Saturday, May 13, 2017

現代版木を植える男

今日のジミー・チンからの投稿です

Thursday, May 11, 2017

一般縦走からアルパインへのステップアップ

■ 楽しい時期

登山を愛する人たちは、特にトレーニングなく、山を楽しく登っているうちに、気がつけば体力がつき、少しずつステップアップして行く。

やっているうちに知らず知らずのうちに、次々とチャレンジを求めていくようになる。フローと呼ばれる状態に入るには、CSバランスが必要だからだ。楽しくあるためには、難易度をあげなくてはいけないのだ。

この時期は本当に楽しい。私も5年ほど前がその時期で、楽しかった。夫と登って、標高差1500mある、八ヶ岳の権現岳を日帰りで登れた時には達成感があった。積雪期権現には通っていたからだ。

夫はそこで終わりで、私はアルパインへ進んだ。

■ 分かっていないことが分かっていない時期

そのような時期…、まだアルパインをよく知らず、安定していない登山者の時期に、最も死者が多い。

良く踏まれた一般道の歩きやすさと、そうでないバリエーションルートの質的差の大きさをまだ本人がよく分かっておらず、一般ルートで培った自信を、バリエーションルートにそのまま持ち込みがちだからだ。

私の友人も涸沢岳西尾根の下山で一人亡くなっている。33歳の男性だった。ジャンダルムは難なく通過したのに。

ちゃんとしたアルパインと一般ルートの境界にある山は… 例えば、ジャンダルム、北鎌尾根、積雪期黒戸尾根、積雪期赤岳、鋸岳など…。そういう山は、自分で済ませてしまう人も多い。ロープの携帯は、念のため程度だからだ。逆に言えば、こういうのが自分で、できない人は、受け身過ぎ、技術不足、研究不足、理解不足が少しあるかもしれない。

さて、そのような段階に来た人は、次のステップとしては、アルパインクライミング(マルチピッチ)の初級ルートを目指すことになる。

その時にやるべきことを書いておく。この段階は、質の差が大きいので、若く強い男性であっても、しっかり時間を掛けて、一般登山者からアルパインクライマーにステップアップした方が良い、と思えるからだ。

男性の遭難で死者が多いのは20代である。要するに、体力の不足で死ぬのではなく、チャレンジが大きすぎて死ぬのである。

■ 2点支持を身に着けることがテーマ

このような登山者は、2点支持を最初に身に着けることをテーマとするべきだ。

その人の元々の資質によりけりだが、1~3年程度、習得にかかるかもしれない。

 5.9では決して落ちない(=5級マスター

を目指して、クライミングに精を出さないといけない。

一般に、クライミングを山から始めた人は、ボルジム上がりの人より、下手だ。ボルジム上がりの人は、ムーブそのものが楽しくてクライミングしている。山で始めた人は、ムーブを楽しんでいるのではなく、景色を楽しみ、その手段として、クライミングがあるのだから、最初はムーブが楽しいとは思えない。

したがって、山から始めた人は、2点支持を身に着けるのに、結構、時間がかかることが多い。それを見越して、スタートしておくと、デビュー日が早くなる。

先輩の側からみると、クライミング力をあげておいてもらうと、最初に連れて行く初級アルパインルートの岩場(マルチピッチ)の選択肢に幅が広がる。

これは連れて行く人の都合だ。連れて行く先輩の側も楽しくないと、一緒に行きたくないわけなので。

支点が整備されたマルチピッチは、悟空スラブのように、5.5~5.6レベルから、あるが、そういうルートは、何のためにあるかと言うと、連れて行ってくれる先輩が見つからない人が、同じようなレベルの人と安全にマルチピッチを経験するためにある。そう言う人は少数派のため、この手のルートは、あまり登られていない。

この時期の人の定番の、安全な岩場(マルチピッチアルパイン)デビューの例:

