Wednesday, March 30, 2016

射程範囲の山=積み上げた山

■ 感謝

今日は、近所の岩場でクライミングしてきました♪ とっても楽しくクライミング~

お天気も良く、まだ3月とは思えない暑さ・・・ その前の日はアイスクライミングして、終日マイナス気温下にいたのに・・・

さて、このブログは、

 ・アルパイン初心者の活動記録

 ・同好の方へのご参考になれば・・・という技術的備忘メモ

 ・教えてくださる方にとって、初心者はこんな初歩的な所で躓いているんだ~

などの用途があればいいなーと思っていました。

コメントを色々と下さり、感謝しています。きっと心配してもらったんだろうな~。

■相手を思うとは何か?

山では、小屋のおやじさんが、「こらっ!」と言います。私も、何だったか忘れましたが、「めっ!」と手を叩かれたことが・・・。

結局しかって下さる=愛情、心配の証、

なのです。

 厳しいことを言ってくれる人=相手の命を大事にしてくれる人

です。 

みなさん、そこらへんが間違っているような気がしないでもないです。注意される=注意してくれた人を敵とみなす、は間違っていると思います。

例えば、そのビレイでは危ないよ、と言ってくれる人は、心配してくれる人です。それで怒ってしまったり、へそを曲げてしまう方がダメです。

地図が読めないとダメだよ、も同じです。

赤岳に6本爪アイゼンはダメだよ、も同じです。

バリエーションの前に、その山域全体を把握するような山行があるべきだよ、も同じです。

北岳はハイキングの山ではないよ、も同じです。

自分で行った山が自分の実力だよ、も同じです。

■ 射程範囲の山

そうではなくて、

 無免許運転なのに連れて行ってくれる人=いい人

になってしまったらいけないなと思います。

 無免許運転とは

 ・冬のウエアももっていないのにアイスに連れて行ったり、

 ・地図を読めないのに、積雪期の高山へ連れていったり

 ・懸垂できないのに、ルートへ連れていったり

 ・正確なビレイもできないのに岩へ連れていったり

 ・標高300mを1時間で歩けないのに、藪山へ連れていったり

 ・雪上訓練をしていないのに、積雪期の赤岳に連れていったり

ということです。無免許運転すると、一番危険にさらされるのは、当人ですが、周囲の人も同じようにリスクが増えます。何かあればレスキューしないといけないからです。

私は幸いにして、多くの山のベテランの方のアドバイスを頂戴する機会をこのブログを含めいただくことができ、本当に感謝しています。

山のレベルをむやみにあげないで、目の前の課題を一つ一つこなし、積み上げ式の山をして行きたいな、と思っています。

短時間の山から、長時間の山へと伸ばしたように、少ないピッチ数から、徐々にピッチ数を増やして行きたいと思っています。

具体的には、冬壁は私にはあまり適していないと思うので、厳冬期はアイス、無雪期は岩で頑張ります。高所の岩には機会(パートナー)があればラッキーと言う程度であまり執着せずにいたいと思っています。

何しろ執着と言うのはヨガでは捨てるべきものとされていますし、一番大事なことは、山には一か八かはない、と言うことだと思います。

行けるか行けないかは自分で予想がつくルート・・・が実力の射程範囲内

と思います。

≪関連記事≫
シンプルなことを複雑にしない

Tuesday, March 29, 2016

総括的な所・・・

ハゲオヤジさんとのやり取りを総括的にまとめてみました。

■ 現状認識

・一般的な山岳会の個体差が広い

・会の活動はホームページでは限定的にしか分からない。

・執行部、メンバーの、資質・登山技術・経験測などは実際に会に入ってみないとわからない

■ チェックポイント

・現場での判断よりも、計画段階、準備段階 = 会の執行部の技量

・冬に~~岳に行く計画なら、それに見合った山行をその年、前年あたりから会としてやっているか?

勉強会や講習会や訓練山行 = 必要な登山技術の習得、体力をチェックしているか?

■ 対策

・どうも合わないのであれば、その会から離れる。

・別の会を探す

・自身で新しい団体を立ち上げる

・登山届と山岳保険加入は必須


■ 感想

カンタンにまとめると、こうなるのですが、私は退会して半年なので、まぁもう当然の成り行きと言うか・・・(^^;)

山岳会については、”過ぎたことを蒸し返しても仕方がないなぁ”的な感じです。

私が思うには、執行部はきちんとしていましたが、

   〇〇岳に行くなら、それに見合った山行を会としてやっているか

というと、絶対にやっていませんでした。(単純に募集しても人が来ないだけだと思います。)

・・・というか、それだったら、誰も冬の赤岳に行ける人はいませんでした。 なぜなら、雪上訓練が会としてはないからです。

リーダーが誰なのか、不明瞭なことが多いため、結局冬の赤岳に6本のアイゼンで来てしまっても、行者小屋待機には成らず、誰の責任なのか分からないまま、その人は会の皆に着いて行ってしまう。

会山行は残念ながら私が入った年から、単純に会員間での順番性になってしまったので、会としての山行を組み立てることは不可能になりました。

例えば、厳冬期の八ヶ岳西面のバリエーションをしたいから、御小屋尾根を歩いておく、というようなことはできませんでした。

■ 反省?

私の順番の時は、私は本当は広河原沢左俣でアイスに行きたかったのです。しかし会山行では難しかったです。登攀力の問題と言うより、理解力、つまり安全管理上、セカンドしか努められない人が登攀的な山にメンバーで増えてしまうと、ロープワークはより困難になり、間違いの余地が増えるからです。セカンドしかできない人が増える=パーティを分けることができない、からです。参加表明があれば、断れないですし。

そこで、山のレベルを下げて河原木場沢としました。ここは景色を見るだけでも楽しめるからです。しかし、来るという人の装備は、防水性の無い皮の靴でした。その靴だと、いくら河原木場沢が、遊歩道が整備されていると言っても、真冬の沢ですし、踏み抜きで、足を濡らしてしまうと、八ヶ岳なんだから、凍傷の可能性がありました。その方は体重も重そうでレスキューするには負担が大きそうでした。メンバー数もその保険になるほどは集まりませんでした。

それで、先輩が助けの手を差し伸べてくれ、地図読みの山(雪)になりました。が、一般ルートでも地図を持ってこない人がいるのです。それで、「地図を持ってこない人がいた時点で集合口敗退にする」とあらかじめ宣言しておきました。なぜなら、地図読みの山で地図を持ってこない=その山には登る資格がない、からです。先輩が慌てふためいて、持ってこない人に地図を差し上げていました。頑張ってほしい人ではなく、すでに頑張り済みの人が頑張ってしまう結果になりました。

