Sunday, January 22, 2017

幸福

■ 長所を生かす 

なぜ登山を始めたか?

登山は、山梨生活を充実させるために始めた。

山梨で暮らすメリットは何だろうか?と考えて、出た答えが登山だった。

登山の中でも、山梨の取り巻く山々は、岩がちな山が多い。岩場も近い。そのため、登攀、クライミングが係る山が多くなった。

その地に暮らすメリットを最大に生かす。

大きな目で言えば、長所を生かす、という活動だ。

■ 幸せを定義する

大事なことは、自分にとっての幸せを定義する、ということ。

山にさえ行けたら幸せ

と定義したら、本当に年に128日も山に行けるようになってしまった。感謝だ。

■ 変化

山に行けさえしたらいい、と考えるようになって、すべてが変わって行った。

一番変わったのは、モノを全く買わなくなったことだ。

化粧水など、一切買わなくなった。大体、山に行くのに化粧品は全くいらない。前から好きでなかったが、やらなければならないという社会のルールで、お化粧していた。

洋服も全く買わなくなった。山の服にお金がかかるから、そのために買わない。日ごろはあるものを適当に着ているだけ。

食べ物も質素になった。野菜の直売所に行って、野菜だけはたくさん買っていいことにしている。

贅沢をするのは、コーヒー豆。これだけは、良いものを飲みつけているので、月3600円の贅沢を自分に許している。

本も、以前は、もし私が破産するとしたら、本代だろうと思っていたが、今ではほとんど買わない。

図書館で済ませることにしている。

・・・というわけで、すべて山を中心に回り、山を優先する、という決まりになっているので、あらゆるものが、山を軸に整う・・・ので、生活がとてもシンプルになった。

今あるもので済ませられるのに、なんで新しいものが必要なのだろう?という感じだ。

■ 振り返ると・・・

振り返ると、山に行っていなかった大阪や福岡に生活していた頃も、自分にとって何が幸せか?を分かっていないとは思ってはいなかった。

物は吟味して買っていたと思うし、贅沢は慎み、身の丈の生活をしようとしていた、と思う。

けれども、やっぱり、分かってはいなかったなーと思う。

他のことはすべて切り捨てるというか、重要ではないのだ。

世間は、あれも、これも、重要だ、と押し付けてくるものだ。良い大人なんだから、これくらいのバッグを持ちましょう、とか。

そろそろ〇〇というブランドの服を着ましょう、とか。そういう価値観に踊らされないようにするのは、情報にあふれる都会ではかなり難しい。

情報に踊らされずに済む、というのは、田舎に暮らす非常に大きなメリットの一つだと思う。

広告を見ないだけで、雑誌を読まないだけで、本当に自分は何をしたいのか?が分かるようになる。

というか、自分は〇〇をしたいのだ、と決めればいいだけなのだ。 〇〇の内容は何でも実はいい。

それに合わせて不要なものは、そぎ落として行く。そこに幸せはある。

TVを辞め、新聞を辞め、ニュースを辞めれば、悲観的な見方をしなくなる。なぜなら、報道というものは、基本的にセンセーショナルで悲劇的なことを広めるためにあるものだからだ。

逆にフェイスブックで情報収集すると、いいね!が来るわけだから、いいね!というような心温まるニュースが集まってくる。

世の中のネガティブな情報を集めようとしている報道と、世の中のいいね!を集めようとしている報道では、受け取る中身が全く違う。

世の中の希望の無さ、というのは、そうして実は作られたものかもしれない。

人々が自分の情報をアップするときには、たぶん、いいね!と言いたくなるような、楽しいこと、役立つことをアップしたいと思うだろう。(単純に逆に愚痴ばかりをアップする人からは、人は離れて行くだろう)

問題、というものは、凝視していると、どんどん大きくなるものである。

問題が、問題ではなくなる時、それは、ひとつ上のステージに行った時。

ということは、問題解決に必要なのは、対処法ではなく、問題自体が問題と認識されなくなるような高い意識レベルに行くことのほうだ。

結論:

