Wednesday, September 30, 2015

ニセモノ

私はただ知りたいのだ。

山って何なの?

もちろん、私が言っている山は、ただ「北岳は日本第二の高峰です」とか、「小川山は花崗岩の岩です」とか、そういうことではない。

「あの人は山のなんたるかを分かっていない」

と言うときの、”山”だ。

八甲田山の”死の彷徨”は、山が分かっていないことで起きた大量遭難だった。あまり知られていないが、この山行には、別部隊がいた。その部隊は同じような山行をして、一人の落伍者も出さず、帰ってきている。

両者の違いは、抽象的な言い方だが、

 山を分かっていたかどうか?

だ。中身は同じ山なのに、これほどの開きが出るのが、山なのだ。

もっともよく山を分かっている人は誰なのだろうか・・・?マタギなのか?猟師なのか?

山を生活拠点にするだけでは、山のことを何にも知りえない、ということは、山小屋でしばらくだが、バイトしてみて分かった。

私が一番びっくりしたのは、山に働いて、誰も外を見ないことだった。毎朝、3時半に外に出て、外の空気を吸っているのは私だけだった。雨の日も、風の日も、外に出なくては、登山者に的確なアドバイスはできない、と思ったのに、ネットで配信される天気予報を張り出してお終い。

日帰りの山を重ねても、山の一面しか知りえないことも分かった。温かいお天道様の下に、お弁当を広げて、「山っていいね♪」っていうのは、軽薄短小に感じる。

そんなシチュエーションで良くないハズがないでしょう。同じ場所で雨に降られ、風に叩かれ、闇夜が来たら、「山っていいね」どころか、山なんてコリゴリと思うはずだ。

昨日はスーパームーンだった。子供の頃、月に慰められて生きていた。我が家はとても貧しく、それを解消する手段も子供だから何もなく、ただひたすら耐える日々。それでも、月は美しい。

夏の暑い日に、夜中にベランダから外へ出る。そして、飽くまで、月を眺める。地球の裏側でも同じ月だと言うことを考える。清少納言の時代も同じ月だと言うことを考える。

自然の普遍性を思うと、人間的問題は大したことではないように思えることが多い。月明かりは優しく、不変だ。

樹木に心を寄せることで、人は生きることができる。毎日の登校で、挨拶をする木があった。イジメや理不尽が積み重なると、その木の下へ行く。彼は何が起こったか?見て知っているから、平気だと思う。

九州の台風はすごい。閉じて鍵を掛けたアルミサッシから雨が室内ににじみ出るような雨だ。その中、弟とベランダで滝行のように、雨に打たれる。何もかもずぶぬれで、ひどい格好だが、何かが洗い流されるように清々しい。遠くで稲妻の蒼いラインが見える。美しい。恐ろしいような気もするが、それでも目が離せない。

でも、少年自然の家なんかのキャンプサイトは大キライだった。ニセモノ、と子供の私は切り捨てていたのだ。

今では人間が丸くなり、人の弱さを許せるようになり、ニセモノにも寛容になった。

だからと言って、ニセモノが分からないわけではない。

Monday, September 28, 2015

読了 『僕は冒険案内人』

■ 僕は冒険案内人 近藤 謙司

私はエベレストは、あんまり興味がない。

それは、山をやっている理由が

  山梨に来たから

なんだから、仕方ない。 私は”山梨での生活”を充実させたいのだからして。

・・・というわけで、高所登山には、実のところ、そんなに憧れ自体がない。読んだのは、師匠が読んでいたから。

■ 感想

率直な感想は、こんなラッキーボーイがいるんだな~ってこと。

わたしと夫は登山初年度に、雪をまとった西穂丸山(調子が良かったので独評手前まで)行って、さんざん周囲にとがめられたのだが、この方なんて、何にも知らないうちから、バンバン穂高の稜線を踏み、ヨーロッパの山を踏んでいる。

いきなり感は半端ない・・・んだが、私自身の人生と照らし合わせて、別にいいんではないか?と思う。

私が二十歳でアメリカに渡った時は、いきなりアメ車で運転だったし、その運転を学ぶため、登校初日にバイトしてくれる人を探し回った。

変に常識に染まらないで、伸ばせるときに、のりしろを伸ばしておく方がいい、と思う。

機会というのは、待っていても与えられないし、逆に機会が来た時に、万全の準備ができていることなんてない。

近藤さんは、時機がよく、楽に国際山岳ガイドになったようだ。今の時代に、国際山岳ガイドになるのは、ちょっとムズカシソウ・・・

なんでも整備が整うと、あとからのほうが大変。

■今井道子さん

そして、今井道子さんという登山家を知ることになった。

中高年のアイドル田部井淳子さんより、凄い経歴のように感じるんだけど、あまり知名度がないのはなぜなのだろう?

七大陸最高峰登頂の困難度について

一つの時代を築き上げた人のようだった。

私は、俺オレって、いう、めんどくささがない女性と一緒に登りたいと思っているのだが、・・・ということになると、先人に学ぶとすれば、女性登山家がしてきた苦労を知った方が良い。

その際に参考になる女性かもしれないと思って、著作を何冊か借りてきた。

前に同じ発想で、登山好きで知られる女優さんの本を読んでみたが、安全管理は全部男性にお任せで、男が女性を守り、女性は男性の庇護に甘んじる、という立場を自ら作っているようで、あんまり参考にはならなかった。

登山の良いところは、男性と女性の垣根があまりないところ。 

■ 労山系

その他、組織的風土というか、カルチャーと言うか、個人の自由で主体的な集まりを基準に、あつまっている労山系のクライマーと、トップダウン形式軍隊型組織の日山協のカルチャーの違いを感じた。

高所登山については相変わらず、あんまり興味がないけれど、海外の山というのは、海外と言うだけで、過大評価されているんではないか?それは一ドル350円の固定為替レートの時代の人の時代錯誤ではないか?なんてことを考えた。

今の時代、海外出張が決まるのは、一週間程度前で、飛行機に乗ってしまえば、あとは現地に降りたつだけ。

そういう時代になっていることに気が付いていない人は多そうな気がするので、海外登山は実は、すごーい!と人に言わせるという面でみると、お得株かもしれない、そんな気がした。



焚火

■ 秋のお支度

今日は、甲府はやっと連続2日の晴れで、秋の支度に忙しくしている。

秋風がそろそろ冷たい。でも、私は肌が弱い。衣替えも、洗い立てのフレッシュなもの以外は、着れない。

今年の9月はとても雨が多かったから、こんなに、のんびり晴れた日は貴重で、今はホントは岩にでも行きたい気分。

とはいえ、衣替えという後方支援が追い付いていないと、気持ち良く山にも行けない。

■ 小さな炭火

目からウロコの発想?!
フリークライマーのモウアラさんご夫婦が、小川山で炭火焼きをしてくれた。 

じゃん!

五徳をL字金具で作り、土台は、なんと蒸し器。あの羽が重なって小さくなるヤツだ。

へぇ~と思った。そういえば、レストランでも、小さな火鉢に墨を入れてくれることがある。

私も冬に自宅で、火鉢に挑戦したくて、実は家に豆炭入れがある。マンションだと庭がなく、色々ネックで使ったことがないけど。

”焚火”と言えば、地面から直接する焚火を思っていたので、卓上炭火、というアイディアに驚いた。

小川山は焚火OKだけれども、最近はキャンプ場では、焚火の跡を嫌うのか、直火NGのところもある・・・。

モウアラさんたちは、そう、実はテーブルや椅子を用意してくれていたのにも、新鮮さを覚えた。山ヤには考えられない高級装備だからだ(笑)。

でも、よく考えたら、アメリカでも、オーストラリアでも、友人たちは、自宅の庭で、炭火を起こしてバーベキューでもてなしてくれたし、日本の農家でも、半割りにしたドラム缶で、焚火して、焼きそばパーティをしてもらった。

火には容器があるのが、一般的には普通のことかもしれない。 

■ ノーと言わない

小川山と言えば、登山を始めた頃、金峰山に登りに行き、たまたま、クライマーと隣り合わせになって、仲良く、赤ワインを空けたことがある。

その人たちは結構ベテランだった。翌日その人たちが小川山物語に取り付いて、岩に張り付いているのが登山道から見え、びっくり仰天&戦慄・・・(><) (もちろん、当時はそれが小川山物語という課題だとは知らない)

今では、そうやって岩に張り付くのに、ビレイヤーがいないと文句を言っているのだから、人生とは面白いものだ。

フリーから山に入っても、アルパインから山に入っても、山は山だし、結局は同じところに収束して行く。
くたびれたビリー缶 蓋との比較に注目!

