Saturday, August 12, 2017

男性初心者を育てる難しさ

去年の今頃のことを考える。小川山でテント泊していたんだが…。ちょっとした事件があった。パートナーのことだ。

私は、山では、ホントに男性と女性では危険の認知力が違うと思う。おそらく、女性は子供を守ると言う本能を与えられているので、危険認知が、男性の数倍早い

Kさんという講習生の同期がいた。一緒にアイスしたりして楽しく登っていたんだが、無雪期になって沢シーズンに入ると…出てきた行くところリストは、ものすごい難しい沢山行ばかり…。当時の沢の師匠に見せると、初心者が行くには危険極まりないところばかりだそうだった…。ので、それを彼にフィードバックすると怒ってしまったのだ。ので、彼とは山に行かないことになった。

山をまだ良く知らない男性山ヤとのパートナーシップの解消はこういうケースが多い。

皆、行きたいところが、”いきなり高度”すぎる。”段階を踏んだ成長”ということを全然理解していない。

それで、私の方から 

 「無理強いされて死ぬくらいならパートナー解消」

となってしまう。Kさんの時も、この事例で、私は沢の師匠になってくれる人を見つけていたし、二人で門下に下ろう(笑)と思っていたのだが、彼は、師匠に付くなど、男の沽券にでもかかわるとでも思っていたのか、沢登りに師匠が必要とは、予想だにしていないのだった…

で、けんか別れしたのだった。私が見つけた人は、素晴らしすぎる沢経験が豊富な師匠だったからだ。彼にはその価値がワカラナイのだった…。

テント泊では、その喧嘩の事情を誤解した人が、私がKさんと登らなくなったことについて、否定的なことを言ったのだった。事情をよく知りもしないで。

■ 男子は難しい

男子というのは、ホントに山にたいして自信が一杯過ぎて、難しいです。 

大学生のO君も同じでした。 私は間違って、初級のアイスのルートにセカンドで彼を連れだしてしまったのです… 連れて行って見ると、「懸垂下降したことありません」。

懸垂下降と言うのは、アルパインでは最初に習う技です。ないとどこへも行けない。

ですから、したことがないということは、まったくのゼロ初心者、と言う意味です。敗退ができない人は、どのようなルートにも行くことが許されないのですから…。

ですから、この時のこのセリフで、私は、ハッとすべてを理解し、このルートのあとは、人工壁に連れて行き、バックアップがついた超安全モードの初心者向け、懸垂下降から、支点の作り方、セカンドの確保のセット、つるべ、基本的なムーブまで、色々教えたのでした…。これらはすべて私が有料で学んだことです。

さらに岩場もデビューしてもらわないと、ルートはないので、岩場デビューまで、先輩に頼み込んで、面倒を見たのです。山岳会も知人や友人のつてで彼の年齢にあっていそうなところを探し一緒に例会に行ったくらいです。アイゼントレのための岩トレもしてあげました。自分には必要ないけれど、後輩を安全に山に連れて行くためには、先輩の義務みたいなものです。

それでも、やっぱり、彼はビレイを習得してこなかったのです…。知り合って1年が過ぎ、彼にはリード壁での技術習得が必要だと言ってあったのに、彼のビレイを見ると、去年のままでした。

ビレイと言うのは、意識が分かります。ただ持っているだけでいいという教わり方をしてしまった人など悲劇です。

外のアイスからビレイを入門するのは、初心者に誤解を与える非常に大きなリスクで、アイスではだらりんビレイがだいぶ許容されています。落氷があるからです。しかも、アイスで通常リードするのは、絶対に落ちないベテランと決まっています。なぜなら、それだけ墜落が許されないからです。なので、結果としては、ビレイは形骸化します。つまり、落ちないから誰でもいいし、だらりんだろうがなんだろうが、クライマーとしてはリスクは変わらないので気にせず登る、ということになります。

しかし、初心者は、それがアイスだけの、またベテランがリードするときだけの特別な事情とは、まだ分かっていないので…そのようなビレイを常用するようになると、非常に危険です。フリーでは全く許されないビレイ、人工壁だと完全にアウト、と言うようなビレイをします。

私はパートナーは欲しいですがビレイができないような人は、さすがに無理。どのようなクライマーでもビレイが確実なビレイヤーを求めるのは贅沢ではなく、ただの必要最低限ですので、この子はかなり大事に育てた人でしたが、やっぱり無理だな~と思いました。

男子には、誰か大人の男性が、きっちり山ヤになるにはどういう責任が附随するのか、教えてくれないとダメです。 

じゃないと、ただロープ持っているだけで、俺ってイケてる~って思っちゃうのです…。

なにしろ、アイスクライミングや岩登りは、周囲の人間には全く理解されておらず、ギアを持っているだけで、鼻高々になれる活動だからです…

一般に、山登り自体が、全体的にそんな面があります。ギアが特殊なので、特殊な感じを漂わせています。平たく言えば、知らない人からみたら、なんか凄そう…

ですから、余計に、謙虚な姿勢で臨む必要があると思います…。

■ 過去の経験から学んだこと

私はこれらの経験から何を学んだのでしょうか?

1)事情を知りもしないのに 予断で判断するのは失礼だということ

私はKさんとのことを一方的に悪人扱いされ、嫌な思いをしました。Kさんと一緒に登れないのは私だけではなく、たとえ男性でも初心者だったら無理です。命がいくつあっても、足りないことになってしまいます。自分で自分の命を守るのは自己責任なので、Kさんと登っていないのは、私は正しく自己責任を取ったということになります。

2)ビレイくらい確実な人をパートナーに欲しいと思っていること

私はビレイが良く何度も墜落を止めている経験がすでにあるなので、私自身にも、私の墜落を止めてくれると信頼できる人をパートナーに欲しいと思っています。それくらいは最低限の条件で。

3)ビレイヤーを育てるのは、男性は男性同士で。

女性に対しては男性は甘えが出るので、ダメなのではないかと。言って聞かせて分からない場合、対処法がなくなります。

一般に若い男性は、根拠なく、女より自分が上と思っています。もちろん、体力は上でしょうが、危険だよ、と指摘されたとき、理解する頭脳が停止状態になるようです。

たぶん、運転が危険だと指摘されると腹が立つのと同じなのでは?

4)ビレイヤー育ては、最初が肝心

ビレイを習得すると言う面で、落ちることがないアイスクライミングでビレイデビューすると言うのは、最悪の選択肢です。

やはり墜落が当然のように繰り返される人工壁でバンバン落ちるのをバンバン止めるというのが大事なことのように思います。

5)手放す

言って聞かせても分からない人だったら、いくら自分が一杯自分の時間を使って育てた人でも、執着を手放して、あきらめる必要があります…

時間を返してほしいと言うような気持ちになったりもしますが…その分の時間で、普通に遊びに行けたりもしたはずですから…

手放すということを学ぶ良い機会なのだ、ということなのでしょう。

6)要らないプレゼントはあげない

O君がそもそも、ビレイを習得したがっていたか?というと… もしかしたら、違ったのかもしれません。

そうなると、私が先輩を引っ張り出して岩トレしたり、色々した努力は彼にとっては、あまりあり難いことではなかったかもしれません。事実、お礼を言われたことがなかったような???

ということは、擦れ違いのプレゼントということです。

すれ違いのプレゼントは悲しい… 相手が頼んできたときだけ、プレゼントをあげる、ということが大事なこと、

特にこの辺は女性と男性では話が違います。

女性は、相手のニーズを察して、相手が言葉にする前に差し出すことを思いやりのある態度と思います。

男性はそうではなく、自分が頼んだことでない限り、やってもらった、とは思いません。

以上が、これらパートナー候補者2名から、経験から、学んだことです。





Monday, July 31, 2017

夏山の混雑はコントロールできないリスク

私はグロービスという社会人大学院でマーケティングを学んだ。そこで分かったこと…マーケティングとは、ビジネスに都合のいいことを拡大し、都合の悪いことは伝えない、という首尾一貫した姿勢を戦略と呼び、取ることが多いということだ。

実際、マーケティング戦略を立案するのだが、優劣というのは、整合性、主張が首尾一貫しているかどうか?で決まる。

しかし、実際の世界は、長所は欠点の裏返しであり、山においても同じことだ。山は美しいが、それは人の手が入っていない、ありのままの自然だから、という訳であり、それは、お天気が変わりやすいとか、救急車を呼んでもすぐ来ないとか、登山道は無舗装路であるとか、石ころが滑りやすいとか、空気が薄いとか、坂が急だ、とか、すべて、自然が自然のありのまま、だからである。

で、私が思うのは、山の雑誌は、マーケティングが良すぎて、山のいいところしか、雑誌の中で取り扱っていないということだ。

私が持っている古い岳人などは、今の雑誌のつくりと全然違う…。おとぎ話みたいな耳触りの良いことだけを雑誌やFBでアップしている雑誌を見ると、マーケティング的には合っているけど、山の神様はきっとうれしくないよなぁと思う。

山小屋も同じことだ。ヘリで石油を大量に荷揚げして、発電機で電気を作って、安い冷凍食材を提供するから、結果としては食材は多国籍、大量の糞尿は標高が高いため、なかなか分解されず、地層を形成中みたいな状況、山の神様がうれしいと思うだろうか…?

結局、”山の神様”に仕えているのではなく、”カネ儲けの神様”に仕えている、ということが、そもそもの問題なのだろう。

こうした傾向は、私が思うには、ここ20~30年で強化された傾向だ。バブルを経験し、バブル崩壊を経験し、小泉改革で、弱肉強食、競争がより激化して、カネ儲けになれば、黒いカネも白いカネも同じだという風潮が強くなり、例えば、銀行でさえ、サラ金業に手を出しても、罪悪感もなければ、社会的にも問題視されない、という世界になった。

”山の神様”が喜んでいないだろう、と思われることをするのは、”自分の中の良心”も喜んでいないことをしているのと同じだ。

なぜなら、両者は同じだからだ。

したがって、遭難が増えるのは、当然のことでしかない。登山者に山の真実の姿を伝えていないからだ。

山に登るにはリスクを起点にプランニングしなくてはならない。そんなことは、山岳会にいる山ヤだったら、誰でも知っている。

リスクを起点にプランニングする、という点がありきたりのことであるのに、その作法も伝えられず、プランニングのイロハや安全で確実なステップアップ法も語られない。

リスクが語られるときは遭難数や事例で、そんなのは特殊事例として、一般登山者の頭の中ではスルーされるのが落ちである。大事なのは、ただ楽しいだけの山をしたい人(=意識が低い人)にも届く書き方なのだから。

雑誌で語られるのは、なんだかポエティックで、メルヘンな、お花畑なセリフ。”かわいい”とか、”きれい”とか、”楽しい”とか、”やったー”とかで、三歳児みたいな語彙である。

そんな風にして山をただの空想上のメルヘンにしてしまうから、まさか、アイゼンがいるんですか?みたいな登山者が来てしまう。その人に悪気があったわけではなくて、知らされて当然のことが、登山者数を増やしたいと言うマーケティング上の、つまり、カネ儲け以上の都合のために、知らされていないのではないか?

そんなことをいつも思う夏山の遭難…

大体夏山をプロモーションすること自体が良くない。山岳会に所属しているような人は夏山の縦走路にいること自体が、実はとっても珍しい…。

山では、混雑自体がリスクで、そのリスクは、コントロールできないものだから、である。

しかも、その混雑の主体を成す登山者像は、ほとんど、山初心者、つまり巻き込まれ遭難の可能性も高い。

上からおじさんがふってくる、など。

そうしたリスクはコントロールできないため、大体事情を良く知っている人はそのようなリスクを回避して、そもそも行かない(笑)。

そして、そういう人は雑誌を読まない。役立つことは書いていないからだ。

私の周りで山の雑誌を読んで、山に行っている人は一人もいないような気がする。






シラケた言葉

山をやる、とは、リスクも含めた山のありのままの姿と対峙していく、ということである。

どんな山、たとえハイキングの山でもリスクフリーの山なんてない。

そのことを理解するのがいかに難しいか?と最近つくづく思い知らされた。

夫は、「楽しく一緒に山に登りたかった」んだそうである。

これを聞いて私が喜んだか?んなわけないでしょ。白々とシラケた。

どれだけ私の努力を全くをもって分かっていないのか、この言葉に表れている。夫ほど身近にいて、私が努力する様子を見ているのにも、かかわらずである。

山のリスクを理解するといことがいかに難しいか?…とつくづく思い知らされた

これだけ私と一緒にいて、山のリスクを全然分かっていない。夫と私が ”一緒に楽しく登る” なんて不可能なのである。彼に成長する気がないから。

成長する気というのは、
(道迷いを防ぐために)読図をマスターし、
(雪上歩行を習得するために)雪上講習に出て、
(滑落に備えるため)滑落停止訓練をし、
(山では岩場もでてくるので)岩講習に出て、
(滑落に備えるため)ビレイをマスターし、ロープを買ってノットとロープの扱いを覚え、
(そもそも滑落しないため)クライミングジムに行って、登攀の練習をし、
(登っている間に技術不足でビバークする羽目にならないように)易しい岩場に行って、1日で何ピッチ、ピッチ数が稼げるか数え、
(それでも滑落してしまった場合に備えて)レスキューの講習に出て、宙吊り脱出と自己脱出くらいし、
(自分たちで最低限のレスキューはできるように)ザック搬送を互いに学び、
(それでも瀕死の事態になったとしても救急救命程度はできるように)日赤に救急救命法を受講して、

そして、やっと、私が行く山に行けるのである。

彼はこれをするのに、少なくとも3年かかるだろう。真面目にフルタイムでやって3年かかるのだから、片手間にやっていたら、6年かかる。

だから、夫と楽しく一緒に、なんて、ない。

夫が楽しく登れる山に合わせていたら、ただのハイキングになり、そんなの、私が何もタノシクナイ。

例えば、まったく同じタイトルの映画を見るのでも、大人と行けば自分も楽しむだけで良いが、子供と行けば、相手を保護しないといけなくなり、自分の楽しみは後回しになるでしょう。同じことです。

夫はそもそも、ハイキング山行で、相手を楽しませるだけの、何の素養も持っていない。むしろ、教えてもらう側であり、彼の安全を見守ってもらう側だ。

だから、ハイキングに行っても、私のガイド山行になってしまう。

しかし、これは、夫だけでなく、山岳会にいたおばちゃんたちもみな、同じだった。山岳会に20代のときからいて、60代になったおばちゃんも同じだった。

他の人のガイド山行にフリーライドしていて、「一緒に行ってやっている」とまでは言わないまでも、「”一緒に”楽しく登っている」気持ちなのである。

それで、そこを分かってもらうため、私がリーダーの山行の時(読図山行)、

 地図を持ってこない人が一人でもいた時点で、たとえそこが駐車場でも敗退にします

とした。読図山行で地図をもってこなかったら、何しにきてんのって話だ。

すると、陰のリーダーの先輩が慌てふためいて、なんとその女性の先輩の家に地図を届けに行っていた(笑)。つまり、その人が地図をもってこないことは確実なこと、だったのだ。

このリーダーの行動は良くないことだ、と思う。

自分の準備不足のせいで、山行が不成立になる、ということを経験させるべきだったのだ。

運命共同体ということの、本当の意味はそういうことだからだ。

だから下辺の人は努力して上がってきてもらいたいし、上の人はその人を引きあげようと言う動機になるのだ。

そうでなかったら?悪魔に魂を売っていることになる。安全が犠牲になるからだ。

連れて行ってあげる&連れて行ってもらうという、一見、平和的解決だが、少しでも問題が起これば、一気に共倒れになる。

一人前の山ヤだったら、誰もいなくても、下山できないといけない。人の指示がなくても、ちゃんと低体温症から身を守れ、雨具くらい指示なくても着ないといけない。東西南北くらいは分かっているべきだ。

そんなのは、おやつを大量に持ってくる前にしておかなくてはいけないのに、みんなの意識は、大量におやつ持って行く私=貢献、なのである。

じゃないよ。

山やは、最低限、地図くらい、ちゃんと持って行ってよ。

あなた地図持って行く人、私おやつ持って行く人、なわけないでしょ。

人生も同じである。あなた食べる人、私作る人、なわけないでしょ。

どっちも、ちゃんとできた後の役割分担でしょ。そもそも、できないんじゃ、タダの依存。

Friday, July 28, 2017

Rock Climbing 002

 なかなかお目にかかれない最近創刊されたクライミング雑誌を発見したので、購入☆

Rock Climbing

雑誌名がわざわざ Rock Climbing ってことは、やっぱり、クライミングってのは、

岩を登ること

と言いたいわけですよねぇ(笑)、たぶん。

岩を登らないクライマーが多い昨今…

やっぱり岩登りは、

岩とお友達になる会

とでも言った方が、一体何を習得しなくてはならないのか?ということが明確化して良いのではないでしょうか?

大事なことは、岩の歌を聴けることかと…。


Saturday, July 15, 2017

アウトドアクライマーのためのインドアジム利用について考察

小さいジムだった
 ■ クライミングジムのアウェー感

正直、クライミングジムや人工壁は苦手です(><)。

たぶん、アウトドアから、クライミングに入った人は、男子も含め、みんな苦手だと思う。

そもそも、人工壁もジムも、インドアであるからにして。

何が苦手って、クライマーたちの

 男のナルシシズム… (すいませんっ!)

もちろん、そうでない人もいるけど。

したがって、女性や子供にとって、ジムが居づらい場所である、ってのはよく分かる。

で、新しい友達も同じ気持ちみたいだった。

私も苦労しましたとも!! ホント!!!

■ ジムで登れなくても気にしない♪

でもね~ 私は今ジムでは(ピラニアでは)5級が登れるくらいなんですけど(こっちのジムでは4級が登れた)、同じグレードを登っている人を外岩に連れていったら、私が楽勝で登れるところ、登れませんからね~!!

沢とかいってる男子大学生を人工壁へ連れていったらへっぴり腰。アイスも私が登れるところ登れないです。 

要するに!! 外の岩とインドアのクライミングでは、だいぶ違います。

パワーや度胸だけでは比較できないクライミング能力!登れなくても気にせず、マイペースで頑張るのが良いのです。

まぁ、そういう訳なんで、ジム壁でドヤ顔されても…アウトドア女子にはドン引きです…。ゴメン!