定番コース :関東の例

1)トレーニング山行:
  3級、4級の岩場(ゲレンデと呼ばれる)に通い岩場慣れする。
  広沢寺、日和田レベル

2)プレ山行:
  三ッ峠詣でを行う マルチピッチ確認

3)本番

本番のロケーションは、人による・・・

例)春のもどり雪 =登攀力はそこそこあるが、しっかりした支点が必要な人
          フリーのマルチ
  乾徳山旗立岩 = 決して落ちないクライミングができ、支点の見極めができる人
          
  前穂北尾根 =体力があり、長時間歩ける人で、誰であっても必ずセカンド

  北穂池 = 読図の山とルートファインディングの山の違いを教えるための山
  
  太刀岡左岩稜 =体力はないが技術力が確かな人 アプローチほぼなし

  穂高屏風岩 = 体力も、登攀力もバッチリで、
          あたふたすることもない精神的安定感のある人

連れて行く相手の体力や時間のゆとり、登攀力を総合して、先輩は判断している。ので、基礎力の底上げを、後輩の側はしておいてくれると、先輩としては、見せてやれる景色の素晴らしさが格段に上がる。

ただ、地味な努力であるので、アルパインクライミングがどんなことか?を理解する前から、そんなトレーニングに励むのは、強い意志の力が必要になる。ヤル気ってことだ。そこが新人が試される点だ。

山のために特別なトレーニングを自ら進んでする意思があるか、ないか?が、資格試験となる。

そうでない人は、ステップアップ自体をすべきではない。

■ フリークライミングの位置づけ

フリーをやらないとアルパインには行けない。フリーを飛ばして、行ってしまう人もいるが、そうすると大きな賭けになってしまう。

2点支持の習得は、私の場合で、約3年くらいかかった。これは普通の速度のようだ。知りあいのしっかりした山ヤで、自分専属の女性パートナーを育てた人がいるが、丸三年、石の上に我慢で、マルチピッチにセカンドで連れて歩いたそうである。ザックすら、本人の分を担いでやって、だ。ということは、下積みがゼロの場合は、3年はセカンドオンリー、というくらいの習得期間が必要ということだ。

20代で登攀をスタートしているわけではない、大人の場合、遅く始めれば始めるほど、2点支持の習得には、時間が余計にかかる、と見て良い。

2点支持の習得は、自転車に乗れるようになる系の習得なので、誰であっても、23歳でスタートするよりは、33歳でスタートした方が習得に時間がかかり、33歳よりも、43歳のほうが時間がかかる。

が、逆に若いからと言って、3年が3か月にちぢまったりはしないようだ。去年、大学生を観察して分かった。おそらく、頻度が重要だからだろう。1ヶ月に一回クライミングするような頻度だと、ムーブを忘れてしまうので、まったく習得ゼロと同じレベルに毎回リセットされてしまうようだ。

2点支持の習得は、すでに習得している人が見れば、すぐに分かる。私も分かるようになった。当然だが、習得していない人が見ても、できているか、どうか分からない。

一般に、縦走上がりの人は、体力を歩荷力と踏破距離で測っているが、登攀へ進むと、体重を落とし、余分な贅肉を剥ぎ取り、体幹、肩、指などの上半身筋力をアップする必要がある。

重曹で培った物差しでは、実力は計れないってことだ。

筋力アップは時間がかかるので、のんびりスタートしていれば、チャンスが巡ってきたときに、チャンスを逃さずに済む。

■ ライフスタイル

というわけで、アルパインを志向する人たちの生活スタイルは似てくる。

週1~2回はジムに通い(=筋トレ、2点支持習得)、週末は、パートナーの有無次第で、岩場か山でトレーニング、という生活に収束してくる。

逆に言えば、そういうトレーニング主体の生活をしないまま、アルパインへステップアップするのは、危険が大きい。

トレーニングと言うと楽しくなさそうだが、こういう時期に山岳会に仲間がいると、楽しくトレーニング生活を送れると思う。

山岳会では、このような環境を提供していない場合もあり、その場合は、大抵の人はジム通いから、単純にアルパインクライミングを捨て、フリークライミングに転進することになる(笑)。