私が初めての会山行に参加したのは、地獄谷での川俣尾根です。これは本当は、天狗尾根かツルネ東稜から、ぐるりと一周したかったのですが、参加者の技量を見て、雪上訓練を受けておらず、また体力面でも不安がある人材が参加したため、川俣尾根ピストンでの権現にレベルを下げました。雪の岩稜帯歩きが困難な人が参加者にいたからです。下部は地図読みでワカンが必要でしたが、その部分は私がリードで済ませました。そこが核心部だったからです。上は一般道です。12時間の行程が長すぎると苦情が出ました。本当に行きたかったルートをその人のために短縮したにも関わらず・・・(汗)。

登攀練習のための三つ峠は、会では最初は存在しなかったので、別の人と行っていましたが、終に、目標の8~10回の登攀練習という目標に達することがないままでした。会内には同行者は見つけられなかったです。私がリードして差し上げ、ロープも提供する、と言う側でした。対等でさえなく、連れて行く方です。まだ練習が必要な段階だから、というのが行きたい理由なのに。練習ができなければ、一生、本番はありません・・・

一から育てるというのも、早計は良くないと諭されて、やってみたのですが・・・。スポーツクライミングでビレイがきちんとできないで、クライマーを引っ張り落としそうになる人と、外岩行けますか?

やってみたので、私自身はだいぶ譲歩したと思いました・・・つまり命を張って、その人の技術向上に期待を掛けたと思いました。でも、装備にロープを指定したら、持ってこない・・・。

では苦肉の策で、私の側がビレイヤーならいいかというと、体重差が大きい上に、予告なく落ちる人だったので、ビレイヤー側のリスクが大きい(衝撃で飛ばされて岩に激突可能性が強い)し、落ちそうでない易しい箇所でも、フィックスを作るべきところで作れないし・・・出し方自体を知らないようでしたが、そもそもロープは要らないと思っていたようでした、つまりそもそも、ルート研究のミス。なので、そこで使ったのは、私のロープでした・・・ベテランの先輩もいた山行でしたが、ロープを持ってきていたのは、私だけでしたので、私のロープがなければ、登山口敗退だったような???その方がよかったのかも?です。

・・・と 結局、私はあまり自由を感じることはできませんでした。

それでも、前穂北尾根に行ったことは貴重な財産になりました。

いいとこどりは許しません的な発言をされたのですが、びっくりしました。

上記の経験のどこが、”いいとこ”なのか、私には謎だったからです。新人なのに頑張ったなーというのが、私側の見方です。

どちらにせよ、一緒に行く人が見つからなかったので、他会のメンバーと山行を共にする方が、前提となっている知識をすでに共有しているので、話が早い・・・と言う事情で、退会にいたり、結局自分で見つけてきた人と登っています。

大体、三つ峠で登攀してロープワークを互いに確認し、フリーの岩場で登攀力を確認し、本番へ行きます。それ以外だと人工壁で落ちるまで登るのがイイかなと思っています。墜ちたとき、ちゃんとビレイできない人とは組めないです。

今日も摩利支天大滝へ行ってきました。 山岳保険は山をしている人なら一般登山であれ、入っているべきですし、家族に告げてから行くべきなので、保険と計画書の問題はクリア。

メンバーに一人どこかの会に属している人がいれば、山行管理はクリア、というわけで、今に至っています・・・ 

会に入っていたほうが大変で、入っていない方が思ったことが楽に実現出来てしまっています・・・(汗)。

振り返りは以上で終わりにします。頑張って挫折したので悔いはありません。

≪関連記事≫
http://stps2snwmt.blogspot.jp/2015/12/blog-post_31.html

http://stps2snwmt.blogspot.jp/2014/10/blog-post_87.html?showComment=1427167356356#c6826375048863493262

Monday, March 28, 2016

ハゲオヤジさんへ

今日は、ハゲオヤジさん、コメントありがとうございます。連絡用フォームをご使用いただければ、公開せずに、こちらから返信することも可能です。

外出の予定があるので、手短に書きますが・・・

 1)山を舐めている

のは、大抵は

 2)先鋭的な会ではなく、一般的な山岳会

であり、

 3)若い人が集まる会ではなく、昔取った杵柄派

であるように思います。

また

 4)山にレジャー以外の何か・・・執念?名誉欲、功名心を掲げているのは、今登山を始めた人ではなく、昔の人のような???

それは、たとえ、日本で有名になるとかではなく、半径10mの範囲の人のリスペクトを得る、程度のことでも、です。

 5)山に実力以上に挑む気質を持っているのは、今の人ではなく、昔登山をしていた人

 6)”その程度の山”と発破掛けるのも、今の人ではなく、昔登山をしていた人

のような気が・・・(^^;)。

■ ある日の八ヶ岳

あの日は、積雪直後で、翌日にー35度の寒気が入る日でした。悪天候の下りはじめは午後から。

ですから、その予報を聞いたときに、11時敗退、は自動的に脳裏に浮かぶことでした。悪天候が分かっていて、岩稜帯にいる、ということはありえないからです。

朝、登山口で支度してみると、仲間の装備はジャージに、防水性の無い皮の登山靴、レインウエアに、ゴム手。この装備で2月の八ヶ岳はちょっと不安です。

ちょっとですが、ワカンが要りそうな平原が出てきて、ノートレース。膝丈ラッセルでしたが、短かったので問題なし。

後ろから追いついて来た人のラッセルが早いこと!彼は私も聞いたことがある、伝統ある山岳会の人でしたが、あんなに強いのに2軍だそうです。全然追いつけません。それにくらべ当方パーティの弱さは歴然としています・・・ 

しかし、その当方パーティ、11時敗退に文句が出ました。(先行者は当然のように11時で終わっていました。)

まだ行けると言う判断の理由は

 ・リーダーがGPSを持っている
 ・自分たちのトレースをたどって帰れる

でした。 ホワイトアウト下では、自分たちのトレースをたどっては帰れません。山頂から四方八方にトレースが出ている山です。下山で多くの人が亡くなっている山です。

しかも、GPSは頼りにするものではなく、最後の手段。なにしろ当人の装備ではない。

翌日はー35度の寒気、なのに装備ジャージ。万が一に耐えられる用意がある、とはとても言えないでしょう。

そのような強気の判断があるのであれば、どれほど強いのか?

