながら登り、担ぎ降ろす💦最悪のシナリオも考慮した装備を揃えて出動いたしました。非番の隊員にも稜線の捜索を依頼。

風裏でビバークしている二人を発見、無事救助できました。

遭難した原因はいろいろありますが、一番は、体力も技術も無く登ることに時間掛かり過ぎたこと(要するに本来はバリエーションに入ってはいけない方々)

当人も予期せぬビバークで辛い思いをしたでしょうが、当直明けで、ほとんど睡眠も取れないまま、出動。実家に向かうはずだった隊員もいます。

呼べば来てくれる…なんて思わないでほしい。
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そして、こちらが、何も知らない人がニュースを聞いた感想。
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この時期、夏と違って運だけではビバークできない
適切な判断と装備と、耐えうるだけの体力、経験があったのだと思います
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さて、この状況、あなたはどう考えますか? 

目も当てられない、トンデモ状況と私には思えます。

登山を仮説思考のゲームとして捉える視点

■ リーダーがリーダーを集める

人と人との関係は、もともとが難しいものですが、特にクライミングというのは、

 命がかかる

ので、結局のところ、どのような山をしているか?ということで、その人の本来の姿が浮き彫りになります…。

そして、クライミングのパートナーは、結局のところ、どういう種類の絆で結ばれているか?ということが、分かります。

山の切れ目が縁の切れ目、というような関係は、

とても利己的な関係

です。カネの切れ目が縁の切れ目、というような関係と同類で、そのような関係を続けていると、心がすさんだ人間になっていきます。

もちろん、基本的な、ギブ&テイクの関係は、ある程度バランスが取れていることは大事ですが。そこは基本であって、それだけではないです。

 利己心以上の結びつき

つまり、

 友情

が大事です。友情となると、共感がベースにあり、共感がベースにあると、それは自分と似ている、ということです。

■ リーダー性がある人はリーダー性がある人と友情で繋がるらしい

最近、思ったことは、私の最初の師匠をはじめ、私を教えてくださる方は、改めて考えるまでもないですが、皆さん、リーダーであるということです。

私は登山では、大体リーダーをしなくてはならないです。

熟練者のリーダーから見ると、まだ自分自身の登山者としての成長もおぼつかないのに、リーダーをしなくてはならず、気の毒に見えるのだろう…と思います。

というのは、私自身が、後輩に対しては、そのように思うからです。

連れて行くメンバーの知識レベルが自分と同等だとリーダーは楽です。

計画段階で、天候が核心と分かってくれていれば、天候と行動時間の競争になることは、何も言わずに分かるはずですし、

ガスが広がってきたら、ホワイトアウトを懸念し、

時間のわりに標高差を稼げなかったら、へっでん下山を心配し、

そこに高齢者がいれば、つまり、視野が悪くて、転滑落の危険の増えるということですし

だとするとそのような場合に備えて、動けるメンバーがいるか?ということも連想の範囲内です

リーダー任せで思考停止の人は、本当に何も思考していません。自分は歩くだけが役割だ、という認識でいたりします…。

それは、たぶん、日本の義務教育で、

言うとおりにする
何も考えないで既定路線を行く

を至高命令にしてしまったからかもしれないので、その人だけのせいではないかもしれませんが、それが結局は、パーティ全体を死に陥れる…ということもあります。

その事例が、日本山岳会広島支部の沢登での遭難と思えます。

たった一人が突っ込んで沢を渡ったおかげで、あとの2名は巻き添え死です。

■ 対策

そうなると、次なる対策は、ということですが…

私は、

リスクに対する仮説思考

が一般登山者には不足しているのではないか?と思うのです。例えば、沢登りでは、

増水していたらどうするか?