これが現代で起こっていることの大筋だ、と理解するのに、そう時間はかからない。

というのは、登れても歩けない人か、歩けても登れない人しか、周囲にいないなー、と理解が進むからだ…。

目指すべきは、歩けて登れる登山者、だ。 非常に難しい、二律背反であるが…。登れて歩けるためには、2週間に一回の山歩きを端折るわけにもいかず、そうなると、

 2週間に一回程度の山歩き 
  +
 週1~2のクライミングジム通い
  +
 週1で願わくば岩

という生活になり、トレーニングで超忙しくなってしまう…

大体、体格的には、中肉中背&筋肉質のタイプ が適しているようだ。






Tuesday, May 9, 2017

無知+根性=自滅

私は18歳からバレエを習って約20年バレエを習ったのですが、体を悪くして(正確に言うと体を悪くすることを予見して)辞めました。

その時、20年習って分かったことが、バレエは 一方通行の活動だということです。ターンアウトばかり。アウト、アウト、で、インがないのです。

私は骨格が出来上がった大人だったため、体を壊しそうになるまでに、20年かかりましたが、子供だと3歳から習って、15歳で終わりになる…という話が、このKindleブックスに出ていました。

この本をバレエとは、関係がない登山のブログでなぜ紹介しようと思ったかと言うと、この本にある指摘の一つが、

 教授法が曖昧すぎる

という点だからです。 バレエは頭が良くないと上達しない、とよく言われます。実際それは私も納得する点で、先生が発する言葉の一つ一つを自分で精読して解釈し、咀嚼しないとダメです。

1を聞いて10を知れ 

と言われます。 

それって… 登山で一番ないがしろにされていることでは…

この本の著者が出した結論は、その教授法では、ほとんどの子が挫折する、でした。

登山も同じかもしれません。 

落石注意

と書いてもダメなのです…

落石があるため立ち止まらず、速やかに通行せよ

と書かないと…。

春山は危険です

では、ダメなのです。

春の山には雪崩の危険があるため、雪崩の危険を回避できる知識と訓練がある人のみ入山してください

と書かないと。

アイゼンが必要です

だけではだめで、

アイゼンは冬靴に着け、事前に歩行訓練し、長すぎるアイゼンバンドは山行前に切ってきてください

と書かないと…

山岳会の入会歴6年でも、そんな調子なのですから、最近の山ブームで、雪の穂高を見たい!と思って上高地にきただけの若者が、その辺にいる山岳会の新人さんを連れた会山行を見て、どうも奥穂南稜は初級ルートらしいぜ…じゃ、あいつが行けるなら、俺も行けるさ…と考えても仕方がないことなのです…トレランシューズにアイゼンつけて。

それが世の中の現実で、別に山の世界だけで起こっているのではなく、バレエの世界でも、同じことなのです。

で、もって、日本人は妙に根性だけはあるので、困難が来ても頑張ってしまい…バレエにおいては痛みを我慢して奇形を作り、山においては悪天候にもめげずに突っ込み…

どちらも、自滅への道へ突き進んでいるという点では変わりがありません。

立ち止まって考えてみる必要があります。”根性”が”自滅への道”へ続いていないかを。

そして、教授する立場にある人たちは、教授法そのものが、説明不足の、時代遅れのしろものであることを…

Saturday, May 6, 2017

”本格的”登山と一般登山の差とは?

■ 定義

”本格的”という形容詞がつく登山と、一般登山が同場所に存在していることが問題視されている日本の登山界。

”本格的”という形容詞がつく登山がそもそも何なのか?

を一般登山者が分かっていないためではないだろうか?とふと思う・・・

定義:

”本格的”という形容詞がつく登山とは? 登山をするために能力開発が必要な登山

ではないだろうか?

例えば、雪を見たい!だけなら、雪国へ行けばいいだけで、特別な能力開発はいらない。が、春山に行きたい!となると、話は別で、特別な能力開発…雪上歩行訓練や雪上確保等…が必要…となる。

そこが分けて教えられていないために、特別な能力開発が必要な山に、能力開発を怠った人が出かけてしまっているために、遭難多発となっているのではないだろうか?

