Monday, May 29, 2017

実力以上の山に行かないで

■ アルパインクライミングの進展はホワイトウォーター

ホワイトウォーターと言う言葉をご存知でしょうか?これは、昨今の先行き不透明な時勢を表現した言葉で、白濁した水のように、何が正解か分からない世界、という意味です。

ビジネスでも、国家の先行きでも、現在はかつての戦後70年のように、未来が明るく照らされて、何を目指しているのかが明確だった時代は終わり、どうやって成長して行くのか?いかに持続可能性を目指すのか?不透明な時代となっています。

そのような中で、正解を見出す力が問われている、という意味で、

(現代を生きる) ことと、(今の山の世界を生きる)、

ということは似ているかもしれません。

既存の仕組みが機能しない中、本格的がつく登山をスキルアップするのは、ホワイトウォーターの世界でビジネスをクリエイトしていくCEO並みの能力が必要かも?と思います。

■ ホワイトウォーターの世界で必要な技術

そうした世界で必要な技術は何か?

・小さな手数を増やす、
・効率性ではなく、効果性を求める

の2点なのだそうです。

これを登山に落とし込むと

 ・山岳会にも属すし、そうでない人とも行くし、山行チャネルを増やす
 ・その中で、効果があるもの(楽しいもの)を強化していく

です。

私にとっては、効果があったもの、つまり、私自身を幸福にしたもの…は、

 ・山岳イベント等で知り合いになった人と行く山
 ・レスキュー講習で知り合いになった人と行く山
 ・山の話で意気投合した人と行く山
 ・後輩と行く山
 ・師匠と行く山
 ・クライミングで知り合った人と行く山
 ・ブログで知り合いになった人と行く山

などです。そう言う人たちは、皆同じように、ホワイトウォーターの世界で、試行錯誤し、パートナーを模索しながら、苦労して山に登っていますので、共通の関心がある、という点があるかもしれません。

■ ゴールが見えない中、進む

ゴールが見えない中、手探りで進む、という感じは、ビジネスだけでなく、登山でも、特に顕著にあるのが現代ではないか?と思います。

色々な人に話を聞きましたが、みな一様に苦労しています。

私の”自信”の出所は、まさにこれです。まったく手探りの中で自分で考えて進んできたこと、それが自信へとつながっています。

そのために欠かさなかったことは、種まき、です。

頻繁に色々な人と知り合いになり、お互いに相手に対して、役立てる部分はないか、と話をし、また、自分の知り合いは知り合いを紹介をする、そんな活動を種まき、と呼んでいます。

■ 無欲

そこにあるのは、パートナーの取り合い(占有)ではなく、誰しもが登りたいのだから、できるだけ多くの人が多くの人と登れたらいいのでは…という分かち合いの精神です。

ひと時代前の人は、それがない人が多いように思います。俺のモノだ!と独占したがるパートナーというのは、自分のことだけを考えているのかなぁと思ったりもしますが…。言葉の定義が占有という意味なのかもしれませんよね。私は、時間がある人が時間があった人をビレイすればいいのではないか?と思うのですが…。もちろん、かわりばんこで。

ただし、この前提は、ビレイが確実ということです。ビレイが確実でないクライマーは、いくらクライミングが上手でも、誰でもお断りですが…、ただそういう人は誰からも誘われなくなるので、たぶん、クライミングも上手になる機会がないかもしれません。

■ 地頭力

私が登山において学んだことは、逆さにして考える、ということです。

”…ということは、どういうことか?”という思考法です。

これは、ホンネと建前が大きく異なる日本の登山の世界では、特に顕著に必要になる能力かもしれません。

Y先輩が山行の誘いをメーリングリストに流しても誰も乗りません。(…ということは、どういうことか?)と考えると、Y先輩は実力以上の自分に登れない山ばかりを提案しているということです。

後輩君が行きたいと言ってきたルートは、私がすでにパートナーや師匠と行った山行ばかりでした…つまり、私にとっては復習山行です。(…ということは、どういうことか?)と考えると、彼はセカンドで連れて行ってほしいと考えている、ということを意味しています。

私が先輩に一緒に行ってほしいと頼むルートは、私のリードでビレイヤーで付いて来てもらうルートばかりです。(…ということは)、私はチャレンジの”保険”としての先輩を求めているということを意味するのです。

山の人の間では、そういうことをきちんと言葉では表現せず、曖昧にしておく習慣が根強いようです。

それが登山における真のリーダーが誰か?ということがあいまいになったり、山行のテーマがぼけて、何のために山に行っているのか分からないような山になったり、という結果を生むこともあるようです。

つまり、山行の意図、が良く分からない、ということがあるのですね。逆に言えば、これがきちんと表現できるリーダーが良きリーダーと言えるのかもしれません。

山行には大体種類があります…

・顔合わせ山行 安全の為お互いの実力を確かめ合う山行
・トレーニング山行 いわゆるゲレンデや歩荷山行、人工壁での登攀力の習得 
・プレ山行  本番の前にすり合わせ 穂高前の三つ峠など
・本番    目標ルートを頑張る
・親睦    会山行などでは、互いに良きパートナーを見つける
・講習会   レベルの平準化
・レスキュー 一緒に行く人とやらないと意味がないので、一緒にやりましょうと言われたら将来のパートナー候補

■ ぺてらん

登山の意図、ということですが、自称ベテランのことをペテランと言うのだと、最近教わりました。

ペテランの方が最も恐れるのは、ベテランではなく、ペテランだと分かってしまう…つまり、バレることです。ばれた場合の恨みは、恐ろしく長引くものです(笑)。

ペテランだとバレるもっとも大きな理由は、実力以上の山を企画すること、です。

本当のベテランは、常に実力にゆとりがある山行を行います。後輩をセカンドで連れて行くのなら、なおさら、大きなゆとりが必要です。

さらに言えば、山行計画で、手抜きがありません。

さらに言えば、山行計画が非常に的を得ており、持ち物、その他等の指示が簡潔です。

初心者にとって難しいのは、(簡潔)と(手抜き)の見極めです。

■ 無謀な初心者

アルパインに入門したころの人は、一般登山で培った自信をアルパインにも持ち込みますが、桁違いの能力が必要になるため、その差が認識できる程度の経験量を貯めるまでの間に実力以上の山に行ってしまい、亡くなってしまう人が多いです。

アルパインの死者で多いのは、男性20~30代、です。

■ 本格的がつく登山、つかない登山

日本では、登山は、海外とは異なり、

1)”本格的”という形容詞がつく登山



2)ハイキング

が、山の中に混在しています。

■本格的がつく登山とつかない登山の違い

 ”本格的がつく登山”           つかない登山
体力トレーニングが必要           不必要
技術トレーニングが必要           不必要
知識が必要                 不必要
経験が必要                 不必要
情熱が必要                 不必要