ということは、当然ありうる事態なので、その事態になるまで考えていない、という状態である必要は、全くないのです。

ロープ出して渡る、

としても、だれがどのように?とか、どの程度の増水なら行くのか?とか、そういうことはあらかじめ考えてから行くものです。

が、これらは、言語化されていません。非言語で伝統的に伝えられ、非言語で学ばれ(盗まれ)ていたことなのです。

したがって、非言語のコミュニケーション能力が低い人には、まったく何も通じないのと同じになります。

そして、そのような人は、パーティにとって遭難の火種となることが多いのです。

■ 信頼の問題

これまでは、こうした問題は、

リーダーに対する信頼の問題

と考えられてきました。というのは、メンバーの側に立つと、言語化されない知識に、信頼を預けないといけなかったからです。

リーダーは、もちろん知識で判断しているわけですが、それが言語化されない場合、ブラックボックス化してしまいます。

昔の山岳雑誌では、そのブラックボックスになっている部分が、比較的説明されていたように思えます。

が、最近の山岳雑誌では、まったく説明されず、情緒的な表現でおしまいです。

例えば、頑張れば夢はかなう、風になんか負けるもんか、などです。

■ 具体的な対策が必要

情緒よりも、もっと大事なのは、どうすればよいのか?という解決策です。

やはり、山については、座学での勉強が大事だと思います。

が、例えば、リスクマネジメントに役立たない知識を問うても仕方がないと思います。

例えば、山では標高が100m上がるごとに0.6度気温が下がる、という知識は、基本的で山ヤならみんな知っている知識ですが、

三大北壁登頂者は誰か?という知識と比べると、リスクマネジメントにおいては、後者はハッキリ言ってどうでもいいかもしれません。

今遭難している人たちに必要な知識を先に入れないと意味がない。

山の資格検定なども、見かけますが、そういう意味で、資格が出てきても、遭難者数の低下に寄与していないのは、たぶん、そういう意味なのではないかと思います。

■ 抽象的思考力を鍛える必要

登山者の思考停止は、私は依存的なマインドが問題なのだと思っていましたが、問題のねっこはそうではなく、

抽象的思考力

が不足しているのでしょう。フリン効果と言って、セクハラや人種差別する人は、抽象的思考能力の欠如…つまり共感力のなさ…自分の娘がセクハラされたらいやでしょう…が、セクハラする男性の問題点なのだそうです。

これを聞いたときに、なるほど、そうだろうな、と思いました。

登山は絶好の仮説思考のゲームです。仮説が間違うと、死に至ることもあるのですから。








Tuesday, January 2, 2018

日本山岳会支部の遭難

こちらは昨日飛び込んできた遭難事例。
もう何も言うことはないと思いますが…。
ここから導けることは何か?
それを議論の対象とするべきかと。日本の一般社会でも企業不祥事の多い2017年でした。
不祥事に蓋する体質が改まりつつある事例として、正直であることの良さを認めましょう。
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29日午前10時50分ごろ、北海道平取(びらとり)町の幌尻岳(ぽろしりだけ)(2052メートル)で、登山をしていた日本山岳会広島支部(広島市)の男女8人のグループのうち、男性3人が川に流されたと、付近の幌尻山荘から119番があった。地元消防によると、3人は道防災ヘリで救助されたが、いずれも搬送先の病院で死亡が確認された。
     死亡したのは東広島市高屋町小谷、自営業、日高孝司さん(64)▽広島市安芸区矢野西3、無職、金行卓郎さん(64)▽山口県周南市須々万本郷、会社員、荒本正之さん(73)。
     道警門別署によると、8人は29日朝に宿泊先の幌尻山荘から下山する途中、川幅約10メートルの額平(ぬかびら)川を命綱を使って渡った際、先頭から2番目にいた日高さんが足を滑らし転倒。先頭の金行さんと後ろにいた荒本さんが抱きかかえて助けようとしたが、3人とも水中に沈んだという。現場周辺は当時、雨が降っており、水深が約1メートルあった。メンバーの広島市の福川渉さん(66)は下山後、報道陣に対し「水の流れが多少強かったが、行けると思った。山小屋にとどまる選択肢もあったが、全員の総意だった」と話した。
     日本山岳会広島支部によると、8人は7泊8日の日程で24日に北海道入りし、上川地方の十勝岳などに登った後、28日に平取方面から幌尻岳に向かう「額平川ルート」で入山した。【福島英博、源馬のぞみ、三沢邦彦】

    経験も判断力も

     北海道の幌尻岳で川に流された3人が所属していた日本山岳会広島支部によると、3人は北アルプスの白馬岳などの登山経験もあり、登山ルートや行程に注意を払い、天候が悪化すれば断念するなど判断力もあった。【東久保逸夫】
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーhttps://mainichi.jp/articles/20170830/ddn/041/040/022000c