試しに、下山で私が先頭で降りてみたら、男性メンバー2名は、女性の私のはるか後方になり、全然追いつけないようでした・・・逃げ足遅し。雪慣れしてない。

その方は登山歴15年という話でした・・・ 今まで誰かのリーダーシップの下で登ってきたそうです。

つまりルート上の危険が何かとか、核心が何か?とか、事前には調べてこないみたいだった・・・ので、きっと八ヶ岳のー35度がどれほど寒いか、ホワイトアウトではどれくらい進路が見えなくなるか、あるいは、山頂かどれほど迷いやすいか、1ピッチとはいえ、ロープを出すと、どれくらい時間が取られるか、など気が付いていなかったのでしょう・・・

無知と言うことだと思います・・・無知を有知に変えるにはどうしたらいいのかなぁ・・・

死なない程度の小さなミスを経験しつつ、危険とは具体的にはどのようなことなのか?体感して分かっていくしかないのではないでしょうか?

その途中で命の落し物をしてしまったら、どうしてくれるんでしょうか・・・

それには、山岳会という相互安全保障の仕組みは、いまひとつ、きちんと機能していないのでは・・・?

・・・というのは、上記のような人は大抵が山岳会の出身者だからです。

しかも、先鋭的な会ではなく、一般のです。

強気の判断の理由はというと、つまり、周囲が平均点以下になっているから、偏差値50の人でも、偏差値70と自らの力を誤解してしまう・・・というようなことではないか?と思われます。

人による、というものかもしれませんが・・・。

山は年齢ではありませんが、60代初心者に交じって偏差値70でも、20代に混じれば、偏差値30かもしれない。先鋭的な会では、20代の元気モリモリの時期でも、2軍かもしれません。



















Saturday, March 26, 2016

ハゲオヤジさんのコメントに思う

■ 一般的な予想以上に劣化が激しい山岳会・部

ハゲオヤジさんから、こちらの記事にコメントをいただき、大変ありがたく思いました。

記事 遭難しない方法について考える

私的には、

体力がない=自分で思っているほど登れずに予想外に時間がかかり、行程がずれたり幕営地変更やビバーク、撤退を余儀なくされる ということ


がどれだけ役に立ったかしれません。

ハゲオヤジさんがおっしゃるように、昨今の山岳会は、一般の人が思う以上に劣化が激しいのです。質の低下が激しい、ということです。

学習院大学山岳部だけの話ではありません。

■ 不足しているのは体力だけか?

会で行った阿弥陀北稜は、まさに体力不足がゆえに凍傷になった事例ですし、去年の春合宿も幕営地が変更になったのでそうかもしれません。冬合宿は計画段階から実力不足で、うまく行かないだろうことは分かっている感じでした。

別の山では、鎌なぎ山行はどう考えても実力以上の山でした。普通の山をコースタイムで歩けない人を深南部最難の山に連れて行ってしまったのです。

そういうのをしたい人は、経験のない若い人というよりも、むしろ、50代以上で若いときにアルパインの経験があるベテランのようでした。

若い人はどちらかというと、知らないで突っ込むのですが、ベテランはちゃんとヤバいという認識はあって、ただこれくらいの山、というプライドのために突っ込む。

なので、どちらが罪が深いかと言うとベテランのほうではないか?と思われました。

■ 怒りは図星の印

指摘すると、非常に怒る。それは心理学的に言うと、正解、図星、ということを意味するのです。

ということは、この指摘は合っているでしょう(汗)。

例えば、阿弥陀北稜の山行では、私はパートナーと2名で登る予定でしたが、パートナーのほうに不幸が出て、やむなく山行はキャンセルしました。この時は、ホッとしました。

当日は八ヶ岳でも稀にみる寒気の日なのに一升瓶の宴会山行、7名の大所帯、なおかつリーダーは去年、単純な赤岳でも息切れしていたのを知っていたからです。しかも北稜をやる前に、山域全体像や概念を知り、敗退を確実にするための、御小屋尾根や阿弥陀中央稜はやっていませんでした。私が会山行で提案しても却下されていたのです。したがって、阿弥陀北稜はぶっつけ本番で、なおかつ山を舐めたとしか言えない上記のような計画だったのです。

私は怖くなったので、パートナーの都合で行けなくなったときは、心底ほっとしました。これは会の先輩の誰かが、アブナイと思って、行けなくなるように裏から手を回してくれたのでは?と思ったくらいです。会は家庭的な会で、本当に危ないことはさせないようにしてくれるはずだからです。

すると、行ってもいない山行の食当費を払えと言ってきたのです。しかも、高額な食当費です。

山行キャンセルくらいで、怒るのはおかしなことです。行っていない山行の食当費を請求するのも非常におかしい・・・。

しかも、この先輩には、生ガキを差し上げたり、山でパシリをしてあげたり、山で酒もテントも担いであげたり、山小屋のおやじさんにいい顔をさせてあげたり、恩を売ってこそはあれど、世話にはなっていません。

・・・ということはどういうことか?

山行をキャンセルしたくらいで、逆上するようなことはないはずです。つまり、この山行が実力以上だ、という指摘が的を得ていたということ以外、怒るような要因がないのです。

この山行は、悲しきかな、5名中3名の凍傷という結果を持って幕を閉じました

後日、私は会の前をラッセルしていたガイドパーティの人に岩根で会ってしまうのですが、低温と強風で敗退決定と言う事でした。ガイドパーティは前を歩いていた(しかもほとんどラッセルしてくれた)のですから、それを無視して行ったのです。


もし、私がこの山行に参加していたとしたら、どうなっていたでしょう・・・

遭難時に最初に死ぬのは、リーダーと最も弱い者です。実際この山行でも、リーダー格の人がもっともひどい凍傷となり、30代男性の若手でさえも足指を凍傷にしてしまったそうです。

私がいたら、私が指を失う羽目に陥ったかもしれません。

■ ではどうすればいいのか?