出会うべき人に出会っていくのだろう。

フリーにはフリーの楽しみが、アルパインにはアルパインの楽しみが、沢には沢の楽しみがある。

金峰山を初めて登る、一般登山者でしかなかった、あの当時、一目で恐怖に震えたフリークライミング・・・。

8~9割の登山者がそうするように、挑戦もせずにノーと言っていたら・・・

・・・今ある私はないだろうなぁ。

モウアラさんたちに沢でやる、大きな火を見せてあげたくなった。実は、煮炊きも焚火でしてしまうんですよ。ただ鍋は猛烈にくたびれますが。

テーブルもなく、椅子もなく、ただあるのは、沢のせせらぎと、真っ黒で大きくのしかかるような山の稜線、漆黒の森、谷間に見える、たくさんの星・・・。

小川山で焚火になれたら、ぜひ沢を案内したいと思った。焚火を愉しむために沢に来て欲しいなぁ・・・と思ってしまった。

岩も沢を詰めた奥にあることが多いですしね。”なんとか奥壁”とかよく言う。

■ 荒川源流の大きな焚火

そういえば、先日、荒川源流を旅したとき、ものすごく大きな焚火を作った。それも、結構カルチャーショックだった。

薪は、私の背丈を越え、直径にして、20cmもあるような、太い丸太も燃やしてしまう。

普段、作る焚火が”犬小屋サイズ”とすると、この時の焚火は、”畳み一枚分”くらいあった。



小川山でやったら、周囲のキャンパーたちに大注目を浴びるだろう、という大きさだ。

ただ問題は、湿った薪に火をつけるのはとても難しいこと。

なんとガスバーナー登場。我が家では、畑をしていたときに害虫退治に一役買った道具だ。本当は、クレームブリュレのキャラメリゼ部分に使う予定で買ったのだけど・・・(笑)。

ガスバーナーを見て、夫の元君なら、絶対に文句を言うだろうな、と思った。

・・・というのは、夫はボーイスカウト歴が長く、焚火とみると、それこそ、火がついてしまうみたいで、新聞紙1枚どころか、半分で確実に着火することを自分に課しているから。

元君ならきっと、何が何でも、道具なしでつけようとしてくれる。実は、熱い男なんである。

■ かまど

かまどで鍋!
前に、御室小屋に行った時、彼は、頼まれもしないのに、かまどもこしらえてくれ、すっかり、鍋パーティになった。

後で一緒に行ったガイドの三上さんが愚痴るので、聞いたら、ホントは焚火は温まるだけのつもりで、実は、調理はガスでやる予定だったのだそうだ。

ガイドさん曰く、「鍋は誰が洗うの・・・?」

そう、焚火で調理すると、鍋がすっかり年季入りになる。

私も滝川にビリー缶を持って行ったら、とってもいい感じにくたびれた。実は気に入っている。なんでも、新しいものは、あまり好きでないからだ。古いものが好き。

御室小屋は、廃屋で、焚火にちょうど良い廃材が、薪を集める労せず手に入る。3月だから、テントにしたが、沢では普通は、タープだ。重くても平気な人は、ブルーシートで事足りる。

乙女の焚火
■ 焚火ごろ寝

荒川源流では、タープで寝たのだが、思えば、焚火の傍で、ごろ寝してみればよかった。シュラフカバーが穴だらけになるかもしれないけれど・・・。焚火で、すでに私のテントには穴が開いている。

自分自身の焚火は、今夏は伝丈沢で5月に、女性の友人と二人でやって、とても楽しかった。

こっちの薪は、まだ梅雨前だし、山梨の乾いた冬から、春に空けてすぐなので、薪がカラカラに乾いており、燃えすぎるくらいよく燃え、延焼が不安なほどで、石で防火帯を作ったくらいだった。

女の子二人の冒険隊・・・とっても楽しかった。

お転婆?

私は小さいころ、そんな言葉とは無縁に育った。

家庭では、小さな母親として家事に忙しく、学校では優等生として、委員長やキャプテンを二つも三つもこなす超多忙な子供時代だった。多忙の間をぬって、読書に現実逃避。



だから、そびえたつ滝を前にして、どう登ろうかとルートファインディングしている時、「滝登りするなんて、やっぱりお転婆だよ」と言わて、ちょっと褒め言葉に聞こえたりした。

そっか、これってお転婆なんだ。

滝場は沢では必至だから、必死(笑)。 

私がトップを行くのは・・・、登れる!と・・・つまり、登攀力がある!と思っているからでは、ないかもしれない・・・

・・・でも、とはいえ、私が行かなくては、誰が行くの?とは思っているかもしれない。

やっぱりお転婆?






Sunday, September 27, 2015

違和感・・・山岳会を考える、その2

■ 最初の違和感

振り返れば、最初から、少し違和感があった。

入会前に岳連で冬山講習があった。それは地獄谷だったので、親しみのあるエリアでもあり、入会直後の山行が、厳冬期の冬山合宿というわけにもいくまいと思っていたので、講習会で自分の理解度を会に理解してもらうのは好都合であり、即答で参加を決めた。

・・・が、送られてきた山行計画が杜撰だった。山初心者の私でも分かるくらいだ。当時は師匠についていたので、すべて相談する形式をとっており、その師匠も、「誰ですか、こんな計画を立てたのは」と言う。

それでも、知り合いづてに調べたところ、催行する人は上位団体の上のほうの地位にいる人で、しっかりした山ヤのようだったし、そこはぜひ行きたい山域だったので、この際、計画のずさんさは、おそらく、慣れによるものだろう・・・と解釈することにした。まぁ、慣れて杜撰になることを、世間では慢心する、と言うのだが。

しかし、その山行は、結局は行かなかった。私にとって、冬山での合宿で、食事を共同にするのは、ごく普通のことでいたのだが、とくに指示もなく、個別で持ち寄る計画のようだったし、協力しようと思い分担の提案をしたがうまくいかなかったし、避難小屋泊で、念のため程度のテントを持参するときに、なんだかテントが大きすぎる気がした。

その時は、ただの冬山ではなく、厳冬期だったので、違和感を感じたら、安全のためには行かない方が良いような気がしたのだった。それに天気が悪かった。

未入会者とはいえ、会から先輩が一人出動を決めた後で、行かなかったので、出動になった先輩には悪かったなぁと思ったが、どちらにせよ、参加者の大学生1名を見るのに、経験者2名が必要そうだったから、それはまぁ、私が行っても行かなくても同じかもしれなかった。

・・・が、どちらかというと、山行の結果のほうが、不思議だった。計画は貫徹されず途中で終って帰っているのだった。そのルートは私が登山2年目で、夫や60代の女性と歩いたルートだったので、不思議だった。

つまり・・・催行する力がないのかもしれなかった。もちろん、お天気が悪かったり、参加者が予想以上に弱かったりしたのかもしれないが・・・。

だた可能性としては、打ち上げた計画が大きすぎ、実際の山行は、現場判断で縮小、ということかもしれなかった。もちろん、現場判断で必ず縮小しなくてはならない場合もある。

しかし、優れた山ヤが計画した場合は、計画と実際の山行のズレは少ないものだ。

特にそれが公的な山行の場合だ。それに、目的を達する方法は一つではなく、ありとあらゆる選択肢で、相手に必要なスキルを身に着けさせようとするものなので、違和感を感じた。

■ 小さな違和感の積み重ね

もう一つは、役員のことだ。上位団体の仕事は、一度引き受けたら、10年も引き受けなくてはならなくなるようで、おや?と思った。

先輩たちも、上位団体の仕事は、あまり歓迎していないようだった。今の時代にそぐわないやり方が変えれないのかもしれない・・・というような感じがするが、詳細は知らない。ただ、やっている人が楽しくなさそうと言うことが分かるだけだ。

次の違和感は、意欲についての反応だった。

私がゲスト参加した山岳会では、先頭のラッセルは、皆が競ってやりたがる、取り合いだったし、重い荷を担げる方が強い山ヤだった。

他の会では、人工壁ではトップロープを覚えると、すぐにリードしかしなくなったし、入会初日にビレイを教わり、登りたかったらビレイをマスターしなくては登れないことは明白だった。交代でビレイし合うのだから。

確保理論の勉強会を呼びかければ、すぐに人数がまとまった。

しかし、自分の会では、ラッセルは延々と、くたびれて変わってください、と言うまでしなくてはならなかったし、ワカンの履き方も知らないで、山で悪びれず今日初めて掃きます、という人がいて、それを悪いとも思っていないようで、驚いた。普通は、そんなことをしたら、蹴飛ばされるのではないだろうか?山を舐めている、と言って。