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    29日午前10時50分ごろ、北海道平取(びらとり)町の幌尻岳(ぽろしりだけ)(2052メートル)で、登山をしていた日本山岳会広島支部(広島市)の男女8人のグループのうち、男性3人が川に流されたと、付近の幌尻山荘から119番があった。地元消防によると、3人は道防災ヘリで救助されたが、いずれも搬送先の病院で死亡が確認された。
       死亡したのは東広島市高屋町小谷、自営業、日高孝司さん(64)▽広島市安芸区矢野西3、無職、金行卓郎さん(64)▽山口県周南市須々万本郷、会社員、荒本正之さん(73)。
       道警門別署によると、8人は29日朝に宿泊先の幌尻山荘から下山する途中、川幅約10メートルの額平(ぬかびら)川を命綱を使って渡った際、先頭から2番目にいた日高さんが足を滑らし転倒。先頭の金行さんと後ろにいた荒本さんが抱きかかえて助けようとしたが、3人とも水中に沈んだという。現場周辺は当時、雨が降っており、水深が約1メートルあった。メンバーの広島市の福川渉さん(66)は下山後、報道陣に対し「水の流れが多少強かったが、行けると思った。全員の総意だった」と話した。
       札幌管区気象台によると、平取町では29日未明から雨が降り続き、降水量は同日午前4時からの1時間で12ミリあった。【福島英博、源馬のぞみ、三沢邦彦】

      日高山脈最高峰、難度高いコース

       幌尻岳は北海道中南部の日高山脈の最高峰で、日本百名山の一つ。平取、新冠両町にまたがり、平取側ルートの「額平川コース」は沢渡りを十数回繰り返す難易度の高いコースとして知られる。毎年夏に山頂一面に高山植物が咲き、日高山脈の山並みが一望できると人気で、毎年約2000人が入山する。
       場所によって水流の強いところがあり、渓谷が深いため、雨になると急激に水位が上がことが多く、増水した川に流されたり、沢の途中で逃げ場がなくなったりするケースが相次いでいる。昨年8月に70代の男性が登山道から沢に転落して死亡。2010年には50~60代の女性4人が川の急流に足を取られ、1人が死亡するなど事故が起きている。【三沢邦彦】

      「経験、判断力あった」

       川に流された3人が所属していた日本山岳会広島支部によると、3人は北アルプスの白馬岳などの登山経験もあり、登山ルートや行程に注意を払い、天候が悪化すれば断念するなど判断力もあった。
       同支部では昨年11月にも、ベテラン会員と学生の計2人が富士山で滑落死する事故があり、安全管理の徹底を呼びかけてきた。八幡浩支部長(70)は報道陣の取材に「ショックを受けている。原因が分かるまで、支部で登山をやめることも検討しないといけない」と話した。【東久保逸夫】
      ーーーーーーーーーーーーーーhttps://mainichi.jp/articles/20170830/ddr/041/040/003000c

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      北海道平取(びらとり)町の幌尻岳(ぽろしりだけ)(2052メートル)で今年8月、公益社団法人「日本山岳会」広島支部の60~70代の男性3人が川に流され死亡した事故で、同支部が事故原因を「リーダーが遭難防止の判断を行っておらず、各自バラバラに行動した」などとする報告書をまとめたことが同支部への取材で分かった。山岳事故が増加する中、力量のあるリーダーの不足が課題となっており、報告書はこうした実態を同支部は昨年にも死亡事故を起こしており、同法人を監督する内閣府に求められ、12月に提出した。山岳事故の報告書は内部での情報共有を目的に作成されるため、内容が明らかになることは異例だ。
       事故は8月29日朝、男女8人のグループで宿泊先の山荘から下山する途中に発生。雨の中、幅約10メートルの川をロープを使って渡った際、1人が足を滑らせ転倒し、近くの2人が助けに入ったが、3人とも溺れて死亡した。川は増水していたという。
       報告書などによると、リーダーは同支部に入会して約10年のベテランで、研修会などで会員を指導していた。他の7人は沢登りの初心者だった。事故当日、午後から天候が回復するとの見通しを山荘管理人から聞いたが、リーダーは待機するかどうかの判断をせず、成り行きに任せて下山を開始。リーダーは事故現場で「川の流れが速いので渡れない」と発言したが、その後、リーダーが知らないうちに一部のメンバーがロープを使って渡ると決め、動き出してしまった。報告書は「リーダーシップを発揮できなかった」とし、1人が転倒した後はパニック状態に陥り、2次災害を防ぐための冷静さを全員が欠いていたと結論付けた。
       山岳事故の調査分析が専門の青山千彰・関西大名誉教授は「リーダーが暫定的な役割でしかなかった可能性があり、全員のリスク対応の甘さにも問題があった。組織としてリーダー育成に取り組むなど事故防止策を考え直すべきだ」と話す。
       同支部では昨年11月にも富士山の登山中に会員と男子学生計2人が滑落死する事故が発生。現在は活動をほぼ停止している。【東久保逸夫】