ハゲオヤジさんはこうおっしゃっています。

だったらスポーツジムのクライミングウォールとか冬はせいぜいアイスキャンディー登る活動に留めておけよ。

実際、経験がない若い人の会で、良識がある会は、このようになっていると思います。せいぜいアイスキャンディー。それより上にいくには、本当に、恐る恐るです。

一方、昔取った杵柄派は、クライミングウォールにも行かず、アイスキャンディーにも行かず、日ごろは、歩行時間5時間程度の一般ルートの山しか歩かず、の状態で、バリエーションルートへ、となっていると思います。

特に阿弥陀北稜は入門ルートの位置づけなので、そのような”入門程度の”ルートのために、トレーニングする、という意識にないと思います。

私の山行日数は、年間100日程度です。クライミングに行くのは、アイスか岩か?と言う違いがあっても、ほぼ毎週です。今年のアイスクライミング回数は、2ヶ月で10回を越えました。

日常的に山に触れていると、山を見るというのは普通のことになりますが、昔はこうだったから、と言う判断だと、山を見ては判断できないかもしれません。

山も温暖化で昔とは変わってきていますし、人間の方も、若いときと今では、やってみたら違った感じ、ということもあるかもしれません。

私も久しぶりにバレエをすると、あれ、ちょっと感じが違うなと思うからです。たとえばジャンプの高さが低くなっていると、打ち付ける足の回数を減らさないと突き指してしまうかもしれません。

アイスキャンディーを登るだけでも見えてくることはたくさんあります。アイスキャンディーを2回登っただけで腕がパンプしている人と、10回登っても平気な人では、体力意外になにかしら違いがありそうです。

アイスキャンディーで、ビレイがだらりんビレイであれば、落ちることができない本チャンへビレイヤーで行くのは、まだ時期尚早ということが分かるでしょう。

本当にハゲオヤジさんのセリフが必要なのは、伝統のある会、のほうなのかもしれません。





Friday, March 25, 2016

上達の速度

■アイスを振り返る

今日は甲府はほどよい小春日和だ。陽だまりが心地よい。春だな~と感じる。

日向に移動して、アイスアックスを研ぐ・・・うーん、幸せだ。

いや~今年のアイスは良く遊んだ。スタートが実質2月からだったとは思えない躍進だ(笑)。

3月は縦走の予定もあったが結局アイス。2、3月はアイスに捧げた感じだ。当初、今年のアイスは氷結が悪いから、フリーを頑張ろうと思っていたのとは全く違う結果になった(笑)。

フリーも頑張らなきゃなぁ・・・。

■ パートナー

クライミングが遊べるかどうかは、パートナーの有無による。 

しかし、パートナーが必要と言うことは、社会性がそこに出てくる、つまり関係性が出てくる、と言う意味だ。

恋愛と同じことで、一方的に支配関係に持ち込みたい人もいるし、そうなると、こちらは完全に”都合の良い女”扱いされなくてはならない。

自分の予定に相手を合わせさせる、費用を出させる、などだ。

逆もある。自分に依存してもらって、自分以外のパートナーとは山に行けないようにしてしまう・・・など。

どちらも、自分が山に行きたいだけで、パートナーは、単なる都合の良い、その道具になってしまっている。

■ 上達の速度

以前、一緒に組みませんか?と言ってきてくれた関西のアルパインのクライマーは3年目の人だったのだが、人工壁だと5.10b、cくらいを登るようだった。

私は当時初年度だから、人工壁の5.10aが精いっぱいだったのだが、2年目の去年では別に毎日クライミングしていなくても、人工壁の5.10Aは難しくなく、10bcが触れる。

外の岩なら限界グレード5.10A。でも5.9と5.10aの違いは明瞭に分かる。岩でもアイスでも、4級には安定感が出てきた。・・・というようなことを考えると、3年目では5.10b,cが視野に入るわけで、じゃ普通のスピードで成長しているのではないかと思う。

誰だって、3年やれば、そうなるのかも? 単に年数の蓄積だから、あまり期待せずにいたら、いいのではないだろうか?

それ以外に上達する人は、最初から才能が開花中な人なので、完全別コース。 

というわけで、凡人は凡人なりのスピードで成長すべし・・・大体暇人なんだから、急いで成長しても仕方がない。

長期熟成のパンのほうが絶対においしいのと同じことで、短期的に上達するより、長期計画の方が良いに違いない。

岩に行けない間に勉強しておくことはたくさんあるのだし。


Wednesday, March 23, 2016

読了 『狼は帰らず』

■ 読了 『狼は帰らず』

しかし・・・この本で、感動してはダメでしょう・・・。

実はこの本、アマゾンで見ると ”べた褒め”です。まぁ死者に鞭打つことはないよなぁ。

今映画の『エベレスト 神々の山嶺』が公開されています。映画の理解を深めるために読んだ本です。

ただ、正直言って、この本の主人公の森田勝さんは、山に純粋だったとは言えないと思うのです。

だって、有名になりたい それだけで山に登っていたんですよ。

その動機不純でしょう(笑)。

■ 人柄

しかも、読後の人はすっかり忘れているようですが、

 森田さんはパートナーに嫌がられている男性

です。もし自分の会にいたら、パートナーに組みたい相手かというと全く違う。なぜなら、すぐ捨て鉢になるからです。山で捨て鉢になるのは、本人は勝手にしねばいいけど、パートナーを組んでいる人に対して失礼です。

実際本の中でも、なかなかパートナー見つからず、その上、すぐ捨てられています。一緒に山に行って楽しいとは言えない人物だったときちんと書かれています。

それでも、純粋と言う言葉は頻発します。要するに、

・・・・色々後で考え合わせると、森田さん本人が山に行けるようにこちらはうまいこと利用されちゃっていたな、ちゃっかりしていたな、でも、山に行きたいということだから、許してあげようか・・・

・・・ということみたいです。そういう人が会にいたら、会では割り勘とか、なくなっちゃうかもしれませんね。


■ 街の山岳会 vs 大学山岳部

私が面白かったのはむしろ、市井の山岳会と、大学山岳部の 特徴の違いでした。

 大学山岳部= エリート、お金持ち → ヒマラヤ

 市井の山岳会= 庶民、お金がない → 谷川岳

いや~、時代は変わりましたね~。 

ヒマラヤって昔はものすごいお金がかかったんですね。私は海外をバッパーで渡り歩いて平気なような人ですが、そういう人の目には、ヒマラヤ=安く行けそうな候補地 です。

もちろん、登頂を目指すのではなく山麓トレッキングですが。

谷川岳は、”近くて安い電車賃で行けるバリエーションルート”という位置づけのために通われていたのだそうです。

■ 死の山 谷川

そして、社会人山岳会が通う谷川岳・・・ 初めて谷川にいったときは、宙吊り遺体事件を知りました。

死者が格段に多い谷川岳・・・私、行きたいのかどうか分かりません・・・が、確実に宙吊りになって銃撃で遺体回収される目にあうのは嫌ですね。

森田勝さんがいた、緑山岳会は、柄が悪い山岳会の代表的な例だったのだそうです(^^;)。

サルベージ屋などと呼ばれていますが、遭難時に遺体の回収などでは活躍してくれたのだそうです。

イマドキやってくれる人がいないで困っている分野ですよね。遭対協の方は本当にすごいなぁといつも思います。

その点は尊敬ですが、動機が・・・タダで山に行けるから・・・。そこはうまいことごまかしておかないといけないですね。

■ 山での死

はやり、ギャンブルの掛け金を吊り上げ続けるような山、というのが森田さんの山の表現として会っているような気がします。

山で死なないためには、目の前にある課題から目をそらさず、連続性のある目標を持つことかなと思います。

唐突な目標・・・今行っているルートは3ピッチで十分楽しく満足できるのに、いきなり13ピッチとか・・・

はやっぱり死に直結するのでは?