■ 一般道

”本格的”という形容詞がつく登山をしている人たちの間で、一般道と言われる、一般登山しかしない人がそれ以外あるとは信じていない登山道の一種は、とても歩きやすく快適に整備されている。

ニュージーランドみたいに、一般道は、基本的に、能力開発が必要ないように、道標や整備を充実させ、能力開発が必要な、”本格的”という形容詞がつく登山者が使うトレイルとは全く別にしてしまうということが良いのではないだろうか?

そんなことを思うのは、同じように、”登山道”の一言で片付けられてしまうと…

岩場へ向かう道で見つかるようなクライマーがつけた踏み跡
境界線で見つかるような、良く踏まれた踏み跡
廃道で見つかるような、踏み固められているが落石や倒木で荒れている登山道
破線ルートの比較的良く歩かれている道
破線ルートの全く歩かれていない藪道
藪漕ぎ
鹿道
植林の作業道
入渓に使う釣り師の道
頻繁に崩落を繰り返して付け替えになることが多い人気の踏み跡
遊歩道
木道
よく歩荷に使われている道
まったく歩荷に使われない道
鎖場連続の道
露出感のある道
トラバースの崩壊が気になる道
読図で作路できる道
読図では進路を見極められず、ルートファインディングが必要な道
落ち葉で一杯の道
小石でいっぱいの道
粘土質の道
凍結の道

などなど… 道の”質”についての認識ができなくなるのではないだろうか?

一言、登山道、と言って片づけてしまうのでは…大雑把になり過ぎて。

雪だって、雪の質により、歩きやすさは格段に違う。だから、毎週、同じ山に通っても、毎週、違う質の雪に出会い、勉強になる。

パウダーの時はツボ足では歩きづらくスノーシューが最適だが、雨後の雪なら締っているので、スノーシューは重たいだけ。ツボ足で十分。雪のフリクションの質も毎回違う。

そういう道に対する感性を養っていくのが、山をする、という活動って話だったんだと思う。

岩も同じ。岩も質が色々ある。石灰岩、凝灰岩、花崗岩、スラブ、ボルダ―、クラック、フェイス…全部それぞれ課題を意識して学ばないと、学べない。岩とお友達になるというのはそういう話だ。

沢だって同じであり…同じ沢でも通えば、四季折々の姿が見えてくる。おのずとどれくらいの雨量の時は入ってはならぬ、のか分かるようになる。

アイスも同じで、同じところに通うことで、氷の質の見極めが出来てくる。

それらは、同じようでいて同じではない。難易度は毎回違ってくる。だから、困難度で他人と競争することなど無意味だと理解できてくるはずなのだ。ずっと山をやっていれば。

特殊な能力開発が必要な山に必要な、特殊な能力とは…

1)男性30kg、女性25kgを担いで3時間で丹沢の大蔵尾根を歩ける体力
2)読図力
3)天候の基本的な知識
4)体力・時間、その他の要因を見つつ、ペース配分できる計算力
5)自分をピンチに陥れない生活技術
6)ロープワーク
7)確保技術
8)5.9では決して落ちない登攀力 (RPグレードは2グレード上)
9)セルフレスキューと心肺蘇生等の知識
10)その山の危急時に必要な、防衛体力 (山域によって違う)

です。他にも、要素で考えられるかもしれません。思いつく方はぜひ付け足していただけると嬉しいです。

Friday, May 5, 2017

薄い踏み跡とお友達になる会

■ 新しい友達と

新しい山の友達の単独行の縦走計画に、便乗させてもらって、久しぶりにテント泊縦走に出かけた。

経験が生きる、ということとはどういう意味なのか?今回はそれを理解した山だった。行った山域は、初めての山。

■ 山行前

計画書が送られてきた。稜線をぐるりと回遊。作成者の意図は分かる。ただ最後の下山路は、美しくないというか、既存の道を利用するため、きれいな馬蹄形を描いていなかった。ここは美しく、一つの輪を作れないかな、などと自動的に考えてしまう、悲しい性(笑)。

核心部は?