 ただ…、2点支持を身に着けるのに、インドアジムが手っ取り早い

というのは本当です。したがって、次のような使い方が良いかと思います。

≪とりあえず、アウトドアクライマーのためのインドアジム利用法≫

1)全くのゼロの初心者の頃は、10級9級が確実に登れるように、夏山縦走で出てくるような岩場のためにボルジムに10回くらい行く

2)アルパインの岩場に興味があるなら、良きビレイヤーとなるため、週2日半年通う

3)岩場に連れて行ってもらい、足で登るクライミングにどのような能力が必要なのか理解する

4)さらに登りたい!と思ったら、2点支持を身に着けるため、ジムに半年くらい月会員で通う。思わなければ、万年外岩講習に通ったっていい。

5)優しい課題を楽しんで登る。オンサイトを取貯める。

6)体が勝手に2点支持(ツイスト)と正対を使い分けるようになる

7)パワーをアップすればグレードが勝手に上がって行くようになると理解した頃合いで、再度ジムに通う 続けられる環境で。

”現代の”アルパインでは、登山靴ではなくて、クライミングシューズでアルパインルートも登ります。なぜなら…そのほうが快適だから!!

ここからは余談になりますが…、”俺のハーケンがなくぜ~”みたいだったルートも、今ではしっかり支点整備されて、どちらかというと、「ああ~楽し~!快適~!!」みたいな感想を持つべきルートとなっています。もし、そうじゃないなら、むしろ問題です。

さて、クライミングですが、快適ジムクライミング♪には、シューズが大事。マイシューズを持っていないと、初心者扱いから逃れ得ません… まぁ人目のために登らなくてもいいんですけど。でも、MYシューズのほうが快適ですから。

■ 最初の一足

最初に一足は…

 山道具屋さんで合せてもらうと、緩すぎる失敗が多い
 クライミングジムで合わせてもらうと、きつすぎる失敗が多い

です。

 山道具屋さんで合わせてもらう靴 = 8時間履いて痛くない靴
 クライミングジムで合わせてもらう靴 = 30分履いて痛くない靴

です。

買うべきは、

 1~3時間履いて痛くない靴

です。それ以上履いたら痛くなってもいいです。

形状としては
 
 ・フラットソール (ダウントゥしていない)
 ・ターンインしていない

が無難ですが、足の形にあっている靴なら何でも! 

■ シンデレラの靴!

靴を買うという友達と買い物に行ったら、
なんと!

スカルパフォースが、11200円のお値打ち価格!!

しかもサイズもピッタシ。あら~!

呼ばれたのでしょうか?

ついでに、インスティンクトも履いてみたのですが、これも踵以外は合っていたようで…

このお店、クライミングシューズ激安でした。


私のブースターSなんて、2万円したのに… 1.5万円くらいで売ってた(汗)

しかし、今、買い物のゆとり無し… ああ~ ホント山梨ってお買い物は高かったですよねー!

早くバイトを見つけなければ!お買い物天国が味わえない!! 

・・・とは思うのですが、いかんせん、クライミングツアーの予定が入っており、入社早々、来週1週間いません、みたいなのって、どうなんだろうと…

でも、マジ安いです!クライミングシューズ!!!



お店にあった木靴。絶対、履けませんケド。

おうちにインテリアとして欲しい感じ。
店員さんがいい人で、

「野球のチケット余ってるから、あげる~」

とくれました。

ありがとうございました!

行こ行こ~!と、なったのですが…

お腹がすきすぎていて…夕飯へ。ハンバーグ定食 880円!安くてうまい店!

食べてたら、野球、行き損ねた(笑)!

野球はまた次回、として、楽しく女子会して帰りました♪

男性にはお友達要らないのかもしれませんけど、女性にとって、お友達は大変重要アイテム! 何しろ、ジムって女子には、結構アウェーなんですから。

ま、いいんですけどね、一人で登るもんだから、黙々と登っていても…

夫が一緒に登ってくれたらなぁ~ 強くなりそうなのになー 

こっちでアウトドアのクライミングに行ってくれる人、誰か居ませんか?


ハイコンテキスト文化、ローコンテキスト文化

■ 異文化理解力

コンテキストという言葉は、日本語では訳しづらい。文脈という意味だ。

日本語で文脈と言っても、意味が通じづらい。要するに話の流れで、言葉の意味が変わるということ。

いわゆる行間を読む、という文化は、ハイコンテキスト文化。言葉の意味を文面通り採用するという文化はローコンテキスト文化。

日本語は、典型的なハイコンテキスト文化であり、言葉少なに、その間に隠された意味を読む。

一方、アメリカ文化は世界でもっともローコンテキストであり、物事をはっきり言う。これは移民が多く、多文化社会の中では誤解を最小限にするには、そうする必要があるためだ。

これらの知識は、最近友人に贈られた『異文化理解力』という本にあった。まだ読みだしたところだ。

■ ハイコンテキストなクライミングの世界

さて、なぜクライミングのブログに、このような文化論を登場させたのか?というと、アルパイン・クライミングの世界と言うのは、典型的なハイコンテキストの文化だろうと思うからだ。

だから新人は戸惑う。 ”なにか聞いてもいないこと”が、分かっていて当然になっている。

よく「新人は分かっていないことが分かっていない」と表現される。

■ ハイコンテキスト事例

ハイコンテキストということの事例は、「この人のロープワークは安心できない」と内心思えば、そっと別の支点にセルフをもう一点取る。 私もそうする。が、「そうしろ」と教えられたわけではない。

ビレイを見て、ダメビレイだと思えば、次回から誘わない。後進として育てたいと希望している場合だけ、改善するように指摘する。逆に言えば、間違いを指摘してくれる、ということは、パートナーとして目されているということだ。

後進を岩場に連れて行く。その子が再度、自分の力で復習山行しているか、どうか見る。言動一致をみるのだ。もちろん、連れて行く場所は一人でも裏から回って、トップロープが張れるような場所にしてあげる。それは先輩の親心であり、熱意を見るための試験だ。

が、そこまでしても、当人が復習山行しない場合は、クライマー向きではないと判断する。依存心が強い人にはクライミングは向かないからだ。

例えば、ビレイをマスターしないと岩場に連れてもいけない、とか、読図はマスターしてきてくれないと何かが起こった時に、伝令程度でも走れないとか、アプローチまでどう歩くのか、予習して来るかどうかとか、そういうことは、誰も言わないが、やってきて当然のマナーとなっている。

ハイコンテキスト文化の際たるものとして、

「あいつはアブナイクライマーだ」
「一緒に行くと殺されるかもしれないぞ」
「彼は、ビレイが信用できず、人が落とされて大けがした実績がある」

など誰も指摘しない。単に、悪いことは言わない文化、ということがある。

そうしたことは、すべて、察知しなくてはならない。

■ ローコンテキストな人々

一方、私が思うには、年輩者より若い人の方が西洋化の度合いが著しく、西洋化しているということは、ローコンテキスト化しているということだ。

年輩者にとっては、言われなくても分かったことが、若い人に言われなくては分からない。

これは、田舎生活者と都会生活者にも当てはまる。文化的多様性の低い場所に長年住む人々は、一般に、”言わなくても分かる”ということを前提としてコミュニケーションする。わざわざ言葉にしなくても、自分も、父も、祖父も、そのまたおじいさんも、事情がほぼ同じだからだ。皆の人生が似たり寄ったりということもある。

都会生活者からすると、様々な生活スタイルがあり、様々な価値観、人生、従って人によって事情が色々だと言うことは、当然のことなので、都会で生活することが長い人は、ステレオタイプによる決めつけ、をしなくなるだろう。

これくらいの年齢なら子供がいて当然とか、働いていて当然とか、お金を持っていて当然とか、そういう思い込みが当てはまらないほうが多いからだ。

そういうわけで、都会のクライマーなら基本的には、ローコンテキストであり、バディを組み始めた最初に、「クラミング歴は何年か」「今どれくらいのグレードを登るのか」「どこの岩場が好きか」「ビレイをするときはクリップ時に声を掛けるね」「もう少し壁に寄ってくれないかな」など、互いの事情のすり合わせが自然とはじまる。

一方、均質文化にいた人たちには、それが始まらない。

間違いを指摘される=関係の終わり、となることが多い。

したがって、古い体質の山岳会では、根回しや文脈を読む人間関係力が必要になる。特に、非都会エリアでの、古い体質の山岳会なら、なおさらだろう…

私がいた会では、先輩は、私を初めてのバリエーション前穂北尾根に連れて行ってくれるために、色々と政治的な根回しをしなくてはならなかったようである。

そういう苦労は、都会生活者には、想像もよらない。若い人にも想像もよらない。

それは、ハイコンテキスト文化とローコンテキスト文化の文化差なのだ。

そう言う風に思うことで、だいぶ色々なことが、説明をつけやすくなる。

説明できると言うことは、明るみに出るということであり、透明性が増すということだ。

この差が私がラオスで伸び伸びとクライミングできた理由だろう。日本のハイコンテキスト文化に、アメリカ慣れしている私は単に合わないのだ。

北杜市の太陽光発電乱立による環境破壊について

昨日は、大平牧場の話題が回ってきた。

北杜市は、言わずも知れたアルパインクライマーの町である。登山の人は知らない人が多いが、山登りには、世界的に知られる賞があり、登山界のノーベル賞に値するのが、ピオレドール賞。そのピオレドール賞を受賞した人が4人も住んでいるのが、北杜市であり、みな移住者。しかも4人も住んでいる。去年亡くなった谷口ケイさんもお住まいは北杜市だった。登山ガイドで北杜市に住んでいる人も多い。

つまり、北杜市というのは、日本中から優れた登山家が引っ越してくる土地柄なのである。地元の人は、そんなことは知らないが。

理由は、瑞牆、小川山、八ヶ岳が近いからである。

以下がその内容。



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みずがき湖よりもっと奥、北杜市須玉町の最も深部にある大平(オオビラ)牧場跡に行ってきました。ただのハイキングのようですが、そうではありません。ここに14.7メガという山梨県では最大となるソーラー発電施設の計画が進められているということで、現地見学会が今日あり、参加しました。


行ってみると想像を超える素晴らしい場所でした。瑞牆山に繋がる横尾山の稜線直下に広がる広大な草地で、北杜市にはいろいろな素晴らしい景観はあるけれど、どの場所とも違った解放感に溢れています。


まず、高圧線の鉄塔や道路、人家などの人工的な建築物が何も見えません。驚きました。こんな場所が北杜市に残されていたんだと。ここに何万枚ものパネルが並べられるのか!そんなことが許されることではないはずです。これこそ北杜市の貴重な自然の遺産として守るべきものだ、というのがまず感じたことです。


また、ここは一時は牧場として使われていたけれど、北杜市、韮崎市、甲斐市の水源・みずがき湖の涵養地でもあるということもあって、水源を汚染する牧畜には適さない場所だということです。水の安全という視点から見ても、パネルに含まれる有害物質の危険性が否定できないわけですから、この場所は太陽光発電にも適さない、絶対に避けるべき場所だということなるはずでは。


気持ちの良い草地を歩きながら考えたこと。この場所が太陽光発電ビジネスによってスポットライトが当たったことで、この場所の正しい活用の道を考える機会が私たちに与えられたのだと考えてみてはどうだろう。

起伏が思いの外あり平らな場所が少ないけれど、ハイキングや横尾山トレッキングのコースとしてははもちろん、子どもたちにとっても安全で思いきりアウトドアの遊びが楽しめる場所ではないか。北杜市にはそいういう場所が案外少ない。ここを人の手があまり入らない「観光地にしない」市民の北杜市立自然公園として借り上げる(買い上げる?)。これは地権者にとってもマイナスとはならないだろうし、これが一番の解決法ではないか‥等々。これからの観光は観光地にはないものに観光的価値が出る、というのが流れだろうから。


原発に代わる未来のエネルギーという美名のもとに、この国に残された貴重な自然の破壊と、地域の破壊が深く進行している、ということはもっと知られて良いことです。北杜市の太陽光パネルの乱立をなんとか止めようと、条例化に立ち上がった議員9人のうち6人が今日の現地見学に参加していました。この条例案は6月議会では残念ながら廃案となってしまったのですが、北杜市のあり方に深く関わる太陽光発電問題は解決すべき大問題として残されたまま。この大平牧場の活用を考えていく中で、何か道筋が見えてくるような気がしています。


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■ 奥秩父全山縦走の終点

大平牧場は、横尾山の麓にあり、もし奥秩父の全山縦走をしようと言う人がいたとしたら、八ヶ岳側の最終の山である。横尾山には、登山道があるが、瑞牆と横尾山の間は、稜線ではあるが、登山道はない。大平牧場は私有地だったためか、通れないようにしてあり、比較的自然が残されている。

大平牧場を知っているなんて、登山者でも稀だろう・・・ 横尾山は、登山者の入門者に良いような小さな山で、上級レベルの人が行くところではない。一般にクライマーはハイキングをしないので、瑞牆、小川山に流れて行ってしまう。

ただ、奥秩父全山縦走の終着点であり、八ヶ岳の展望台である。冬でも少しも危なくない。ちょっとしたドライブのついでにも登れる、良き山である。

このような山に行っても、いつもスカスカで誰もいないが・・・だからこそ、自分と山だけで対話できる。

人がいないことが価値になっている山である。(もちろん、無雪期は人が多い)

山に登っていると、自然は単純に美しいと思う。そういう自然をどう次世代に残していくのか?

目先の利益にとらわれず、人類、と言う視点でとらえたい。

Friday, July 14, 2017

クライミングの色々

■ クライミングと一口に言っても…

昨今、クライミングブームらしいのですが…

アルパインクライミング
フリークライミング
スポーツクライミング
ボルダリング
インドアクライミング
アウトドアクライミング

…とぜーんぶ違います。で、新人さんには、それを説明するのは大変なので、勝手に理解してほしいのです。たぶん、クライミングが楽しくなると、勝手に本を読みたくなってくるというか、そういう知識の渇望期みたいなものに入るはずなのですが…

それも周囲に先輩が居ない状況だと難しいカモ?と思わないでもない…

ので、ちょっと努力してみます。

フリークライミングがすべての基礎にありますが、フリークライミングという言葉における、”フリー”の意味とは、道具を使わないで登る、という意味です。反対を考えると分かりやすく、エイドクライミングというクライミングは、エイド=人工の道具を使います。

要するに、自分の力だけで登るということです。でも、実際は、ロープとクイックドローは使いますし、ハーネスやヘルメットも、チョーク、クライミングシューズも必要です。

それでも、建前上は、登るのに道具を使わないで、登ることになっています。(チョークのフリクションがエイドじゃないか?ということは言わないって意味です。でも、ホントにすごい粘着力で登る時代も来るのかもしれません…)

スポーツクライミングは、安全性を重視した、クライミングのムーブそのものを楽しむためのルートです。主に人工壁と支点がきっちりと整備され、支点の間隔が近い岩場。

ボルダリングは、ボルダ―(河原の石っころ)に意味を発します。石っころを登るわけで、ロープが要らない程度の高さしか登らないです。どんどん難しくなっています…(汗)。

インドアクライミングは、そのままで、インドア=室内壁と言う意味です。アルパインの人は山が好き、アウトドアが好き、なわけですから、アルパインの人にとっては室内壁は、今の時期のように雨で外で遊べない日用です。が、気軽に山に行けない都会の人にとっては日常のようです。

アウトドアクライミングは、あまり使われない言葉ですが…そもそも、岩って、アウトドアにしかないのですから!!アウトドアが当然の前提ですので…。

でも、インドアクライミングしか知らない人口が増えた結果、”外岩”という言葉が使われるようになり、定着した言葉なのだそうです。

外岩ってのも、正直、変な言葉で…だって岩って外にしかありませんしね?