こういうすごいクラスの岳人になると、初心者の最初のほうで、出てきたルート名は、グランドジョラスの前にかすんで忘れ去られがちですが、最初のほうのルートでも、常人は死にそうですからね(笑)

大事なことは、山は、基本的に死なないで行くこと、です。死ぬために山に行かない。

有名になりたい、というのは人間には多くの人がもつ欲望のようですが、それは叶います。しかし、叶ったら、ちゃんと、その後は死に直結しない山へつなげていくことです。

何のために有名になりたかったのか?というと山で食べて行くためでしょうから・・・

≪追記≫

この記事には、先輩がコメントをくれた。以下コメント

ーーーーーーーーーーーー
時代を考えないといけないと思います。
森田勝に比べて評判のいい長谷川恒男も、Kinnyさんの観点から評価すると同じです。
有名になりたいから初登にこだわり、パートナーをなくし。

また、無酸素登頂や単独登頂などされる前で、海外に行くこと自体が難しい時代だったから、
ヒマラヤに行くためには、登山隊に選抜されなくてはならなかったし、そのためには名を挙げなければならなかった。

山で食べていくというのはないわけではないけど、その前にヒマラヤだったんじゃないかなと思います。
食べていくほうは、RCCIIの湯浅先生などの手でガイド協会が作られました。

日本ではたぶん岩質的な悪さも手伝って、スポーツとしての登山というのが定着したのは、80年代以降くらいだと思います。

昔から登っていて40代以降くらいだと、このあたりの感覚を理解できる人も多いと思います。
今の時代しか見ていないとなかなかわかりにくいかと思います。

私も厳しいクライミングをしようと思うときには、死ぬかもしれないとは考えました。
最近あまりそういう機会ないけど。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私が思うには、ヒマラヤって言っても事の本質は、やはり初登争いだろうし、記録だろうし、登山の質的に、楽しむというのとは真反対にあるような気がする、ということです。

例えば、横山勝丘さんの本の読後感とは、大きく違っています。

山で死んでしまったら、人生と言う山に登った登頂の喜びが全然ないみたいな感じ。






Tuesday, March 22, 2016

山岳会による新人教育が機能しない理由

■ 時代に会った方法を

山岳会による新人教育は、結論から言うと時代に合わずダメだろうと思っている。

理由は、山岳会は、”技術の向上”や”安全”よりも、”会の存続”つまり組織維持を優先するからである。

逆に言えば、組織さえ維持できれば何でもいい、に陥ってしまう・・・。

伝統がある会には、縛りが多く、若い人には人気がない。したがって、新人が入らないため、ごくまれに入った新人に対しては、上げ膳据え膳の高待遇が待っている。特に若い男子は必要以上に大事にされており、大事にされる方向がかなり間違っている。

だらりんビレイでも叱られず、スタンディングアックスビレイでは両手ばなし、それでも、先輩たちは死の危険を冒してリードしてくれ、おごり作戦で新人確保に努める。どつくなんてとんでもない。そんなことをしたら、あと何年自分が役員をしないといけないのだ?

上位団体が押しつけてくる、面倒な役割を次の者=後輩に押し付けない限り、自分がその役目を降りることはできない。

上位団体と言えば、あまりに新人がこないので、どうせこない客を待つレストランで新鮮なメニューが出せないのと同じことに陥っている。

師匠が驚く杜撰な山行計画書は、どうせ遂行されることがないからの慢心の結果かもしれない。

かろうじて維持されているのは、補助金や助成金でタダで山に行けるうまみがあるからか、結局遭難が起きたときに出動は警察署ではできないからかもしれない。

■ 一緒に行く方が危ない

私が退会したのは、会と一緒にいると、自分でルートに行くより余計に危険だからだ。

師匠に諭されて、会内でパートナーを育成したが、全くダメだった。仕方なく、他会の人と本チャンへ行くようになった。

すると、十二ヶ岳の岩場でリード試験を受からないと本チャンに行ってはいけないというルールができた。そこは私が初年度でリード済みの課題。結論を言うと、会は足かせだった。

1)会自体が足かせ
2)会と行くと単独で行くより危険が増える
3)会にいると高齢初心者の無料ガイド役をしなくてはならない=山の世界の後退に力を貸すことになる
4)会山行が宴会で山行日程をつぶされ邪魔になる(役立つ会話もなく、愚痴とセクハラ)
5)例会が不毛。何も決まらないのに出なければならず、時間を取られる
6)会は山行計画書に的確なアドバイスができない 

でした。実は退会して、余分なことをしなくて良くなったため、逆に山行が充実してしまった。

おそらく新人の目からみると、今の山岳会はメリットは少なく、逆にデメリットが多い組織形態になっている。

男性で、なおかつ技術的に自信があれば、会には属さず、自分で仲間を募って山に行ったほうがむしろ安全という結論になるだろう・・・。

すでに中高年&女性と、決して条件の良くない、私でさえそうなのだから、まして、体力に自信が
ある若い男性にとっては、いくらでも個人でパートナーを見出すことができるだろう。

≪関連記事≫
一緒に行った方が危ないこと ヨセミテさんのコメントに注目

■個人の時代

ベテランが言うには、今は個人の時代だ。〇〇会に属しているから安心とか、よく教育されている、とは言えなくなってきた。

技術(師匠)を得ようとする努力は個人的なもの。組織ではなく、やるかやらないかは、一個人の問題だ。

会に入れば、”会の存続”という理由で、その岳人に努力が一切なくても、一応大事にはしてもらえる。が、大事にされるために、新人側が慢心するので、何年いても、技術は身につかない。

これは同じように講習会仲間がぼやいていた。「みなさん、やってくださるんですよ」つまり、自分でリードしたいのにリードさせてもらえないという話。ロープワークも何もかもお客様待遇でやってくださる。ちなみに、この発言者はそんな会はごめんだ、という相談だった。

私が思うには、アルパインの基礎的な知識(スタカット)を1年たっても、独学できていないなら、有料の講習会に出るべきだ。先輩はすでに教えたのであろうし、そのままで万年セカンドでいいはずがない。熱意はなにがしかの方法で自分で示さなくてはならぬ。