その差が無知により分からないため、という理由での遭難は、無知が有知になれば(そんな言葉があるかどうか分かりませんが)、解消するハズです。

ここでも、心・技・体・知・経がバランスよく成長すること、その輪の大きさに合わせて、登山者が登る山を選ぶこと、が大事です。

■ 登山者側のレベル低下

しかしながら、昨今の遭難の大きな部分を占めているのは、本来、特殊なトレーニングや一般常識程度の知識で安全に登山することが可能であった2)のハイキングのレベルにおいても起こっており、その主たる原因は、

登山者側の一般常識不足



一般的とされている体力にも満たない体力不足、

です。つまり、ひとつの山というものが要求してくる体力なり、一般常識なりが一定であることに対し、その対象に向かう側の人間の能力が下がってくると、遭難は増えます。

もちろん、登山者の絶対数が増えれば、遭難数の絶対数も増え、割合としては変わらないわけですが、昨今の山ブームでの登山者数は、何十年か前の登山ブームの時と比較して非常に小さいそうです。

実は、往年と比べて登山者は減っているので、それで、山小屋の経営が立ち行かなくなる、などの事象も起きています。

登山者の絶対数がそう大きくない、増えていないというのであれば、考えられることとすれば、レベル低下がもっとも大きな要因となります。

私が山を始めて以来、毎年、遭難者数過去最高とニュースで言っていますが、それは毎年登山者のレベルが継続して低下している、という意味なのかもしれません。

結局は 実力以上の山に向かっている、ということになります。

■ 実力以上の山に行かない

さて、一般登山の遭難は、さておき、このサイトで追及しているアルパインクライミングでは、遭難というのは、

実力以上の山に行ったこと

が、最も大きな原因です。アルパインクライミングへ進むような人は、山の初歩的なことはすでに理解しており、自分の安全は自分でコントロールできるだけの知力、適正なCSバランスを発見するだけの知力があることが前提だからです。

山で生き残る秘訣は?とベテランに問うと、かならず

弱気

と返ってきます。つまり、自信過剰で実力以上のルートに行ってしまうことがほとんどの遭難原因なのです。

つまり、安全登山のキモは…

実力以上の山に行かない

ということです。

■ 言うは安し、行うは難し

しかし、実力以上の山に行かなければ、実力は上がりません。そこが難しいところです。

また文化的な難しさもあります。風潮ということです。

本格的と言う形容詞がつかない、一般登山をしている一般登山者は、実力以上の山が死に直結するということを理解していませんし、基本的には、という但し書きつきですが…一般ルートでは、そのような覚悟や決意が必要な山というのは、基本的には存在しません。

この場合の、”基本的には”、というのは、季節や雪の有無、高所恐怖症の有無、冷静さなどの性格の要因も入るためです。

北アの岩稜帯を縦走して分かったことですが、ごく普通の街の中でも、きちんとふらつかないで歩けないような、歩行力のたどたどしい方が北アの鎖場に来ています。山はタダでも危険な所ですので、健康体と言えない体で臨めば、危険窮まりないのは当然です。そう言う例は例外的と思えましたが、昨今は例外とは言えないほどに増加しているようです。

本格的がつく山には、体力・技術ともにトレーニングが必要です。ジャンダルムや北鎌尾根は、一般ルートとバリエーションの間にあるような場所ですが、その程度、つまりアルパインで初級程度でも、一般ルートとしては最上級ですので、年齢等を考慮すれば、トレーニングが必要になる人が出て来ても不思議ではありません。

例えば、敏捷性が衰えるような年代に属す人たちです。

■ 先行きが見えない中で持続的に成長する

ホワイトウォーターというような先行きが見えない中で持続的に成長するには、下界でも、継続的に取り組めるトレーニングが必要です。

私が思うには、そのようなトレーニングの場にこそ、仲間づくりが必要です。

山という本番よりも、退屈で投げ出してしまいたくなる下界でのトレーニング…仲間がいれば、その退屈さもしのぎようがある、というものです。

トレーニングを共有していれば、目標とする山がそれぞれでも、互いに互いの成長をサポートし合うことができますし、実力差についても明瞭で、Aさんが行ったから、私も行きたい、というような、実力に基づかない、ないものねだりの要求も収まるかもしれません。

リーダーが、実力以上の山にメンバーを連れて行ってしまう理由の最大は、このような理不尽な要求にノーと言いづらい、という風潮にあります。

このブログを一時閉鎖した理由の一つに、私が行ったルートに自分も連れて行け、と主張する人が出てきたことがありました…。

私の実力は大変過小評価されているようで、私程度が行ったところは、努力なしでも行ける、と多くの人が考えるから、のようです。

アイス歴4年の人と1年未満の人が行っていいところと行って良くないところは、当然違いがあるはずです。

そのことから反省したのは、ここにあまり苦労話を書かなかったことです…。私はあまり、苦労したことにフォーカスしない性格なので、努力なしで達成していることのように読めてしまったのかもしれません…。その点は反省しています。今後は、できるだけ正確な描写をと思いますが…。

■ 山には、下積みがたくさん必要です

このブログは、本当に登山経験ゼロからの、いわゆる山ガールと呼ばれていたような人が、アルパインクライミングに進むまでの経緯を紹介してはいます。

…それは真実ですが、そのプロセスで、いわゆる無謀な試み…準備不足などの…は、ありません。また2年目程度の時から、誰も私を山ガールとは呼ばなくなりました。

また、単独行で山をスタートしているように、最初のスタート地点から、単独、北岳レベル、積雪期レベルからのスタートです。

ガイド山行も最初の入り口でお世話になる程度で、どうすればいいか分かった後は、自前の山行での経験を地道に積んでいます。

何より、年間山行日数が、一般の方とは全く違います。年の3分の1は山です。

なので、良い子はマネしないでください、ということになりますが、ぜひ、マネをしていただきたいのです。

それは、山行ではなくて、無謀なことをしないとか、準備に余念なく、その山に必要な資質は何か?核心は何か?と考えることに余念がない、というようなことをです。

もし、私が行った山にトレーニングや準備、十分な装備無しに行こうとする人がいるならば、やはり無謀ではないかと思います。

こちらに積雪期の登山が初めてで、正月の富士山に挑もうとした初心者の方にガイドの方が答えていますが、このような登山者との対極に私はいます。

この方は、毎年何人も人が亡くなっている冬富士のニュースを知らないのかな?どういう理由で、まるで、ハイキングにでも行くように元旦に富士山に行こうと思ってしまうのか、私には理解不能です。遭難した知人がいましたが、遺体が出てくるまでに、半年かかりました。

■ プロセス

ちなみに、今回の心の旅、インスボンへのプロセスを振り返ると… これは大体同じ時期に、この数年間、どう過ごしてきたか?ということですが…

2017 インスボンでフリー
2016 ロゲイニングの大会出席
2015  沢に初心者の友達を連れて行く
2014 小瀬クライミングウォールで練習 & 山についてあれこれ考えを深める
   https://stps2snwmt.blogspot.jp/2014/05/blog-post_7168.html
   https://stps2snwmt.blogspot.jp/2014/05/blog-post_28.html
2013 GWの穂高に憧れ → この段階で行って遭難する人多数
2012 単独行(加藤文太郎)を読み終わる&河原でテント泊の練習