ヤマレコで、どの程度歩かれているか?を事前チェックすると、踏まれていないのは、最後の下り。美しくないと感じた部分だった。2万5千の地図には記載があるが、道が消失している可能性もあるな、と思う。ただヤマレコユーザーが、古道などというマイナールートを好まないだけかもしれないが…。下山時刻は17時で、核心部が最後にありそうな割には、ゆとりが少なめだと感じた。

計画は大きすぎないか?歩けそうか?

意欲的な計画は好ましい。が、自分の実力以上の計画に同意するわけにもいかない。歩けなかったら、迷惑を掛けてしまうからだ。計画書には、タイムの想定が書かれていなかったので、柔軟な対応が可能な山域なのだろう。初めて一緒に行く人がいる場合は、通常は大きめの計画は立てないからだ。一応、地図上での踏破距離で行くと、長いが歩けない計画のようには思われない。懸念は、最後に特別時間がかかり、ヘッデン下山になるかもしれないという懸念だけだ。

念のため、時間が押してしまったときのために、エスケープに使えそうな尾根には、すべてチェックを入れる。尾根の末端だ。エスケープに使えるかどうか?という判断には、

・傾斜が急すぎないこと、
・末端が崖で終っていないこと、
・ちゃんと近道であること、
・ある程度踏まれていて歩けそうであること

などの条件がある。危険が地図上で予測できるような尾根は基本的に歩かない。たとえば、崩落地や雨裂の記載がある、末端が崖であるなど。ただ崖は結構、突破できる可能性もある。選択肢として使えるか、使えないかは、登り出し前に林道を車で偵察したりする。

単純な縦走なので、

・踏破できる体力
・生活技術
・読図・ルートファインディング技術
・水場
・天候の読み

その程度が課題になりそうだった。この山域の天候はあまり知らないが、土地名から雨が多いことがうかがわれ、予報も雨がちだった。ので、軽量化を優先せずテントとした。水に弱いダウンではなく、化繊の保温着へ。

あまり重さが課題になる山ではなかったため、重量は気にせず、食べものをたくさん持って行った。水容器、ヘッドライトは予備を持った。ヘッデンは下山核心の為、夜間歩行を想定したためだ。ザックは、共同装備の負担を見越して、ゆとりがあるサイズにしておく。誘われた山に、小さいザックで来る人もいるが、共同装備を担ぐ気がない、と宣言しているようで、あまり感心しない。

親睦がメインの為、食当が持てないだろう、つまみなどを持って行った。

■ 実際

行きのアプローチでは、緑がきれいだった。の木と藤の花が印象的だ。

さて、と。取り付きが見あたらない。

同行者が沢のそばの踏み跡をたどるが、最初から危ない。一目見て違うな、と理解できた。これは経験による。

普段、読図が必要な山をたくさん歩いていると、踏み跡にも様々な種類があるのが分かる。古道であれば、荒れていても、元の土台がしっかりしているはずだ。沢の入渓点はしょっちゅう変更になるので、踏み跡が新鮮で、崩れつつあることが前提である場合もあるが…。

そこで、一旦林道に戻り少し探すと、正規の(?)取り付きがあった。小さな蒲鉾板程度の板に消えかかりそうなマジックペンで、雷坂と書いてあった。これでは、よくよく探さないと見つからない。不親切だ。が、そこを見つけるのが、経験値だ、自分で理解できた。山の最初の試験、合格。

さて、と歩みを進める。使われなくなって久しいらしく、倒木で歩きづらい。が、踏み心地はしっかりとしている。ふんわりとはしていない。

尾根に上がるまでは一頑張り、と、承知している者同士。良いペースで上がる。急な尾根だった。同行者の歩みはしっかりとしていて、良く歩いている人なんだなぁと思った。

稜線に出ると、ずっと霧だったが、それくらいでちょうど良い気温だった。古道と古道をつなぐ中間部は、県境を歩く山なので、地図上は境界線ラインがあり、ずっと比較的幅の広い、良く踏まれた踏み跡が見つかる。ありがたく、使わせてもらった。