現在の山岳会の新人売り手市場では、当然若さの為、体力で優位がある後輩は、会で技術を身に着けると慢心し、先輩のほうが体力が劣るという理由で、先輩をすぐに見切り、パートナーとしては短命だ。となると、教えた先輩には何も得るものがない。

教える側の先輩から見ると教え損に疲れる。私でさえまだアルパインは3年目なのに、片手には収まらない数の人にマルチピッチを教えて、疲れ気味だ。また最初からか~となる。以前3年目で辞めて来た人にアルパインに誘われたが、仕方ないだろう・・・その人は会から教わっていたから不義理だが、私は会からは教わっていない。

■ 教わろうと思ってくる人は依存的な人

山岳会に来る人は、無料で教えてもらえることを期待して入会するので、教えてもらって当然という依存的な人しかそもそも来ない。

その点については、普通のハイキングの会でも、リーダークラスは、最近入ってくる人は、山岳会を無料のガイドと間違っている・・・とぼやいている。

そういう状況下で、何がなんでも山岳会でやるのであれば、「うちの会では教えません。」と言ってから、来てもらわないと、結果的には依存的な人だけが残ってしまうことになる。

例としては、
・3年間、懸垂下降も自分では出来ず、ローワーダウンしてもらって本チャン。
・8年沢リード一回もせず、沢山行。
・8年山岳会に居て、ワカン履いたことがなく取り付け練習もしてこない。
・30年山をやっていて、地形図を持ってこない。
など。

正直に言って、現代は有料の講習のほうが、学びたい意欲がある人材が集まる。

学ぶ意欲があり、金銭と言う犠牲も払う覚悟がある人は、そもそも精神的に自立しているので、会は不要だ。入っていても、在籍しているだけで、活動は自由にやっているようだ。

パートナーも教育も、山行アドバイスも会には期待していないので、例会に出なくて良い、しがらみがない会のほうがいいと言う結論になる。

結局簡単に言うと、古い革袋には新しいワインは合わないのだろう。

とこのような理由で、新人教育をやりたくても、山岳会という組織継続を目的に行うのは、教わる側の依存性を排除できないので、無理である、と考えている。

≪関連記事≫
55歳の先輩と北岳に行った時の記録

雪上訓練が会で出来ない理由

Friday, March 11, 2016

トップロープは安全か?

■ トップロープと言えども安心してはならない

FBで、こちらの記事がシェアで回ってきた・・・

安全と思われるシステムに潜む危険

この記事では、

 ”トップロープと思っても安全ではないよ”

という警鈴になっているが、私は

 ”コールは重要”

と違う感じ方をした。 ビレイ解除した理由が、聞き違い だからだ。

■ コールが一定化されていない

昔は、みな山からアルパインに入ったそうなのだが、現代では、フリークライミングから外岩へと進化する人が多いそうだ(よく知らない)。

そのためか、現状、コールが一定化されていない こと。

アルパインから入った人はコール(=クライミングの手順)をきっちり習う。が、フリークライミングから入った人は、習っていないことが多いらしい。

しかも、フリークライミングから入った人のほうが当然なのだが、クライミング力が上なので、リードしてトップロープを掛けてくれることが多い。

その時に正しいコールをしないで、意思疎通が粗雑になると、ビレイされていると勘違いして、ノービレイで、ローワーダウンを開始したりすることが起ってしまうかもしれない。

コールのミスについては、ありうる、と言う認識でなくてはならない。

 知っているだろうという前提 → ×
 知らないだろう → 〇

■ コールはシンプルに

コールは突き詰めると、ON と OFF しかない。

≪基本≫  L:リード F:フォロー

1)L 登ります  ⇔ F どうぞ。     (ビレイしている状態) 
2)L ビレイ解除 ⇔ F 解除しました (ロープアップ中でビレイしてい ない状態) 
3)L 登っていいよ⇔ F 登ります。  (ビレイしている状態)

これの2)で、ビレイの解除作業していると、返事が遅いので、”聞こえていないらしい・・・”と思って、 何度も「ビレイ解除~」と叫ぶクライマーが多いです。

仕方ないので、「了解」とか 余計なことを言うことになりますが、必要がないです。しばらく待てばいいだけです。しばらく待ってから、「ビレイ解除」が聞こえてこなかったら、「ビレイ解除」ともう一度叫ぶことにしましょう。

コールは英語にすると、すごく単純になります。  

1)L Climbing! ⇔ F BeleyON! (Beley ON) 
2)L BeleyOFF  ⇔ F BeleyOFF!(Beley OFF)
3)L BeleyON! ⇔ F Climbing!(Beley ON)

大事なことは、

 ・クライミング中に余計なことを言わないこと 

です。

聞き違いの恐れが生まれてしまいます。

■ 文化の差

話はもとに戻りますが、フリーとアルパインの文化の差をあげておきます。

                 アルパインの人   フリーの人
最初のアンザイレン      する           しない
コールのルール         あり           なし
メインロープのセルフビレイ  当然          しない
2つめのセルフビレイ      する           しない
ぬんちゃくセルフ         簡易的なものと認識  いつもやっている
宙吊り登り返し          知っていて当然     知らない
懸垂下降             知っていて当然     知らない
タイオフ              知っていて当然     知らない
流動分散             知っていて当然     知らない
固定分散             知っていて当然     知らない

確保器のタイプ         ATC-XPガイド     バケツ型、もしくはグリグリなど

と、フリーの人のほうが、”知らない”オンパレードになってしまいましたが・・・、知らないというより、フリークライミングしかしなければ、”必要ない”というほうが大きいかと。

フリークライミングでは、普通はショートピッチで支点もあらかじめ作ってあります。

なので、一つの課題を登って、終了点にロープを掛け、ビレイヤーにローワーダウンしてもらって、降りるだけです。

例えば、ですが、コンペの選手であっても懸垂は知らないことがあります。あるとき、小川山に行ったら、外国人のコンペ選手がいました。

いいスラブを探しているというので、それなら、ダイヤモンドスラブがある屋根岩2峰がいいと教えたら、「でもねぇ・・・懸垂下降ができないんですよ・・・」という返事・・・。

当時は、山の世界に疎く、懸垂下降ができないクライマーが世の中にいるとは思いもよらなかったので、その返事を聞いて、きょとんとしてしまった。

アルパインの人にとっては懸垂下降は最初に習うことなのです。
       
■  どういうことが起りうるか

私の場合は、岩2回目で組んだ人に教えることになった。(当時の記事)・・・が、組んだ人はフリークライミングから入った人だったので、

 ・セルフビレイをしない
 ・セカンドの確保機能付きのビレイ器を持っていない
 ・メインロープでセルフを取らない

ので、最初はビックリ仰天。 

向こうは向こうで、私がその人のビレイをやたらめったら怖がるのにビックリ仰天。

スポーツクライミング(=人工壁)ではバンバン落ちるので、落ちることは日常で、ビレイヤーはトップロープだったら誰でもいいんですが、

 アルパインでは落ちれば死(もしくは九死に一生)を意味する

んですよ・・・

■ 命を預かっているんですよ!