という軌跡をたどっています。振り返って歩みが遅いようでも、着実で順調な成長のように思います。

■トレーニング歴

参考までの当方のトレーニング歴をあげておきます… 肉体のトレーニングはもとより、山では知力も相当に重要な地位を占めるような気がしますので、学歴主義者ではありませんが、学歴も紹介しておきます。

熊本高校卒業
国立大阪外国語大学卒業(現・大阪大学) 
アメリカサンフランシスコ 単独渡米 2年 
帰国後TOEIC 925取得
2000年 創造社ホームページ制作コース終了
2005年 大阪編集教室ライターコース終了
2007年 社会人大学院グロービスにてクリティカルシンキング・マーケティング終了 クリシンMVP受賞、マーケティングは評点A
2011年 IYC ハタヨガ初級認定講師
2013年 長野県山岳総合センターリーダーコース 受講
2014年 無名山塾 雪上訓練
2014年 ロープワーク講習会 主催
2014年 第21回関東ブロック 「雪崩事故を防ぐための講習会」 
2013年 日赤救急救命講習
2013年 雪山のリスクマネジメント
2015年 東京都都岳連 岩場のレスキュー講習
2016年 日赤救急救命講習
2016年 キャンプインストラクター資格取得
2016年 上高地自然ガイド講習終了
2016年 レスキュー講習会 主催


Friday, May 26, 2017

失われようとしているベテランの知恵

■ 山を伝授する

山岳会による山の教育が機能しなくなったと言われて久しい。

昨今の山のベテランが若手の教育をしない理由は、簡単だ。恩返しがないから(笑)。恩返しの一番は、頼れるパートナーになること、その次が、次の人に教えること、です。

・頼れるパートナーになる
・次の人に教える

この2つが、現代の人にはできない。(能力がないあるいは時間がない、など、その人のせいでないことも多いが)

そういう人に山を教えても、骨折り損になる上、ベテラン側は、いい加減、もう自分ができることはやってしまったと感じている。

つまり、山と言う活動はステップアップが必要なので、ピラミッド構造になっているのだが…つまり、最上位の一人が中級者3人に教えたら、その中級者3人がそれぞれ初級者3人教えて9人、その初級者9人がそれぞれ入門者3人に教えて27人みたいな構造になっている…のだが、今の時代は、中堅がいない。

   1
  333  → ここが欠けて
 66666 → ここも欠けて
9999999 → ここばかりが増えている

こんな構造。

ので、トップの一人が怒涛のような入門者を教えるみたいなことになってしまいますが、そうすると、27人、そんなに教えることは神でも不可能、ということになってしまいます。

堤防のように頑張っていたベテランも、匙をなげます。私のメンターは、元々登山学校で校長先生をしていた人ですが、自分が教えた人が、その下の後進を教えないので、腹を立てています。

なので、現在は登山学校という仕組みは、有償での教育が有望です。お金を払う気があるくらいだから、ヤル気がある、ということが試されすみだからです。あの岩崎さんも同じことを言っています。

■ 通信教育が可能

私が思うには、山はほとんど通信教育が可能です。私で現在実証実験中です(笑)。

こういうのマスターして置いて、と言われて、それをやってくる人がちゃんとした人です。

「ビレイマスターしてきて」と言われた人が、その通りにマスターしてこなかったら、また再度、半年ほど待ちます。

「ピッケルじゃなくて読図でしょ」と言われたら、読図マスターしてこないといけません。

一通りマスターするまで、次の段階に進めません。進むと命の危険があるからです。

何年かかったとしても(自由になる時間は人それぞれですから・・・)、してこないとダメ山ヤです。ちなみに私は読図に取り組んでから、3年かかりました。

■ 連れて行くのは弱さの証

まだ連れて行けないと見なされたときは、相手をふるいにかけて、落とされているように見えてしまうかもしれませんが、そうではない。

スキル未満の人をセカンドで連れて行くほうが、自分のパートナーが欲しいという悪魔の声に負けているのです。

その証拠に、去年、私はインスボンにクライミングに行くだけの登攀力がありませんでした。それを別のベテランクライマーに話をしたら、

「(私を連れて行かなかった)〇〇さん、エライね~!」

と感心していました。

私も自分が行きたいという誘惑に負けて、まだその段階にない人をルートに連れていってしまったことがあります…。というか、連れて行ってから、まだその段階になかった人だと言うことが分かったんです。それで責任を感じて、ルートに出るために必要な技術で、自分が知っていることは、みんな教えました。ちなみにスタカットと懸垂です。

■ みな一律平等はできない

山は、等しく誰しもに対して接します。それに対し、人間側の体力はそれぞれなので、Aさんが行ける山に、Bさんも行ける、ということにはならないです。

つまり、みんな一律平等に同じ山に連れて行くことはできないということです・・・それをすると一番弱い人が行ける山にしか行けません。 

私は去年はインスボン、行きたくても行けませんでした。

しかし、そこを頑張って、山が要求するレベルに自分を持ちあげて行く、ということが、山の本来の楽しさだと思います。

私は2点支持を身に着けるのに3年かかりました。インスボンに行けるようになるまでにフリーのトレーニングに丸1年かかりました。

これは平均的スピードだそうですが、成長のスピードは人それぞれです。自由になる余暇の時間にも左右されますし、ジム環境や、元々の才能、身体のメリット、筋力などにも因るからです。一つだけでなく複合的な要素が必要です。

それぞれの時間がかかってもいいから、一つ一つ段階をクリアして行く、段階的成長が必要です。

■ あまりにも稚拙すぎてベテランがもったいない

先日、プロが山の質問に答えるサイトというのを見て思ったんですが・・・しょぼかった。

みんなの質問が、”それくらい本に書いてあるでしょう、勉強してから来て”という質問でした…。

答えていたのが、ピオレドールを受賞した世界的アルパインクライマーだったりしたので、彼に失礼なだけではなく、たぶん、そんなすごい人の時間の無駄でもあると思いました。

しかし、このブログで、私が追及している疑問に対し、たまにベテランが答えてくれているような内容は、すべての成長途中の山ヤにとって、非常に役立つ内容ではないか?と思います。

なぜなら、強くても強くなくても、みんな同じような関門を通るからです。

例えば、今、私は、ランナウトが怖い、という関門を通っています。

(ちなみに私がどれくらい無邪気だったかと言うと、初回で三つ峠連れて行ってもらって、2回目からは自分でリードして登って、その時は全く何も怖くありませんでした。なぜなら、ハーケンがそんなに危ないものとも、思っていなかったからです。無知だったからです。すべての支点を大信頼して登っていました。今では三つ峠を登るのは結構真剣です。怖いとも思います)