      登山リーダー育成急務

       警察庁によると、登山ブームを背景に山岳遭難事故は急増しており、昨年は全国で2495件発生。過去最多だった前年に次ぐ多さだった。遭難者は2929人で、うち60代と70代が4割強を占めた。登山者の団体は実地訓練などリーダーの養成研修に力を入れている。
       グループ登山ではリーダーが危険予知と回避義務などの責任を負うとされ、刑事処分を受けたケースもある。2009年に8人が亡くなった北海道大雪山系トムラウシ山(2141メートル)の遭難事故では、天候を顧みず強行的なスケジュールで引率したなどとして、警察がツアー会社の男性ガイドらを業務上過失致死傷容疑で書類送検した。
       友人同士のグループでの登山はリーダーの位置付けがあいまいになりがちで、リーダーシップが発揮しにくいという。幌尻岳の事故のグループも友人関係で、パーティー全体でリーダーの判断を尊重する姿勢がみられなかった。日本山岳会のある会員は「登山ブームで比較的簡単な山しか経験のない会員も増えている。登山歴が長いだけではリーダーとしての危機対応能力を備えているとはいえない」と指摘する。【東久保逸夫】
      ーーーーーーーーーーーーーーhttps://mainichi.jp/articles/20171231/k00/00m/040/124000c



      仮説思考

      ■ 必要とされているのは自立ではなく、仮説思考

      山小屋バイト中よくあった言葉。私にも登れるんでしょうか?という言葉。

      こういうことをいう人には、山は徹底的に向いていない。

      私はこういうことを言う人は、依存的な人だと思っていた。その人が登れるかどうかなんて、こちらには判断する材料が何もない。

      しかし、依存的な人なのではなく、仮説思考ができない人、なのだと気が付いた。

      ■ 仮説思考の仕方

      一般登山にも、アルパインクライミングにも、

        自分が登れるかどうか?という問い

      に対して、


        仮説思考

      が必要だ。だが、今の義務教育は、答えの暗記が得意な人ほど高得点を取る仕組みになっているため、ほとんどの人は、この山に自分が登れるかどうかについて、解決案を出す方法を知らない。つまり、仮説思考で考えられない。

      一般登山の場合、標高差と距離、つまり、山の大きさ、で、自分が登れるかどうかは、おおよそ知ることができ、そこから難易度、岩という要素があるかどうか、天候、季節、という要素を加えていくことで、おおよそ正しい予測ができる。

      例えば、最初に3時間程度のハイキングの山に行って、自分の脚力をチェックする。3時間で足がガクガクいうようなら、6時間の山なんて無理だということは自明だろう。

      岩の要素があれば、岩場が少しある山に行って、同じように試してみる。

      季節を変えれば、同じように短時間のところから試してみる。

      天候も同じだ。雨の山は悪くない。しかし、3時間の雨の山と10時間も雨にあたり続ける山では違うのは自明だろう。

      新しい条件が加わるときは、常にその経験は データ取り だ。

      ■ アルパインクライミングへのステップ

      この一般登山で培った仮説思考があまり役立たないのが、アルパインクライミングだ。

      一気に仮説の前提が崩れるからだ。

      例えば、一般登山では、私は歩き1時間標高差440mくらい登れる。が、そういうデータは、まったくアルパインでは役立たたない。岩登りは異様に時間がかかる。したがって、新しいデータが必要になる。

      ■ 経験者同行のこと、とされているルート

      登山体系や赤本を見ても、

       経験者と同行のこと

      と条件づけられるルートが多数出ており、それらは初心者向きのことが多い。

      このセリフの理由は、登る本人がもっている仮説が、おそらく間違っている、という可能性が大きいルートですよ、という意味だ。

      一般に、アルパインクライミング入門者は、一般登山者時代に培った経験値をアルパインに適用しようとしており、難しい山を楽勝だと思っていたり、楽勝の山をひときわ難しく考えていたりする。

      例えば、ロープが出る山が初年度で三つ峠3Pで2時間半かかっているのに、北岳バットレス四尾根は無謀だということが分からない。

       山には順番がある 

      と言われるのは、この仮説を正しく身に着けるためだ。

      赤本に乗っているようなルートは、いわばトップロープクライミングのようなもの、それらで培ったデータで適切な仮説をもって、本番の山、つまり未踏の場所に出かけていくためにあるのだ。