とはいえ、誰かと組まないと登れないのがクライミング。

信頼できるビレイヤーでなければ、クライマーは登れるところも登れない。

安心できないビレイヤーとは、要するに、

  ”クライマーの命を預かっているのだ!”と分かっていないビレイヤー

のことである。

それさえ分かっていれば、きちんとしたビレイをしよう!と心がけてくれるはずだからだ。

■ ビレイをまずはマスターしましょう

ということを私は最初に教わったので、半年間、ビレイだけをテーマに人工壁に通った。

新人さんは自分が登れないことを苦にしがち・・・ でも、実は登れないことは別に問題ではない。

誰だって、5.6でスタートして、5.7、5.8、5.9と徐々にステップアップするのが当然だからだ。

何が問題か?と言うと、きちんとビレイをマスターしないまま、時間だけが経ち、「5年もクライミングしているなら、ビレイくらいちゃんとできるだろう・・・」と思われてしまうことである。

■ 事例: フリークライミング歴5年でも・・・

これは、私が前に見た人だが、「フリークライミング歴5年です」と言うし、腰にヌンチャクを一杯ぶら下げており(クイックドローはリードしない限りイラナイ)、当時クライミング元年の私よりは色々知っているのだろう・・・と想定した。

私がリードで、彼にビレイをしてもらおうとしたのだが・・・引っ張り落とされそうになった。この時は、隣のパーティの人がビレイを交代しましょうかと言って代わってくれた。ビレイについては理解していなかったようだ・・・不思議だなぁ・・・クライミング歴5年なのに。

その後、この方にリードしてもらったら、中間支点にヌンチャクを掛けて引っ張りながら登っていた(汗)。それでは全然、”フリー”クライミングではない・・・。エイドクライミングだ。しかも、それが当然だと思っている様子だった・・・。おかしいなぁ・・・フリークライミング歴5年なのに・・・。

後で聞いたら、5年と言っても、年に一回しかクライミングには行かなかったそうだ。

よく山の遭難でニュースに「遭難した〇〇さんは、登山歴10年のベテランで…」とあるが、よく聞いたら、”1年に一回登山していた”と言うのと似ている・・・登山歴は年数で聞くと、相手の実力を見誤る・・・回数で聞きましょう・・・山歴はマイレッジです(笑)。

■ 自分のケツが自分で拭けるようになる

汚い言い方だが、クライミングを始めた頃、先輩が言った言葉。

つまり、

 自分自身の安全管理は自分で出来るようになるのが大事

ということ。具体的には

1)セルフビレイを取る習慣がある  → 自分で自分を落として死んでしまわない
2)ビレイヤーの自己脱出ができる →  クライマーが墜落した時
3)宙吊り登り返しができる      → 登れない壁も自分でなんとかする。

ということだ。

まずは、それらが出来てから、クライミングに行くようにしましょう。



















Wednesday, March 9, 2016

感謝の心

■ 自分で自分のココロを満たすと感謝の心が湧いてくる

最近、2年前に行きたいと言い出していたルートに行く機会がやっと巡ってきて、ルートが実現した。

それで、心が満たされたためか、感謝の心が湧いてきて、寛大な心で過ごしている(笑)。

とは言っても、行った直後は、”なんか楽チンルートだったなー”とか思ってしまった。

でも、時間が経つにつれ、

 ・自分の登山者としての成長と、
 ・行く機会を与えられたこと

に考えが及び、すごく幸せな想いに包まれた。

■ 機会が巡ってこないことについて

行く機会は、なかなか巡ってこないのがルート。

それはもろもろの諸事情による。たとえば、一緒に行く人のビレイが当てにならない、とか。

一緒に行く人を半ば育てるために、苦労2年。

念のため言っておくと、今回のパートナーに対しては、ほぼ初期投資ゼロ(笑)だから、苦労はしていない。

・・・がこれが実現するまでには、何人通り過ぎたことか・・・

・・・というわけで、機会が与えられた、ということには、しみじみと運命の不思議と感謝を感じる。

■ 機会が与えられる資格

単純な技術的には、2年前でも、行くことが可能だったルートだった。まったく不可能なルートは机上にも乗らないわけだから。実現可能性が出てくる=机上の計画に載ってから2年も経つわけだ。

時間が2年もかかったのは、同行者の発掘に2年かかったからだ。

仮に2年前に行っていたら、今より、満足感があったのだろうか?

答えはノーのような気がする。 

2年前に行っていたら、今のような充足感はなく、”はい次~!”となっていたのではないだろうか?

だから、2年待たされたほうが、結局は、精神的により豊かな山ライフを送ることができる。

■ キーポイントは主体性

確かに技術的内容だけを見ると、そのルートで必要な登攀力は、初心者であっても4級程度で、5級も出てくるが、ほんのちょっと。だから、行くだけなら行ける。

でも、主体性を持って行くというのと、先輩やパートナーに連れて行ってもらう、というのは違う。

実は、この山行は、先輩も一緒に行ってあげよう、と言ってくれた山だった。でも、なんだかな~と言う感じだった。

会の、その先輩とは、スケジュールの関係やなんかで、流れに流れ、2年ほど、実現しなかった・・・。のは、実現しなかったことは良いことなのだろう。結果的には良いことだった。

というのも、一緒に行ってくれようとした先輩は、きっと”連れて行ってあげよう”と思っていたと思うからだ。

でも、私が欲しいのは、”連れていてくれる先輩”ではなく、”ケツを歩いてくれる先輩”だったのだった(笑)。

子どもが、「いい~自分でやるぅ~」とダダをこねるときのようなことだ(笑)。

・・・ので、結局、自分がリードで行く、初リードの山になった。が、その方が満足度が高い。

主体性が山における充実感の大きな部分を占めるからだ。それは人生も同じではないだろうか?