でも、世の中が本末転倒化してしまった現状から、そう呼ばれるようになったという経緯があります。本来主流、オーソドックスだったものが、少数化、マイノリティー化して、特殊な分野に貶められてしまったということですね。

ジムのお兄さんで、5.13が登れる、すごい人がいましたが、小川山で会って挨拶した時、「最近前穂北尾根行ったんですよ」と言ったら、「僕、山は行かないんです」と言っていて、思わず、私はきょとん?としてしまいました。小川山は山ではない? 確かに麓であり、アルパインの岩場とは異なります。そういうことを彼は言っていたわけですね。

今からクライミングを始める、ということになると、登攀とロープワークをセットで覚えないといけないのですが… 登攀と言う意味では、どの種類のクライミングでも、クライミングなので、どれでもいいので、一冊買って、読んでみることをお薦めします。

私が一番好きだったのは、

1)ヤマケイ アルパインクライミング 保科雅則
2)インドアクライミング 東秀樹
3)かんたんフリークライミング 中根穂高
4)フリークライミング上達法 ギュリッヒ
5)インドアボルダリング練習帳 ロクスノ

です。余り役立つと思えなかったのは、アウトドアクライミングでしたが、チータースティックの作り方とか書いてあり、参考になりますが…

もしクライミングの技術書で一冊だけ、というのなら、

最近東さんが新しく上梓した、

スポーツクライミング教則本

が良いと思います。

全体像は分かりませんが、クライミングムーブの解説は非常に詳しく解説されていますので、これ一冊で他にはいらないんじゃないかと。

私もこれで、5級の壁を乗り越えて、3級が登れるくらいにならないかなぁ~などと夢想していますが…でも、しばらく5級でもいいかなぁ。

■ ボルダリング

ボルダリングのグレードは、フリーのデシマルグレードとは全然違います。大体、初心者向けの10~9級は、初日に10人いたら10人登れる設定になっています。8~7級でも、数日、通えば登れるような気がします。私がそうだったので。

ただ登れだけなのと、キレイなムーブで登っているというのは違っていて、キレイなムーブが出てくるようになったのは、ジムに一か月の定期券を買って通うようになってからです。

一般的には、デシマルで5.10a以上は、フリークライミングのムーブを使って登る必要があると言われています。が、腕力で登ってしまえる人も中にはいます。

前傾壁となった場合、側体というムーブを使わないで正対で登ると、すぐに腕がパンプして登れなくなります。側対を使えば、私のように虚弱な女性でも、相当長い時間、パンプしないで登ることができます。

要するに、前傾壁と言うのは、ムーブを無理強いする効果、があるのです。それが薄被りが初心者のムーブ習得に最適、と言われるわけです。

■ クライミングは足で登るものです

たとえ前傾壁にせよ、クライミングは足で登るものです。

しかし、私の場合ですが、足で登ることを覚えられたのは、スラブです。

そして、インドアクライミングに、スラブはないです。

インドアで登っていると手を使う登りばかりしてしまいます。でも、本来の岩場で、いつも探しているのは、ハンドホールドではなくて、フットホールド…

特に今回インスボンに行き、フットフォールドを探すように知らない間に意識改革してしまっていました。

相変わらず、インドアでは、手数で色々と考えていますが…。

■ 5.9アンダーとアバブ

大体、山岳会に入ると新人さんは、3年くらいは5.9アンダーです。それくらいの時間がかかるもの、と考えた方が良いと思います。私は初めて5.9をオンサイトするまで、1年半かかりました。

5.9がオンサイトできたとき、先輩に「フリーはこれからだね」と言われました。まさにフリークライミングの入り口が、5.9から上なんです。

たとえ、一つだけ5.9がオンサイト出来ても、それで十分という訳ではなく、クラックでは、まだ5.8しかオンサイトしていません。それも一本だけです。城ケ崎ではオンサイトとは言えないと思いますので…。

スラブ、クラック、フェイス、ワイドクラック、前傾壁、と異なるスタイルの登攀が必要になります。

とくクラックは、カムといわれる特殊なプロテクションの設置技術の習得も必要になります。

というわけで、グレードだけを見ると、ちっとも進捗しません。

例えば、ボルダリングジムだけに通い続けると、ジムでのグレードはどんどんと上がるようになり、上達が楽しい、と感じるようになるのかもしれません。

ただ登攀の世界はこんな感じに、なかなか色々と細分化され、でも、そこには一種の常識的な理解のライン、というものもあり、それを記事で伝えるのは少々難しいと言うことです。

私は、アイスクライミングに行っていて、若い男性と知り合い、一緒に登るようになりましたが、ロープも私が出し、支点作成ギアやアイススクリューも私の方が出し、行く場所に案内するのも私であり、車を出すのも私でした。この時点で初心者だなぁということが分かるわけです。


彼が「ボルダ―ジムに行ってきました」と報告してくれた時に、これは全くのクライミング初心者だったんだな~と理解しました。

正しくはボルジム、か、ボルダリングだからです。そう言う風に様子が分かると、どちらが先輩役で意思決定をしないといけない立場か?ということも明らかになりますし、ビレイの習得がまだ未習得であろう、ということも、大体、伺えます。

習得にはインドアジムに通う必要があるからです。少なくとも、そのような用語使いが変だということが分かる程度の期間は…。

なので、ここら辺の解説を聞かないでも、ある程度話が通じるようになる、というのが、クライミングを始めてすぐの新人さんの、最初の目標となるのかもしれません。




Thursday, July 13, 2017

フリーの二点支持 vs 不安定な2点支持

■ グレード

私はいつも山の指導者を得ることが出来てあり難いことだなぁと感じています。

グレードの間違いについてご指摘いただきました!

以下は指導いただいた方の文面のコピーです。少しだけ手直ししています。

★RCCⅡグレード(≒UIAAグレード)
1級・・・1~2点支持で十分な、遊歩道や登山道
2級・・・一部3点支持が必要となってくる岩稜帯(一般登山道の岩場の難所など)
3級・・・3点支持を必要とし、かつロープを必要とする岩場
4級~6級 ・・・ 難易度が上がっていく

※すでに3級でロープが必要となり、3級からクライミングと表現します。4~6級は岩の難度が増すだけの基準。(6級より難しいのは暫定で7級と表現されたりもします。ちなみに『第七級』というメスナーの本があります。)
★デシマルグレード
1級・・・1点支持で十分な遊歩道や登山道
2級・・・2点支持が必要な岩稜帯(一般登山道の岩場の難所など)
3級・・・3点支持が必要な易しい岩場
3~5級は岩の難度が増すだけの基準で、明確にフリークライミングを対象としたもの
6級・・・人工登攀


※高難度の岩場をフリーでグレーディングする際、6級は人工という別のカテゴリー(デシマルという意味から、狭義には5級(5.○○)の少数部分のみを指すのでしょうが、広義には1~6級すべてを指すと認識しています。)

■ ハードフリー

「昔はフリークライミングのことをハードフリーって言っていたんだよ~」 

なんて山岳会の先輩たちが教えてくれました。昔は11クライマーであれば、皆から尊敬されたのだそうです。今では、イレブン、つまり、5.11が登れると言うことですが、それくらいの人は、掃いて捨てるくらいいます(笑)。

登山における登山道が、どんどんと傾斜を増し、これは手を使わないと登ること自体が不可能、というような傾斜になって行った時、一般的には、三点支持が必要になります。2点だと、1点が壊れたとき、残りの1点で体重を支持することは不可能だからです。これで体感的には4級くらいかと思います。

■アルパインの岩登りとフリーの岩登り

岩登りの”基礎”を知らない初心者に岩登りさせると、登るプロセスで、四肢のうち、一瞬2点のみとなったりすることがよくあります。これはアブナイ。

これは無駄な動きをしない感覚で考えれば初心者ならば自然の動作と言えますが、その2点となった瞬間、例えば手1、足1の時、足1がスリップしたとしたら、手1だけでは身体は支えられず、殆どはフォールします。

その時に注意・指導するのが、3点支持(3点確保)の概念で、その初心者は初めて四肢のうち何点という、支持に対する意識が生まれます。
(3点支持の3点は、『手2・足1』でも『手1・足2』でもOKです。)

ちなみに、支持に対する意識は、支点の作成でも同じです。かならず2点以上。カムの場合は、3点が確実です。
それと同時に指導するのが、静荷重静移動正対です。

≪まとめ アルパインのクライミング指導≫
・3点支持
・静荷重
・正対

これらは、フリークライミングのムーブ指導とは正反対の指導です。

なぜか?

目標とするのが、基本的にフォールを許さない、ためです。つまりは、支点の脆弱性が顕著なアルパインクライミング、を安全に行うことを目指すため、です。

■ クライミングでなくても、バランス維持はしている

バランスを何点でサポートしているか?ということに着眼すると、一般に

0点・・・ランニング(マラソン競技)
1点・・・通常の歩行(競歩)
2点・・・バランスを要する箇所、梯子等
3点以上・・・クライミング行為など

この0点~2点は日常どこにでもあるシーンと言えます。

ある人が山をやりだして、次第に岩場に行きだし、3点支持を教わります。しかし、スタティックに、かつ正対ではハングした難しいルートは登れない。

何をするか?

傾斜を殺すためにフリやダイヤゴナルを覚えると同時に、フリークライミングの課題では支点やホールドの信頼度がアップしているために、2点・1点、場合によってはランジで0点などが、クライミング行為においても可能になってきます。足を切るなど2点中心のムーヴが極めて有効になってくるわけです。
これがフリークライミングの2点支持と、絶滅しそうなアルパインクライミングとの差なです。

あるアルパインルートがフリー化されたとなると、2点支持やダイナミックムーヴが
ある程度可能になったのだろう、と考えたりします。

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■ アルパインに必要なフリークライミング能力 

・・・ということなのです。いわゆるアルパインクライマーは、アルパインのルートで出てくる被り以上の、高難易度なフリークライミング能力が必要なわけではありません。

ですから、アルパインクライマーに必要なフリークライミング能力は、フリークライミングのカテゴリーからすると、非常に基本的な、初級の能力です。

私の場合ですが、ボルダリングジムで、8級くらいの課題を、正対、ダイアゴナル、アウトサイドフラッギング、インサイドフラッギング、の4つのムーブで登ることができます。同じ課題です。

これ以上登攀力を上げようと思うと、デッド、ランジ、それから、保持力UP、となります。

そんなの、アルパインでは要らない。ただし、これは、アルパインでもクラシックルート限定です。前穂北尾根とか。

そうではなくて、世界のピオレドール賞を取っているようなアルパインクライマーを目指す若い男性に必要な能力・・・たとえば、今現在大学生の山ヤですが・・・は

最低でも、5.12を登る能力 が、セカンドであっても必要 だそうです。(ピオレドール賞取った人に聞きましたから、本当です)

どれだけ高難度アルパインが高難度化していることか・・・ 昔は、5.11ですごいと言われていたのに、今では、5.12を5本オンサイトしていることが、フリークライミングのインストラクターの最低限の要求試験です。

5.12をボルダリンググレードにすると、どれくらいなのでしょうか?2級くらいかなぁ。私はそこまで行こうと言う意思がないので、見てみたことがないですが、楽しくアルパインをするには、昔の基準、5.11で十分な安全マージンがあると思います。

アルパインクライミングには、フリークライミングと違って、長いアプローチを重たいザックを背負ってこなす体力が必要です。

例えば、前穂北尾根は、テントサイトにたどり着くだけで6時間かかります。その間ロープや登攀具、テント装備一式、寝具などが入った重たいザック・・・18~20kgくらいを背負って歩けなくてはなりません。

その後は、岩場の基部までのルートファインディングが大変です。踏み跡はないのが普通なので、読図力はもとより、たぶんここだろうと言う虫の知らせ的なものをかぎ分ける嗅覚が必要になります。人間の記憶はあいまいで、前に行っていても、間違うこともあるからです。

やっと登攀が始まったら、あっという間に終わってしまいます。普段、アプローチが10分で、岩場に付くクライミングに慣れていると、こんなに長い時間、苦労してアプローチしたのに、たったこれだけのご褒美?!と思いたくなるかもしれません(笑)。

しかも・・・まだ下山が待っていて、下山の方が、大変だったりします。登ったら、下りなきゃいけないんですよね~。

と、フリークライミングに慣れると、ご褒美が少なくてつらいクライミング、が、アルパインだったりもします。

山が当然の人にとっては、「6時間?短いね」って感覚ですが・・・だって、6時スタートで歩き出したら、12時には着いちゃうんですよ?もっと歩きたいですよね(笑)。

重さも、普段、重さにゆとりがあるので、瓶でお酒を持って行ったり、冷凍のカニを丸ごと持って行ったりしているような人たちなら、「18kgかぁ、もうちょっと大丈夫」とか感じると思います。

しかし、登攀しながら、18kgは絶対にありえません。ほとんど、歩きでしかない4級程度でも、重いと本当に大変です。

その大変さ度合いが分かりにくさの元凶にあります。

フリークライミングは困難ですが、安全度が高いのです。フリーしか日ごろ触っていないと、浮石を掴んで登るような登りに意図せず、なってしまったりして、アルパインでの危険認知力が落ちます。

歩きも弱くなるし・・・でも誰でも一時期はフリーへの傾倒が必要です。クライミングの基礎はフリークライミングにあるからです。

しかし、初歩の初歩で、用語的な部分でも混乱がある、というのは、このような理由からです。











Thursday, July 6, 2017

メンターを持ちましょう

■ メンターを持ちましょう

最近、ビジネス界でもよく聞くメンターと言う言葉ですが、日本語に訳すと、師匠が最も近いと思われます。

師弟制度というのは、英語ではアパレンティスシップと言います。

登山というのは、伝統的に師弟制度で技術継承されてきた世界のようです。ただ、日本はいわゆる行間を読むという、ハイコンテキスト文化の為、”師弟関係”とハッキリと断わることなく、なんとなく、「〇〇さんに憧れて山をやっています」とか、「〇〇さんみたいな山ヤになりたい」とか、そう言う感じです。

登山の成否は、師匠が得られるかどうか?に大きく依存します。また山はとても危険が大きいので、一緒に行く、仲間が得られるかどうか?ということにも、依存します。

■ メンターをどこで見つけるか?

メンターの筆頭は、先輩です。先輩は山岳会で見つけます。一般にジムクライミングなどでは、見つけづらいです。たまに、ジムのオーナーなどが、才能があるクライマーを発掘する、ということはありますが、かなり例外中の例外でしょう。

私はアイスクライミングをしていて、後輩の側が私を見つけてくれたことがあります。

■ 師匠が弟子を選ぶ

一般的には、先輩の側、師匠の側が、弟子となる人を選びます。教える側の負担の方が大きく、将来のパートナーとして成立してもらうために時間的投資が必要だからです。

知識の大小、経験値の大小、で、年齢にかかわらず、どちらが先輩で、どちらが後輩かということは、しばらく一緒にいれば、自然と決定されるものです。

この認識に差がある場合、意思決定において、問題の根を残すことになります。

例えば、先輩が悪天候で敗退を決めたとき、悪天候の怖さを知らない後輩であれば、もっと行けるのにと不満を残す可能性があります。

あるいは、いっしょにクライミングに行っても、登りたい課題が違ったりしても、たのしくないかもしれません。

その場合は、一対一では行かず、グループでの行動が無難です。山では、リーダーシップに乱れがないことや統率に統一性があることが、安全管理の第一の条件だからです。

■ 心・技・体・知・経のバランス

一般的に言って、心・技・体・知・経の総和が、その登山者の実力となりますが、体力に優れる人は、体力一点主義と登山界で呼ばれる自信過剰に陥っている可能性が高く、そうした場合、例えば事前の計画書作成スキルやロープワークなどの出来て当然の技術を軽視している場合があります。

体力があれば、多少の悪天候でも乗り切れると言う思いが、脇の甘さにつながるからです。そのような志向がある場合、山への奢りとなって、例えばレインウェアを着るタイミングを逃す、などの判断の失敗へつながる可能性があります。

レインウェアを出すタイミング同様、ロープを出すタイミング、アイゼンを出すタイミングも、同じような失敗につながりやすいです。

そうしたタイミング系の事柄は、個人差によるばらつきも大きく、単純に単独で登っていても学べないかもしれません。つまり、個人では自分と自然との対話は出来ても、他の人がどのようなタイミングで弱くなるか、寒く感じるか?などという知識は増えないのです。

このような他者への配慮ということも、山岳会に入り優れたリーダーと山行することで、そのリーダーの行いから学ぶことができます。

優れたリーダーは、メンバーに対する配慮が行き届き、メンバー本人が自覚していなくても、唇が真っ青であれば、ウエアを調整するように指示したりします。

■ 登っていい山と行けない山 リスク回避行動がとれるかどうか?

山のリスクを認識して、そのリスクに備えられるのであれば、どんな山に登っても良いのです。

が、リスクに備えられないのであれば、それは実力以上の山です。

ゴールデンウィークの仙丈ヶ岳へ登りました。GWの仙丈と言えば、まだ当然ながら雪山です。が、歩きやすい時期ではあります。

が、GWの気象遭難も多く、GWの雪山登山の主たるリスクと言えば、お天気が突然真冬に逆戻りすること、です。

仙丈ヶ岳はのっぺりしたなだらかな山容ですから、リスクは登攀の困難さではなく、ホワイトアウトによるルートロスです。見えなくなると、のっぺりした山はそうでない山よりルートファインディングが難しいのです。

私が数年前に夫と仙丈ヶ岳に登った時、夫はこれらのリスクを理解していなかったため、ホワイトアウトが予想されるガスが小仙丈あたりで、出てきたとき、リスク回避行動がとれませんでした。

この場合、リスク回避行動と言うのは、走って尾根を降りれると言うことです。ガスに巻かれて道が分からなくなるより先に、道迷いせず降りれなくてはなりません。間に合わずダメだったら、そこにガスが晴れるまでビバークしなくてはならなくなります。ビバークする技術がなければ、ひどい目に遭うことになります。

山では時に、不作為にも、夜になってしまったり、怪我のために下山が遅くなったり、と色々なアクシデントに見舞われます。霧に巻かれてルートロスもそうでしょう。

そのような場合に備えがあり、リスク回避行動がとれるかどうか?それが、その山に行って良いかどうか、ということの判断を分けるのではないか、と私自身は単独行の経験から考えています。



地図読みの完成とは?

「ピッケルより読図でしょ」と三上浩文ガイドに指摘されたのが登山2年目の頃。登山に必要なスキルの中でも、読図は独学で取り組むことができ、なおかつ、時間さえかければ、誰しもに習得可能なスキルである。

読図力の完成とは何だろうか?

それは、間違いを内包しながら進むことが身についているかどうか?である。

読図力が完成していない人は、同じGPSを使うにしても、そのGPSの赤線なり、地形図上の破線が正解であることを前提にして進む。

読図力が完成している人は、地形図上の線もGPSの軌跡も間違っているかもしれないことを前提にして進む。いくつかの証拠を集めながら、進むのである。

■ たとえば…

間違いを内包しながら進む、ということは、どういうことか?