■ 危機感

私が持っている危機感は、ベテランの知恵が、これから10年以内に失われていく…ということです。

今、私を教えてくれている人が、10年後も教えられるか?というと違うような気がします…

一方、私は10年後も確実に元気でしょう。少なくとも生存はしているでしょうし、山に登る体力がないということもないでしょう。

だから、今、吸収しないと・・・。

■ メンターになれるほどの山ヤはめったにいない

今の師匠、メンターになってくれている人ですが、そのクラスの山ヤはめったにいません。

ただ、残念なことに、彼クラスの山ヤが、学ぶべきモノを持っている、山への姿勢とか、技術とか経験とか…そういうと言うことも分からないくらいの不勉強な人ばかりで、ベテランのベテランたるところのありがたみが分からないことが、山の技術継承の問題をさらにややこしくしているように思います…

みんなは、もしかして、山なんて、誰にも教わらなくても登れる、と思っているんではないでしょうか?あるいは、トレーニングなんかしなくても登れる、準備なんかしなくてものぼれる、と。

こういう記録を読むとそういう人がメインなんじゃないか?と思ってしまいます・・・

GW 悲喜こもごも

正直言って、本当は、身体能力的には私より適任の弟子がいるのは確実です…私はあんまり体力があるほうではないし、登攀の才能があるほうでもないので…。

しかし、第一に山に傾ける時間がある人が少ないです。その上、与えられたものを受け取る能力とそれを次にバトンタッチするために表現する能力が、多くの人に無い…

現代は、時間的にゆとりがある人が少なく、貧しい時代ですね。

■ 技術を適用できないか?と模索中

現代の仕組み、インターネットで、こういう部分を何とか解決できないか?と考えています。

ビジネスでのメンター募集の仕組み、スポットコンサルのビザスクの仕組みは面白いと思いました。

ビザスク

でも、スポットと言うところがダメですね。山のコンサルは、時間的に長く一緒にいる必要があるんです。

■ 山のステップアップをコンテンツ化すること

山をコンテンツ化すること・・・いわゆる登山学校のカリキュラム的なことになりますが…も、実際可能だと思います。

というのは、私は菊地敏之さんが、大昔の岳人に寄稿した、雪山初心者のためのステップアップ雪山指南をみて、最初の3年はその通りに過ごしたからです・・・(笑)。

あの記事は本当に役立った。それでムリなくステップアップできたので。

当時、私のメンター=山の先生は、菊地敏之さんだった、と言えるでしょう。

■ 天才は言葉にするのが苦手

山というのは才能が必要みたいで、才能ある人は他の分野にもれず、直感的感性の人です。天才肌ってことです。

そういう人は、良き指導者になる、ということは、難しいみたいです。言葉にできないのだそうです。

たしかに、山の技術って一般論に落としづらいです。 

良くあるのが、山小屋で、「〇〇岳って私にも登れますか?」ってやつです。そんなの、自分で解決してください、みたいな質問をよく受けます。答えられるはずがない。

山って一般水準のド・スタンダードなところを持ってくるのも難しく、個人個人に合せて適切な山を選んだほうが良い、ということもあります。

例えば、新人Aさんのアルパインデビューは屏風岩なのに、新人Bさんのデビューはなんで左岩稜? 不公平だ!というようなことは通用しません。単純にAさんのもつ力量が大きかったからで、不公平でもなんでもないのです。逆に同じにしたら、不公平になります。

技術的に同じことを教えるのに、体力度でそれぞれ違う山にするというのは、普通のことです。こちらにリー研の記録がありますが、みな同じことを教わっているのに、それぞれ困難度が違う設定にされていて非常に参考になります。

町内の山のリー研の記録

そう言う意味では、私は確実に9班か10班(ビリのほう)です。しかし、独学の人が自ら学ぼうとする場合は、一番控えめな設定からステップアップするしかありませんから、私のような人が教育を受けたほうが、多くの人の参考にすることができるのかもしれません。

それで私がそのような立場にいるのかもしれない、と考えることは、ままあります。

そういう立場の人間にとって、得られた教えを必要としている人に届けるのは使命であると、考えています。

≪参考記事≫
ダメな山岳会の事例

Tuesday, May 23, 2017

インスボン2017

■ 海外登攀第二弾

昨年11月のラオスに続いて、海外クライミング第二弾で、インスボンに行きました。

2014年にクライミングデビューして3年目。インスボンに行くことになるとは…大変感慨深い思いです。

ご縁に感謝☆

■ 岩場の性格

東洋のヨセミテと言われる美しい花崗岩の岩場です。登山口から約1時間で、ベースとなる白雲山荘に到着します。アプローチが1時間と短いため、楽にクライミングできるので、三つ峠と似ています。花崗岩で、フリクションで登るクライミングとなります。
スラブ、クラック、ワイド、が主体で、アルパイン的な岩場です。ショートもありますが、前傾壁やカチっぽいフェイスクライミングのスポーツ的な岩場ではないではないです。

マルチピッチ主体で、クライミングで山頂を目指す山、が味わえます。景色最高!

大ランナウトしています(^^;)。確実性のあるクライミングスタイルが必要。

■ 装備

マルチピッチクライミング用の一般的な岩装備が必要です。一般的岩装備が分からない人は行くべきではないので、詳細は端折ります。カムは一式必要。ロープはツインで行きました。クラックはクラックグローブがあると便利です。

アプローチは短いのでファイブテンでなくても、クロックスでも十分。

宿泊装備として、シュラフと防寒着が必要。小屋泊用にクロックスのような草履があると便利。

服装は一般的な夏山縦走時の保温着くらいは必要です。日焼けも要注意。

■ インスボンへの行き方

仁川国際空港 - 地下鉄スユ駅 ー タクシーでトソンサ(登山口)-徒歩で白雲山荘

下山時は、トソンサからタクシーでウイドンまで。ウイドンから、バス120と109が出ています。もしソウル市内で宿泊するなら、この2系統のバスの沿線が楽かもしれません。

■ トポ

廣瀬ガイドが出しているトポがあります。









■ その他
・白雲山荘のご主人の李さんは、ご高齢ですが日本語堪能。喜ばれるお土産はお酒。
・一般ハイカーが多数通ります
・小屋ではアイス食べれる
・ビールは売っていません
・ウイドンでは、下山後にスパに入れる。
・ウイドンでおススメの登山ショップは、エーデルワイス
・ソウル市内では、問屋町で登山ショップ巡りができる モンベルもある。
・アイスギアの購入は韓国がアイス人口が多くておススメ

■ 小屋
・宿泊は板間
・価格は2食付3500円
・トイレはぼっとん
・水場が近い
・飲料水は売っている
・人懐こい犬を飼っている
・一般的な日本の山小屋と同じ感覚
・小屋泊縦走程度の装備が必要(ヘッドライト、衛生用品等)

■ 力量

ホントのドがつく初心者だと行っても楽しくないかもしれないですが、登れないルートばかりでもなく、韓国でも初心者の人も来ているみたいでした。ただ楽しめるか?と言うと違うかもしれないので、楽しめるためには、5.10Aがリードできるくらいは必要かもしれません。