幸福、というのは、作り出すもの、作り出せるもの、見つけるものではなく、すでに内にあるもの。





Monday, January 9, 2017

The quiet triumph

■ 静かなる勝利

阿弥陀北稜の単独は、静かなる勝利だった。

12の力をつけて登る8の山だったからだ。登れて当然なので、チャレンジではなく、ほとんど復習山行に近く、さっさと片付けておこうという感じだった。

行くときが来たのも、おのずから分かった。だから、何の恐怖も緊張もなかった。

■ ギリギリとアルピニズム

アルピニズムには、自分の限界を押し上げる、という要素がある。

でも、単独行では、ギリギリはない。仲間と行く場合に許される安全マージンの厚みが1だとすると、単独では、3必要だ。倍ではまだ足りない。

さらに年齢や性別を考慮して、安全マージンを決める。

高齢者には、若者よりも大きな安全マージンが必要だ。

女性には、男性よりも大きな安全マージンが必要だ。

なので、女性の、中高年者の単独行の場合、若い男性の単独行者よりも、大きな安全マージンが必要になる。

イメージ:

 若い男性のグループ山行に必要な安全マージン 1

 若くない男性のグループ参考に必要な安全マージン 2 (年齢係数で2倍)

 若い男性の単独行に必要な安全マージン 3 (単独行係数で3倍)

 若くない男性の単独行に必要な安全マージン 6 (年齢係数 × 単独行係数)

 若い女性のグループ山行に必要な安全マージン 2 (性差係数で2倍)

 若くない女性の、単独行に必要な安全マージン 12 (年齢係数×性差係数×単独行係数)

つまり、山では、女性、高齢者は、弱者グループに入る。

一方、判断力と言う意味では、一般的傾向にすぎず、本人の知能知数の係数が大きいが

  若い人< 若くない人 

  男性 < 女性

であり、実際、もっとも遭難者として多いのは、

 高齢男性の単独行
 若年男性の単独行

であり、遭難者率が少ないのは、40代女性、50代男性である。これは、知的な判断力と体力のもっともバランスしている年齢が、女性に40代、男性に50代にあるためであろう。

20代男性は、判断力の稚拙さにおいて、リスクグループである。

平たく言うと、20代男性は、一般的に、50代男性よりも、判断力の信頼性に欠ける。

私は、40代、中高年の女性登山者なので、安全マージンは最大に必要であり、若い男性は安全マージン1で行ける山に、理論イメージでは、12のマージンを取って行かなくてはならない。

しかし、そうすれば行けるということだ。

誰も彼もが、同じスタイルで山をしなくてはならない、という訳ではない。

■ スタイル

今回、大学山岳部の三人組が赤岳主稜をやっており、赤岳山頂、行者小屋前、南沢の下山、で一緒になった。

彼らは、80リットルくらいありそうなザックを背負っており、意気揚々と歩いていた。靴はみなおそろいのプラブーツ。部活のおさがりだろうか、一番安いからだろうか。

きっと赤岳主稜ということだから、きっと、初心者同士で、ワクワクしながら挑んだ初のバリエーション、などという位置づけだろう。

帰りに南沢で、「どちらまで」と聞かれたので、「阿弥陀北稜」と答えたら、主将と思しき彼の顔が曇った・・・

気持ちは分かる。 自分たちのやった山が小さくなってしまったように感じたのだ。

でも、私は、何キロもある荷を担いでいない。スピード重視で軽量化した。

私には彼らの重装備スタイルでは、主稜も北稜もない。そんな荷を担がなくてはならないのなら、登れなくなってしまう。

練習の山のときは・・・たとえば、南沢のアイスの時など・・・できるだけ重い荷を担ぐようにしているが・・・本番でわざわざ重くするっていうのは、ない。

軽く、早く・・・こういうスタイルしか、今後もおそらくできないだろう。それにあったルートを選んで行かないといけないのだろう。

長さのある、体力勝負のルートではなく・・・

そして、普通の若い男性が、安全マージン1で挑む山に、安全マージン12ができるまで、時間を掛けて、地道に実力を蓄積して、挑んで行かなくてはならないのだろう。

大きな安全マージンが必要になることは、時間がかかるが悪いことではない。

時間なら、たくさんあるのだから(笑)。

12の力をつけて、8の山に登る。静かな、安定した勝利だった。誰のものでもなく、私の完全に個人の勝利だと感じた。

今回最も満足感を覚えたのは、自分の足跡を見たとき



 

 