今一つの尾根を歩いているとしよう。今歩んでいる道が正解だとすると、右手には、遠くにP1234のピークが見えるはずだ(証拠1)。 大体、標高差300m降りたくらいで、傾斜が緩むはずだ(証拠2)。その後に左手には植林地があるはずだ(証拠3)。

と、このように、地形図を読図することで、情報を読み取り、先に出てくるハズの景色が出てくることを予想しながら進むことで、早めに間違いを見つける。道迷いはこのようにして避けるものである。

見えているはずの、P1234が見えなければ、今いると思っている尾根の、隣の尾根に実は、いるのかもしれない。

正解を見出す手段として、わざと間違うこともある。たとえば、尾根の下り始めは、分かりづらいことが多い。とりあえず、少し降りて見れば、尾根が顕著に見えて正解が見える。

尾根の下り始めというのは、何年登山をしていても、正確に降りるのは、とても難しいもの、なのだ。

読図力の完成を、”全く間違わないこと”、”常に正確な場所しか歩かないこと”ということだ、と定義してしまうと…、読図力の完成は一生来ないだろう。

■ 一生続く楽しみ

まぁ、それもまた良し、なのである。正解を割り出すことなど一生できないから、山が面白い、とも言える。一生、勉強続きなのだ。

例えば、私が一時師事していた沢ヤの師匠は、当時69歳で登山歴は40年を超えていたが、その人でさえ、「ここ、P〇〇と思うんだけど、どうかな」と私に意見を求めていた。
私自身も、「P〇〇だったら、すぐに凹地があるはずですよね」などと返答していた。

正解は何か?皆で、色々と知恵を出して、探すから、楽しいのである。

地形図から、情報を取り出す力を読図力というが、読図力は、同じ一枚の地形図から読みだせる情報量が多ければ多いほど強い。

読図力がない人というのは、地形図から情報を取り出すことができない人のことである。

たとえば、尾根と谷が分かる、というのは基本中の基本だ。読図とは、とにもかくも、最初のうちは、尾根と谷を切り分け、距離と標高差を計算していくことだ。

もし、これから山登りをしたい!始めたい!と言う人がいた場合、一般的と考えられる成長プロセスは、

1)ピークハントで、基礎的な山登りのイロハを身に着ける(早出早着など)
2)テント泊縦走
3)積雪期登山
4)沢登り
5)岩登り
6)フリークライミング

というのが一般的な流れである。尾根三年、岩三年、沢三年、雪三年、と言われたそうだ。尾根三年の間に、読図力の完成は含まれている。

もちろん、それぞれはオーバーラップしつつ、成長していくものである。尾根の途中で、花を楽しみ、山のご飯を楽しみ、夕陽や朝日に心を現れる経験をすることで、基本的には肉体的な重労働である山登りに、彩りを添えるのである。

昨今、たぶん、忘れ去られているのは、山登りが単なるレジャーではないということだろう。

自然を学ぶこと、自然から学ばせて頂くこと、それが登山ということだ。

間違いを内包しながら進むという知恵は、山だけでなく、人生にも言えることなのである。








海外遡行同人の総会

■今年の仙人集会

仙人集会と言うのは、海外遡行同人の集会のことである。毎年、山閑散期の6月にある。

この時期梅雨で岩に登れないし、沢適期。山岳会の総会が多い時期でもある。

海外遡行同人という名のごとく、海外の沢を遡行する人たちの同人組織だ。同人と言うのは、山岳会とは違い、何も教わる必要がない人たちの集まり。

で、なぜか、通称、仙人集会で通用しているんだが… ベテランの集まりっていう意味でもある。例えば、『剣沢幻視行』の和田城士さんなど。強烈なお方揃い。

私は、なぜかご縁で、この集会のお知らせを毎年もらっている。

私以外の参加者は、みんなビッグネーム。

一回目の参加は伊那だったので楽だったが、去年も今年も関西での開催で(関西在住の山ヤが多いため)、今年は、たまたまガイド試験の試験日と近かったので、行こうか、ということになった。

■ ロクスノ

今現在、日本のアルパインクライミング界はあんまり元気が良くないが、例外的と言えるのが仙人集会で、強烈な個性の集まりとなっている。

今年は、ニュージーランドの沢の報告がある予定で、私の主たる目的は、それだったのだが、講演者だった『おれは沢ヤだ!』の成瀬陽一さんが欠席で残念であった…というのは、私は去年マウントアスパイアを検討し、検討ついでに、ニュージーでも沢を歩こうかなぁ~などと考えたことがあったからだ。

沢もいろいろあり、ウォーターウォーキングな所を選べば問題なし。

ニュージーランドは、少しバックパッキングの旅をしたことがあるのだが(もちろん一人で)、とても旅しやすかったし、自然が残っていて美しかったのだ。

気に入った国の一つ。

今年の集会での報告内容。

ニュージーランド南島・カスケードクリーク
台湾・豊坪渓左俣 
ソロモン群島・ガタルカナル縦断 
台湾 恰堪渓キャニオニング
台湾 湾横断・鹿野渓~宝来渓下降

結局私は一泊せず、帰ったので、台湾の報告ばかりを聞くことになった。若い人の報告で、楽しかった。こういう報告を聞いている年輩の人は、若い連中の無茶ぶりを聞くと、目を細めて喜んでいたりして、おじいちゃんが孫の話を聞く姿を思い起こさせる(笑)。いや、すいません…

おと年は沢にご縁があり、ひと夏で23山行も行ったのに、去年は沢は台風とことごとくバッティングし、わずかに1、2山行。ほぼフリーに捧げたのだが、フリーとて思う存分登れたわけではなく、結局、夏は雨で登れないことが多く、ジム通いに終始した、欲求不満なひと夏でもあったんだよなぁ…ということを思い起こし、急に沢に行きたくなった。

一般に沢ヤとフリークライマーは、完全に別業種というか、縄張り全然違う。フリーのクライマーは基本的に沢を嫌う。濡れた岩は怖い派の人が多い。

が、今回立ち寄った小川山で買ってきたロクスノ076号のクロニクル欄には、けんじり君とか、大部君とか、仙人集会で常連の発表者の名前を見ることができる。

ので、毎年、周囲の若い衆を誘っているが、全然来ないので、いつも残念に思っている。

今年は私にとってはトシゾーさんと会えるのがうれしい再会だったが、一泊せず帰ったので、九州での沢仲間を得たいという魂胆は貫徹できず、少し残念だった。

発表は、全部見ていないのだが、けんじり君のがおもしろかった。

こちらは彼のブログサイト 辺クラ同人

トシゾーさんのサイト  の集会報告



最近、三瀬のほうに偵察に行ったんだが、九州では低山は、ヒルでもいそうな具合に真っ暗で、沢もあまり快適そうに見えなかった。いいところは遠くにありそう。

まぁ、ぼちぼちです。

Tuesday, July 4, 2017

ガイド試験で思ったこと

大阪でガイド試験を受けてきた。実は、ガイド試験の前日も夜に難波観光に出てしまい、豚足などを味わっていたため、非常にコンディションの悪い中、受験。

知人の勧めにより、ガイド試験は、一番下の職能の登山ガイドステージⅠではなく、登山ガイドステージⅡを受けた。

私はすでに積雪期の経験が豊富だからである。

■ 解説

登山におけるガイドは、海外ではステータスが高く高度な仕事と認知されているが、日本では、交通公社等の団体旅行の添乗員程度の認識しか、一般大衆は持っていない。

が、山岳におけるガイドがカバーする責任範囲は広く、いきおい資格は厳しくならざるを得ない。それは、責任範囲が広いからである。

どういうことか?というと、私は私自身が個人で、単独行で、つまり、全部自分の責任で行くとしたら、と言う意味だが、厳冬期の甲斐駒、厳冬期の阿弥陀北稜(初級バリエーション)まで単独行で済ませている。私と夫は、登山の初年度から、雪の山に行っている。
それらは、自己責任において可能になる山である。それらに連れて行くことは、登山ガイドステージⅡでは不可能。

ガイド資格は、

自然ガイド
登山ガイド 
山岳ガイド
国際山岳ガイド

とランクがあるが、この職能の違いは、一般的には全く理解されていない。自然ガイドはもとより、登山ガイドも森林限界を超える山をガイドすることができない。

山岳ガイドの資格取得は非常に敷居が高く、国際山岳ガイドとなると一握りしかいない。

例えば、私は山岳会にいれば、先輩として、簡単な登攀が含まれる三つ峠などに自分の後輩を指導して連れて行くことができるスキルを既に持っているが、登山ガイドという職能では、後輩君を連れて蹴る場所に有料で誰かを連れて行くことはできない。

連れて行けるのは、ただの歩きであり、歩きと言う言葉が山ヤ用語であるのであれば、一般用語ではハイキング。

標高1700mの里山のハイキングに一体だれが、ガイドが必要だろうか?答えは、誰もいない…のである。能力と言う面で見ると。歩行能力だけしか必要でないのだから。

本来、山、登山という活動が、山との対峙、であることを考えると、登山者はこのような程度の山には、ガイドレスで行くべきであり、ガイドをつけるニーズなどどこにもない。

今回、私が受験した登山ガイドのステージ2にしても、その資格で連れて行ける山は、ハイキングの山でしかないため、最初から、雪山を歩いている私は、だるい以外何物でもない資格試験であり、この感覚は私だけのものではない。

ほとんどの受験者が、こんな資格があったところで…と思っている程度のものなのだ。実のところ。

その思いを裏付けさえしているのは、平たく言えばだれでも取れる資格の体制…。高度な職業教育は必要とされていない。というか、提供されていないのだから、そんなものを要求したら、日本にガイドはゼロになってしまう。だからと言って、経験値を測定できるものもないわけで、知識だけを問わざるを得ず、山ではあまり意味をなさない。

知識の中身についても、こう言ってははばかられるかもしれないが、昨今のガイド(添乗員?)不足?を反映してか、大学受験などとは比較にならない。例えるなら、小学校の試験のようですらあった。

■ 山岳会の勉強会に使うべし

ただ、私が思うには、今の山岳会は、入会者全員に登山ガイドレベルの知識の習得を独学でやるように依頼すべきである。

登山者として知っておかなくてならない最低限の知識が、登山ガイド試験の教科書には、コンパクトに網羅されている。これ以上コンパクトにならないのではないか?というくらいにコンパクトに。

このあたりの知識がないことが、昨今の山岳会のレベル低下を招いている原因であり、そのレベル低下が山岳遭難の引き金である。

さらにいえば、そうした、登山者のレベル低下への対策は、ガイドを増やす、ではなく、登山者本人たちの知識レベルの向上、であるべきだろう。

山岳会において、指導者層の高齢化から、指導が得られない、という悩みがあるにしても、登山ガイドの教科書を取り寄せて、全員で勉強会をすることはできるはずだ。

ヤマレコにでも、これらの教科書の内容を乗せてしまってもいい、というくらい、抜本的に知識の普及活動をすべきだ、と強く感じた登山ガイド試験だった。

PS 一夜漬け予定だったのに、前夜飲んでしまったが、合格しました。まぁ、当然か。













Sunday, July 2, 2017

アルパインクライミングへつなげる、ボルダリングジム通い

■ ボルジム 500件突破

現在日本では、ボルダリングジムブームです。今年500件を突破し、雨後のタケノコのようにジムが増えています。

実はボルダリングは、クライミングの一分野にすぎませんが、今ではクライミングそのものの代名詞のような扱いになっています。

そこを詳しく語ってしまうと、一記事で終らなくなるので、他にどういうクライミングがあるのか?は、割愛しますが…。

■ 山ヤはすべからく、2点支持とビレイを身に着けましょう

結論から先に言いますと、山が嵩じて、アルパインクライミングに行きたい!ということになった新人山ヤさんにとって、最初の課題となるのは…

1)2点支持を身に着ける
2)ビレイを身に着ける

の2点です。いくら登攀力がない山ヤでも、2点支持が身についている、& ビレイが身についている、というところまでは、最低行かなくては、山のバリエーションでは、沢も岩も、アイスも、雪稜もありません。

身についていない段階での同行は、お荷物になるばかりでガイド登山と一緒だからです。
注.これ以前に、体力、読図、一般縦走テント泊、単独でのリスク管理、レスキュー基礎知識、くらいはマスターしている前提です。

■ 以下のような質問が来ました…
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こんにちは。
自分は今月、二回ほどボルダリングの体験をしてきました。 クライミングジムは都心部にも多いのですが、トップロープ壁を備える施設はわずかな様です。 アルパインクライミングのジム練習は、ロープを使った人工壁練習を想定していると思います。 

ここで、ご意見をと思うのは、私が取りえる今後の方針についてです。 当面は、通勤路上のジムでボルダリングに慣れ、段階的にトップロープ壁施設への遠征を混ぜてゆくという考えで良い物でしょうか? また、アルパインのための人工壁練習では、ロープを使う課題に挑戦する割合、頻度はどの程度なものでしょうか? ここまでが質問です。 

 ・・・ 以下、報告的な感想と雑感です。 

ジムのボルダリングを二回ほど体験して思うのは、山とは別個の活動として、ボルダリングを楽しめないとおそらく継続は難しいだろうということです。 今の自分の時間価値につりあう満足があるかどうかは、もう少し続けてみないと分からないかもしれません。 課題の難易度は10段階程度になっているようですが、最も易しい方から数えて三つ目は苦しいです(7級なのかな)。  

二回目の訪問時は一つの課題に絞り込んで、8回中4回成功というところでした。 あんまり登れたぞという気分にもならないので、同じ課題ばかり続けてしまいました。 どこか悔しさが残り、店員さんに意見を求めたところ、足の力だけで登れる課題だと教えてもらいました。 

あと足の親指先端の痛みも気になります。(シューズの適正サイズがわからないです) シューズとチョークバッグは購入しても良いと思っていますが、自分で選択する経験をする為に、もうしばらくレンタルしようと思います。(↑製品のアドバイスも頂ければ嬉しいです)

 自分は課題を山の岩に変換して眺めるせいか、難しい課題に挑戦するガッツはあまり湧きません。 (そんな所には行かないからと思ってしまいます) あとこれも体験してみて分かったのですが、ジムはまるで山の話をするような雰囲気ではないのですね。 こんな様子です。 

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■ 当方の回答
ボルダリングジムについてですが、  

ムーブ(=2点支持) を身に着ける、

という意味で、山でのクライミングにつながって行きます。 その意味では、ボルダリング壁であっても、リード壁であっても、同じことを身に着けることができます。

普通の山登りで出てくるのは、3点支持で、2点支持の体の使い方は、まったく違うのです。 いわゆる岩稜帯では、3点支持で歩いていますが、手1点、足1点の二点支持が身に付くと同じところを非常に素早く安全に抜けることができるようになります。ちょっとした鎖場などがが、ぜんぜん危なくない、ということですね。  

まったく縦走しか知らない場合、ほとんどの登山者が、20代の若い男性であっても、鎖場の鎖に全体重を預けて、引っ張るような登りをしていると思います。(例:後立の不帰やキレット)

この段階の登山者だと、10回程度ジムへ行き、7級程度の課題を2点支持で登れれば、鎖は一切手をつけずに15~20kg程度の重いザックを背負った状態でも、不帰やキレットが安全に通れるようになるように思います。40代でスタートした女性の私の場合がそうだったので、男性なら、10回も要らないかもです。

これをしておけば、山おばちゃんたちのような、つたない歩きは克服できます。難所で時間がかかることもないです。

アルパインクライミング、となると、これでは不足です。初級のルートでも、もう少し難しいです。  

ロープが出る山は、5級から上です。1級は遊歩道、2級は登山道、3級は3点支持の岩場、4級は念のためロープがいる程度の岩場、5級はデシマルグレードのスタート地点、6級は、人工登攀の岩場(つまり、かぶりがあります。昔は人工登攀、現代ではフリークライミングの課題となる場合もある、その場合、再登でフリー化と呼ばれる)です。デシマルグレードは、5級が細分化されたものです。(参考:RCCⅡグレードその他のグレード

ので、最低でも、5.10Aを2点支持で登れるようでなくては、アルパインの初級ルートに出た場合、ロープワークもセットで、支点作成も覚えなくてはならなくなるので、実力が不足すると思われます。 この段階になってから、リード壁があるジムに通われてもよいですし、一般的に公共の施設は、ジム代が格安です。小瀬の人工壁は、なんと390円だったんですよ。私は初期にひと夏捧げましたが、毎週二日、半年通って、2万円程度でした。営業ジムの一か月分です。 

リード壁に通う別の意味は、ビレイの習得です。言うまでもないことですが、ビレイができない人は、岩場に連れて行くことすら、できません。ビレイをいきなり本番で習得することはできないですから、リハーサルの場としてのインドアウォールが必要になります。

落ちる役をする人は、支点が確実でないと墜ちれないです。普通にしていて、ビレイの習得に、週2、半年程度かかると思います。立ち位置、墜落係数、体重差、だらりんビレイ、パツパツビレイ、手繰り墜ち、逆クリップ、ゼット、などなど一通り、やってはいけない失敗を、安全な環境で体験して、本番で致命的なヘマをしない状態に仕上げておく必要があります。  

最近のリード壁は、5.9くらいからですので、ボルダリングの5級くらいなれば、リード壁も楽しくできるように思います。 ただ、実際の外の岩は、アルパインの岩場で、いわゆるゲレンデと言われるような日和田、広沢寺レベルだと、5.9よりうんとカンタンです。4級の岩場だからです。 

逆にフリーの岩場、小川山だと、5.7でもインドアのリード壁とは比べられない難しさです。なので、インドアのグレードをいきなり外に岩場に適用するのは、危険です。

いわゆる山岳エリアのアルパインクライミングで、必要になるのは、ゲレンデレベルであり、典型的な事例は、夏前の三つ峠です。多くの山岳会、大学山岳部が、夏山のアルパインクライミングのリハーサルとして、三つ峠に集結しています。

さらに言えば、クライミングにおける足遣いは一般に、外岩でないと習得できないようです。 ですので、クライミングムーブに慣れるために、一般的なボルジムでムーブを意識した練習をしつつ、日和田レベルで、外の岩にデビューし、週二日は平日夜にジム、月に1日か2日の週末は、チャンスがあれば、日和田レベルの岩に連れて行ってもらい、ロープワークを習得、リードに慣れる、など、ゆっくり1年くらいかけて習得するのが良いかなと経験上は思います。

この時期の課題は、上記2点はもとより、

・岩場慣れして、岩場でのリスク管理に慣れる (例:セルフの習慣)
・リード慣れ

です。

ちなみに、多くの山岳会は、このような段階の人には場を提供しています。

習得にかかる時間的な感覚は、40代スタートの女性の私の体験で、男性だと、ジムであっという間に上達する人もいます。 が、ロープワークの習得は、誰でも同じだけの時間がかかるようで、クライミングジムで登攀が上達しただけの状態で、守りの業であるロープワークが未熟なまま、クライミング力の自信だけで、岩場に行き始めると危険がマックスであることは、予想の範囲でしょう。

この時期の登山者に、一番死亡例が多いです。とんでもない支点やとんでもない確保を見るのも、この時期の人です。本来は、ルートに出るのは、まだもっと先が良いと思います。  

ただ、山の人は温かいですから、こういう人たちがいると、周囲が見守ってくれ、技術的な不足は指摘してくれることが多いです。ですから、その教えを得るためだけでも、岩場に行く価値があります。 (例はこちら

ボルダリングが楽しめないのは、山でスタートした人共通です。なので、ごく普通です。心配ないですよ! 