行きたい方で案内者が必要な方はご連絡ください。今回ご信頼できる方と知り合えました。比較的安価でガイドが依頼できます。

※このサイトのメール送信は、他者に公開されず、直接当方にメールが来ますので、プライバシーの心配は不要です。

Saturday, May 13, 2017

現代版木を植える男

今日のジミー・チンからの投稿です

Thursday, May 11, 2017

一般縦走からアルパインへのステップアップ

■ 楽しい時期

登山を愛する人たちは、特にトレーニングなく、山を楽しく登っているうちに、気がつけば体力がつき、少しずつステップアップして行く。

やっているうちに知らず知らずのうちに、次々とチャレンジを求めていくようになる。フローと呼ばれる状態に入るには、CSバランスが必要だからだ。楽しくあるためには、難易度をあげなくてはいけないのだ。

この時期は本当に楽しい。私も5年ほど前がその時期で、楽しかった。夫と登って、標高差1500mある、八ヶ岳の権現岳を日帰りで登れた時には達成感があった。積雪期権現には通っていたからだ。

夫はそこで終わりで、私はアルパインへ進んだ。

■ 分かっていないことが分かっていない時期

そのような時期…、まだアルパインをよく知らず、安定していない登山者の時期に、最も死者が多い。

良く踏まれた一般道の歩きやすさと、そうでないバリエーションルートの質的差の大きさをまだ本人がよく分かっておらず、一般ルートで培った自信を、バリエーションルートにそのまま持ち込みがちだからだ。

私の友人も涸沢岳西尾根の下山で一人亡くなっている。33歳の男性だった。ジャンダルムは難なく通過したのに。

ちゃんとしたアルパインと一般ルートの境界にある山は… 例えば、ジャンダルム、北鎌尾根、積雪期黒戸尾根、積雪期赤岳、鋸岳など…。そういう山は、自分で済ませてしまう人も多い。ロープの携帯は、念のため程度だからだ。逆に言えば、こういうのが自分で、できない人は、受け身過ぎ、技術不足、研究不足、理解不足が少しあるかもしれない。

さて、そのような段階に来た人は、次のステップとしては、アルパインクライミング(マルチピッチ)の初級ルートを目指すことになる。

その時にやるべきことを書いておく。この段階は、質の差が大きいので、若く強い男性であっても、しっかり時間を掛けて、一般登山者からアルパインクライマーにステップアップした方が良い、と思えるからだ。

男性の遭難で死者が多いのは20代である。要するに、体力の不足で死ぬのではなく、チャレンジが大きすぎて死ぬのである。

■ 2点支持を身に着けることがテーマ

このような登山者は、2点支持を最初に身に着けることをテーマとするべきだ。

その人の元々の資質によりけりだが、1~3年程度、習得にかかるかもしれない。

 5.9では決して落ちない(=5級マスター

を目指して、クライミングに精を出さないといけない。

一般に、クライミングを山から始めた人は、ボルジム上がりの人より、下手だ。ボルジム上がりの人は、ムーブそのものが楽しくてクライミングしている。山で始めた人は、ムーブを楽しんでいるのではなく、景色を楽しみ、その手段として、クライミングがあるのだから、最初はムーブが楽しいとは思えない。

したがって、山から始めた人は、2点支持を身に着けるのに、結構、時間がかかることが多い。それを見越して、スタートしておくと、デビュー日が早くなる。

先輩の側からみると、クライミング力をあげておいてもらうと、最初に連れて行く初級アルパインルートの岩場(マルチピッチ)の選択肢に幅が広がる。

これは連れて行く人の都合だ。連れて行く先輩の側も楽しくないと、一緒に行きたくないわけなので。

支点が整備されたマルチピッチは、悟空スラブのように、5.5~5.6レベルから、あるが、そういうルートは、何のためにあるかと言うと、連れて行ってくれる先輩が見つからない人が、同じようなレベルの人と安全にマルチピッチを経験するためにある。そう言う人は少数派のため、この手のルートは、あまり登られていない。

この時期の人の定番の、安全な岩場(マルチピッチアルパイン)デビューの例:

定番コース :関東の例

1)トレーニング山行:
  3級、4級の岩場(ゲレンデと呼ばれる)に通い岩場慣れする。
  広沢寺、日和田レベル

2)プレ山行:
  三ッ峠詣でを行う マルチピッチ確認

3)本番

本番のロケーションは、人による・・・

例)春のもどり雪 =登攀力はそこそこあるが、しっかりした支点が必要な人
          フリーのマルチ
  乾徳山旗立岩 = 決して落ちないクライミングができ、支点の見極めができる人
          
  前穂北尾根 =体力があり、長時間歩ける人で、誰であっても必ずセカンド

  北穂池 = 読図の山とルートファインディングの山の違いを教えるための山
  
  太刀岡左岩稜 =体力はないが技術力が確かな人 アプローチほぼなし

  穂高屏風岩 = 体力も、登攀力もバッチリで、
          あたふたすることもない精神的安定感のある人

連れて行く相手の体力や時間のゆとり、登攀力を総合して、先輩は判断している。ので、基礎力の底上げを、後輩の側はしておいてくれると、先輩としては、見せてやれる景色の素晴らしさが格段に上がる。

ただ、地味な努力であるので、アルパインクライミングがどんなことか?を理解する前から、そんなトレーニングに励むのは、強い意志の力が必要になる。ヤル気ってことだ。そこが新人が試される点だ。

山のために特別なトレーニングを自ら進んでする意思があるか、ないか?が、資格試験となる。

そうでない人は、ステップアップ自体をすべきではない。

■ フリークライミングの位置づけ

フリーをやらないとアルパインには行けない。フリーを飛ばして、行ってしまう人もいるが、そうすると大きな賭けになってしまう。

2点支持の習得は、私の場合で、約3年くらいかかった。これは普通の速度のようだ。知りあいのしっかりした山ヤで、自分専属の女性パートナーを育てた人がいるが、丸三年、石の上に我慢で、マルチピッチにセカンドで連れて歩いたそうである。ザックすら、本人の分を担いでやって、だ。ということは、下積みがゼロの場合は、3年はセカンドオンリー、というくらいの習得期間が必要ということだ。

20代で登攀をスタートしているわけではない、大人の場合、遅く始めれば始めるほど、2点支持の習得には、時間が余計にかかる、と見て良い。

2点支持の習得は、自転車に乗れるようになる系の習得なので、誰であっても、23歳でスタートするよりは、33歳でスタートした方が習得に時間がかかり、33歳よりも、43歳のほうが時間がかかる。

が、逆に若いからと言って、3年が3か月にちぢまったりはしないようだ。去年、大学生を観察して分かった。おそらく、頻度が重要だからだろう。1ヶ月に一回クライミングするような頻度だと、ムーブを忘れてしまうので、まったく習得ゼロと同じレベルに毎回リセットされてしまうようだ。

2点支持の習得は、すでに習得している人が見れば、すぐに分かる。私も分かるようになった。当然だが、習得していない人が見ても、できているか、どうか分からない。

一般に、縦走上がりの人は、体力を歩荷力と踏破距離で測っているが、登攀へ進むと、体重を落とし、余分な贅肉を剥ぎ取り、体幹、肩、指などの上半身筋力をアップする必要がある。