クライミング練習に誘えば、入会2か月の私にトップロープ張ってくださいと言われ、驚いた。

確保理論の勉強会は、せっかく意欲がある人もいたのに、無視され、なぜか結び目を作るだけに終わった。どうもその資料に目を通したくないという意図が見えた。

そう言うモロモロの点で違和感があったが、要するに、私は私の山を勝手に続行しており、忙しかったので、小さな違和感はスルーだった。

■ スピンアウト

そうこうしている間に、友人のつてで、関西からのクライマーの訪問があった。山岳会から逃げてきた人だった。

その時期に、ちょうど、誰かがコメントで、会への返礼を新人に期待するのが近年早すぎる、というコメントを出した。

その人に聞いていると、なるほどなぁと思わされる内容だった。後進の育成を3年目の人がすることになるのは、やっぱりまだ早いのではないか?と思った。

まぁでも後進の育成は半分は自分のためだ。自分のパートナーに仕立てる目的なのだから。

私自身は自分が岩2度目から教える側&リードする側だったし、三つ峠も2度目から連れて行く側だ。やっぱり、その時は恐怖や負担には感じたが、今は良い機会だったと思っている。

流動分散の作り方とか、クローブヒッチとか、図解があるものは、それだけを教えればいいのであるから、そんなに難しいことではない。リードフォローも同じ。懸垂のセットも同じ。

ただ初心者はとんでもないことをしでかすので、初心者を一人きりにしてはいけないと言う意味で、助手はいた方が良い。

それよりも、違和感の根源は、健全さを感じさせないことだった。

■ 体面

組織と言うものは、あまりにも変化がない状態が続くと、淀んだ水と同じことで、腐敗して来るものだ。

組織の腐敗とは何を指すのだろうか?

最近読んだ『安全・安心の心理学』によると、

 ・相手の体面を重んじて、反対意見が表明されないことがある

 ・誰に頼まれたかによって、仕事の優先順位が異なる

 ・仕事ぶりより好き嫌いで評価される

 ・トラブルが生じた場合、何が原因か?より、誰の責任か?が先に問われる

とあった。属人的風土は安全安心には、マイナス要因なのだ。

体面や組織維持の方が、安全よりも重くなるという意味なのだ。それは登山においてはとても危ない思想だ。

それを顕在的に理解したのは、凍傷者3名を出した厳冬期のバリエーションだった。私は、計画段階から、計画に不安を感じていた。師匠も驚く、杜撰な計画・・・。

幸い、パートナーの都合によって参加せずに済んだのだが、予想通りの展開というか、予想より悪い展開だったために、驚いた。

私の予想では、良識によって計画縮小で帰ってくるのかもしれないと感じていたからだ。しかし、そうではなく、どうも無理な計画は、無理な計画のまま決行されたようで、その無理の代償を支払ったのは、計画者本人ではなく、サポートした人のようだったし、サポートしてもらった側には、相手の身体を傷つけた内容の計画および判断を実施したことについては反省がないようだった。

そのため、明日は我が身、かもしれぬ・・・と警戒した。

その不安を裏付けるかのように、同じルートで山岳遭難が起った。山では体力が弱いものから順に犠牲になるということの証明だった。他人事ではない。

≪関連記事≫
八ヶ岳バリエーションでの遭難

■ 付録

これには驚きの付録がついた。参加していない山行で、食当費を請求されたのだ。それも公然と。

一般的感性として、当人が使用していない代金を請求するというのは、かなり勇気がいることだ。しかも、それを公然と請求されたと言うことは、請求して来た人は、かなり正当性に自信をもっているということを意味する。

・・・ということは、含まれる人たちが自分の側に着くと言う確信がある、ということだ。

それはどういうことか?というと、おそらく、否定的な話題で、取り上げられたのだろう、ということを意味する。そうでなくては、普通、人はそんな非常識なことはできない。

しかも、その人に生ガキを贈呈した後。夫は「あげる人を間違ったね」とコメントした。

■ 洞察

まとめると、不安を搔きたてられるのは

・大きく打ち上げて、計画縮小 → 計画は立派でもその立派さは慢心により、実際は実力不足なのでは?

・意欲 → 価値観の逆転現象が起きているのかもしれない?

・運営 → もしかして、押し付け合い?ババを誰が引くか?のような感じ?

・風土 → 体面が本質的にあるべき姿よりも重視されると、安全から遠のくかもしれない

・貢献 → 貢献しようと言う気持ちは、凍傷や怪我などとして還元されるかもしれない

・スケープゴート →ありうるラインかもしれない・・・

と、いうわけで、もろもろの違和感が、具体的な懸念となって沸き起こる。

無論、これらの懸念は、私がそう懸念するだけであって事実ではないし、その懸念は私の推察、洞察によるもので、なんらの根拠はないが、事実を基にした目撃情報による洞察であることは確かだ。

目にしたこと、耳にしたこと、それが私に不安を起こさせるのだ。

■ 忍び寄る、ほつれ 

結局、それらはどこに起因するのか?というと、おそらく、マンパワー不足とか、高齢化によるレベルダウン、とか、世代間の断絶とか、そういうところに落ち着くのだろうと思うのだが・・・

それは、出来事ややり方に起因する不安であって、誰それという個人の問題とは思えない。

個々人を見ると、すべての関係者が良い人ばかりだと思う。

ただ良い人の集合が、良い行動を引き起こすとは限らない。

人間の弱さは憎むことはできないが、時間的に不可逆的・・・場合によっては、取り返しのつかない出来事を生むという事実は変えられない。

弱さを制するのは、理性だが、欲求と理性の対立となったとき、理性が勝てない人が主流化すると、子供の集まりと同じになる。

例えば、望まれない子供は、性的衝動への弱さの結果として生まれ、その人間的弱さの結果は、20年の長きにわたって、関係者全員に重しとなってのしかかる。

肥満も同じで、食欲をコントロールできないことを示す。

組織の面で言えば、食品会社による偽装隠ぺいも、誰一人として悪者はいないうちに、身内びいきが起り、隠ぺいという自覚がないままに、起ったものだ。

組織とは、個人とはべつのそういう生き物であり、善人の集団が善とはならないし、衆愚という言葉も知られている。

各論ですべての判断が善であっても、総論で悪ということが成り立つのが組織ということの恐ろしさなのだ。

むろん、万事が塞翁が馬で、良き事が必ずしも、善となるは限らないし、不運が必ずしも悪と転ぶとは限らないわけだから、何が起こったところで、良いのだが・・・。

ただ、災いが降りかかる時、それは必ずスケープゴートになる人がいる。

山の場合、それは、責任感の大きさにより、責任感の強い者がこうむる・・・大体、無理や無謀、混乱のとばっちりは、もっとも弱い者、もしくは、リーダーがこうむるもの、と決まっている。

そして、私は大概の場合、そのどちらかに当てはまっている。

阿弥陀北稜の遭難を見ても、リーダーと弱い者が死んでおり、また自分の会の山行でも、もっともシビアな凍傷をこうむった人はリーダーであり、軽症の凍傷者の二人は最も弱い者だった。

人には自分の身に降りかかる危険を予知する能力があるのかもしれない、ということは言えるかもしれない。




 







Friday, September 25, 2015

清算・・・ 山岳会を考えるその1

■ 清算

清算その① 自己顕示欲のために、後続を危険にさらさないでください。

自分が登れても、後続が登れるかどうかは別の話。トップを務める人の役目は、ただ自分がつっこむことではなく、メンバー全員の安全を考えることです。

ロープの出し方は、色々なやり方がありますから、ケースバイケースで出せるように、きちんと学んでください。そうでない場合は、経験者に相談して、出してください。

清算その② プライドを捨てて、ミスをしたら、ちゃんと謝る

うっかり後続を危険な目に合わせたら、「ごめん」と言ってください。人間だれしもうっかりミスはあります。しかし

安全よりプライドを取るようになったら、山は危険極まりないものとなります。

清算その③ 安全な計画を考える

計画そのものに過信や慢心があり、危険だと分かっている登山計画に、GOサインを出せば、それは、飲酒した人に運転させるのと同じことです。

山行計画からして、その計画の無謀さがあらかじめ予見できる場合は、阻止しなかった側にも責任の一端があります。

山でのミスも同じです。リーダーが道を間違ったら、間違ったことを指摘しなかったメンバーにもミスがあります。

清算その④ ”言っても聞かない”は辞めてください。

「言っても聞かない」というのは、山のベテランがよくつぶやく言葉でした・・・ 

言っても聞かない人にはなかなか教えることができません。

「そのビレイはあぶないよ」と言われて聞かない人のビレイには、命は預けられません。

清算その⑤ 自分の酒は自分で担いでください。


相手は50代男性、当方は40代女性、10歳違いです。これだけ担がされて、”一緒に行ってもらってありがたいと思え”、というのは無理な話です。しかも、一人で行ったほうが早いような一般ルートですし。そんな心の広い人間でなくて、すみません。