チョークバックと靴は買いましょう。無いと話にもなりません。 私も、ジム壁では、ぜんぜん萌えません。でも、これは山に行くために、支払わなければならない代償だと割り切って、通うしかありません(笑)。

多くの山岳会では、合同クライミングデーを設けていますので、それに参加するのも一案です。

ちなみに、退屈なジム壁を面白くするコツは、友達を作り、セッションをすることです。 そして、ジムの課題やグレードにこだわらず、ジムの人が、どんどん難しいのにチャレンジするように言ってきても、無視して、自分が納得いくまで、何度も易しい課題に登り、トラバースなどで、インターバルトレーニングなどして、とにかく、自分は何のために、これをやっているのか?トレーニング内容を自分で組み立ててみることです。それには最初はデータ取りです。 何が登れれて、何が登れず、どうしてなのか?ということです。

何しろ、目標は2点支持の習得であり、5.〇〇が登れる、ボルダリングの2級が登れる、などというグレードを追いかけることではないのですから、ジム壁はあくまで、道具です。 私は、最初の頃は、パートナーもいなかったので、リード壁はやらず、長もののトラバースばかりをしていたのですが、腕力が付き、沢のへつりで役立ちました。

回数を決めて、何往復したかなど、細かく記録をつけていくことで、だんだんと自分の成長が可視化されると、追い求めるべき課題も見えてきて、面白くもなってきます。
 
例えば、最初に長ものトラバースをやってしまうと腕がすぐ上がってダメになるが、ちょっとアップしてからなら、2往復も平気、など…。これは体がムーブに慣れ、省エネの登りができるようになるためと思います。そういう風に自分を知っておくと、本番の山でも役に立つのです。

そこまで、そんなに時間がかかりませんから!コツは記録を取ることです。 こんな話でお役に立てたら幸甚です。

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以上が私のコメントです。

■ 時代背景

このアドバイス依頼が来た時… 実は、私は師匠と一緒にいたので、このメールを読んでもらいました。

師匠の意見は、

「こんな奴、ほっておけ。自分で考えないやつは山にそもそも向いていない」

でした。この場合の山というのは、一般登山ではなく、アルパインクライミングという意味です。

私がいた地域山岳会でも、自ら学ばない新人は放置されていました。何年入っていても、ビレイもできない状態であったのは、当人に真剣に学ぼうと言う意思が見えないため、教える側に教え甲斐がないからです。

一方、私は、この質問をくれた方の気持ちも、よく分かるのです。それは、私自身が、高い電車代を払って、東京都の都岳連の講習会に出かけたりなどしたからです。

山岳会には、
・スポーツクライミング寄りの同人的な会
・地域山岳会
・若い人主体の会
の3つに所属していました。試行錯誤には、時間的ゆとり、経済的ゆとり、コミュニケーション能力、調査能力、危険を避ける能力、など、様々な能力が必要になります。

さらに周囲は、山岳会は高齢化していて、行っても役に立たないと言いますし、かといって、他の手段を紹介してくれるわけではありません。

ジムでは話が合わないし、そもそもジムクライミングを楽しめないし、どうやって仲間を見つけたらいいのだろうか?と途方に暮れる状況であるのは、否定できない現実があります。だから、アルパインへ進む人が激減した、というのが正しい現実認識でしょう。

つまり、昔の新人さんには、考えないでも与えられていた環境が、今の新人さんには、相当、得ることが難しいということです。

そのような状況を打開するための、以下が別のベテランからのアドバイスです。

■ 現代の困難なアルパイン入門者への状況の打開案


ーーーーーーーーーベテランからのアドバイスーーーーーー

オールラウンダーのしっかりした指導者がいて、きちんと育ててくれて、同じ年代の仲間がいる山岳会に入るべきなんでしょうが、そんな会はほぼ絶滅危惧種ですし、見極めも困難でしょう。

大昔は、山岳会と言えば、それが当たり前でした。今はツアー交通公社みたいです。
韓国でもそうらしいですが、SNSつながりで危うい関係のパートナー探しで見よう見真似で山、アルパインに行っている人も多いですが、若い人達は、うまく行っている人達もいるようです。
私なら、とりあえず、アルパインやってそうな山岳会に入って、外岩通いしてたら、その山岳会がアホアホジジババ山岳会だったとわかっても、ゲレンデで、他の会の人と繋がったりして、目的に近づくことも仲間に巡り会えることもあると思うのです。上部組織の都道府県の山岳連盟の講習会にも参加できるし、横の繋がりも期待できます。
チャレンジャーなら、リスク覚悟で、ボルジムで仲間見つけて、見よう見真似でリード、ロープワーク、アルパインに進むのもありかと思います。天才なら…
山志向なら確かにジムは萌えませんしね。ペツル完備の外岩でのフリークライミングに慣れると、アルパインでガバガバ浮き石引いて落ちたりしますので、フリークライミングに慣れると、それはそれでリスクでもあります。

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このアドバイスをまとめると、結論は・・・

1)老害のない山岳会に入ること
2)有料講習会に参加
3)「信頼できるガイド」に連れていってもらう

です。

■ 照会先

さて、そうなると、老害の無い山岳会ということになりますが、都内では、私が知る限りでは、

1)YCC
2)やまね
3)九十九
4)無名山塾
5)まつど山岳会

などがあります。 若い会は、安全志向の高まりにより、フリー化の傾向が強く、さらに安全志向が強い場合やバディを組むより、個人の都合で登りたい志向が強い場合は、ボルダリング志向が強いです。

この場合のフリーという言葉づかいは、フリークライミング志向という意味です。フリークライミングのほうがアルパインクライミングより安全性が高いです。

有料講習会では

1)公営
2)私営

があり、私のおススメは、都内であれば、都岳連の登山講習会に出ることです。

東京都や大阪府の登山学校は、抱える登山者人口が多いため、他県よりもカリキュラムが充実しています。

長野県の近隣に住んでいれば、長野県山岳総合センターのリーダー講習に一年かけて通えば、山岳会でかつて新人に教えていたことを教えてくれます。

1)公営の有料講習会
 ・都岳連 登山学校
 ・府岳連 登山学校
 ・長野県山岳総合センター リーダー講習

私が知っている限り、最も優れた登山学校は、大阪府岳連の学校です。1年では終わらないです。

2)私営の登山学校
 ・無名山塾  おススメ
 ・マウンテンゴリラ 
 ・マウントファーム登山学校(後藤真一さん主催:沢寄り)
  
実は色々探せばありますし、山小屋でパンフレットを置いていることも多いですが、ガイドさん主催のものは、数として多すぎるので、割愛。

山を営業の対象としていないものが、質が良いと一般に言えるように思います。その意味では、ガイドさんは、教えるにしても、ガイドとして教え、先輩や師匠として教えるわけではないので、教わり甲斐がなく、お客さん扱い、となってしまうリスクが多いです。

例えば、私が見ていたプロガイドは、メインのセルフを取る、ということを教えていませんでした。
 
3)沢に特化した登山学校
 ・渓友塾
 
私は行かずに初級の沢程度は歩けるようになりましたが、泳ぎまで含めた本格的な沢ヤになりたい場合は、きちんと教えてくれるようです。ですが、主催者が高齢化していることと、きちんと教えるには受講生の数を絞る関係上、高額化しています。

4)アルパイン寄りのクライマーのクライミング講習に出る
 ・菊地敏之さん
菊地さんの講習は、フリークライミングの講習ですが、アルパインのご出身であるため、理解があると思われます。が、支点作成や、支点回収のための通し八の字での、結び替えなど、理解した段階で出るべきで、まったくのゼロでは、講習内容がもったいないかもしれません。

しかし、アルパイン2年目、3年目である程度、フリークライミングとアルパインクライミングのつながり(トラッドと今では呼ばれています)が理解できるようになれば、出る価値があると思います。

以上のようなところで、やはり、

 自ら道を切り開いていく登山者

となるためには、無駄を覚悟で、業界の常識を知る、というためだけにでも、

 とりあえずは、アルパインの山行もやっている山岳会に属す

というのがおススメです。

番外ですが、最近では、登山ショップの店員さんがゲレンデに連れ出してくれる場合もあり、都内であれば、ご紹介できるショップは、

 ヨシキさん

です。

Tuesday, June 13, 2017

アルパインクライミングのサイト

■ アルパインクライミングになじむ

今朝は、こちらのサイトを発見しました。 アマゾンなどでも、アルパインとつく本は出ていますが、あまりメジャーとは言えないので、こういうサイトを読みふけったりしていると、

山をやる

ってどういう話か、分かるようになるのでは?と思うようなサイトです。

http://www.f5.dion.ne.jp/~mitsu_g/mokuji.htm

とってもおもしろく、読みふけってしまいました☆

とくにフリートークはおススメです。

http://www.f5.dion.ne.jp/~mitsu_g/freemokuji.htm

アルパインクライミング(=”本格的がつく登山”)とつかない登山は違いますが、それでも、

登山の本質がアルパインクライミングに基礎を置くものである

ということは変わらないと思います。

なぜか、

 準備なしの無謀登山
 体力予備なしの登山
 いきなり登山

などがもてはやされている昨今…。

それはなぜなのか?とっても不思議ですが、たぶん、情報がないためだろう、無知の為だろうと思います。

このようなサイトを読んでいれば、色々と分かることも多いと思います。

Wednesday, June 7, 2017

アレックス・オノルドのフリーソロについて

アレックス・オノルドのフリーソロについて、パートナーと話をしています。
Freerider 含5.12D

■ ここに掲載する意図

昨今山の指導を得れる人は、あまり多くないと思いますので、思想に触れることがないことが、山をスリルの場と勘違いし、結果遭難する人が後を絶たない理由だと思います。

特に初心者の中高年の方は、注意してください。山歴40年で指導的立場にあった人でも、中高年と言われる年齢になったら、リスク管理の面から、単独では山に入らないのです。

また若い方も同様に、ニュースを聞いただけで、内容を吟味せず、結果だけをマネする人が出てこないかと心配しています。実際にそうしたことがヤマレコでかつて起こりました。

フリーソロが賛美されるような風潮を作り出すのはよいことではありません。ただでも無謀といえる登山が横行している現代です。

それがここに掲載する意図です。

http://www.supertopo.com/rock-climbing/Yosemite-Valley-El-Capitan-Freerider
より引用。

■ 師匠の感想

リードしたことのある人は知っていると思いますが、(リードという言葉が分からない方は、まったくの射程範囲外ですので、この記事は無視してください)、実のところ、60mロープは長いので、リード時は重いです…。正直な所、ロープの重ささえなければ、ラクラクで登れるところに、プロテクションを設置しながら登るのは面倒くさいです。

なので、プロテクションの面倒もなく、ただ登ったら気持ち良いだろうなぁ~と、クライマーなら誰しも考えると思います。

私の、”フリーソロだったら気持ちが良いだろうな~ プロテクション設置するの、面倒だもんね”への返事です。

ーーーーーーーーーーー返事ーーーーーーーーーーーー

フリーソロの醍醐味は面倒がないだけではありません。確かに面倒がる人もいますが。

ソロは一人ですから、完全な自己責任で、純粋に自然を堪能できるのです。自然との対峙ですね。

私も若い頃、程度はありますがフリーソロしてました。40歳までフリーソロしていましたが、ソロの友人が、大怪我したり亡くなったりして止めました。それもありますが、その頃、指導的立場にありソロは止める様に指導していて、命の尊厳に気づいたのです。

今から考えればフリーソロは若気だったと思います。

純粋なフリーソロと、ザイルやソロイストを使用するフリーソロがあると思います。

私は、若い頃前者、40歳から後者、今に至っては一人で山に行かないようにしています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アレックスオノルド君のフリーソロのニュースを聞いて、まさか俺もフリーソロしてやるぜ!と思った人はいないと思いますが…。

アレックス君のインタビューを見ると、確実性の積み上げの結果のフリーソロであり、一か八かのスリルを求めた結果ではないのは明らかでした。

■ 積み上げたら楽勝になる

積み上げた結果、山が来る、と言えば、私の阿弥陀北稜が、そのような山です。阿弥陀北稜が、テーブルに乗ってから、機会に恵まれず、3年も経ってから行きました。

もう、その頃には楽勝になっており、パートナーの必要すらなく(笑)、単独で行きました。ゆとりがあったので、ノーザイルで行きましたが、怖いこともなく、完全にいつもと同じリラックスでした。厳冬期の阿弥陀北稜だから、ロープが必要な山ですが、フリーソロで登っています。たかだか4級なので。

本来行くべきだった当時…北稜がまだチャレンジ!と感じられるような、ワクワクするような段階の頃…には、私を殺してしまいかねない人しか周囲におらず一緒に行くことはできませんでした。

その次の年にパートナーだった大学生は、単純にまだルート自体を知らない段階でした。登山体系すらも読んだことがない段階だ(一般登山者の方の多くがその段階だと思われますが…)と、連れて行くにしても、そのルートにどんな意味があるのか自体も分からないですから、したがって行きたいのかどうかも分からない!という段階なので、セカンドでも、連れて行くことはできません…。

■ 女性だと目立つ

余談になりますが、私の周囲には、なぜかそのくらいの段階の人が集まってくることが多いのです…たぶん、何かおもしろうなことをやってるなーという、野次馬っぽい感じかなぁ、と想像しています。

私は女性であるため、体力もそう高いわけでもないだろうし、彼女がやれるなら、俺もやれるに決まっている、と感じさせるんでしょうね。確かにその通りなんですが、でも、払わなければならない代償は、若くても年を取っていても、男でも女でも同じです。

もし実態を知ったら…たとえば、歩荷トレーニングをしなくてはならない(女性25kg、男性30kg)とか…、とってもお金がかかるんですよ~(ギアだけで最低100万円くらい)とか、…知ったら来ないかも(笑)。

■ フリーソロしたかったころ

さて、話は戻りますが、岩との対峙…

私も、岩の初心者時代(注.フリークライミングの初心者ではなく)、どうしても一人で岩に取り組みたいと思い、一人で岩場に行ったことも…。十二ヶ岳の岩場には、ちょうど良い具合にフィックスが張ってあって、万が一登れないときは、フィックスを使えば、練習のためのトップロープが張れる、と感じていました。

どうしてかと言うと、どうしても、下のビレイヤーに遠慮してしまって、じっくり取り組めない、と感じていたのです。まずもって、そもそも信頼できないビレイでしたし、ビレイに甘えられるような人がいなかったのです。なので、完全に一人でないと登れるものも登れないと感じていました。

それで、ソロイストの使い方を研究したこともあります。この時は、5.12登る人が、自分がソロイストするときは、5.7レベルだと聞き、今5.8がギリギリグレードなのに、ソロイストするわけにはいかない、と納得して、あきらめました。

でも、今では、そんな焦燥の時代も終わり、登れるって見て分かるけど、ロープがない場合は、登らないです。

アレックス・オノルド君のエルキャピタン、フリーソロの詳細を読み、山も岩も、

確実性を積み上げる活動

だと、改めて実感中。

そうでない山は、あんまり好きになれません。

Monday, June 5, 2017

心で善悪を判断する

■ 焼き場に立つ少年

今朝は、この写真からスタートしました(笑)。

焼き場に立つ少年

と題されたジョー・オダネル氏による写真です。

こちらの写真の衝撃は、言うまでもありませんから、ここでは触れません。

恐ろしい… そう言う気持ちを持たない人はいないとおもいます。

戦争下の社会自体が崩壊した中で、親もなく、家もなく、この後、この少年はどうやって生きたのでしょう… 食べるものはどうしたのでしょう… 

■ 無知と恐れ

驚いたのは、この写真が乗せられていたサイトに寄せられていたコメントです。

原爆投下を正当化し、2017年の現代の軍拡を主張していました。憲法9条を擁護する人を、「頭がお花畑」とののしるコメントがたくさん…。

その人たちの発言の出所は、無知 と 恐れ の二つです。自分がやられる側になると恐れているのです。

私はアメリカに若いころいましたから、アメリカ国内で、原爆投下正当論が一般常識として受け入れられているのを知っています。それはただの一般的な見方にすぎず、ほとんどの人は、単純な無学で、”他の人も受け入れているから”と言う理由でそう思っているにすぎません。日本だけに、”大衆”がいるわけではないのです。相当な学がある人の間にも、この考えは広がっており、教科書が教える都合が良い史実が、他国の例にもれず、アメリカでも作られていることがうかがえます。この事実から学べることは、政府(権力)が、非を認めるのは、それだけ難しいことだ、ということです。

国際関係論を大学で学びましたから、冷戦構造や核の抑止力によるバランス理論も知っています。カンタンに言えば、双方がにらみ合っていれば、発射できないという理論です。

■ 正義は心のレベル

しかし、そういうのは、頭で考えたことです。

心で感じ、魂が揺さぶられる次元のことではありません。

原爆投下後の広島・長崎を見て、魂が揺さぶられない人間は、この世にいないのではないか?と思います。

このような目にあいたい人間は一人もいません。

自分がされたくないことを人にしてはいけない 

と、世界中のどの宗教も教えます。宗教でさえなくて、ただの一般常識です。

非暴力、アヒンサの原理は簡単で、幼稚園生でもわかります。隣の子をぶっちゃダメなんです。ただそれだけです。

しかし、理性はいともたやすく、このレベル…5歳児でも知っている善…を覆してしまうのです。

■ 心の声を聴く

だからこそ、理性を手放し、心の声をダイレクトに聞く、という東洋的なアプローチ…代表としては、ヨガや瞑想などが、西洋の社会で注目を浴びるようになったのかなぁ…と思ったりしています。

思うに… 山も同じです。

ダイレクトに心に語りかけてきます。山で朝日が昇るのに立ち会い、地球が美しいと感じない人は、ほぼ皆無でしょう。

美しい地球を守らなくてはならない、と感じない人は、いないと思います。

現代社会は高度化され、心や魂で”感じる”ことよりも、理性で”考える”、”判断する”ということが重視されます。

ですから、こうした直接心に問いかけ、原始的と言っては語弊があるかもしれませんが、より生命の本質に近い部分で、ごく単純な部分で、善悪を感じることが大事なことです。

すべての生命体にとって、善悪は単純です。死は悪で、生は善です。

心で感じたことにたいして、理性が異なる判断をするときは、より高次な理性のほうの判断が間違っています。心理学では認知の歪みと言われています。

理性による判断の大筋を間違わないよう、心に立ち返る体験…つまり基本に立ち返ること…が、現代では、より一層必要なのではないか?と思います。

それが、自然に触れるあらゆる活動、瞑想、ヨガ、その他の心に立ち返る活動、が必要な理由です。




Monday, May 29, 2017

実力以上の山に行かないで

■ アルパインクライミングの進展はホワイトウォーター

ホワイトウォーターと言う言葉をご存知でしょうか?これは、昨今の先行き不透明な時勢を表現した言葉で、白濁した水のように、何が正解か分からない世界、という意味です。

ビジネスでも、国家の先行きでも、現在はかつての戦後70年のように、未来が明るく照らされて、何を目指しているのかが明確だった時代は終わり、どうやって成長して行くのか?いかに持続可能性を目指すのか?不透明な時代となっています。

そのような中で、正解を見出す力が問われている、という意味で、

(現代を生きる) ことと、(今の山の世界を生きる)、

ということは似ているかもしれません。

既存の仕組みが機能しない中、本格的がつく登山をスキルアップするのは、ホワイトウォーターの世界でビジネスをクリエイトしていくCEO並みの能力が必要かも?と思います。

■ ホワイトウォーターの世界で必要な技術

そうした世界で必要な技術は何か?