重曹で培った物差しでは、実力は計れないってことだ。

筋力アップは時間がかかるので、のんびりスタートしていれば、チャンスが巡ってきたときに、チャンスを逃さずに済む。

■ ライフスタイル

というわけで、アルパインを志向する人たちの生活スタイルは似てくる。

週1~2回はジムに通い(=筋トレ、2点支持習得)、週末は、パートナーの有無次第で、岩場か山でトレーニング、という生活に収束してくる。

逆に言えば、そういうトレーニング主体の生活をしないまま、アルパインへステップアップするのは、危険が大きい。

トレーニングと言うと楽しくなさそうだが、こういう時期に山岳会に仲間がいると、楽しくトレーニング生活を送れると思う。

山岳会では、このような環境を提供していない場合もあり、その場合は、大抵の人はジム通いから、単純にアルパインクライミングを捨て、フリークライミングに転進することになる(笑)。

これが現代で起こっていることの大筋だ、と理解するのに、そう時間はかからない。

というのは、登れても歩けない人か、歩けても登れない人しか、周囲にいないなー、と理解が進むからだ…。

目指すべきは、歩けて登れる登山者、だ。 非常に難しい、二律背反であるが…。登れて歩けるためには、2週間に一回の山歩きを端折るわけにもいかず、そうなると、

 2週間に一回程度の山歩き 
  +
 週1~2のクライミングジム通い
  +
 週1で願わくば岩

という生活になり、トレーニングで超忙しくなってしまう…

大体、体格的には、中肉中背&筋肉質のタイプ が適しているようだ。






Tuesday, May 9, 2017

無知+根性=自滅

私は18歳からバレエを習って約20年バレエを習ったのですが、体を悪くして(正確に言うと体を悪くすることを予見して)辞めました。

その時、20年習って分かったことが、バレエは 一方通行の活動だということです。ターンアウトばかり。アウト、アウト、で、インがないのです。

私は骨格が出来上がった大人だったため、体を壊しそうになるまでに、20年かかりましたが、子供だと3歳から習って、15歳で終わりになる…という話が、このKindleブックスに出ていました。

この本をバレエとは、関係がない登山のブログでなぜ紹介しようと思ったかと言うと、この本にある指摘の一つが、

 教授法が曖昧すぎる

という点だからです。 バレエは頭が良くないと上達しない、とよく言われます。実際それは私も納得する点で、先生が発する言葉の一つ一つを自分で精読して解釈し、咀嚼しないとダメです。

1を聞いて10を知れ 

と言われます。 

それって… 登山で一番ないがしろにされていることでは…

この本の著者が出した結論は、その教授法では、ほとんどの子が挫折する、でした。

登山も同じかもしれません。 

落石注意

と書いてもダメなのです…

落石があるため立ち止まらず、速やかに通行せよ

と書かないと…。

春山は危険です

では、ダメなのです。

春の山には雪崩の危険があるため、雪崩の危険を回避できる知識と訓練がある人のみ入山してください

と書かないと。

アイゼンが必要です

だけではだめで、

アイゼンは冬靴に着け、事前に歩行訓練し、長すぎるアイゼンバンドは山行前に切ってきてください

と書かないと…

山岳会の入会歴6年でも、そんな調子なのですから、最近の山ブームで、雪の穂高を見たい!と思って上高地にきただけの若者が、その辺にいる山岳会の新人さんを連れた会山行を見て、どうも奥穂南稜は初級ルートらしいぜ…じゃ、あいつが行けるなら、俺も行けるさ…と考えても仕方がないことなのです…トレランシューズにアイゼンつけて。

それが世の中の現実で、別に山の世界だけで起こっているのではなく、バレエの世界でも、同じことなのです。

で、もって、日本人は妙に根性だけはあるので、困難が来ても頑張ってしまい…バレエにおいては痛みを我慢して奇形を作り、山においては悪天候にもめげずに突っ込み…

どちらも、自滅への道へ突き進んでいるという点では変わりがありません。

立ち止まって考えてみる必要があります。”根性”が”自滅への道”へ続いていないかを。

そして、教授する立場にある人たちは、教授法そのものが、説明不足の、時代遅れのしろものであることを…

Saturday, May 6, 2017

”本格的”登山と一般登山の差とは?

■ 定義

”本格的”という形容詞がつく登山と、一般登山が同場所に存在していることが問題視されている日本の登山界。

”本格的”という形容詞がつく登山がそもそも何なのか?

を一般登山者が分かっていないためではないだろうか?とふと思う・・・

定義:

”本格的”という形容詞がつく登山とは? 登山をするために能力開発が必要な登山

ではないだろうか?

例えば、雪を見たい!だけなら、雪国へ行けばいいだけで、特別な能力開発はいらない。が、春山に行きたい!となると、話は別で、特別な能力開発…雪上歩行訓練や雪上確保等…が必要…となる。

そこが分けて教えられていないために、特別な能力開発が必要な山に、能力開発を怠った人が出かけてしまっているために、遭難多発となっているのではないだろうか?

■ 一般道

”本格的”という形容詞がつく登山をしている人たちの間で、一般道と言われる、一般登山しかしない人がそれ以外あるとは信じていない登山道の一種は、とても歩きやすく快適に整備されている。

ニュージーランドみたいに、一般道は、基本的に、能力開発が必要ないように、道標や整備を充実させ、能力開発が必要な、”本格的”という形容詞がつく登山者が使うトレイルとは全く別にしてしまうということが良いのではないだろうか?

そんなことを思うのは、同じように、”登山道”の一言で片付けられてしまうと…

岩場へ向かう道で見つかるようなクライマーがつけた踏み跡
境界線で見つかるような、良く踏まれた踏み跡
廃道で見つかるような、踏み固められているが落石や倒木で荒れている登山道
破線ルートの比較的良く歩かれている道
破線ルートの全く歩かれていない藪道
藪漕ぎ
鹿道
植林の作業道
入渓に使う釣り師の道
頻繁に崩落を繰り返して付け替えになることが多い人気の踏み跡
遊歩道
木道
よく歩荷に使われている道
まったく歩荷に使われない道
鎖場連続の道
露出感のある道
トラバースの崩壊が気になる道
読図で作路できる道
読図では進路を見極められず、ルートファインディングが必要な道
落ち葉で一杯の道
小石でいっぱいの道
粘土質の道
凍結の道

などなど… 道の”質”についての認識ができなくなるのではないだろうか?