Friday, January 6, 2017

阿弥陀北稜・・・ソロ好機

■ ちゃっちゃと済ませましょうな阿弥陀北稜

阿弥陀北稜にソロで行った。

ものの見事に、誰も「行くな」と言わない(笑)。何人かに行くことを言って出かけたが、誰も問題視する人がいなかった。

毎日、天気図を見ている。6日は、等高線が大きく開き、年に一度あるか?ないか?の風の無い日だと分かっていた。

大体、この地方は、正月明け第一週目に好機がある。去年はそれを甲斐駒に使った。

猪熊予報士の予報は、

ーーーーーーーーーーーーーー
6日(金):日本海から本州付近へ進む高気圧に覆われるため、晴れる。午後は風も落ち着いて、この時期としては比較的穏やかに。

7日(土):引き続き、本州付近を東進する高気圧に覆われるため、晴れる。稜線では西寄りの風がやや強まる見込み。
ーーーーーーーーーーーーーー

だった。

■ 八ヶ岳は天候核心

八ヶ岳の山々は、天候核心で知られている。

八つに限らず、どんな簡単な山でも、冬山では悪天候ともなれば、山は人に牙をむく。

八ヶ岳に特徴的なリスクは、低温だ。低温は八ヶ岳の場合、-17度程度は、平常だ。だが、そこに風が加わると、一気に凍傷のリスクが増す。だから、八つでは、凍傷はただの脅しではない。

が、この日のこの天気図は、、を意味していた。

翌日は?  引き続き晴れ。

翌日を考えるのは、遭難した場合を考えるためだ。翌日に大雪が予想されているような日は、前日が晴れでも遭難がありうる山には、ふさわしくない。一旦荒れれば、救助は延期になる。冬山で2泊以上のビバークに耐えるのは困難だ。

というわけで2日連続して安定した天候となれば、大チャンスだ。

好機は短い。8日には降雪が予想されており、降雪がくると、時機を逃してしまう。ラッセルが必要になるからだ。

ラッセルがいるなら、交代要員として仲間がありがたいのだ。

それで、急遽、行くことにした。ソロ好機、というわけだ。

■ 行けない理由がなかった

阿弥陀北稜は、3年前から登れると分かっているルートだから、技術的には、まったく緊張はしなかった。

阿弥陀北稜のリスクは、

 ・阿弥陀からの下山での道迷い
 ・中岳沢の雪崩

だ。

 ・風と低温

は、八ヶ岳全山で共通。 この日の天気図に寄れば、下山で道に迷うことがあるとすれば、天候のせいではなく、本人のポカミスしかない大快晴。しかも、正月明けでトレースバッチリ。

中岳沢の雪崩は、登山体系にも書いてあり、下りに中岳沢を使う人は、おそらく登山大系を読んでいない人だ。

今年は年末年始に雪が少ない。前日の降雪が、たとえ5cmでもあれば、中岳沢は地形的に雪崩れの危険があるが、山の外から、天気を追っている限り、降雪した様子はない。

雪崩れについては現地で判断することにした。降雪は現地でないと分からないからだ。

■ 準備

前日、ネットで記録をチェックすると、30日に入った記録があり、トレースは明瞭だろうと思われた。

まぁ、なくても、見つけるのがそう難しい尾根ではない。大丈夫だろう。このエリアには、すでに詳しく、阿弥陀は何度か登っており、中岳沢も無雪期に使ったことがある。

2万5千の地図は当然だが用意したが、おそらく見なくてすみそうだ。

阿弥陀北稜の登攀は易しいので、シングルアックスで良いと思った。が、ダブルアックスを薦められたので、一応持って行った。

しかし、岩を登るときは、無雪期はストックなどが邪魔になるのと同じで、アックス邪魔かもしれないと思った。

やっとクオークの出番が来た。

南沢のアプローチでは助かるが、登攀では邪魔なのでストックは置いて出た。

登攀は易しそうだったので、縦走用のアイゼンを使った。いつもアイスに使っているモノポイントが必要なシビアな登攀はなさそう・・・むしろ、雪稜向けが良いと思われた。

滑落のリスクは、いくら登攀が易しくてもある。ヘルメットは必要。

遭難した場合のことは、どうだろうか?