宴会の好き・嫌いは、個人の自由ですが、飲みたかったら、自分の酒は自分で担いでください。

自分の酒と自分のロープが担げない人は、そろそろ山は終わりではないでしょうか。

のみたい酒が自力で担げる山に行ってください。

清算その⑥ 食当費は、常識の範囲でお願いします。一日1000円程度が妥当です。

2泊3日、2名の食当費で一人4000円は取りすぎです。メニューは海鮮丼、ラーメン、ペペロンチーノ、雑炊です。

参加していない山行の食当費を公然と請求するのも辞めてください。

いくら先輩でも、そのような態度は、尊敬できる態度とは思えません。

また山ではモノが腐りやすいですから、新鮮なものをお願いします。お腹をこわしたら、大変です。

また何にそんなにかかったのか不審ですから、領収書の添付をお願いします。

清算その⑦ 自分で安全管理して行ける山が自分の実力です

ベテランに着いて行くだけの山しかしないと、自分の実力を過信します。

山は、誰かとの競争ではないです。誰かにすごいね~と言われるために山をしなくても良く、自分の心を満たすためにするのが登山だと思います。

逆に言えば、腹が立つのは人に認められるための山をしているからです。

自分と山との対話だけであれば、外野が何を言おうとも、あまり気にならないです。

自分の荷は自分で担ぎましょう。計画は自分で立てましょう。次に行くべき山は自分で見出す努力をしましょう。

マルチピッチにセカンドで行けても、自分でハイキングの山に単独で行けなければ、自分のトータルの山力は、ハイキングの山の方です。

山は登攀力だけでは行けないのです。アイスとフリーのゲレンデクライミングは登攀力だけで、山屋じゃなくてもいけますし、それもそれでレクリエーションとしての楽しみだと思います。

清算その⑧ 2万5千の地図はハイキング程度の山でも持参しましょう

地図読みができると山が広がり、とても楽しく、山の楽しみが広がります。

人間だから、地図を忘れて出ることもあるし、私も何度も行っている山で一般道しか歩くつもりがないときは、地図を持って出ないことはありますし、岩場に先に行ったことがある同行者がいれば、これ幸いと、ついて行きます。

しかし、現在地図読みスキルがゼロで、2万5千の地図の存在や入手先も知らず、山歴ん十年、厳冬期の北岳にも登った、と言われても、どう反応したらいいのか、よく分かりません。厳冬期北岳が小さくなったということでしょうか?

清算その⑨ レクリエーション vs レベルアップ

レベルアップを目指す人が集う場が山岳会だと聞いていましたが違うようです。

単なるレクリエーションを求める人の会であれば、役割は持ち回りで助け合いが良いでしょう。

レベルアップを目指す人たちにも、もちろん、初回の顔合わせなどで、レクリエーション的な山は、必要です。(フリーでTR張ってのゲレンデクライミングはそのようなタイプの山行です)

しかし、それは、顔合わせと言う目的をもった山行であり、山をレクリエーションのみの場、つまり物見遊山と捉えているわけではないように思います。

レベルアップを目的とする人が集えば、おのずと目的のために団結し、絆も生まれます。

が、レクリエーションを求めている人だけが集えば、楽しくなければ、別れてお終いです。

さらには、安全管理はめんどくさいもの、という位置づけになるため、安全管理の押し付け合いが始まり、結局、一番立場が弱い、山へ行きたい人が安全管理という、ばばを引くことになります。

安全管理=ばばを引く=会への貢献、となったら、悲惨です。

連れて行く行かれるの関係が固定になり、ガイド状態で連れて行く人=会に貢献している人、の構図になります。

しかし、ガイド状態で連れて行くことは、連れて行かれる立場の人の、登山者としての成長を阻害しているので、むしろ退行化に加担していることになります。

誰も、ばば引き役を引き受けない場合、さらに悪いことに、安全管理はお留守になります。つまり、リーダー不在の山です。皆がおれの責任じゃねえ!と言っている状態です。新人がリーダーをしている時に、先輩(影のリーダー)が俺の責任じゃねえ!と言っている状態です。

安全管理お留守の山は、アブナイです。

登山者がハイキングのつもりであれ、本格登山のつもりであれ、山は人を区別しないからです。

清算その⑩ セクハラは勘弁願います。

人生は、本人の選択の結果です。

子供の数が多すぎて、経済的に負担だと愚痴を言いたい時は、産んでくれた奥さんに言ってください。

浮気したいと言われても困ります。私は全くしたくありません。幸福な結婚生活を送っていてスイマセン。

ただ、女性を面前にして、浮気したいと言うのは、一般社会常識的には、セクハラと呼ばれているそうですよ。私は他人にそうと教えられるまで知りませんでしたが。

セクハラされても、笑って受け流せと新人に諭すのは辞めてください。諭すべきは、セクハラする側であって、される側ではありません。

清算その⑪ これは個人の日記ですから、読みたくない人は読まないでください。

ブログの語源は、日誌です。プライベートな、人の日記をのぞき見するということですから、読みたくない人は読まないでください。

更新を心待ちに、読みたいと思ってくれている読者に、迷惑がかかります。

これは、Aboutにも書いてある通り、登山が嵩じて、アルパインクライミングの初級者になった人が、どのような困難や難題に遭遇するのか?志を同じくする人の参考になれば、という目的で描かれた文章です。

読んで役立つと思わない人は、読まなくて結構です。

皆に役立つコメント、情報をくださっている他の方の善意がそがれるという、残念な結果になってしまいます。

■ すみません・・・

今、私は会の山行にはほとんど参加していません。大変申し訳ありません。

理由は、

 1)会山行日が決まるのが遅く、先に自分の山行の予定が埋まってしまうから

 2)目的を持って山行計画を立てているから

 3)山でもフリーでも、レクリエーションなら、友達と行きたいから

 4)一般登山なら、一人でも行けるから

 5)安心してビレイをお任せできる人がいないので、岩に連れて行きたくてもできないから

 6)沢も、あと一人は安全管理のためには監視役が必要で、それができる人がいないから

 7)知識面、理解面で、安心してセカンドを任せられないから

 8)行く山に適したギアを会の人は、まだ持っていないから

 9)その山に安全に行く体力が、会の人はないのではないかと思うから

 10)ロープワークや地図読みを会の人は知らないだろうから(そのため安全に行けないから)

という理由です。

例えば、三つ峠に行きたいと言われても、ダブルロープさえも自分のを持っていなかったら不可能です。その不可能だということが分からないくらいの理解段階だということが、誘っていただいた時点で分かります。

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Thursday, September 24, 2015

シルバーウィーク

■ よく遊びました♪

シルバーウィークはよく遊びました♪ ちょっと遊びすぎでないかい?とは思いましたが、登山やクライミングに関しては、時機が揃うことは、なかなか難しいので、揃ったら、多少無理しても、出かけてしまうに限ります。

今回は、なかなか一緒に行けない人とのクライミングや絶対に逃したくない沢山行・・・学んだことをまとめておきたいです。

1)瑞牆山入口岩クラック ・・・分かっている感

とっても楽しく過ごした。

5.10aの課題(あげこまる)をTRにしてもらい、チャレンジするも、離陸からAゼロしないと上がれない。ワイドでは、体を入れて、腕を入れたら、勝手にチキンウィングになった・・・ ずっとプッシュで上がる。その後、一旦岩の外に体を出すところで、解決力がなく、怖くなり、敗退。

下の離陸はこれくらいは登れないとまずいと思い、取り組むが、難しい。あと3cm上がれば、フィストが決まるのにいいところに入らない・・・。足が使えていない。

となりの5.8ワイド(奈香良クラック)も、途中まで行って、悩んでしまい、敗退。

後はモツランドに移動して、ちょっと触ってお終い。前回のクラックは、ガツガツと登ってぐったりだったので、ガツガツしないご褒美クライミングデーとなった。 

人工壁慣れする前に、外のクラックに出ても、なかなか登れない・・・。もう少しムーブのバリエーションが欲しいところ。それにはジムに行ったらよいみたいなのだが、でも、ジムに行くとすぐ飽きて、登りたいと思わなくなってしまう。ずっとハングドッグすると、ビレイヤーに悪いナーとか思ってしまう。

登ってくれたクライマーは、ネームレスというルーフクラックをオンサイト、まったくをもって、よどみがなく、あんなふうに優雅にのぼれるといいなーと思った。

分かっている感、満点。 その”分かっている感”を育てなくては!この日は背伸びのクライミングだ。

2) 小川山 藐姑射(ハコヤ)岩 ・・・じわじわ伸ばす感

関西からのモウアラさんの遠征クライミングに混ぜてもらった♪ リクエストで藐姑射岩。ここはリードしなくても裏からTRが張れるので、初心者のカムセット&リード練習に使えそう!