そういう意味では、人生に不満がある人は、自分が主体性を持って生きているか?自分の心に一度問いかけてみてみると良いのかもしれない。

■ 幸せな人は寛容な人

ハッキリ言って、山としてみると、他人に自慢できるような山ではない。

つまり、ドヤ顔できるルートなんかではない。

でも、幸福感に包まれ、このルートに行ったことで、他の人に対して寛大な心になることができる・・・

何でも許せそうなのは、自分の心が満たされているからだ。

逆に言えば、少しの他人の過ちが許せない=あまり幸せでない人、と言うことなのだろう。

Monday, March 7, 2016

宴会にて

■ 岩2連ちゃん

週末は、私が喘息を発症中で体調が悪く、また天候が思わしくなく、谷川方面をキャンセルして、近郊の岩2連チャンとなった。

岩はとても難しい・・・ 尾根、雪、沢、アイス・・・岩が一番難しい。

久しぶりな感じで、岩場に行ったら、クライミング力は後退していた・・・(汗)。

アイスクライミングは、ホールドやスタンスの位置関係に拘束されることが少なく、そこがリーチや保持力の面で、不利を感じる女性には、アイスの方が全部ガバでいいなーと思ったりする点だが、
ムーブという点では安きに流れているかもしれない(が、リスクという点では厳しくなっている)。

久しぶりの岩で、今日は腕の付け根部分が筋肉痛。前腕は昨日はパンプしていたが、今日はまだマシ・・・。

■ 先輩後輩のきずな

岩場に行ったら、このブログにコメントを
くださっていたClimberKさんがいらした。

関連サイト

山の世界は、技術の伝承が途絶えている・・・のは事実だ・・・が、大人が近所の子供の面倒を見ていたような、義務や負担を伴わない程度の相互扶助の世界がまだ生きているかもしれないと思った。

岩場で遭ったのは偶然だが、その偶然を生かして、色々な経験談を聞けて、ありがたかった。

■ 経験の重要さ

基本的に、行くルートの技術的要求度と比べて、経験の量が圧倒的に不足する、ということが、山での死を招いてしまう主たる原因だ。

つまり、みな経験を積んでいる時点で、死という敗退を余儀なくされてしまう・・・

どんな”しょぼい(と思われる)山”でも、行けば、必ず学ぶことがある。その学びを若いときは軽視しそうになる・・・のが怖いところだ。

今回、岩場の出会いで聞き遂げたのは、そのメッセージ。

山で死なないためには、できるだけ多くの経験が必要だということだ。

■ 楽しい宴会

結局、夜は宴会をすることになったが、これはとても楽しかった。

山岳会でも宴会が主体の集まりがあるが、それは山の経験談を教えてもらうための時間と思っていた。(が、そうならない事が多く、そうならないとただの時間の無駄である。)

今回は、色々と山の事故の話を聞くことが出来た・・・初級ルートと言えども、山では危険が一杯だ。

■ 危険の認知力がないのが初心者かも

そうした危険に遭遇した時、危険を危険とまず分からないのが初心者なのかもしれない。

たしかに私もジョウゴ沢大滝をフリーソロしたとき、そのフリーソロをさして危険とも思わなかったのだったし・・・クライミングに不安がなくても、高さがあれば、万が一のホールドの崩落などはあるので、ロープを早めに出す習慣をつけた方が良い。

先週末は、アイスの初級ルートに出かけ、リードデビューしたが、ベテランの先行パーティがザイルを付けていたF1では、必要を感じず、ノーザイルで抜けた。

先行パーティも、支点を取っていなかったので、フリーソロと同じだなーと思い、あまり難しくなかったので、出さないでいいかと思った・・・のだが、良く考えれば、リードクライマーはフリーソロ状態でも、後続は確保されている状態になるので、ザイルを結んで登ってもよかったかもしれない。

2段になっていたので、1段目で、ザイルやっぱりいるかどうか後続に聞いてみたのだが、いらないという返事だったので、つけずに済ませてしまった。

が、どうせ次の氷瀑で出すので、ザイルはその時つけても、あまり手間に変わりがなかったのだった。

核心部は多くのベテランも巻いていた・・・ので、判断として登らなかった。その点は、良い判断ができたと思う。

■ 増えていた1ピン目

昨日の岩では、クライミング力がまたイマイチ化してしまった・・・また振出しかぁ・・・。

去年の春頑張った課題の出だしで、ボルトとハーケンが増えていたのには、びっくり・・・

そんなところにいりますかね~という1ピン目だったからだ。落ちる人が続出したのだそうだ。

低すぎる位置の1ピン目とはいえ、1ピン目が重要、ということは、大事な知識だ。

スタイル上の問題があるにせよ、1ピン目で落ちるようなクライミングはしてはいけないということは大事な知識だ。

そういうクライミングの危険認知の基礎のようなことは、人工壁のスポーツクライミングでも、十分に学ぶことができる。

私も山から入ったので、インドアには抵抗をしていたが、1年目は素直に抵抗を辞め、インドアの人工壁にも通った。

結局、安全のために今何をすべきか?と発想すると、それぞれ習得具合に差があるにせよ、同じような段階を通るのかもしれないと思う・・・

1)一般登山で山特有の天候リスクやウエアなど基本を学ぶ

 ↓

2)徐々に山での滞在時間を長くし、幕営など生活技術を学ぶ



3)地図読みを学ぶ



4)藪山などでルートファインディングを学ぶ



5)雪山を学び、体力、歩荷力、滑落停止、生活方法などを学ぶ 



6)ロープワークを学ぶ



7)沢などでロープワークを実践する



8)人工壁に通いクライミングの基礎を学ぶ



9)外の岩場にデビューし、人工壁との違いを学ぶ



10)支点の研究



11)連れて行ってもらうルート



12)同スキルの人と助け合いながら行くルート



13)連れて行くルート

となるような気がする・・・もっと細かく言えば細かく学ぶべきことがあると思うが・・・

■ ぶっつけ本番推奨?

不思議なのは、ガイドさんたちは、ルートは体力、と言い、「技術は後からついてきます」と言うこと・・・ 山岳会なら到底ほってはおけない危なっかしい状態でも、「いってらっしゃーい」と心地良く送り出してくれるような気がするんだが・・・(^^;)。

例えば、北岳バットレス四尾根は、

 ガイドさん: 「時間がかかっても行けるという意味です、いってらっしゃい」

 山岳会: 「今の二人にはちょっと無理」

どっちの方法論を取るかは、個人次第なのだろうか・・・ 間で揺れる・・・のだが、結局、自分がどこまで行って良いかは主観的な判断で決めるしかない。

ということは、行きたいところが似ているパートナーより、判断で割れないパートナーが良いパートナー。

敗退で、同じルートに何度も行くのも悪くなく、学ぶことはたくさんある。

敗退を繰り返して、それでも行けなければ先輩に来てもらう、というのがいいのかも?