今回は、翌日が晴天だし、色々な人に声を掛けてあり、特に対協の人に渡すものがあり、約束してあったが、それが渡されないと異変に気が付いてくれるだろうと思われた。保険に使った。

何かあったとしても、翌日まで待てば良いだけだろうと予想できたので、シュラフとツエルトを、ダウンの上下とSOLのレスキューシートに変更した。あとは替え靴下。

ソロだから、ロープがあっても仕方ない。軽量化のために、ロープとコッヘルストーブのセットは置いて出た。一晩くらいお湯が沸かせなくても困るまい。ロープの代替えに7ミリの長いスリングとカラビナを一つ、ハーネスとセルフ用のPAS。登攀が易しいので、ロープはお助け紐的用途で。主に敗退時を考えた。あとはカイロ。

以前いた会では、厳冬期の阿弥陀北稜山行で、凍傷者を3人も出した。

登りは良いが下りで風にやられたのだ。天候が悪いのに、ガイドが引き返した山を引き返さなかった。

替えの手袋は、だからではないが、3組持った。インナーを入れると5組。

というわけで、ザックは限りなく軽い。コーヒーと紅茶と食事は多めにもった。

今回は、軽く早く抜ける作戦だ。

ロープもガチャもない。これで遅いわけがない。

■ 当日

朝、甲府では、車のフロントガラスが凍っていなかった。どうも予想より温かいようだ。八ヶ岳では、日中でもー9度の予報なのだが・・・。

美濃戸口までの、もう慣れっこの道を飛ばす・・・今日はいつものクライミングより早出だ。5時出発。いつものコンビニに寄って、肉まんをひとつ食べた。

今日は、美濃戸口の八ヶ岳山荘に立ち寄る用事があるが、朝が早いのと、山行管理を兼ねている狙いもあり、帰りに立ち寄る予定だ。

当初、美濃戸口に車を止めるつもりだったが、鉢巻道路は、降雪がなく、夏道。なので、美濃戸まで行く。まったく夏道だった。

途中、登山者を拾ったら、宮崎からの人だった。駐車場代を半分出してくれて、感激した。(よかったのに。)アイスクライミングもする人だそうだ。赤岳は初めてということで、北沢を行くそうだった。

私は南沢から慣れた道を行者小屋まで。途中、アイスに良さそうな滝を写真に取る。

南沢は、前に来た時と同じ、凍結のままで、雪はほとんど増えていない。前日の降雪の様子もない。木々は黒々としたままだった。気温は、それなりに冷えてくれていた。良かった。

途中、登山者を1組追い抜き、美濃戸口に7時、行者に9時到着。予定通り。

行者小屋で支度。ハードシェルを着て、アイゼンを履く。

アイゼンは縦走用をもってきたが、アイスで履いているダブルのブーツに着けると大きかった。アイスをするようになって、ダブルのブーツを履くようになった。凍傷になったからだ。クライミングでは、縦走より、よりタイトフィットな靴を履いている。だから、アイゼンのサイズを3サイズも下げなくてはつかないのだった。

ハーネスをつけ、PASを付け、バラクラバを被って、ヘルメットをつける。冬グローブに替え、クオークを手に持つ。

そこまでしてから、チョコバーを食べた。熱い紅茶が美味しい。今日は素晴らしい晴れだ。

一応、単独なので、山が発する、なんらかのネガティブな情報・・・行ってはいけないと言う警告・・・がないか、と目を凝らしながら、アプローチを歩いたが・・・、なかった。

今日は、単独でバリエーションをするのに、いかなるマイナス面も見つけられない・・・。

もし、山が一言でも、行くなと言えば、引き返すつもりで来たのに、その声は一つもないのだ。

緊張もしていないし、不安もない。

山は光り輝いており、気温は低く、空気は安定しており、風は、ほぼないに近い。ルートも明瞭で、雪崩の危険も、兆候もない。

もし、少しでも私自身に緊張や不安がよぎれば、引き返すつもりだが、その気配は全くない。完全にリラックスしている。

まったく初めて取り付く尾根で、しかもロープを出すべき、バリエーションに、ソロで向かっているのに。

ここは、本来は今から組みましょうというザイルパートナーと、ロープワークの確認のために行けば、ちょうどいいような山なんだけどなぁ。登攀は易しいから、ロープに集中できるってわけで。

今、ソロで向かっている、この尾根をソロで行くと言ったら、前の師匠の鈴木さんは、悲しむかもしれない・・・と、ふとよぎる。

仲間を大事にするように、というのが師匠の教えだった。

でも、その”仲間”は、私を含め他の仲間をむしろ、本来なくても良い危険にさらす事の方が多く、私はソロのほうがむしろ安全、というわけだった・・・。だから安全を優先するとソロになってしまう・・・。本当はそうしたくはなくても。

大量にお酒を飲んだ後の雪山登山は危険だし、確保理論を学ぶ気がない人のビレイも危険だし、ノットを予習してこない人の支点は信じるに値しない。

天候核心の山で悪天でムリをする判断に同調しないといけないとなると、パーティ全体が危険にさらされ、その際、山が最初に命を狙うのは、最も弱い者だ。それは一体誰になるのだろう・・・ 私ではないのだろうか?