・小さな手数を増やす、
・効率性ではなく、効果性を求める

の2点なのだそうです。

これを登山に落とし込むと

 ・山岳会にも属すし、そうでない人とも行くし、山行チャネルを増やす
 ・その中で、効果があるもの(楽しいもの)を強化していく

です。

私にとっては、効果があったもの、つまり、私自身を幸福にしたもの…は、

 ・山岳イベント等で知り合いになった人と行く山
 ・レスキュー講習で知り合いになった人と行く山
 ・山の話で意気投合した人と行く山
 ・後輩と行く山
 ・師匠と行く山
 ・クライミングで知り合った人と行く山
 ・ブログで知り合いになった人と行く山

などです。そう言う人たちは、皆同じように、ホワイトウォーターの世界で、試行錯誤し、パートナーを模索しながら、苦労して山に登っていますので、共通の関心がある、という点があるかもしれません。

■ ゴールが見えない中、進む

ゴールが見えない中、手探りで進む、という感じは、ビジネスだけでなく、登山でも、特に顕著にあるのが現代ではないか?と思います。

色々な人に話を聞きましたが、みな一様に苦労しています。

私の”自信”の出所は、まさにこれです。まったく手探りの中で自分で考えて進んできたこと、それが自信へとつながっています。

そのために欠かさなかったことは、種まき、です。

頻繁に色々な人と知り合いになり、お互いに相手に対して、役立てる部分はないか、と話をし、また、自分の知り合いは知り合いを紹介をする、そんな活動を種まき、と呼んでいます。

■ 無欲

そこにあるのは、パートナーの取り合い(占有)ではなく、誰しもが登りたいのだから、できるだけ多くの人が多くの人と登れたらいいのでは…という分かち合いの精神です。

ひと時代前の人は、それがない人が多いように思います。俺のモノだ!と独占したがるパートナーというのは、自分のことだけを考えているのかなぁと思ったりもしますが…。言葉の定義が占有という意味なのかもしれませんよね。私は、時間がある人が時間があった人をビレイすればいいのではないか?と思うのですが…。もちろん、かわりばんこで。

ただし、この前提は、ビレイが確実ということです。ビレイが確実でないクライマーは、いくらクライミングが上手でも、誰でもお断りですが…、ただそういう人は誰からも誘われなくなるので、たぶん、クライミングも上手になる機会がないかもしれません。

■ 地頭力

私が登山において学んだことは、逆さにして考える、ということです。

”…ということは、どういうことか?”という思考法です。

これは、ホンネと建前が大きく異なる日本の登山の世界では、特に顕著に必要になる能力かもしれません。

Y先輩が山行の誘いをメーリングリストに流しても誰も乗りません。(…ということは、どういうことか?)と考えると、Y先輩は実力以上の自分に登れない山ばかりを提案しているということです。

後輩君が行きたいと言ってきたルートは、私がすでにパートナーや師匠と行った山行ばかりでした…つまり、私にとっては復習山行です。(…ということは、どういうことか?)と考えると、彼はセカンドで連れて行ってほしいと考えている、ということを意味しています。

私が先輩に一緒に行ってほしいと頼むルートは、私のリードでビレイヤーで付いて来てもらうルートばかりです。(…ということは)、私はチャレンジの”保険”としての先輩を求めているということを意味するのです。

山の人の間では、そういうことをきちんと言葉では表現せず、曖昧にしておく習慣が根強いようです。

それが登山における真のリーダーが誰か?ということがあいまいになったり、山行のテーマがぼけて、何のために山に行っているのか分からないような山になったり、という結果を生むこともあるようです。

つまり、山行の意図、が良く分からない、ということがあるのですね。逆に言えば、これがきちんと表現できるリーダーが良きリーダーと言えるのかもしれません。

山行には大体種類があります…

・顔合わせ山行 安全の為お互いの実力を確かめ合う山行
・トレーニング山行 いわゆるゲレンデや歩荷山行、人工壁での登攀力の習得 
・プレ山行  本番の前にすり合わせ 穂高前の三つ峠など
・本番    目標ルートを頑張る
・親睦    会山行などでは、互いに良きパートナーを見つける
・講習会   レベルの平準化
・レスキュー 一緒に行く人とやらないと意味がないので、一緒にやりましょうと言われたら将来のパートナー候補

■ ぺてらん

登山の意図、ということですが、自称ベテランのことをペテランと言うのだと、最近教わりました。

ペテランの方が最も恐れるのは、ベテランではなく、ペテランだと分かってしまう…つまり、バレることです。ばれた場合の恨みは、恐ろしく長引くものです(笑)。

ペテランだとバレるもっとも大きな理由は、実力以上の山を企画すること、です。

本当のベテランは、常に実力にゆとりがある山行を行います。後輩をセカンドで連れて行くのなら、なおさら、大きなゆとりが必要です。

さらに言えば、山行計画で、手抜きがありません。

さらに言えば、山行計画が非常に的を得ており、持ち物、その他等の指示が簡潔です。

初心者にとって難しいのは、(簡潔)と(手抜き)の見極めです。

■ 無謀な初心者

アルパインに入門したころの人は、一般登山で培った自信をアルパインにも持ち込みますが、桁違いの能力が必要になるため、その差が認識できる程度の経験量を貯めるまでの間に実力以上の山に行ってしまい、亡くなってしまう人が多いです。

アルパインの死者で多いのは、男性20~30代、です。

■ 本格的がつく登山、つかない登山

日本では、登山は、海外とは異なり、

1)”本格的”という形容詞がつく登山



2)ハイキング

が、山の中に混在しています。

■本格的がつく登山とつかない登山の違い

 ”本格的がつく登山”           つかない登山
体力トレーニングが必要           不必要
技術トレーニングが必要           不必要
知識が必要                 不必要
経験が必要                 不必要
情熱が必要                 不必要

その差が無知により分からないため、という理由での遭難は、無知が有知になれば(そんな言葉があるかどうか分かりませんが)、解消するハズです。

ここでも、心・技・体・知・経がバランスよく成長すること、その輪の大きさに合わせて、登山者が登る山を選ぶこと、が大事です。

■ 登山者側のレベル低下

しかしながら、昨今の遭難の大きな部分を占めているのは、本来、特殊なトレーニングや一般常識程度の知識で安全に登山することが可能であった2)のハイキングのレベルにおいても起こっており、その主たる原因は、

登山者側の一般常識不足



一般的とされている体力にも満たない体力不足、

です。つまり、ひとつの山というものが要求してくる体力なり、一般常識なりが一定であることに対し、その対象に向かう側の人間の能力が下がってくると、遭難は増えます。

もちろん、登山者の絶対数が増えれば、遭難数の絶対数も増え、割合としては変わらないわけですが、昨今の山ブームでの登山者数は、何十年か前の登山ブームの時と比較して非常に小さいそうです。

実は、往年と比べて登山者は減っているので、それで、山小屋の経営が立ち行かなくなる、などの事象も起きています。

登山者の絶対数がそう大きくない、増えていないというのであれば、考えられることとすれば、レベル低下がもっとも大きな要因となります。

私が山を始めて以来、毎年、遭難者数過去最高とニュースで言っていますが、それは毎年登山者のレベルが継続して低下している、という意味なのかもしれません。

結局は 実力以上の山に向かっている、ということになります。

■ 実力以上の山に行かない

さて、一般登山の遭難は、さておき、このサイトで追及しているアルパインクライミングでは、遭難というのは、

実力以上の山に行ったこと

が、最も大きな原因です。アルパインクライミングへ進むような人は、山の初歩的なことはすでに理解しており、自分の安全は自分でコントロールできるだけの知力、適正なCSバランスを発見するだけの知力があることが前提だからです。

山で生き残る秘訣は?とベテランに問うと、かならず

弱気

と返ってきます。つまり、自信過剰で実力以上のルートに行ってしまうことがほとんどの遭難原因なのです。

つまり、安全登山のキモは…

実力以上の山に行かない

ということです。

■ 言うは安し、行うは難し

しかし、実力以上の山に行かなければ、実力は上がりません。そこが難しいところです。

また文化的な難しさもあります。風潮ということです。

本格的と言う形容詞がつかない、一般登山をしている一般登山者は、実力以上の山が死に直結するということを理解していませんし、基本的には、という但し書きつきですが…一般ルートでは、そのような覚悟や決意が必要な山というのは、基本的には存在しません。

この場合の、”基本的には”、というのは、季節や雪の有無、高所恐怖症の有無、冷静さなどの性格の要因も入るためです。

北アの岩稜帯を縦走して分かったことですが、ごく普通の街の中でも、きちんとふらつかないで歩けないような、歩行力のたどたどしい方が北アの鎖場に来ています。山はタダでも危険な所ですので、健康体と言えない体で臨めば、危険窮まりないのは当然です。そう言う例は例外的と思えましたが、昨今は例外とは言えないほどに増加しているようです。

本格的がつく山には、体力・技術ともにトレーニングが必要です。ジャンダルムや北鎌尾根は、一般ルートとバリエーションの間にあるような場所ですが、その程度、つまりアルパインで初級程度でも、一般ルートとしては最上級ですので、年齢等を考慮すれば、トレーニングが必要になる人が出て来ても不思議ではありません。

例えば、敏捷性が衰えるような年代に属す人たちです。

■ 先行きが見えない中で持続的に成長する

ホワイトウォーターというような先行きが見えない中で持続的に成長するには、下界でも、継続的に取り組めるトレーニングが必要です。

私が思うには、そのようなトレーニングの場にこそ、仲間づくりが必要です。

山という本番よりも、退屈で投げ出してしまいたくなる下界でのトレーニング…仲間がいれば、その退屈さもしのぎようがある、というものです。

トレーニングを共有していれば、目標とする山がそれぞれでも、互いに互いの成長をサポートし合うことができますし、実力差についても明瞭で、Aさんが行ったから、私も行きたい、というような、実力に基づかない、ないものねだりの要求も収まるかもしれません。

リーダーが、実力以上の山にメンバーを連れて行ってしまう理由の最大は、このような理不尽な要求にノーと言いづらい、という風潮にあります。

このブログを一時閉鎖した理由の一つに、私が行ったルートに自分も連れて行け、と主張する人が出てきたことがありました…。

私の実力は大変過小評価されているようで、私程度が行ったところは、努力なしでも行ける、と多くの人が考えるから、のようです。

アイス歴4年の人と1年未満の人が行っていいところと行って良くないところは、当然違いがあるはずです。

そのことから反省したのは、ここにあまり苦労話を書かなかったことです…。私はあまり、苦労したことにフォーカスしない性格なので、努力なしで達成していることのように読めてしまったのかもしれません…。その点は反省しています。今後は、できるだけ正確な描写をと思いますが…。

■ 山には、下積みがたくさん必要です

このブログは、本当に登山経験ゼロからの、いわゆる山ガールと呼ばれていたような人が、アルパインクライミングに進むまでの経緯を紹介してはいます。

…それは真実ですが、そのプロセスで、いわゆる無謀な試み…準備不足などの…は、ありません。また2年目程度の時から、誰も私を山ガールとは呼ばなくなりました。

また、単独行で山をスタートしているように、最初のスタート地点から、単独、北岳レベル、積雪期レベルからのスタートです。

ガイド山行も最初の入り口でお世話になる程度で、どうすればいいか分かった後は、自前の山行での経験を地道に積んでいます。

何より、年間山行日数が、一般の方とは全く違います。年の3分の1は山です。

なので、良い子はマネしないでください、ということになりますが、ぜひ、マネをしていただきたいのです。

それは、山行ではなくて、無謀なことをしないとか、準備に余念なく、その山に必要な資質は何か?核心は何か?と考えることに余念がない、というようなことをです。

もし、私が行った山にトレーニングや準備、十分な装備無しに行こうとする人がいるならば、やはり無謀ではないかと思います。

こちらに積雪期の登山が初めてで、正月の富士山に挑もうとした初心者の方にガイドの方が答えていますが、このような登山者との対極に私はいます。

この方は、毎年何人も人が亡くなっている冬富士のニュースを知らないのかな?どういう理由で、まるで、ハイキングにでも行くように元旦に富士山に行こうと思ってしまうのか、私には理解不能です。遭難した知人がいましたが、遺体が出てくるまでに、半年かかりました。

■ プロセス

ちなみに、今回の心の旅、インスボンへのプロセスを振り返ると… これは大体同じ時期に、この数年間、どう過ごしてきたか?ということですが…

2017 インスボンでフリー
2016 ロゲイニングの大会出席
2015  沢に初心者の友達を連れて行く
2014 小瀬クライミングウォールで練習 & 山についてあれこれ考えを深める
   https://stps2snwmt.blogspot.jp/2014/05/blog-post_7168.html
   https://stps2snwmt.blogspot.jp/2014/05/blog-post_28.html
2013 GWの穂高に憧れ → この段階で行って遭難する人多数
2012 単独行(加藤文太郎)を読み終わる&河原でテント泊の練習

という軌跡をたどっています。振り返って歩みが遅いようでも、着実で順調な成長のように思います。

■トレーニング歴

参考までの当方のトレーニング歴をあげておきます… 肉体のトレーニングはもとより、山では知力も相当に重要な地位を占めるような気がしますので、学歴主義者ではありませんが、学歴も紹介しておきます。

熊本高校卒業
国立大阪外国語大学卒業(現・大阪大学) 
アメリカサンフランシスコ 単独渡米 2年 
帰国後TOEIC 925取得
2000年 創造社ホームページ制作コース終了
2005年 大阪編集教室ライターコース終了
2007年 社会人大学院グロービスにてクリティカルシンキング・マーケティング終了 クリシンMVP受賞、マーケティングは評点A
2011年 IYC ハタヨガ初級認定講師
2013年 長野県山岳総合センターリーダーコース 受講
2014年 無名山塾 雪上訓練
2014年 ロープワーク講習会 主催
2014年 第21回関東ブロック 「雪崩事故を防ぐための講習会」 
2013年 日赤救急救命講習
2013年 雪山のリスクマネジメント
2015年 東京都都岳連 岩場のレスキュー講習
2016年 日赤救急救命講習
2016年 キャンプインストラクター資格取得
2016年 上高地自然ガイド講習終了
2016年 レスキュー講習会 主催


Friday, May 26, 2017

失われようとしているベテランの知恵

■ 山を伝授する

山岳会による山の教育が機能しなくなったと言われて久しい。

昨今の山のベテランが若手の教育をしない理由は、簡単だ。恩返しがないから(笑)。恩返しの一番は、頼れるパートナーになること、その次が、次の人に教えること、です。

・頼れるパートナーになる
・次の人に教える

この2つが、現代の人にはできない。(能力がないあるいは時間がない、など、その人のせいでないことも多いが)

そういう人に山を教えても、骨折り損になる上、ベテラン側は、いい加減、もう自分ができることはやってしまったと感じている。

つまり、山と言う活動はステップアップが必要なので、ピラミッド構造になっているのだが…つまり、最上位の一人が中級者3人に教えたら、その中級者3人がそれぞれ初級者3人教えて9人、その初級者9人がそれぞれ入門者3人に教えて27人みたいな構造になっている…のだが、今の時代は、中堅がいない。

   1
  333  → ここが欠けて
 66666 → ここも欠けて
9999999 → ここばかりが増えている

こんな構造。

ので、トップの一人が怒涛のような入門者を教えるみたいなことになってしまいますが、そうすると、27人、そんなに教えることは神でも不可能、ということになってしまいます。

堤防のように頑張っていたベテランも、匙をなげます。私のメンターは、元々登山学校で校長先生をしていた人ですが、自分が教えた人が、その下の後進を教えないので、腹を立てています。

なので、現在は登山学校という仕組みは、有償での教育が有望です。お金を払う気があるくらいだから、ヤル気がある、ということが試されすみだからです。あの岩崎さんも同じことを言っています。

■ 通信教育が可能

私が思うには、山はほとんど通信教育が可能です。私で現在実証実験中です(笑)。

こういうのマスターして置いて、と言われて、それをやってくる人がちゃんとした人です。

「ビレイマスターしてきて」と言われた人が、その通りにマスターしてこなかったら、また再度、半年ほど待ちます。

「ピッケルじゃなくて読図でしょ」と言われたら、読図マスターしてこないといけません。

一通りマスターするまで、次の段階に進めません。進むと命の危険があるからです。

何年かかったとしても(自由になる時間は人それぞれですから・・・)、してこないとダメ山ヤです。ちなみに私は読図に取り組んでから、3年かかりました。

■ 連れて行くのは弱さの証

まだ連れて行けないと見なされたときは、相手をふるいにかけて、落とされているように見えてしまうかもしれませんが、そうではない。

スキル未満の人をセカンドで連れて行くほうが、自分のパートナーが欲しいという悪魔の声に負けているのです。

その証拠に、去年、私はインスボンにクライミングに行くだけの登攀力がありませんでした。それを別のベテランクライマーに話をしたら、

「(私を連れて行かなかった)〇〇さん、エライね~!」

と感心していました。

私も自分が行きたいという誘惑に負けて、まだその段階にない人をルートに連れていってしまったことがあります…。というか、連れて行ってから、まだその段階になかった人だと言うことが分かったんです。それで責任を感じて、ルートに出るために必要な技術で、自分が知っていることは、みんな教えました。ちなみにスタカットと懸垂です。