      経験者は経験があるだけに、仮説が的を得ている、というか、すでに仮説ではなくなっている、ということ。

      余談だが、もし身近に要る人が間違った仮説を立てて、山に登ろうとしていたら、教えてあげるのが、山ヤの友情というものだ。

      山ヤになりたい人は、正しく仮説思考を身につけなくてはならない。

      いわゆる、わかっていないことが分かっていないという段階というのは、仮説思考の仮説が大幅に間違っている、ずれている状態ということです。

      Monday, January 1, 2018

      謹賀新年2018…意識的な山ヤへの道を歩みたい人たちと

      ■ 謹賀新年2018

      新年あけましておめでとうございます。今年も皆様にとって充実した時間でありますように。

      ■ アルパイン入門時代に死なないで!

      私は山が嵩じて、アルパインクライミングへ進んだ者ですが、私の周辺では、入門時代に山で亡くなる人が後を絶たない(><)

      みな体力もあるし、知性も人並み以上の人たちです。ですから、死の要因は別にありますね。

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      入門レベルのアルパインクライミングにおける、安全を最も重視した成長戦略を、同様のアルパイン入門者に紹介すること、
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      が、もしかしたら、この8年間、当ブログで私が今までやってきたことかな??と思います。

      入門時代に山で亡くなる人が後を絶たないからです(><)

      入門アルパインで死んでしまわないための方法論として、私より世代が上の人たちは

       体力を上げる

      だけしか、方法論を持っておらず、本来は、ほかにもいろいろな、リスクマネジメント法があるにもかかわらず、体力だけでも…という気持ちが、結果としては、体力一点豪華主義を結果として、助長してきたと思います。

      大事なことは

       心・技・体・知・経のバランス

      です。そのバランスのとり方は、以前は、山岳会という枠組みで、

      非言語コミュニケーション

      にて行われてきたものです。

      例えば、

      赤本を知らない(=知の技量が不足している)のに、バリエーションルート。

      本来、自分の力でいっていたら起こりえない事態ですが、実際にそういう人はいます。かつては、そこで経験から、自分の知識不足を感じ、必死で勉強したので問題がなかったのでしょうが、現代の人は、忙しくなったことやそこまで深く考える人が減ったこともあり、連れていかれて終わりで、自分がどこの何て言う名前のルートに行ったのかも、分からないままで、終わりです。勉強不足を反省するきっかけに乏しいというわけです。

      ”リードが何か知らないのに岩に行く”、というのも、”知”が不足しているのに、”経”が積み重なり、その経験が知識に転換していない事例です。

      ■ 古い革袋は機能していない

      現代は、山岳会という枠組みは、古い革袋となり、新しいワインには、非言語コミュニケーションでは通じないです。

      外国人に対するのと同じように明確に言語化したコミュニケーションで、

      リスク認知とは何か?

      心・技・体・知・経、の中身は何か?

      言語化して伝える必要があると思います。

      ■ 山で必要とされている言語化能力

      その言語化という能力は、

      ”分かりにくいことを分かるように伝える能力”

      という私のテクニカルライター時代の能力が生かせるわけで、そこに私自身は、自分の有用性、存在意義、を見出しています。

      もちろん、私自身がまだアルパイン入門者から初級者への脱皮を図ろうという段階ですので、私自身が理解不足のところもあります。

      しかし、なぜか私には、ベテランたちも熱心に教えてくださります。ありがたいことです。それはなぜか?私は女性であるため、ということもあるでしょうし、情熱が垣間見えるせいもあるでしょう。

      そして、周囲の人を見渡すと、もしかして、私以外の人には、得難い教えなのではないか?と思います。

      というようなことで、引き続き、この道は続いているようですので、続く限り歩く予定です。基本的にレッドカーペットが敷かれているのに、歩かないのはもったいないと思うのです。

      しかしながら、この道は、山岳会に属してさえいれば、自動的に先輩が行く山を選んでくれ、自分で考えなくても、数年属していれば、なんとなく成長できたという、これまでの在り方…いうなれば、漠然と育った山ヤ…とは違う道です。

      自分で開拓し、自分で成長を選び取っていく、道なき道です。いうなれば、

        より自由意思に裏付けされた意識的な山ヤへの道

      です。

      同じ道を行く同志と繋がりたい、互いに役立つ情報をシェアしていきたいと考えています。