一言、登山道、と言って片づけてしまうのでは…大雑把になり過ぎて。

雪だって、雪の質により、歩きやすさは格段に違う。だから、毎週、同じ山に通っても、毎週、違う質の雪に出会い、勉強になる。

パウダーの時はツボ足では歩きづらくスノーシューが最適だが、雨後の雪なら締っているので、スノーシューは重たいだけ。ツボ足で十分。雪のフリクションの質も毎回違う。

そういう道に対する感性を養っていくのが、山をする、という活動って話だったんだと思う。

岩も同じ。岩も質が色々ある。石灰岩、凝灰岩、花崗岩、スラブ、ボルダ―、クラック、フェイス…全部それぞれ課題を意識して学ばないと、学べない。岩とお友達になるというのはそういう話だ。

沢だって同じであり…同じ沢でも通えば、四季折々の姿が見えてくる。おのずとどれくらいの雨量の時は入ってはならぬ、のか分かるようになる。

アイスも同じで、同じところに通うことで、氷の質の見極めが出来てくる。

それらは、同じようでいて同じではない。難易度は毎回違ってくる。だから、困難度で他人と競争することなど無意味だと理解できてくるはずなのだ。ずっと山をやっていれば。

特殊な能力開発が必要な山に必要な、特殊な能力とは…

1)男性30kg、女性25kgを担いで3時間で丹沢の大蔵尾根を歩ける体力
2)読図力
3)天候の基本的な知識
4)体力・時間、その他の要因を見つつ、ペース配分できる計算力
5)自分をピンチに陥れない生活技術
6)ロープワーク
7)確保技術
8)5.9では決して落ちない登攀力 (RPグレードは2グレード上)
9)セルフレスキューと心肺蘇生等の知識
10)その山の危急時に必要な、防衛体力 (山域によって違う)

です。他にも、要素で考えられるかもしれません。思いつく方はぜひ付け足していただけると嬉しいです。

Friday, May 5, 2017

薄い踏み跡とお友達になる会

■ 新しい友達と

新しい山の友達の単独行の縦走計画に、便乗させてもらって、久しぶりにテント泊縦走に出かけた。

経験が生きる、ということとはどういう意味なのか?今回はそれを理解した山だった。行った山域は、初めての山。

■ 山行前

計画書が送られてきた。稜線をぐるりと回遊。作成者の意図は分かる。ただ最後の下山路は、美しくないというか、既存の道を利用するため、きれいな馬蹄形を描いていなかった。ここは美しく、一つの輪を作れないかな、などと自動的に考えてしまう、悲しい性(笑)。

核心部は?

ヤマレコで、どの程度歩かれているか?を事前チェックすると、踏まれていないのは、最後の下り。美しくないと感じた部分だった。2万5千の地図には記載があるが、道が消失している可能性もあるな、と思う。ただヤマレコユーザーが、古道などというマイナールートを好まないだけかもしれないが…。下山時刻は17時で、核心部が最後にありそうな割には、ゆとりが少なめだと感じた。

計画は大きすぎないか?歩けそうか?

意欲的な計画は好ましい。が、自分の実力以上の計画に同意するわけにもいかない。歩けなかったら、迷惑を掛けてしまうからだ。計画書には、タイムの想定が書かれていなかったので、柔軟な対応が可能な山域なのだろう。初めて一緒に行く人がいる場合は、通常は大きめの計画は立てないからだ。一応、地図上での踏破距離で行くと、長いが歩けない計画のようには思われない。懸念は、最後に特別時間がかかり、ヘッデン下山になるかもしれないという懸念だけだ。

念のため、時間が押してしまったときのために、エスケープに使えそうな尾根には、すべてチェックを入れる。尾根の末端だ。エスケープに使えるかどうか?という判断には、

・傾斜が急すぎないこと、
・末端が崖で終っていないこと、
・ちゃんと近道であること、
・ある程度踏まれていて歩けそうであること

などの条件がある。危険が地図上で予測できるような尾根は基本的に歩かない。たとえば、崩落地や雨裂の記載がある、末端が崖であるなど。ただ崖は結構、突破できる可能性もある。選択肢として使えるか、使えないかは、登り出し前に林道を車で偵察したりする。

単純な縦走なので、

・踏破できる体力
・生活技術
・読図・ルートファインディング技術
・水場
・天候の読み

その程度が課題になりそうだった。この山域の天候はあまり知らないが、土地名から雨が多いことがうかがわれ、予報も雨がちだった。ので、軽量化を優先せずテントとした。水に弱いダウンではなく、化繊の保温着へ。

あまり重さが課題になる山ではなかったため、重量は気にせず、食べものをたくさん持って行った。水容器、ヘッドライトは予備を持った。ヘッデンは下山核心の為、夜間歩行を想定したためだ。ザックは、共同装備の負担を見越して、ゆとりがあるサイズにしておく。誘われた山に、小さいザックで来る人もいるが、共同装備を担ぐ気がない、と宣言しているようで、あまり感心しない。

親睦がメインの為、食当が持てないだろう、つまみなどを持って行った。

■ 実際

行きのアプローチでは、緑がきれいだった。の木と藤の花が印象的だ。

さて、と。取り付きが見あたらない。

同行者が沢のそばの踏み跡をたどるが、最初から危ない。一目見て違うな、と理解できた。これは経験による。

普段、読図が必要な山をたくさん歩いていると、踏み跡にも様々な種類があるのが分かる。古道であれば、荒れていても、元の土台がしっかりしているはずだ。沢の入渓点はしょっちゅう変更になるので、踏み跡が新鮮で、崩れつつあることが前提である場合もあるが…。

そこで、一旦林道に戻り少し探すと、正規の(?)取り付きがあった。小さな蒲鉾板程度の板に消えかかりそうなマジックペンで、雷坂と書いてあった。これでは、よくよく探さないと見つからない。不親切だ。が、そこを見つけるのが、経験値だ、自分で理解できた。山の最初の試験、合格。

さて、と歩みを進める。使われなくなって久しいらしく、倒木で歩きづらい。が、踏み心地はしっかりとしている。ふんわりとはしていない。

尾根に上がるまでは一頑張り、と、承知している者同士。良いペースで上がる。急な尾根だった。同行者の歩みはしっかりとしていて、良く歩いている人なんだなぁと思った。

稜線に出ると、ずっと霧だったが、それくらいでちょうど良い気温だった。古道と古道をつなぐ中間部は、県境を歩く山なので、地図上は境界線ラインがあり、ずっと比較的幅の広い、良く踏まれた踏み跡が見つかる。ありがたく、使わせてもらった。

稜線は美しく、うっとりとするような景色だった。丹沢と奥秩父と南アルプス深南部を思い出した。苔むした森や、ぶなの森をうっとりと歩く。

ところどころで、踏み跡が不鮮明になると、尾根に上がる。と大抵の場合、すでに同じことをした人がいるらしく、そこにテープや踏み跡があった。たいていはピークを巻く、下の方に歩き良い道があったので、省力の為、尾根に登っても、踏み跡を見つけるため、という感じで、眼下に踏み跡を見つける。おかげで良いペースで歩けた。人に踏まれているということは本当に省エネになるのだ。

幕営地に付くまで水場がないので、水は節約モードで行く。最後は峠であるはずだが、稜線越しではない、意味不明のテープを無視して直進したら、崩落だった。降りれるところを探す。同行者が、ここは大丈夫では?というので、見ると、崩れてはいるが、下りれそうだった。念のためというので、ロープを出してくれた。あり難い。短い1、2m程度のお助け紐で一歩だけの核心をロープに体重を預けて降りる。