婦唱夫随で登っておられて、羨ましい! 私も、夫がビレイしてくれないかなぁ・・・とひそかに思っているのだが、夫をジムに連れて行くも、夫は関心を示さず・・・でも、妻が困っているということなら、助太刀になってくれるかなあ・・・。

ビレイヤー貧乏の私からすると、羨ましい、ご夫婦クライミン♪

菊地敏之さんのサイトは、ちょくちょく覗いているが、菊地さんに教わったそうで、なんだか、すごく考え方などに共感した。

私も最初に山の本が、『ハイグレード登山術』という菊地さんの本で、アルパインクライミングで一番好きな本も菊地さんの本。知らないうちに考え方などに感化を受けているのだろうか?

2本しか登っていないが、最初の5.8で、カムを持ってあがって擬似リードさせてもらった。

これ、何度もやらないとなー。カムの設置は、カムへの信頼を高める作業で、身長も個人で違えば、手のサイズも違うのだから、自分なりの信頼感が一番あるセットを覚えないといけない。

実際見ていると、奥さんと旦那さんではセットするカムの位置も番号も違った。

この日も優雅なクライミングデー。 前に小川山に初めて来た時、一通りぐるっとカモシカ登山道を歩いておいたので、岩場を見つけやすかった。

目的の岩場を見つけるのに、きっちり資料を持ってきていたので、そこまでやるのかと感心した。やっぱり岩場が見つけられないなどは、自分たちで登るスタイルだとシビア。いつも連れて行ってもらっていると、その辺は省略できてラク。

でも、そういう部分も含めて、初見、ってのが、楽しかったりもするんだよなー。

この日は、こういう成長の仕方で、じわじわ限界を伸ばしていく、ということが分かった。私のやり方に近い。

3) 沢 ・・・ 要研究感

今回は、10時間の沢で、日帰りとしては大きく、ちょっとビビッて参加した。見積もりより多くかかるかもしれないと思い、翌日の予定を、下山時間次第としてもらう・・・実際、13時間かかり、懸念は的中なのだが、自分で歩いた感覚でも、なぜその3時間が余分にかかってしまうのか、ワカラナイ。

沢としては癒される癒し系で、もっと沢でゆったり過ごしたいが、時間が押してしまえば、急がざるを得ず、ちょっと残念。

沢単体で見ると、4時間程度の沢で、大きくはない。アプローチと下山も、2時間、1.5時間で、さほど大きいわけでもない。

この山行では、ビックリ仰天、入渓してすぐの滝で、ちょっとシビアなへつり。滝の髙巻なんだが、トラバースのクライミングで、なんとハーケンが登場した。

いや~これはしょっぱい!という訳で、せっかくトップを任せてもらったのに、核心部に入る前に自主的にトップはベテランに譲る・・・トラロープがあったので、一人だけ抜けるのは易しいが、その後、後続はどうするよ?ロープが、戻ってこなくては、登れない。

沢では怪我は絶対にできないので、絶対に落ちない登り方しかできない。落ちれないと言う意味では、クラックと同じだ。 

地図読みで源頭のツメを一つ間違う。

この日は、慢心せずにちゃんと頑張らないと!と反省。予習はもっとしなくてはいけない。

4) 越沢バットレス ・・・モチベーションアップ感

13時間の沢の翌日に、三つ峠より、ワンステップアップの結構本気モードの本チャン練習場。

ここをよどみなく登れる、というのが、本チャンへの登竜門なのだ。だから、何が何でも登りたいと思って行ったが、5級は出てこないハズなのに、やっぱり辛い。

左ルート、第二スラブ、滑り台左、右、と4本のマルチをこなし、最後は1本ショートで被った壁。

フォローの務め、”さっさと登る”を実践。実はアブミを持って行った方がいいかも?と想像していたが、なんとかそこまで自分を貶めずに、ぬんちゃくAゼロで済ませられた。本チャンはムーブ解決する場所ではない。

この日は運転も長いので、体力がどうかと思っていたが、用心したせいか、平気だった。

アルパインの岩のほうがやっぱり楽しい。多分、フリーは単純にまだ難しすぎる、と言うだけだと思う。恋沢バットレスでも、核心では、あくせくしている。

しかし、私は高度感で恐怖に陥ったり、落ちるという危険を感じてパニックになったりはしない。安全管理についても、いつもセルフを取っていて、あまり不安が起らない。精神的な圧迫は感じない。

でも落ちたらやばいよな~とはいつも思っているが、フリーのほうが始点の関係で、落ちても安全なはずなのに、不安が大きいのは、やっぱりクライミング力の不足であろう・・・

帰りは、カモシカ追いのおじさんに、「ガツガツ登ったね~」と褒められ、駅前の居酒屋?で一杯やって帰る。家を出たのが6時前、帰宅は23時とお腹いっぱい遊んだ日。

背伸びだけど届かない目標とも思えず、モチベーションアップな日。

■落ちれないクライミング

落ちれないクライミングと言う意味では、クラック、沢、本チャン、全部落ちれない。

安全管理でが難しいのは、やっぱり沢。クライミングシステムの選択や理解が、あやふやだったりすると、不安に駆られる。

安全管理は、沢>本チャン>クラック>フリー という気がする。

沢では立木、自然地形をプロテクションに使う。立木は安心だ。たまに枯れたやつを掴んでしまうが、それは自分が悪い。

本チャンでは、残置のハーケンがプロテクションだ。いくらダブルで登っていても、グランドしないだけで、凸凹した岩のどこかには落ちれば、絶対にぶつかってしまう。

一方精神的圧迫は、沢<本チャン 沢で落ちるのは嫌だが、落ちてもドボンするだけかなぁとも思える。それでも落ちないように登るが、本チャンとの見た目の差は激しい。

精神的圧迫の順では、沢<本チャン<クラック<フリー で、フリーは単純にえらい難しいだけなのだ。

今の時代はみな、難しいフリーを上手に登っていて、すごいなーと思うけれど、フリーの人が、沢や本チャンで登れないのは、なんとなく、分かる気がするようになった。

山ではロープは、雪山でのビーコン位な位置づけしかなく、本当に念のため、だ。セカンドならぶら下がることもあるかもだが、リードではない。

フリーだとリードもテンションがある世界。ロープへの信頼度がだいぶ違う。

でも、本当に信頼すべきは、自分の登攀力と、自分の設置したプロテクションだと思ったシルバーウィーク。

Wednesday, September 23, 2015

越沢バットレス

越沢バットレス全容
■ 会山行 → 本チャン練習

23日は、会のクラミングが入っていたのだけれど、連絡ミスでメンバーにカウントされていない・・・。

一方、願ってもいない越沢バットレスが提案され、投げ打つには惜しく・・・、それならば、と、前日長丁場の沢にも関わらず、出かけてしまった・・・。

沢というのは、かなり疲れるものなので、翌日はラクラクなゲレンデクライミング程度でいいかなという思惑は、まったく当てはまらない流れとなり、ガッツリ岩。

とはいえ、一緒に行ってくれた人が気を使ってくれ、集合は遅めの9時。山では絶対にない集合時間だが、ゲレンデでは、まぁ、ありうる。

■ 越沢バットレスの使い方

越沢と書いて、”こいざわ”と読む・・・。

ここは、実は、去年相方と北岳バットレス四尾根を目指していたとき、検討した。

1)小川山ゲレンデで、互いの限界的な登攀力を認識し、
2)三つ峠ゲレンデで、ロープワークの息を合わせる

という2方向からトレーニングしていたが、少々本チャンめいたルートをしなくてはならないと思っていた。

それで、無雪期の八ヶ岳の中山尾根に行った(敗退)のだが、パートナーを組む相手と初見のルートを経験して、

・問題点の洗い出しをする、
・組んだときの今のレベルでどこなら行けそうなのか、認識する、

ということが、失敗が許されない本番では、とても重要なので、そういうテストケースに最適な岩場が、越沢バットレスなのだった。

■ 三つ峠より難しい本チャンゲレンデ

実際、岩場のむずかしさは、三つ峠より難しい。三つ峠は私みたいな、あまり岩登りが上手でない人でも、一回連れて行ってもらえば、2度めからはリードできる。

しかし、越沢バットレスは、初見リードに近いのは、私のようにまだフリークライミングの力が、あやふや(2点支持をマスターしていない、5.10Aくらいの簡単な岩でムーブ解決が必要)な人には、リードはさせられない。

これで落ちれば、怪我しますね
被った個所や、スタンスが磨かれた場所があり、本チャン的な岩場は、たっておらず、寝ているので、その分、落ちれば、どこかに体をぶつけてしまい、決して落ちることが許されないからだ。

ロープを付けて登るのも、3ピッチとすれば、3ピッチ下まで落ちてしまわないため、であり、どこからでも落ちれば怪我が免れない。そこは、小川山などのゲレンデとは大きく違う。