■ 北稜

行者小屋で中岳沢の分岐から行くことにする。時間重視だ。行者小屋から、中岳沢のほうに登山道があり、トレースがついている。今日は、降雪もなく、雪は少なく安定しており、雪崩の危険はないと分かる。

10分程度で、ジャンクションピークへ向かう踏み跡が出ているので、それに従う。

トレースを追うような山をするのは本望ではないが、ここは人気があるルートなので、仕方がない。八ヶ岳は寡雪なので、一度着いたトレースが無くなることの方が難しいのだ。あちこちにトレースがついているが、大抵はバリエーションへ向かっている。

最初は樹林帯だが、じきに稜線に出る。ほんの小一時間で、取り付きまで導かれてしまう・・・。

先に先行パーティがいるのが見えるので、わざと歩みを遅くして、うんと手前で行動食を食べる。稜線は風が強いだろうし、待っていると先行パーティにプレッシャーを与えてしまうからだ。

しかし、そうやって時間をつぶしても、追いついてしまった。1P目は、3人だったので、最初のクライマーが登ったラインに取り付いて、そのパーティを追い抜く。一瞬だけの易しい岩。

しばらく、50度~60度くらいの雪の斜面を行く。下を見ると墜ちれないことは分かる。でも、雪はしっかりしているし、落ちそうにない。でも、夫は来れないな・・・。これは無雪期の明神主稜の時もそう思った。

次のピッチでも、先行パーティがいた・・・。ハデハデパンツで、ガイドさんかなぁ。トップは3mほど上にいるが、安定していそうなので、追い越させてもらうことにした。

カンタンな3級。支点を工作している?トップは、クローブヒッチができないと言っている。クローブヒッチができない人が来ていいところとは思えないんだが・・・。

「追い抜くなら左から追い抜いて」と警戒音を出されたが、たぶん、自分が指導中のトップに危害が加わると言う気がしたのだろう・・・。

左はホールドもなく、アックスも刺さらず、悪いし、別にトップの人はしゃがんで安定しており、単にモタモタしているだけであったので、正規のルートを取らしてもらう。

こんな初心者状態でルートに来たんじゃ、何も学べないよ~と私とかは思ってしまう。

たぶん、高橋さんも(教えてくれた先生)そうだったんだろう、実際、講習は、単なる懸垂下降だけに終わって、つるべはしなかったんだよなー。ノットから教えなきゃならないんじゃ、現場で支点作っていたら、危険極まりない。そう、あの時、私以外の人はエイトノットも、結べなかったんだよな~。ムンター、クローブヒッチ、何をかいわんや。

そんな感じのトップを追い越すと、もう何もなく、雪稜を歩くだけで、阿弥陀山頂だった。

振り返ると、トップの人がもたついているので、もしかして・・・と思い、雪に埋まった木でビレイできるよ、と教える。ホントにまだ、何も知らないで来てしまったんだろうなぁ・・・ なんだか気の毒に・・・。

稜線の景色は素晴らしく、クライミングは易しく、のんびりとして、行者小屋から2時間で阿弥陀山頂。

アックスは、結局、終始一本しかいらなかった。

山頂で、たまたまその場にいた人に記念写真を取ってもらった。同じ山梨の人で会話が弾んだ。

今日は素晴らしい景色で、冬山のNo1リスクの風も、凪と言っていいほど。

実際、阿弥陀から、中岳への登り返しで厚くなり、文三郎道の手前でハードシェルを脱いだ。

文三朗道へ出ると、朝、美濃戸までの林道で拾った人と再会。一緒に赤岳山頂を目指した。

初めての赤岳挑戦にワクワクしている、その人の話を聞いていると、昔の自分を思い出す。まだ赤岳が大きい山だったころのことだ・・・。

まだ、およそ、3年前・・・。あの頃、私は山岳会に入って、どんな山が広がるのだろう、とワクワクしていた。

赤岳と山岳総合センターの講習日が、ぶつかってしまった時、山岳会が主催する赤岳を選んだのだ。講習会は、アルパインに必要な、継続的な仲間ができる場でない、と思って途中で辞めた。