稜線は美しく、うっとりとするような景色だった。丹沢と奥秩父と南アルプス深南部を思い出した。苔むした森や、ぶなの森をうっとりと歩く。

ところどころで、踏み跡が不鮮明になると、尾根に上がる。と大抵の場合、すでに同じことをした人がいるらしく、そこにテープや踏み跡があった。たいていはピークを巻く、下の方に歩き良い道があったので、省力の為、尾根に登っても、踏み跡を見つけるため、という感じで、眼下に踏み跡を見つける。おかげで良いペースで歩けた。人に踏まれているということは本当に省エネになるのだ。

幕営地に付くまで水場がないので、水は節約モードで行く。最後は峠であるはずだが、稜線越しではない、意味不明のテープを無視して直進したら、崩落だった。降りれるところを探す。同行者が、ここは大丈夫では?というので、見ると、崩れてはいるが、下りれそうだった。念のためというので、ロープを出してくれた。あり難い。短い1、2m程度のお助け紐で一歩だけの核心をロープに体重を預けて降りる。

峠に降りると、ダート道が走っているため、苦労して歩いて来たのに、バイクの人がいた。なんとなく、優越感を感じた(笑)。バイクがなくても来れるってことで。

水場を探しに林道を歩くと先ほど無視したピンクテープの始点が水場だった。なんだ、それで、地形的に合理的でないところにテープがあったのか、と合点する。

石楠花
水場のそばに風の当たらない場所があったので幕営地とし、宴会に取りかかる。なんと同行者は瓶でお酒を担ぎ上げてくれていた!瓶で!美味しいお酒だったので、半分以上、私が飲んでしまったかもしれない。鍋もおいしく、米も生米から、と山岳会仕様でありがたかった。

山の話題で楽しく夜も更け、就寝。随分、霧雨で濡れたので、着干しとする。夏用シュラフでは、もう暑いくらいで、喉が渇き、夜中に一度起きた。

明け方、一雨あり、雨音でうっすら目が覚める。遠くで、何者かが歌を歌っているような歌声が聞こえ、宮崎駿監督の映画の世界を思う。鹿だろうか?音程があった。歌心がある妖怪かもしれない。

少し寝過ごしてしまい、5時起床、朝食をゆっくり食べ、急がず支度したら、7時出発となった。少し遅い出発となってしまったな。

次の目的地までが、あまり踏まれていないと思っていたが、実際は昨日と同じで、境界線を厳密に辿らなくても、いい具合に踏み跡が出ていた。しかし、なかなか到着できない…。あと4kmと書かれた中間地点から、長かった。

踏み跡程度を辿るため、結構アップダウンも出てきた。小ピークが連続する。素晴らしい、美しい場所だが、登りではスピードは出ないなあ。

…これは道が階段状の良くある登山道ではなくて、フリクションで登る力技系だったこともある。意外に時間がかった(汗)。楽なようで楽でない。鼻づまりもするし、しばらく休憩が長いと冷えも感じる。

途中、レンゲツツジ、ろうばい、山アジサイ?など、花が見れた。コバイケイソウの群落が多かった。途中に、赤ちゃんのワラビがいっぱい出ているところは驚きの景色だった。

幕場付近 峠
やっとこさ、という感じで、目標地点に付く。3時間。意外にかかったな、という感想。

山頂はのんびりしていた。やっと日が出て、暑くなりレインウェアをしまい、半そでTシャツに変更する。汗びっしょりだった。その付近から先は、鹿柵が出ていた。

さて、と出発すると、そこから先は整備された木道が出ていた。次の目標地までは、同じ山か?と思うほど楽に到着。

そこでは一般登山者が、のんびり景色を眺めていた。彼らは近所のスキー場から登ってきたのだそうだ。今回、ほぼ初めてといえる展望が開け、霧が晴れる。衣類も乾き始めた。

一般道というのは、ホントにスピードが出るものなのだなぁ。ほんの一瞬の岩場も出ていた。

同行者がボトルホルダーごと、ボトルを落とすが、一般登山者の人が拾って、すれ違いざまに渡してくれた。マジックテープという仕組み









自体が問題があるという結論になり、多少細工する。予備の靴ひもを持っているそうだった。

予想以上の最初の苦戦で、本日の長い行程がまっとうできるかどうか…と考えていたこともあり、さっさと歩く。意外に消化が早い。アップダウンも少なく、快適な水平歩行だったため、予想以上のスピードで、確認すべき通過点を見落としそうなくらいだ(笑)。古道の分岐を2つ通る。