これを確実なリードで行けるには、やはりフリーでのクライミング力の底上げが必要だと思った。

しかし、この岩場はとても本チャンに近く、かなり気に入ったと言うか、岩に追い返される感がなかった。瑞牆と比較して、という話だ。

岩場には凸凹が一杯で、フリーを愉しむ、スッキリしたラインとはちがう。

ただ凸凹しているから、取り付くしまなし感がないのだ。

■ 成果

今回は、左ルート、右スラブ、右の滑り台、左の滑り台と4本のマルチ。1本のショート。


易しい順では、

右スラブ >左ルート>右の滑り台>左の滑り台 
たくさん登るのが課題であって、お腹いっぱい登った感じだ。右スラブの露出感を怖いと感じるか、左ルートのクラックが難しいと感じるかで、難易度の感じ方は変わりそうだ。スラブのほうは、空中に出るので怖いのだが、小さいカチがいっぱいある。

今回は、「リードはなしだよ」とくぎを刺されていたので、セカンドとして、ちゃんと早く登るのを目標にした。Aゼロは核心部で出したが、ロープにはぶら下がりはしなかった。セカンドでも、タイトにしてもらうと安心して登れる。

■ 実力拮抗型パートナー&先輩後輩型

連休の最終日とあって、岩場には他に、横浜の森羅の男性二人のみ。

男性たちは、ちょうど私と同じようにアルパインを始めて2年ほどだそうで、スキルが同じくらいのようだった。男性の一人がリードしていて、かなり苦労中。

山を覚えるとき、パーティのタイプは二つ必要だ。先輩後輩型と実力拮抗型。先輩後輩型は、連れて行ってもらう形式になるが、それは、後進者に、自分がどこまでリードしても良いのか判断するための、判断の材料がないためだ。

実力拮抗型は、その判断の材料がないと言うことを分かって行くので、無理は決してできない。

そう言う意味では、この岩場は、連れ行ってもらう山だったが、10の力ではなくて、12くらいで、なんとかあくせくしたら登れそう、と感じさせられたから、気に入ったのかもしれない。

いつか自分も連れて行けそう、というか・・・。

この岩場は通いたいな~と思える岩場だった。

実際、関東方面の新人の岩トレに使われているようだ。

ただ、支点はハーケンで、ペツルとは違い、安心度は全く違う。

またダブルなので、よく考えて登らないといけない。だから、やはり、順序としては、

十二ヶ岳の岩場 > 小川山 >三つ峠 > 越沢バットレス >宿泊を伴う長めルート >本チャン

となると思う。

おとしもの?
■ ラッキング

今回は、ラッキングがやっとなんとか形になった。

 ・スリングとカラビナは別々にラッキングする
 ・スリング=たすき掛け ※クロスにしないことが大事
 ・カラビナ= 一枚に4枚の空ビナをかける
 ・ぬんちゃく= 1本に4本かける

これで、スムーズにギアの受け渡しができる。

スリングをひねって腰にラッキングするのは、あまり実践的でない。

■ その他
 
 ・ギアラック 
 ・ビレイグローブ  指だけを出す

■ 懸垂

 ・互いに安全度を、複数の目で、ダブルチェックする

越沢は、長い懸垂で終る。

ダブルを連結した、ピッチを切らない長い懸垂は、懸垂支点がよほどよくないと、ロープ回収がかなり重い。

沢では、ロープを出してもロープ自体の長さが長くないので、 比較的簡単に回収できるのだが、岩では抜けなくなったら登り返しが必要になってしまう・・・その時、長い空中懸垂だと、体力消耗や時間のロスがすごいことになってしまう。

こうしたトラブルは本チャンではできるだけ避けたい。そのために、練習があると言ってもいいかもしれない。

しかも、1本のフィックスを登りかえすわけではないので、結局、ユマールなど使えず、プルージック登攀以外選択肢がなく、登り返しは長くよりタイヘンになる。

結局ユマールがあっても、プルージックで宙吊りを登り返すスキルが必要という訳ですね。

■ おまけ

鳩ノ巣駅は、前に川乗山や海沢に来た時に通過した場所だった。奥多摩は3度目だ。丹沢は、なんだか若い女性やオシャレファッションな人が多く、都会的な雰囲気だが、丹沢は日本の田舎らしい雰囲気が残っている。

それで、駅前で釜飯を・・・と思っていたら、18時に駅前に着くとちょうど店を閉めるところだった。

それで駐車場わきの食堂?地元民の憩いの場に入ってリラックス。地元のおばちゃんやおじさんが集っていて、ちょっと会話に入れてもらい、楽しく過ごし、2時間ものんびりしてしまった。

楽しいクライミングデーで、本チャン力アップのために何をしなくてはならないか?の方向性も見えて、良かった。









Monday, September 21, 2015

出会い

■ 心に残る出会い

21日、小川山。モウアラさんとお知り合いになり、とっても、嬉しく思っています。

こちらのブログを書いていらっしゃる方です。ご夫婦でクライミン♪

とても真摯な姿勢で、クライミングをしておられ、ちょっと憧れる・・・というのも、私は、まだクライミング下手くそなので。

”まだ”と言っているところが、その”先”があるつもりなの~?!と言うか・・・(^^;)・・・ですが、あるつもりなんですねぇ~(笑)。

発展途上にいます。

■ 行くべき山行がある、という喜び

クライミングを含め、山、という活動は、わたしにとっては、ひとつの自己実現です。

人は、有償、無償を問わず、なにがしかの分野で、自己実現していく生き物。

それが、なんの因果か、たまたま山になっちゃったんですねぇ~(笑)

そう言う意味で、モウアラさんとは、連帯を感じました☆ 

入口は違えど、出口は一緒。

つまり、自己実現しているという事実は一緒です。

今、私は、その実現している内容、中身について、とても満足している、ということが言えると思います。

自分の願ったことが、山行という形になって実現しています。

行くべき山行がある、ということが、実現している、という直接の結果であり、証拠となっています。

そのおかげで、幸福感一杯!

そのことについては、天の采配に驚くばかり・・・同時に感謝もしています。

■ 山は自己満足です!

幸福の尺度には、個人には色々あって良いわけですが、

HAVE、DO、BE

という言葉で、精神的成熟度が計れます。

HAVEでは所有が、DOでは行為が、BEではあり方が、その人の幸福の尺度になります。

HAVEで幸福を計る場合、いくつ持っているか?何を持っているか?が幸福の尺度となってしまい、それは、精神的未熟さを示します。日本の高度経済成長期みたいなもの。

子供は、よその子がもっているものを欲しがりますよね?人は人、自分は自分、と思えないわけです。

山に例えると、皆が行っているから、行きたい。

DOというのは、行動が、その人の満足となるため、仕事であればワーカホリックです。どのような分野でも、このDOの連続がないと、いわゆる結果は出せません。

私はこのステージにあり、それは、甲府にいる間は、山さえ行ければ幸せ、と、自分の幸せの尺度を5年前に決めたせいです。願ったら、叶ってしまいました・・・。

山に行きたいのに、いけない人には申し訳ありません。でも、山に行けさえすれば後は無くてもいい、とまで、捨てきっていないと、思いは実現しないかもしれません。人生は選択の結果なので。

で、この5年間というもの、これまでフルタイムで仕事に傾けていたのと同じ情熱を、登山に向けて注いでいます。

その結果が、今現在の私の登山に結実しています。


Saturday, September 19, 2015

瑞牆入口岩 クラック

■ クラック

今回はクラックに連れて行ってもらいました。

クラックは、岩の弱点の典型なのですが、クラックの登り方は普通のフェイスと違っているので、ジムでは練習ができません。

しかし、カムでのプロテクションとなるため、カムの設置に慣れていない初心者の場合は、さらにプロテクションがプアだと墜ちれないため、プロテクションの問題で、練習もできない・・・という循環にあり、取り付くこと自体がとっても難しくなります。

ので、決して落ちないで安定して登れる人に連れて行ってもらうしかありません。

■ プロテクション

プロテクションというのは、中間支点のことです。ランナーと言ったり、ランニングと言ったりしますが、中間支点については、リードしないと、ちゃんと理解できるようにならないかもしれません。

中間支点こそが墜落から、身を守るもの。

その中間支点のことを、なぜか特にクラックではプロテクション、という言いかたをします。

ナチュラルプロテクション、といえば、カムやナッツのことです。

ナチュプロ、と略したりしますが、このナチュプロ、設置に技術が必要です。

で、すぐに抜けてしまうような、プロテクションを設置してもプロテクションではないので・・・しっかり設置できるという技術が大事です。

クライミングは、普通のフェイスや、沢でのリードもですが、プロテクション(中間支点)を設置しながら登るのと、ただ登るだけ(フォロー)では、だいぶ、感覚が違います。

フォローはラクラククライミングで、あんまり何も考えなくて良いです。

リードしていると、常に


  • 次のプロテクションはどこに取れそうか?
  • AとBのプロテクションでは、どちらが確実そうか?
  • ロープの屈曲は、きつすぎないか?
  • ロープはまだ十分な長さあるか?
  • ここで敗退するなら、どうするか?