■ みな一律平等はできない

山は、等しく誰しもに対して接します。それに対し、人間側の体力はそれぞれなので、Aさんが行ける山に、Bさんも行ける、ということにはならないです。

つまり、みんな一律平等に同じ山に連れて行くことはできないということです・・・それをすると一番弱い人が行ける山にしか行けません。 

私は去年はインスボン、行きたくても行けませんでした。

しかし、そこを頑張って、山が要求するレベルに自分を持ちあげて行く、ということが、山の本来の楽しさだと思います。

私は2点支持を身に着けるのに3年かかりました。インスボンに行けるようになるまでにフリーのトレーニングに丸1年かかりました。

これは平均的スピードだそうですが、成長のスピードは人それぞれです。自由になる余暇の時間にも左右されますし、ジム環境や、元々の才能、身体のメリット、筋力などにも因るからです。一つだけでなく複合的な要素が必要です。

それぞれの時間がかかってもいいから、一つ一つ段階をクリアして行く、段階的成長が必要です。

■ あまりにも稚拙すぎてベテランがもったいない

先日、プロが山の質問に答えるサイトというのを見て思ったんですが・・・しょぼかった。

みんなの質問が、”それくらい本に書いてあるでしょう、勉強してから来て”という質問でした…。

答えていたのが、ピオレドールを受賞した世界的アルパインクライマーだったりしたので、彼に失礼なだけではなく、たぶん、そんなすごい人の時間の無駄でもあると思いました。

しかし、このブログで、私が追及している疑問に対し、たまにベテランが答えてくれているような内容は、すべての成長途中の山ヤにとって、非常に役立つ内容ではないか?と思います。

なぜなら、強くても強くなくても、みんな同じような関門を通るからです。

例えば、今、私は、ランナウトが怖い、という関門を通っています。

(ちなみに私がどれくらい無邪気だったかと言うと、初回で三つ峠連れて行ってもらって、2回目からは自分でリードして登って、その時は全く何も怖くありませんでした。なぜなら、ハーケンがそんなに危ないものとも、思っていなかったからです。無知だったからです。すべての支点を大信頼して登っていました。今では三つ峠を登るのは結構真剣です。怖いとも思います)

■ 危機感

私が持っている危機感は、ベテランの知恵が、これから10年以内に失われていく…ということです。

今、私を教えてくれている人が、10年後も教えられるか?というと違うような気がします…

一方、私は10年後も確実に元気でしょう。少なくとも生存はしているでしょうし、山に登る体力がないということもないでしょう。

だから、今、吸収しないと・・・。

■ メンターになれるほどの山ヤはめったにいない

今の師匠、メンターになってくれている人ですが、そのクラスの山ヤはめったにいません。

ただ、残念なことに、彼クラスの山ヤが、学ぶべきモノを持っている、山への姿勢とか、技術とか経験とか…そういうと言うことも分からないくらいの不勉強な人ばかりで、ベテランのベテランたるところのありがたみが分からないことが、山の技術継承の問題をさらにややこしくしているように思います…

みんなは、もしかして、山なんて、誰にも教わらなくても登れる、と思っているんではないでしょうか?あるいは、トレーニングなんかしなくても登れる、準備なんかしなくてものぼれる、と。

こういう記録を読むとそういう人がメインなんじゃないか?と思ってしまいます・・・

GW 悲喜こもごも

正直言って、本当は、身体能力的には私より適任の弟子がいるのは確実です…私はあんまり体力があるほうではないし、登攀の才能があるほうでもないので…。

しかし、第一に山に傾ける時間がある人が少ないです。その上、与えられたものを受け取る能力とそれを次にバトンタッチするために表現する能力が、多くの人に無い…

現代は、時間的にゆとりがある人が少なく、貧しい時代ですね。

■ 技術を適用できないか?と模索中

現代の仕組み、インターネットで、こういう部分を何とか解決できないか?と考えています。

ビジネスでのメンター募集の仕組み、スポットコンサルのビザスクの仕組みは面白いと思いました。

ビザスク

でも、スポットと言うところがダメですね。山のコンサルは、時間的に長く一緒にいる必要があるんです。

■ 山のステップアップをコンテンツ化すること

山をコンテンツ化すること・・・いわゆる登山学校のカリキュラム的なことになりますが…も、実際可能だと思います。

というのは、私は菊地敏之さんが、大昔の岳人に寄稿した、雪山初心者のためのステップアップ雪山指南をみて、最初の3年はその通りに過ごしたからです・・・(笑)。

あの記事は本当に役立った。それでムリなくステップアップできたので。

当時、私のメンター=山の先生は、菊地敏之さんだった、と言えるでしょう。

■ 天才は言葉にするのが苦手

山というのは才能が必要みたいで、才能ある人は他の分野にもれず、直感的感性の人です。天才肌ってことです。

そういう人は、良き指導者になる、ということは、難しいみたいです。言葉にできないのだそうです。

たしかに、山の技術って一般論に落としづらいです。 

良くあるのが、山小屋で、「〇〇岳って私にも登れますか?」ってやつです。そんなの、自分で解決してください、みたいな質問をよく受けます。答えられるはずがない。

山って一般水準のド・スタンダードなところを持ってくるのも難しく、個人個人に合せて適切な山を選んだほうが良い、ということもあります。

例えば、新人Aさんのアルパインデビューは屏風岩なのに、新人Bさんのデビューはなんで左岩稜? 不公平だ!というようなことは通用しません。単純にAさんのもつ力量が大きかったからで、不公平でもなんでもないのです。逆に同じにしたら、不公平になります。

技術的に同じことを教えるのに、体力度でそれぞれ違う山にするというのは、普通のことです。こちらにリー研の記録がありますが、みな同じことを教わっているのに、それぞれ困難度が違う設定にされていて非常に参考になります。

町内の山のリー研の記録

そう言う意味では、私は確実に9班か10班(ビリのほう)です。しかし、独学の人が自ら学ぼうとする場合は、一番控えめな設定からステップアップするしかありませんから、私のような人が教育を受けたほうが、多くの人の参考にすることができるのかもしれません。

それで私がそのような立場にいるのかもしれない、と考えることは、ままあります。

そういう立場の人間にとって、得られた教えを必要としている人に届けるのは使命であると、考えています。

≪参考記事≫
ダメな山岳会の事例

Tuesday, May 23, 2017

インスボン2017

■ 海外登攀第二弾

昨年11月のラオスに続いて、海外クライミング第二弾で、インスボンに行きました。

2014年にクライミングデビューして3年目。インスボンに行くことになるとは…大変感慨深い思いです。

ご縁に感謝☆

■ 岩場の性格

東洋のヨセミテと言われる美しい花崗岩の岩場です。登山口から約1時間で、ベースとなる白雲山荘に到着します。アプローチが1時間と短いため、楽にクライミングできるので、三つ峠と似ています。花崗岩で、フリクションで登るクライミングとなります。
スラブ、クラック、ワイド、が主体で、アルパイン的な岩場です。ショートもありますが、前傾壁やカチっぽいフェイスクライミングのスポーツ的な岩場ではないではないです。

マルチピッチ主体で、クライミングで山頂を目指す山、が味わえます。景色最高!

大ランナウトしています(^^;)。確実性のあるクライミングスタイルが必要。

■ 装備

マルチピッチクライミング用の一般的な岩装備が必要です。一般的岩装備が分からない人は行くべきではないので、詳細は端折ります。カムは一式必要。ロープはツインで行きました。クラックはクラックグローブがあると便利です。

アプローチは短いのでファイブテンでなくても、クロックスでも十分。

宿泊装備として、シュラフと防寒着が必要。小屋泊用にクロックスのような草履があると便利。

服装は一般的な夏山縦走時の保温着くらいは必要です。日焼けも要注意。

■ インスボンへの行き方

仁川国際空港 - 地下鉄スユ駅 ー タクシーでトソンサ(登山口)-徒歩で白雲山荘

下山時は、トソンサからタクシーでウイドンまで。ウイドンから、バス120と109が出ています。もしソウル市内で宿泊するなら、この2系統のバスの沿線が楽かもしれません。

■ トポ

廣瀬ガイドが出しているトポがあります。









■ その他
・白雲山荘のご主人の李さんは、ご高齢ですが日本語堪能。喜ばれるお土産はお酒。
・一般ハイカーが多数通ります
・小屋ではアイス食べれる
・ビールは売っていません
・ウイドンでは、下山後にスパに入れる。
・ウイドンでおススメの登山ショップは、エーデルワイス
・ソウル市内では、問屋町で登山ショップ巡りができる モンベルもある。
・アイスギアの購入は韓国がアイス人口が多くておススメ

■ 小屋
・宿泊は板間
・価格は2食付3500円
・トイレはぼっとん
・水場が近い
・飲料水は売っている
・人懐こい犬を飼っている
・一般的な日本の山小屋と同じ感覚
・小屋泊縦走程度の装備が必要(ヘッドライト、衛生用品等)

■ 力量

ホントのドがつく初心者だと行っても楽しくないかもしれないですが、登れないルートばかりでもなく、韓国でも初心者の人も来ているみたいでした。ただ楽しめるか?と言うと違うかもしれないので、楽しめるためには、5.10Aがリードできるくらいは必要かもしれません。

行きたい方で案内者が必要な方はご連絡ください。今回ご信頼できる方と知り合えました。比較的安価でガイドが依頼できます。

※このサイトのメール送信は、他者に公開されず、直接当方にメールが来ますので、プライバシーの心配は不要です。

Saturday, May 13, 2017

現代版木を植える男

今日のジミー・チンからの投稿です

Thursday, May 11, 2017

一般縦走からアルパインへのステップアップ

■ 楽しい時期

登山を愛する人たちは、特にトレーニングなく、山を楽しく登っているうちに、気がつけば体力がつき、少しずつステップアップして行く。

やっているうちに知らず知らずのうちに、次々とチャレンジを求めていくようになる。フローと呼ばれる状態に入るには、CSバランスが必要だからだ。楽しくあるためには、難易度をあげなくてはいけないのだ。

この時期は本当に楽しい。私も5年ほど前がその時期で、楽しかった。夫と登って、標高差1500mある、八ヶ岳の権現岳を日帰りで登れた時には達成感があった。積雪期権現には通っていたからだ。

夫はそこで終わりで、私はアルパインへ進んだ。

■ 分かっていないことが分かっていない時期

そのような時期…、まだアルパインをよく知らず、安定していない登山者の時期に、最も死者が多い。

良く踏まれた一般道の歩きやすさと、そうでないバリエーションルートの質的差の大きさをまだ本人がよく分かっておらず、一般ルートで培った自信を、バリエーションルートにそのまま持ち込みがちだからだ。

私の友人も涸沢岳西尾根の下山で一人亡くなっている。33歳の男性だった。ジャンダルムは難なく通過したのに。

ちゃんとしたアルパインと一般ルートの境界にある山は… 例えば、ジャンダルム、北鎌尾根、積雪期黒戸尾根、積雪期赤岳、鋸岳など…。そういう山は、自分で済ませてしまう人も多い。ロープの携帯は、念のため程度だからだ。逆に言えば、こういうのが自分で、できない人は、受け身過ぎ、技術不足、研究不足、理解不足が少しあるかもしれない。

さて、そのような段階に来た人は、次のステップとしては、アルパインクライミング(マルチピッチ)の初級ルートを目指すことになる。

その時にやるべきことを書いておく。この段階は、質の差が大きいので、若く強い男性であっても、しっかり時間を掛けて、一般登山者からアルパインクライマーにステップアップした方が良い、と思えるからだ。

男性の遭難で死者が多いのは20代である。要するに、体力の不足で死ぬのではなく、チャレンジが大きすぎて死ぬのである。

■ 2点支持を身に着けることがテーマ

このような登山者は、2点支持を最初に身に着けることをテーマとするべきだ。

その人の元々の資質によりけりだが、1~3年程度、習得にかかるかもしれない。

 5.9では決して落ちない(=5級マスター

を目指して、クライミングに精を出さないといけない。

一般に、クライミングを山から始めた人は、ボルジム上がりの人より、下手だ。ボルジム上がりの人は、ムーブそのものが楽しくてクライミングしている。山で始めた人は、ムーブを楽しんでいるのではなく、景色を楽しみ、その手段として、クライミングがあるのだから、最初はムーブが楽しいとは思えない。

したがって、山から始めた人は、2点支持を身に着けるのに、結構、時間がかかることが多い。それを見越して、スタートしておくと、デビュー日が早くなる。

先輩の側からみると、クライミング力をあげておいてもらうと、最初に連れて行く初級アルパインルートの岩場(マルチピッチ)の選択肢に幅が広がる。

これは連れて行く人の都合だ。連れて行く先輩の側も楽しくないと、一緒に行きたくないわけなので。

支点が整備されたマルチピッチは、悟空スラブのように、5.5~5.6レベルから、あるが、そういうルートは、何のためにあるかと言うと、連れて行ってくれる先輩が見つからない人が、同じようなレベルの人と安全にマルチピッチを経験するためにある。そう言う人は少数派のため、この手のルートは、あまり登られていない。

この時期の人の定番の、安全な岩場(マルチピッチアルパイン)デビューの例:

定番コース :関東の例

1)トレーニング山行:
  3級、4級の岩場(ゲレンデと呼ばれる)に通い岩場慣れする。
  広沢寺、日和田レベル

2)プレ山行:
  三ッ峠詣でを行う マルチピッチ確認

3)本番

本番のロケーションは、人による・・・

例)春のもどり雪 =登攀力はそこそこあるが、しっかりした支点が必要な人
          フリーのマルチ
  乾徳山旗立岩 = 決して落ちないクライミングができ、支点の見極めができる人
          
  前穂北尾根 =体力があり、長時間歩ける人で、誰であっても必ずセカンド

  北穂池 = 読図の山とルートファインディングの山の違いを教えるための山
  
  太刀岡左岩稜 =体力はないが技術力が確かな人 アプローチほぼなし

  穂高屏風岩 = 体力も、登攀力もバッチリで、
          あたふたすることもない精神的安定感のある人

連れて行く相手の体力や時間のゆとり、登攀力を総合して、先輩は判断している。ので、基礎力の底上げを、後輩の側はしておいてくれると、先輩としては、見せてやれる景色の素晴らしさが格段に上がる。

ただ、地味な努力であるので、アルパインクライミングがどんなことか?を理解する前から、そんなトレーニングに励むのは、強い意志の力が必要になる。ヤル気ってことだ。そこが新人が試される点だ。

山のために特別なトレーニングを自ら進んでする意思があるか、ないか?が、資格試験となる。

そうでない人は、ステップアップ自体をすべきではない。

■ フリークライミングの位置づけ

フリーをやらないとアルパインには行けない。フリーを飛ばして、行ってしまう人もいるが、そうすると大きな賭けになってしまう。

2点支持の習得は、私の場合で、約3年くらいかかった。これは普通の速度のようだ。知りあいのしっかりした山ヤで、自分専属の女性パートナーを育てた人がいるが、丸三年、石の上に我慢で、マルチピッチにセカンドで連れて歩いたそうである。ザックすら、本人の分を担いでやって、だ。ということは、下積みがゼロの場合は、3年はセカンドオンリー、というくらいの習得期間が必要ということだ。

20代で登攀をスタートしているわけではない、大人の場合、遅く始めれば始めるほど、2点支持の習得には、時間が余計にかかる、と見て良い。

2点支持の習得は、自転車に乗れるようになる系の習得なので、誰であっても、23歳でスタートするよりは、33歳でスタートした方が習得に時間がかかり、33歳よりも、43歳のほうが時間がかかる。

が、逆に若いからと言って、3年が3か月にちぢまったりはしないようだ。去年、大学生を観察して分かった。おそらく、頻度が重要だからだろう。1ヶ月に一回クライミングするような頻度だと、ムーブを忘れてしまうので、まったく習得ゼロと同じレベルに毎回リセットされてしまうようだ。

2点支持の習得は、すでに習得している人が見れば、すぐに分かる。私も分かるようになった。当然だが、習得していない人が見ても、できているか、どうか分からない。

一般に、縦走上がりの人は、体力を歩荷力と踏破距離で測っているが、登攀へ進むと、体重を落とし、余分な贅肉を剥ぎ取り、体幹、肩、指などの上半身筋力をアップする必要がある。

重曹で培った物差しでは、実力は計れないってことだ。

筋力アップは時間がかかるので、のんびりスタートしていれば、チャンスが巡ってきたときに、チャンスを逃さずに済む。

■ ライフスタイル

というわけで、アルパインを志向する人たちの生活スタイルは似てくる。

週1~2回はジムに通い(=筋トレ、2点支持習得)、週末は、パートナーの有無次第で、岩場か山でトレーニング、という生活に収束してくる。

逆に言えば、そういうトレーニング主体の生活をしないまま、アルパインへステップアップするのは、危険が大きい。

トレーニングと言うと楽しくなさそうだが、こういう時期に山岳会に仲間がいると、楽しくトレーニング生活を送れると思う。

山岳会では、このような環境を提供していない場合もあり、その場合は、大抵の人はジム通いから、単純にアルパインクライミングを捨て、フリークライミングに転進することになる(笑)。

これが現代で起こっていることの大筋だ、と理解するのに、そう時間はかからない。

というのは、登れても歩けない人か、歩けても登れない人しか、周囲にいないなー、と理解が進むからだ…。

目指すべきは、歩けて登れる登山者、だ。 非常に難しい、二律背反であるが…。登れて歩けるためには、2週間に一回の山歩きを端折るわけにもいかず、そうなると、

 2週間に一回程度の山歩き 
  +
 週1~2のクライミングジム通い
  +
 週1で願わくば岩

という生活になり、トレーニングで超忙しくなってしまう…

大体、体格的には、中肉中背&筋肉質のタイプ が適しているようだ。






Tuesday, May 9, 2017

無知+根性=自滅

私は18歳からバレエを習って約20年バレエを習ったのですが、体を悪くして(正確に言うと体を悪くすることを予見して)辞めました。

その時、20年習って分かったことが、バレエは 一方通行の活動だということです。ターンアウトばかり。アウト、アウト、で、インがないのです。

私は骨格が出来上がった大人だったため、体を壊しそうになるまでに、20年かかりましたが、子供だと3歳から習って、15歳で終わりになる…という話が、このKindleブックスに出ていました。

この本をバレエとは、関係がない登山のブログでなぜ紹介しようと思ったかと言うと、この本にある指摘の一つが、

 教授法が曖昧すぎる

という点だからです。 バレエは頭が良くないと上達しない、とよく言われます。実際それは私も納得する点で、先生が発する言葉の一つ一つを自分で精読して解釈し、咀嚼しないとダメです。

1を聞いて10を知れ 

と言われます。 

それって… 登山で一番ないがしろにされていることでは…

この本の著者が出した結論は、その教授法では、ほとんどの子が挫折する、でした。

登山も同じかもしれません。 

落石注意

と書いてもダメなのです…

落石があるため立ち止まらず、速やかに通行せよ

と書かないと…。

春山は危険です

では、ダメなのです。

春の山には雪崩の危険があるため、雪崩の危険を回避できる知識と訓練がある人のみ入山してください

と書かないと。

アイゼンが必要です

だけではだめで、

アイゼンは冬靴に着け、事前に歩行訓練し、長すぎるアイゼンバンドは山行前に切ってきてください

と書かないと…

山岳会の入会歴6年でも、そんな調子なのですから、最近の山ブームで、雪の穂高を見たい!と思って上高地にきただけの若者が、その辺にいる山岳会の新人さんを連れた会山行を見て、どうも奥穂南稜は初級ルートらしいぜ…じゃ、あいつが行けるなら、俺も行けるさ…と考えても仕方がないことなのです…トレランシューズにアイゼンつけて。

それが世の中の現実で、別に山の世界だけで起こっているのではなく、バレエの世界でも、同じことなのです。

で、もって、日本人は妙に根性だけはあるので、困難が来ても頑張ってしまい…バレエにおいては痛みを我慢して奇形を作り、山においては悪天候にもめげずに突っ込み…

どちらも、自滅への道へ突き進んでいるという点では変わりがありません。

立ち止まって考えてみる必要があります。”根性”が”自滅への道”へ続いていないかを。

そして、教授する立場にある人たちは、教授法そのものが、説明不足の、時代遅れのしろものであることを…

Saturday, May 6, 2017

”本格的”登山と一般登山の差とは?