峠に降りると、ダート道が走っているため、苦労して歩いて来たのに、バイクの人がいた。なんとなく、優越感を感じた(笑)。バイクがなくても来れるってことで。

水場を探しに林道を歩くと先ほど無視したピンクテープの始点が水場だった。なんだ、それで、地形的に合理的でないところにテープがあったのか、と合点する。

石楠花
水場のそばに風の当たらない場所があったので幕営地とし、宴会に取りかかる。なんと同行者は瓶でお酒を担ぎ上げてくれていた!瓶で!美味しいお酒だったので、半分以上、私が飲んでしまったかもしれない。鍋もおいしく、米も生米から、と山岳会仕様でありがたかった。

山の話題で楽しく夜も更け、就寝。随分、霧雨で濡れたので、着干しとする。夏用シュラフでは、もう暑いくらいで、喉が渇き、夜中に一度起きた。

明け方、一雨あり、雨音でうっすら目が覚める。遠くで、何者かが歌を歌っているような歌声が聞こえ、宮崎駿監督の映画の世界を思う。鹿だろうか?音程があった。歌心がある妖怪かもしれない。

少し寝過ごしてしまい、5時起床、朝食をゆっくり食べ、急がず支度したら、7時出発となった。少し遅い出発となってしまったな。

次の目的地までが、あまり踏まれていないと思っていたが、実際は昨日と同じで、境界線を厳密に辿らなくても、いい具合に踏み跡が出ていた。しかし、なかなか到着できない…。あと4kmと書かれた中間地点から、長かった。

踏み跡程度を辿るため、結構アップダウンも出てきた。小ピークが連続する。素晴らしい、美しい場所だが、登りではスピードは出ないなあ。

…これは道が階段状の良くある登山道ではなくて、フリクションで登る力技系だったこともある。意外に時間がかった(汗)。楽なようで楽でない。鼻づまりもするし、しばらく休憩が長いと冷えも感じる。

途中、レンゲツツジ、ろうばい、山アジサイ?など、花が見れた。コバイケイソウの群落が多かった。途中に、赤ちゃんのワラビがいっぱい出ているところは驚きの景色だった。

幕場付近 峠
やっとこさ、という感じで、目標地点に付く。3時間。意外にかかったな、という感想。

山頂はのんびりしていた。やっと日が出て、暑くなりレインウェアをしまい、半そでTシャツに変更する。汗びっしょりだった。その付近から先は、鹿柵が出ていた。

さて、と出発すると、そこから先は整備された木道が出ていた。次の目標地までは、同じ山か?と思うほど楽に到着。

そこでは一般登山者が、のんびり景色を眺めていた。彼らは近所のスキー場から登ってきたのだそうだ。今回、ほぼ初めてといえる展望が開け、霧が晴れる。衣類も乾き始めた。

一般道というのは、ホントにスピードが出るものなのだなぁ。ほんの一瞬の岩場も出ていた。

同行者がボトルホルダーごと、ボトルを落とすが、一般登山者の人が拾って、すれ違いざまに渡してくれた。マジックテープという仕組み









自体が問題があるという結論になり、多少細工する。予備の靴ひもを持っているそうだった。

予想以上の最初の苦戦で、本日の長い行程がまっとうできるかどうか…と考えていたこともあり、さっさと歩く。意外に消化が早い。アップダウンも少なく、快適な水平歩行だったため、予想以上のスピードで、確認すべき通過点を見落としそうなくらいだ(笑)。古道の分岐を2つ通る。


■ 下りの無名尾根

私がヘモグロビン不足であまり登りをやりたくなかったため、同行者に車を駐車した地点にぴたりと降りれる、無名尾根を降りてみることを提案する。

ここはエスケープの一つとして、チェックしていた尾根で、途中まで古道。古道は屈曲してしまうが、尾根越しの、その先には三角点があるピークがあり、三角点がある=踏まれている。さらにその先も顕著な尾根で、すこしだけある急な個所を読図で避ければ、あとは特に難しそうな箇所は見当たらない、平凡な尾根のようだった。尾根の下りは多めにみて3時間、実際2時間半と予想していた。大体、奥秩父のサイズ感だ。だいたい270度の角度で直進すれば、車に降りれる。

同行者も同意してくれ、古道分岐で下りにかかる。

古道だけに、やはり荒れていた。使う人はあまりいなさそうだった。尾根通しではあるが、蛇行して進む。分岐点まできたことはあまり分からず、そのまま尾根通しに進むと、尾根が広くなっているところなど、非常に雰囲気が良い。結構歩いたのち、三角点を見つけ、ほっとするが、村か何かの境らしく、境界線の杭が出ており、読図があっていることを保証してくれる。きっと地元の人は歩いてそうだ。

最後の読図ポイントのピークから、多少判断力が必要で、最後の尾根は完全に歩かれていないかもしれないと思っていた。

…ら、違ったらしく、細い細い番線が出ていた。足を引っ掛けそうで危ないじゃないか。と思う。いったい誰が使っている尾根なのだろう。

一か所急な個所があるので、現場判断で、左側の傾斜の緩いほうに補正する。ちょっとトラバース。こういうところも経験値だ。

機械を優先しようとする人がいると困る。GPSの軌跡は優秀な道具だが、50m程度は普通に誤差がある。

以前、GPSの軌跡をダウンロードしてきて、それ通り歩こうという人がいて参った。その人は、50mの偏差があることを知らないのか、1,2mでもずれると文句を言うのだ。けれど、目の前に急な道と、10m隣に緩やかな道があれば、10m隣の安全な道を通るのが、本来の人間の感性だろう。ところが、機械は正確だ、機械は間違わない、と信じていると、機械とは、人をめくらにし、機械に人を隷属させるもの…。使いこなすのは、あくまで人間の側であるべきだ…。

うまいこと難所を切り抜ける。

ところどころ、岩がちな尾根であることも分かった。

左手の谷地形の部分は、高いところから杉の植林になっていた。植林地には作業用の道があることが多いため、それを探して使うことも選択肢にはあったが、歩けない場所が出るまでは、山の高速道路である尾根を忠実にたどる。尾根終点は大抵急なので、沢地形に逃げることが多い。しかし、この尾根は最後は、蕨畑で、緩やかな傾斜のところだった。壊れた瀬戸物が一杯捨ててあり、ゴミ捨て場のようで残念だった。

その前に駐車していたので、ちょうど車の真後ろに出て、林道歩きを節約できて、爽快。

最後に川で顔を洗い、温泉に立ち寄り、PAでラーメンを食べて帰宅。

楽しい山行だった。

■ まとめ

今回は、黒富士や金峰山、中津森、伝丈沢など、無名の尾根谷を単独で歩いた経験が生きた。

いろいろな種類の踏み跡を見分ける、ということが課題で、その試験には合格したようだ(笑)。

さて、テントを干すとするか。