などと言うことを常に考えます。つまり、クライミングだけに集中はできません。

逆に言うと、
  • プロテクションを設置するのも
  • どこにプロテクションを取るのかも
  • どうしたら安全になるのか?

などというクライミングの肝が、自分次第、ということが言えるかもしれません。

・・・ということは、ナチュプロって、もしかして、一番安全かもしれない・・・・???

・・・などと、今回思いました。登ってくれた人がすごく自分のクライミングに信頼を置いているのが分かったからです。信頼するのは自分。

私も、自己信頼感を高めるためのクライミング力を付けたいと思いました☆

■ 一番安全なのは・・・?

一般登山でも 岩のリードと同じで

  • いつまでに登り、いつまでに下山するか?
  • どこで休憩するのが安全か?
  • 体力的にバテていないか?
  • 時間切れだったら、エスケープルートはどこに取るか?

など、自分で考えないといけません。 クライミングも一般登山も同じなんですよね。

そう言う意味では、あるベテラン女性が言っていたのですが、自分で企画して行く山が一番安全です。

自分がとこまで無理をしても良いか?ということ・・・一般登山なら、何時間、歩けるか?地図はどこまで把握しているか?・・・などなど・・・は、他人より自分が最も良く知っているものだからです。

自分の力を越えて、無理をするタイプの人は、言葉を変えれば、達成意欲が強く、成長志向、とも言えますが、過信タイプとも言えます。

■ 成長と臆病の両立

大事なことは、成長し続けながら、過信しない、ことです。成長と臆病の両立です。

グランドするかもしれないときには、リスクは取れませんから、死なない保証があるところで、無理をする、というのが大事なことです。

その保証は自分で考えて得るもの・・というのが、登山の本当に面白いところかな、と思います。

今週は明日もまた、クラックなので、ナチュプロの設置を頑張って来たいと思います。


Friday, September 18, 2015

ジャンの奥様

今日も甲府は雨だ。今日は、クラックの予定だったが、雨で流れ残念。

色々と整理して文書化しておかなくてはならない知識があり、それに今日を使う予定だ。

まとめておくのは、登山知識だ。

なぜ自分の時間を使って、そうした知恵をまとめておくのか?

そういう知恵は、伝承で先輩から後輩に伝わるものだが、伝承が途切れているからだ。

略式にいうと、

 登山の伝統的な教え方                 防御 → 攻撃
 フレンチ式フリークライミング以後           攻撃のみ 防御力なし

昔は・・・というと、漠然とするが、防御力をあげてから、攻撃力をあげるのが登山界でのオーソドックスな教え方だ。

だから、登山学校では、クライミングより前に、ロープワークを教える。自己確保ができない人を山へは連れて行かない。プルージック登攀ができないのに、岩の登攀へは連れて行かない。

しかし、その伝統が断絶した結果・・・・おそらく、それは、ラッペルルートが台頭しはじめ、グランドアップでの登頂ではなく、登頂の無いクライミングが主流になってからだと思われるが・・・つまりフレンチ式のクライミング以降のようだが・・・ 

クライミング力さえあれば、落ちないのだから、防御力(技術)はいらない、

という考え方が主流になっている。

しかし、それは間違っている。クライミング力があれば落ちないのであれば、有名な登山家は誰も死んでいないだろう。

■ 危険に無防備に向かう人たち

ぼちぼちいこか という穂高岳山荘が出しているブログがある。西穂奥穂雑感と題する記事がある。

そこに二つの登山者の事例がある。


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とある日のお話、ヨーロッパのハイソなご夫婦が日本の「ビギナーズロッククライミングルート」であると聞きつけて西穂からの縦走に挑みました。

次々と現れる「困難」というより「危険」というべき難所に段々とイヤ気がしてきたらしいその若奥様を、旦那さんはなんとか宥めすかしながら、それでもようやくジャンダルムを越えてあと少しで奥穂という所までこぎつけたのです。

ところが最後の難所”馬ノ背”を前に彼女は「こんなアブナイ所を行けるワケないでショ! ワタシハモウイヤヨッ‼︎」と動けなく(動かなく?)なってしまったのです。

困り果てた旦那さんはとうとうレスキュー要請を出すに至ったのですが、通報を受けて僕たちが駆けつけてみると先のような事情であったので特に怪我をしているわけでもなく「まぁ、ほんならロープ確保しよか…」とルート工作することになりました。

そうこうする所へやはり西穂からの縦走のおじさんたちが4、5名ほどポツリポツリと馬ノ背に差し掛かってきます。

救助活動中であるので先に行っていただくことにして「どうぞ〜」と声をかけます。

すると「えぇ…」と答えるどの方も、その足取りは重くかなりお疲れの様子。

「コレ越えればもう難所はないですヨ。奥穂もすぐソコです!」という僕の言葉に頷きはするものの、何だかもうヘロヘロでみなさん通過して行かれます。

やがてロープセットも完了し、念のためショートロープで確保しながら彼女を促して馬ノ背へ取り付くと、なんと見事なバランスと身のこなしではありませんか。

そのことを後で彼女に尋ねると、ヨーロッパのドロミテなどでロッククライミングの経験はかなりあるとのこと。

でもそれは全てプロガイドとロープをつないでのクライミングであって、馬ノ背のような岩場をプロテクションもなしにひとりで歩くなんて考えられないということでした。

「うーん… そりゃあ、彼女の感覚の方がもっともなのかもしれんなぁ…  だいたいにおいて、麦わら帽子をザックにくくりつけたようなおっちゃんが、ヨタヨタと馬ノ背を歩いとることの方がオカシイよなぁ」などと思いつつ、その若奥様とロープをつないだまま小屋へと向かいました。

その道すがら、結局は馬ノ背で先行してもらった方々は全て追い抜いてしまい「こらぁレスキューせなあかん人を、オレは間違えとるんとちゃうやろか?」とつぶやく始末。

ーーーーーーーーーーーーー

困難というより、「危険」という場所に、危険への備えもなく、行くことにならないようにしたいものです。

大事な点は、危険が何か?を認知できるということ。

Wednesday, September 16, 2015

十二ヶ岳の岩場

 ■ 岩トレ

今日は、久しぶりの十二ヶ岳の岩場でした☆

十二ヶ岳の岩場は、ロープワークで有名なガイドの堤信男さんが整備された岩場です。

広沢寺など、初心者向けの岩場と同じ位置づけ。

マルチの易しい壁、ショートの壁、で成り立っています。

見えているのは、トップロープを張るためのフィックスロープ。

ここが一番易しい。私はこれ、TRはアプローチシューズで以前登りました。これで三級+くらいかなぁ。

上の方がランナウトしていて、支点がないので、フィックスロープが張られています。

このフィックスにプルージックで中間支点を作り、リードします。

今日は案内役だったため、リード。


 この岩場は、堤さんの整備のため、実は貼られているフィックスのロープワークも参考になります。

今日はギリギリ高曇りで、車に着いたら雨が降り出した。

何本したっけなぁ・・

アブミの使い方をしっかりと教わりました。

私は、下手くそなクライマーなので、自分で自分のピンチを救う技を教わる必要があります。

今の時代の人は、フリーが先になり、ピンチを切り抜ける技である、アブミやフィフィの使い方、エイドなどは後回しになります。

”落ちなければ安全”という発想は、”じゃ落ちないんだから、ロープなんかいらない”という発想につながってアブナイような気がします。

私は、

1)まずは登れないところが出てきたとき、エイドでも、なんでもいいから、切り抜けることができるようになること

2)クライミング力UP  の順番で・・・。昔風の古風な学び方です。

 固定はエイトノット

他の結びもあった
 これってなんていう結びかなぁ?
クローブヒッチでの固定















今日はベテランに色々と教わりました。最大の重要ポイントは、

・支点に負担を掛けないこと

つまり、アルパインでは怪しげな支点でも使わないといけないからです。

・支点に負担を掛けない懸垂下降
・2本別々にまとめて投げるロープダウン
・ダブルオーバーハンドで、末端は別々にすっぽ抜け処理
・1点が抜けたとき、墜落距離が大きくならない流動分散
・細いダイニーマでの、リングボルトでの支点の取り方
・アルパインヌンチャクの受け渡し法
・落とさない支点回収

など教わりました。ありがとうございました☆ 同行者の記録

実は、岩は怖くて苦手なんですが(山の岩場では怖くないのは、なぜだろう?、)たまには岩も行かないと!クライミング力は自分を守る力です。

懸垂下降について

■引き出しを多く持つ

懸垂下降には、様々なスタイルがあります。その場その場の状況に応じた懸垂のセットを使えることが大事です。

■ スタンダード技術

1)自己確保
2)ロープセット
3)すっぽ抜け防止
4)ロープダウン

5)懸垂下降のセット 
  ・下降器セット(エイト環、確保器)