■ 定義

”本格的”という形容詞がつく登山と、一般登山が同場所に存在していることが問題視されている日本の登山界。

”本格的”という形容詞がつく登山がそもそも何なのか?

を一般登山者が分かっていないためではないだろうか?とふと思う・・・

定義:

”本格的”という形容詞がつく登山とは? 登山をするために能力開発が必要な登山

ではないだろうか?

例えば、雪を見たい!だけなら、雪国へ行けばいいだけで、特別な能力開発はいらない。が、春山に行きたい!となると、話は別で、特別な能力開発…雪上歩行訓練や雪上確保等…が必要…となる。

そこが分けて教えられていないために、特別な能力開発が必要な山に、能力開発を怠った人が出かけてしまっているために、遭難多発となっているのではないだろうか?

■ 一般道

”本格的”という形容詞がつく登山をしている人たちの間で、一般道と言われる、一般登山しかしない人がそれ以外あるとは信じていない登山道の一種は、とても歩きやすく快適に整備されている。

ニュージーランドみたいに、一般道は、基本的に、能力開発が必要ないように、道標や整備を充実させ、能力開発が必要な、”本格的”という形容詞がつく登山者が使うトレイルとは全く別にしてしまうということが良いのではないだろうか?

そんなことを思うのは、同じように、”登山道”の一言で片付けられてしまうと…

岩場へ向かう道で見つかるようなクライマーがつけた踏み跡
境界線で見つかるような、良く踏まれた踏み跡
廃道で見つかるような、踏み固められているが落石や倒木で荒れている登山道
破線ルートの比較的良く歩かれている道
破線ルートの全く歩かれていない藪道
藪漕ぎ
鹿道
植林の作業道
入渓に使う釣り師の道
頻繁に崩落を繰り返して付け替えになることが多い人気の踏み跡
遊歩道
木道
よく歩荷に使われている道
まったく歩荷に使われない道
鎖場連続の道
露出感のある道
トラバースの崩壊が気になる道
読図で作路できる道
読図では進路を見極められず、ルートファインディングが必要な道
落ち葉で一杯の道
小石でいっぱいの道
粘土質の道
凍結の道

などなど… 道の”質”についての認識ができなくなるのではないだろうか?

一言、登山道、と言って片づけてしまうのでは…大雑把になり過ぎて。

雪だって、雪の質により、歩きやすさは格段に違う。だから、毎週、同じ山に通っても、毎週、違う質の雪に出会い、勉強になる。

パウダーの時はツボ足では歩きづらくスノーシューが最適だが、雨後の雪なら締っているので、スノーシューは重たいだけ。ツボ足で十分。雪のフリクションの質も毎回違う。

そういう道に対する感性を養っていくのが、山をする、という活動って話だったんだと思う。

岩も同じ。岩も質が色々ある。石灰岩、凝灰岩、花崗岩、スラブ、ボルダ―、クラック、フェイス…全部それぞれ課題を意識して学ばないと、学べない。岩とお友達になるというのはそういう話だ。

沢だって同じであり…同じ沢でも通えば、四季折々の姿が見えてくる。おのずとどれくらいの雨量の時は入ってはならぬ、のか分かるようになる。

アイスも同じで、同じところに通うことで、氷の質の見極めが出来てくる。

それらは、同じようでいて同じではない。難易度は毎回違ってくる。だから、困難度で他人と競争することなど無意味だと理解できてくるはずなのだ。ずっと山をやっていれば。

特殊な能力開発が必要な山に必要な、特殊な能力とは…

1)男性30kg、女性25kgを担いで3時間で丹沢の大蔵尾根を歩ける体力
2)読図力
3)天候の基本的な知識
4)体力・時間、その他の要因を見つつ、ペース配分できる計算力
5)自分をピンチに陥れない生活技術
6)ロープワーク
7)確保技術
8)5.9では決して落ちない登攀力 (RPグレードは2グレード上)
9)セルフレスキューと心肺蘇生等の知識
10)その山の危急時に必要な、防衛体力 (山域によって違う)

です。他にも、要素で考えられるかもしれません。思いつく方はぜひ付け足していただけると嬉しいです。

Friday, May 5, 2017

薄い踏み跡とお友達になる会

■ 新しい友達と

新しい山の友達の単独行の縦走計画に、便乗させてもらって、久しぶりにテント泊縦走に出かけた。

経験が生きる、ということとはどういう意味なのか?今回はそれを理解した山だった。行った山域は、初めての山。

■ 山行前

計画書が送られてきた。稜線をぐるりと回遊。作成者の意図は分かる。ただ最後の下山路は、美しくないというか、既存の道を利用するため、きれいな馬蹄形を描いていなかった。ここは美しく、一つの輪を作れないかな、などと自動的に考えてしまう、悲しい性(笑)。

核心部は?

ヤマレコで、どの程度歩かれているか?を事前チェックすると、踏まれていないのは、最後の下り。美しくないと感じた部分だった。2万5千の地図には記載があるが、道が消失している可能性もあるな、と思う。ただヤマレコユーザーが、古道などというマイナールートを好まないだけかもしれないが…。下山時刻は17時で、核心部が最後にありそうな割には、ゆとりが少なめだと感じた。

計画は大きすぎないか?歩けそうか?

意欲的な計画は好ましい。が、自分の実力以上の計画に同意するわけにもいかない。歩けなかったら、迷惑を掛けてしまうからだ。計画書には、タイムの想定が書かれていなかったので、柔軟な対応が可能な山域なのだろう。初めて一緒に行く人がいる場合は、通常は大きめの計画は立てないからだ。一応、地図上での踏破距離で行くと、長いが歩けない計画のようには思われない。懸念は、最後に特別時間がかかり、ヘッデン下山になるかもしれないという懸念だけだ。

念のため、時間が押してしまったときのために、エスケープに使えそうな尾根には、すべてチェックを入れる。尾根の末端だ。エスケープに使えるかどうか?という判断には、

・傾斜が急すぎないこと、
・末端が崖で終っていないこと、
・ちゃんと近道であること、
・ある程度踏まれていて歩けそうであること

などの条件がある。危険が地図上で予測できるような尾根は基本的に歩かない。たとえば、崩落地や雨裂の記載がある、末端が崖であるなど。ただ崖は結構、突破できる可能性もある。選択肢として使えるか、使えないかは、登り出し前に林道を車で偵察したりする。

単純な縦走なので、

・踏破できる体力
・生活技術
・読図・ルートファインディング技術
・水場
・天候の読み

その程度が課題になりそうだった。この山域の天候はあまり知らないが、土地名から雨が多いことがうかがわれ、予報も雨がちだった。ので、軽量化を優先せずテントとした。水に弱いダウンではなく、化繊の保温着へ。

あまり重さが課題になる山ではなかったため、重量は気にせず、食べものをたくさん持って行った。水容器、ヘッドライトは予備を持った。ヘッデンは下山核心の為、夜間歩行を想定したためだ。ザックは、共同装備の負担を見越して、ゆとりがあるサイズにしておく。誘われた山に、小さいザックで来る人もいるが、共同装備を担ぐ気がない、と宣言しているようで、あまり感心しない。

親睦がメインの為、食当が持てないだろう、つまみなどを持って行った。

■ 実際

行きのアプローチでは、緑がきれいだった。の木と藤の花が印象的だ。

さて、と。取り付きが見あたらない。

同行者が沢のそばの踏み跡をたどるが、最初から危ない。一目見て違うな、と理解できた。これは経験による。

普段、読図が必要な山をたくさん歩いていると、踏み跡にも様々な種類があるのが分かる。古道であれば、荒れていても、元の土台がしっかりしているはずだ。沢の入渓点はしょっちゅう変更になるので、踏み跡が新鮮で、崩れつつあることが前提である場合もあるが…。

そこで、一旦林道に戻り少し探すと、正規の(?)取り付きがあった。小さな蒲鉾板程度の板に消えかかりそうなマジックペンで、雷坂と書いてあった。これでは、よくよく探さないと見つからない。不親切だ。が、そこを見つけるのが、経験値だ、自分で理解できた。山の最初の試験、合格。

さて、と歩みを進める。使われなくなって久しいらしく、倒木で歩きづらい。が、踏み心地はしっかりとしている。ふんわりとはしていない。

尾根に上がるまでは一頑張り、と、承知している者同士。良いペースで上がる。急な尾根だった。同行者の歩みはしっかりとしていて、良く歩いている人なんだなぁと思った。

稜線に出ると、ずっと霧だったが、それくらいでちょうど良い気温だった。古道と古道をつなぐ中間部は、県境を歩く山なので、地図上は境界線ラインがあり、ずっと比較的幅の広い、良く踏まれた踏み跡が見つかる。ありがたく、使わせてもらった。

稜線は美しく、うっとりとするような景色だった。丹沢と奥秩父と南アルプス深南部を思い出した。苔むした森や、ぶなの森をうっとりと歩く。

ところどころで、踏み跡が不鮮明になると、尾根に上がる。と大抵の場合、すでに同じことをした人がいるらしく、そこにテープや踏み跡があった。たいていはピークを巻く、下の方に歩き良い道があったので、省力の為、尾根に登っても、踏み跡を見つけるため、という感じで、眼下に踏み跡を見つける。おかげで良いペースで歩けた。人に踏まれているということは本当に省エネになるのだ。

幕営地に付くまで水場がないので、水は節約モードで行く。最後は峠であるはずだが、稜線越しではない、意味不明のテープを無視して直進したら、崩落だった。降りれるところを探す。同行者が、ここは大丈夫では?というので、見ると、崩れてはいるが、下りれそうだった。念のためというので、ロープを出してくれた。あり難い。短い1、2m程度のお助け紐で一歩だけの核心をロープに体重を預けて降りる。

峠に降りると、ダート道が走っているため、苦労して歩いて来たのに、バイクの人がいた。なんとなく、優越感を感じた(笑)。バイクがなくても来れるってことで。

水場を探しに林道を歩くと先ほど無視したピンクテープの始点が水場だった。なんだ、それで、地形的に合理的でないところにテープがあったのか、と合点する。

石楠花
水場のそばに風の当たらない場所があったので幕営地とし、宴会に取りかかる。なんと同行者は瓶でお酒を担ぎ上げてくれていた!瓶で!美味しいお酒だったので、半分以上、私が飲んでしまったかもしれない。鍋もおいしく、米も生米から、と山岳会仕様でありがたかった。

山の話題で楽しく夜も更け、就寝。随分、霧雨で濡れたので、着干しとする。夏用シュラフでは、もう暑いくらいで、喉が渇き、夜中に一度起きた。

明け方、一雨あり、雨音でうっすら目が覚める。遠くで、何者かが歌を歌っているような歌声が聞こえ、宮崎駿監督の映画の世界を思う。鹿だろうか?音程があった。歌心がある妖怪かもしれない。

少し寝過ごしてしまい、5時起床、朝食をゆっくり食べ、急がず支度したら、7時出発となった。少し遅い出発となってしまったな。

次の目的地までが、あまり踏まれていないと思っていたが、実際は昨日と同じで、境界線を厳密に辿らなくても、いい具合に踏み跡が出ていた。しかし、なかなか到着できない…。あと4kmと書かれた中間地点から、長かった。

踏み跡程度を辿るため、結構アップダウンも出てきた。小ピークが連続する。素晴らしい、美しい場所だが、登りではスピードは出ないなあ。

…これは道が階段状の良くある登山道ではなくて、フリクションで登る力技系だったこともある。意外に時間がかった(汗)。楽なようで楽でない。鼻づまりもするし、しばらく休憩が長いと冷えも感じる。

途中、レンゲツツジ、ろうばい、山アジサイ?など、花が見れた。コバイケイソウの群落が多かった。途中に、赤ちゃんのワラビがいっぱい出ているところは驚きの景色だった。

幕場付近 峠
やっとこさ、という感じで、目標地点に付く。3時間。意外にかかったな、という感想。

山頂はのんびりしていた。やっと日が出て、暑くなりレインウェアをしまい、半そでTシャツに変更する。汗びっしょりだった。その付近から先は、鹿柵が出ていた。

さて、と出発すると、そこから先は整備された木道が出ていた。次の目標地までは、同じ山か?と思うほど楽に到着。

そこでは一般登山者が、のんびり景色を眺めていた。彼らは近所のスキー場から登ってきたのだそうだ。今回、ほぼ初めてといえる展望が開け、霧が晴れる。衣類も乾き始めた。

一般道というのは、ホントにスピードが出るものなのだなぁ。ほんの一瞬の岩場も出ていた。

同行者がボトルホルダーごと、ボトルを落とすが、一般登山者の人が拾って、すれ違いざまに渡してくれた。マジックテープという仕組み









自体が問題があるという結論になり、多少細工する。予備の靴ひもを持っているそうだった。

予想以上の最初の苦戦で、本日の長い行程がまっとうできるかどうか…と考えていたこともあり、さっさと歩く。意外に消化が早い。アップダウンも少なく、快適な水平歩行だったため、予想以上のスピードで、確認すべき通過点を見落としそうなくらいだ(笑)。古道の分岐を2つ通る。


■ 下りの無名尾根

私がヘモグロビン不足であまり登りをやりたくなかったため、同行者に車を駐車した地点にぴたりと降りれる、無名尾根を降りてみることを提案する。

ここはエスケープの一つとして、チェックしていた尾根で、途中まで古道。古道は屈曲してしまうが、尾根越しの、その先には三角点があるピークがあり、三角点がある=踏まれている。さらにその先も顕著な尾根で、すこしだけある急な個所を読図で避ければ、あとは特に難しそうな箇所は見当たらない、平凡な尾根のようだった。尾根の下りは多めにみて3時間、実際2時間半と予想していた。大体、奥秩父のサイズ感だ。だいたい270度の角度で直進すれば、車に降りれる。

同行者も同意してくれ、古道分岐で下りにかかる。

古道だけに、やはり荒れていた。使う人はあまりいなさそうだった。尾根通しではあるが、蛇行して進む。分岐点まできたことはあまり分からず、そのまま尾根通しに進むと、尾根が広くなっているところなど、非常に雰囲気が良い。結構歩いたのち、三角点を見つけ、ほっとするが、村か何かの境らしく、境界線の杭が出ており、読図があっていることを保証してくれる。きっと地元の人は歩いてそうだ。

最後の読図ポイントのピークから、多少判断力が必要で、最後の尾根は完全に歩かれていないかもしれないと思っていた。

…ら、違ったらしく、細い細い番線が出ていた。足を引っ掛けそうで危ないじゃないか。と思う。いったい誰が使っている尾根なのだろう。

一か所急な個所があるので、現場判断で、左側の傾斜の緩いほうに補正する。ちょっとトラバース。こういうところも経験値だ。

機械を優先しようとする人がいると困る。GPSの軌跡は優秀な道具だが、50m程度は普通に誤差がある。

以前、GPSの軌跡をダウンロードしてきて、それ通り歩こうという人がいて参った。その人は、50mの偏差があることを知らないのか、1,2mでもずれると文句を言うのだ。けれど、目の前に急な道と、10m隣に緩やかな道があれば、10m隣の安全な道を通るのが、本来の人間の感性だろう。ところが、機械は正確だ、機械は間違わない、と信じていると、機械とは、人をめくらにし、機械に人を隷属させるもの…。使いこなすのは、あくまで人間の側であるべきだ…。

うまいこと難所を切り抜ける。

ところどころ、岩がちな尾根であることも分かった。

左手の谷地形の部分は、高いところから杉の植林になっていた。植林地には作業用の道があることが多いため、それを探して使うことも選択肢にはあったが、歩けない場所が出るまでは、山の高速道路である尾根を忠実にたどる。尾根終点は大抵急なので、沢地形に逃げることが多い。しかし、この尾根は最後は、蕨畑で、緩やかな傾斜のところだった。壊れた瀬戸物が一杯捨ててあり、ゴミ捨て場のようで残念だった。

その前に駐車していたので、ちょうど車の真後ろに出て、林道歩きを節約できて、爽快。

最後に川で顔を洗い、温泉に立ち寄り、PAでラーメンを食べて帰宅。

楽しい山行だった。

■ まとめ

今回は、黒富士や金峰山、中津森、伝丈沢など、無名の尾根谷を単独で歩いた経験が生きた。

いろいろな種類の踏み跡を見分ける、ということが課題で、その試験には合格したようだ(笑)。

さて、テントを干すとするか。