■ 下りの無名尾根

私がヘモグロビン不足であまり登りをやりたくなかったため、同行者に車を駐車した地点にぴたりと降りれる、無名尾根を降りてみることを提案する。

ここはエスケープの一つとして、チェックしていた尾根で、途中まで古道。古道は屈曲してしまうが、尾根越しの、その先には三角点があるピークがあり、三角点がある=踏まれている。さらにその先も顕著な尾根で、すこしだけある急な個所を読図で避ければ、あとは特に難しそうな箇所は見当たらない、平凡な尾根のようだった。尾根の下りは多めにみて3時間、実際2時間半と予想していた。大体、奥秩父のサイズ感だ。だいたい270度の角度で直進すれば、車に降りれる。

同行者も同意してくれ、古道分岐で下りにかかる。

古道だけに、やはり荒れていた。使う人はあまりいなさそうだった。尾根通しではあるが、蛇行して進む。分岐点まできたことはあまり分からず、そのまま尾根通しに進むと、尾根が広くなっているところなど、非常に雰囲気が良い。結構歩いたのち、三角点を見つけ、ほっとするが、村か何かの境らしく、境界線の杭が出ており、読図があっていることを保証してくれる。きっと地元の人は歩いてそうだ。

最後の読図ポイントのピークから、多少判断力が必要で、最後の尾根は完全に歩かれていないかもしれないと思っていた。

…ら、違ったらしく、細い細い番線が出ていた。足を引っ掛けそうで危ないじゃないか。と思う。いったい誰が使っている尾根なのだろう。

一か所急な個所があるので、現場判断で、左側の傾斜の緩いほうに補正する。ちょっとトラバース。こういうところも経験値だ。

機械を優先しようとする人がいると困る。GPSの軌跡は優秀な道具だが、50m程度は普通に誤差がある。

以前、GPSの軌跡をダウンロードしてきて、それ通り歩こうという人がいて参った。その人は、50mの偏差があることを知らないのか、1,2mでもずれると文句を言うのだ。けれど、目の前に急な道と、10m隣に緩やかな道があれば、10m隣の安全な道を通るのが、本来の人間の感性だろう。ところが、機械は正確だ、機械は間違わない、と信じていると、機械とは、人をめくらにし、機械に人を隷属させるもの…。使いこなすのは、あくまで人間の側であるべきだ…。

うまいこと難所を切り抜ける。

ところどころ、岩がちな尾根であることも分かった。

左手の谷地形の部分は、高いところから杉の植林になっていた。植林地には作業用の道があることが多いため、それを探して使うことも選択肢にはあったが、歩けない場所が出るまでは、山の高速道路である尾根を忠実にたどる。尾根終点は大抵急なので、沢地形に逃げることが多い。しかし、この尾根は最後は、蕨畑で、緩やかな傾斜のところだった。壊れた瀬戸物が一杯捨ててあり、ゴミ捨て場のようで残念だった。

その前に駐車していたので、ちょうど車の真後ろに出て、林道歩きを節約できて、爽快。

最後に川で顔を洗い、温泉に立ち寄り、PAでラーメンを食べて帰宅。

楽しい山行だった。

■ まとめ

今回は、黒富士や金峰山、中津森、伝丈沢など、無名の尾根谷を単独で歩いた経験が生きた。

いろいろな種類の踏み跡を見分ける、ということが課題で、その試験には合格したようだ(笑)。

さて、テントを干すとするか。