赤岳は、”本格的”がつく登山の登竜門だ。

ちゃんと登れますよ、ということを山岳会に示すこともできるし、今から本格的な山したいです、という意思表示もできる。仲間と登りたいのだ、ということも・・・。

この時は先輩たちが6人も来てくれたのだった。たぶん、女性が珍しいからだろう。

(でも、この赤岳で、赤岳に行くのに6本爪アイゼンで来る人や下山でバテて歩けなくなるメタボのおじさんがいた・・・この時にすでに、失望は暗示されていたのだった。)

あの頃、まだうぶだった私・・・今では、すっかり心臓に毛が生えてしまったかもしれない。

もう山岳会には何の憧れも幻想も持っていない。山岳会の外に優れた人がいると思う。というか、優れた人から辞めていくのではないか?と思ったりもする。会は機能していないからだ。

阿弥陀登頂は11時。30分ほど遅れているが、ほぼ予定通り。

まだ陽が高く、早かったので、赤岳から地蔵を回って帰った。

今日は、阿弥陀北稜の登りよりも、一般ルートの阿弥陀から中岳、赤岳方面への下りのほうが厳しい箇所があったようにも思う。

赤岳が本格的な登山の入り口と言うのは、その通りだ。赤岳の下りなど、ありとあらゆるアイゼン歩行技術が全部出てくる感じだ。

それにしても、3級や4級の岩場に必要な安全マージンは、女性の場合、5.10bなのだ。

(今私は5.10bがレッドポイントでき、正対、側体が板についたくらいの腕前なので・・・。)

私自身は、5.9が確実になろう!と思ってきたけれど、それは三級やⅣ級の岩場のためであるとは思っていなかった。三級Ⅳ級なんて、三つ峠みたいなものだから、楽勝の気持ちがずっと以前よりあった。でも、2年前ではソロの許可は出なかっただろう。

今日の阿弥陀北稜のソロ計画に、誰も意義を唱えなかったことを考えると・・・私自身が思っていた安全マージンより、より大きな安全マージンが必要だったのだろう。今はそれがあるのだろう。

北稜は、2年ほど前でも、山岳会の先輩から、私の力でも簡単に登れると言われていた山ではあった・・・がそれはビレイを前提にしていた。

阿弥陀北稜は、山岳会の新人は誰でも連れて行ってもらえるルートだ。入門ルートだからだ。

講習仲間が次々と連れて行ってもらう中、行く機会がなかった。行く相手がいなかったからだ。誰も復習山行しないのかしら・・・そう思っていたけれど・・・、一度連れて行ってもらったルートに復習山行する発想をする人は少ない。

相手がいないなら、単独で行けばいい。その力がつくまで、2年かかったとも言える。

単独は、8の山に登るために12の力が要る。12の力があっても、8の山にしか登れない。

今日のこの山の勝因はなんだろうか?

この7年間で身に着けた、八ヶ岳や近郊のエリアの気象に対する知識、
八つの雪に対する知識、
最近八つに行きつづけており、直近の様子を熟知していること

・・・これらで掴んだ好機だった。

■ 余禄

赤岳山頂は12:30 行者小屋14時。16時下山終了。16時すぎには、樅の湯に入っていた。

今回は、ちょっと何かご褒美が欲しいと思ったのだった。

結局ノンアルコールビールと焼売、ちまきで乾杯。悲しげな様子の中国人の人から、買った。ちょっと幸せのおすそ分けをしたいと思ったのだけど、どうだったか・・・。

阿弥陀北稜は小さい山だが、小さい山でも、自分の力で行くと格別、幸せだ。

自分の力で、自分を幸せにできる、と納得できるからかもしれない。

考えてみれば、山をすると選んだのも自分だし、阿弥陀北稜が単独で登れるまで、なんとか来たのも自分。

自分自身の幸福は自分で作り出すもの、与えてもらうものではない。

久しぶりの良き山だった。

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