6)下降
7)コール
8)ロープ回収

■ デラックスバージョン

デラックスバージョンは、余計に用心したい時用 です。

・様子の良く分からない空中懸垂
・初心者で制動手を離してしまいそうな人
・末端が届いているか分からないシビアな懸垂
・懸垂下降中に、ロープジャムを取る、写真を撮る、など両手を離す必要がある場合

などシビアなケースに用います。

5)懸垂下降のセット 
  ・下降器セット

のところに、

  プラス バックアップのセット

を行います。山岳総合センターでは、このセットで初心者には覚えさせます。

■ 簡易バージョン 

簡易バージョンは各種あります。

その1 カラビナ懸垂

カラビナにムンター(半マスト)を付けて懸垂します。半マストでの懸垂をカラビナ懸垂と言います。
半マストでの懸垂はキンクしやすいため、指でロープを割り、末端は別々にすっぽ抜け処理します。

その2 肩がらみ

 ・ハーネスがなく
 ・緩い傾斜

である時に限って、肩がらみ懸垂、腕がらみ懸垂も可能です。しかし、洋服が傷む、という欠点もあります。

フリクションを増やすには、太ももにロープを巻きつけます。

■ 下降器の選択

下降器は、

・ビレイデバイス
・エイト環
・カラビナ
・使わない

という選択があります。 すべて練習してセットを覚えておく必要があります。というのは、落とすことがあるからです。

■ すっぽ抜け防止

すっぽ抜け防止には

 ・まとめて結束  → 安全性が高い
 ・バラバラに結束 → キンクに強い

とありますが、大事なことは、

 バルキーなこと

です。

結んでも、確保器を通り抜けられる、エイトカンを通り抜けてしまう、小さいサイズの結束では意味がありません。

エイトノット、
ダブルのオーバーハンド

などを使います。

■ ロープダウン

ロープダウンは、スタンダード技術では、2本をまとめて、振り分けでまとめ投げます。これだと一人でしか、ロープ振り分け作業ができず、時間がかかります。

投げ方各種

1)2本まとめて投げる (重い)
2)半分だけ投げる (早い)
3)投げずに繰り出す (引っかかりにくい)
4)片方ずつまとめて投げる (二人が同時に作業できる)

■ 支点に負担を掛けない

支点に負担を掛けないためには、ゆっくりと同じペースで降ります。

スーッと降りてしまうと、確保器が熱くなり、ロープへの熱が気になります。

またバックアップが付いていると、支点に衝撃がかかり安くなります。支点がしっかりしている時以外は、できるだけ同じペースでじわりと降ります。

■ 作業効率をアップする

2本を別々にまとめると、二人で振り分け作業ができ、時短につながります。

■ ロープとロープの結束

2本のロープを使って懸垂下降するときは、ロープ連結が必要です。大事なことは

・絶対に解けない
・岩角にあたったとき、結束が上を向く

です。ロープ径が異なる時は、本結びしてから、ダブルフィッシャーマンで末端処理します。

・ダブルオーバーハンドノット
・丸めたエイトノット
・ダブルフィッシャーマン
・対面エイト
・本結び

などのノットを使い分けます。

■ その他

赤引きか青引きか、分からなくなりますから、引くほうに、セルフのカラビナを掛けておくことにすると、忘れても大丈夫です。

セットで大事なことは、必ずセットを確認してから、セルフを外すということです。
バックアップ付きの懸垂

Sunday, September 13, 2015

明神主稜

■ ご縁

明神岳主稜から帰ってきました!

明神は、登山を始めてすぐに行った上高地の散策で、現地の自然ガイドに「明神は登山道がなく、明神に行く人がいればすごい人」と教わった場所でした。

その当時・・・2010年の11月ごろ・・・は、わたしと夫は上高地を散策する、観光客でした。登山の世界は知らず、行ったことがある自然景観の似ている場所として、ヨセミテと上高地を重ねていました。

昔の人は今のように上高地に入るのに沢渡があったわけではなく、新島々から徳本峠で入ったのだそうですが、明神岳が、穂高岳連峰への登路だったのだそうです。それを教わったのも、その時です。それ以来、わたしには、明神は登るべき山となっていました。

考えてみれば、その時の自然ガイドさんが言った”すごい人”の”すごい”は、”あなたたちにとっては雲の上のことですよ”という意味でした。

5年前、”雲の上”として示された山が、雲の上ではなく、現実に手の届く場所になってうれしいです。

■ 行くことになった経緯




ここに行くことになったのは、先日三つ峠の練習会にお誘いした方が、単独行で計画されていたからです。お誘いいただいた山行に、急遽、便乗した格好です。

去年、前穂北尾根に行った時に、私にも歩けそうなルートとして、明神岳東稜はインプットしてありました。それで今年の夏は、明神岳東稜か北穂東稜へ行きたいと思っていたのです。でも相変わらずのパートナー貧乏・・・。いっしょに行ける信頼がおけるパートナーがいない。

今回は、にわかごしらえのパーティでしたが、互いのスキルマッチングは、数日前の三つ峠練習会とフリーの練習会で確認済みですし、単独行で行く計画への便乗ですから、そう難しいわけがない、という訳です。同行者とは、ちゃんとした山を一緒に歩く、最初の山と言うことになりました。

一発目からテント泊で穂高というのは大きすぎるかな、とも思いましたが、クライミングをしてみて、過信のない慎重な性格が分かったので、大丈夫だと考えました。スキルも大体同じくらい。体力はもちろん男性なので、向こうが勝ちそうでしたが・・・。

明神岳主稜は、明神岳東稜と比較しても、一人で歩く人もいるくらいですから、バリエーションルートとしては、バリエーション0.5というくらいな位置づけで、その意味でいうと、決して”すごい”わけではありません。

計画は、前夜泊テント泊一泊二日で、明神ー前穂ー奥穂ージャンダルムー天狗のコルー岳沢 でした。

■ 短縮コースに

ただ二日目が朝から雨の予報でした。つまり今日です。

そこで、雨を避ける案

・準回り 上高地 - 明神 - 前穂 - 岳沢小屋 - 上高地 (岳沢泊)
・逆回り 上高地 -岳沢小屋 -前穂 - 明神 - 上高地 (5峰台地泊)

を考え、逆回りで登ってきました。逆回りだと、2峰の登りが核心になります。準回りだと、2峰は懸垂下降になります。単独なら、懸垂下降だけで済ませられる準回りのみ可能。

前穂まではアルバイト、前穂を過ぎて明神5峰台地の泊り場までが楽しい行程、今日の南西尾根の下りは、尾根分岐での道迷いをしないことがプチ核心のアルバイトでした。

■ タイム

前夜は、夜10時に仕事を済ませ、12時、同行者との待ち合わせ、深夜2時ごろ沢渡着。すぐ睡眠。

4時ごろ起き出し、5時ごろ乗合タクシーに乗って、上高地INが5時半ごろと、計画より1時間前倒しで、河童橋6時スタートです。

岳沢小屋には8時前に到着、20分ほど休憩して、紀美子平10:00、前穂到着が10:40、前穂出発11:00です。

奥明神のコル12:00、明神13:30、2峰クライミング終了14:00、5峰台地15:30、という行程でした。5時半出発なので、10時間行動です。

本日は、6時5峰台地出発、南西尾根終了点8時、河童橋8:30と 2時間半で下って帰ってきました。トータル12時間半の山です。

急いで登って良いお天気を捕まえ、悪天候に稜線で捕まることなく帰ってきた、と言う感じです。ゆとりを残して帰ってきました。雨で二日目が短くなったので。

今日明日は両日とも槍穂方面は、雨の予報になっていましたが、今日上高地Inする車が多かったです。

■ 明神岳

明神岳を後にするか、前にするかですが、明神から登ると、2峰の懸垂下降があるだけなので、ロープは50mは要らなさそうです。30mで十分に見えました。

今回、ビレイヤーがいたので、せっかくなのでクラミングを・・・ということで、逆回りにし、2峰のクライミングを愉しむことにしましたが、2Pで、1Pの出だしのスラブがちょっとルートファインディングに苦しむ以外は、易しく、2P目はリード担当しました。易しく快適なクライミングでした。

明神岳はバリエーションルートなので、

 ・落石を起こさないで歩ける、
 ・ルートファインディングができる、

ということが大事なことになります。

泊り場は、主峰直下の泊り場と言う場所はあまり広くなく、むしろ主峰稜線上や、3峰の上に1テント程度の場所がありました。やはり選択肢があって泊まりやすいのは5峰台地かと思いました。

前穂~主峰 特に難しいことはない
2峰 登りがクラミング 2P 30mで足りそう。支点にたくさん古い残置がある。
3峰 容易 岳沢側に道がついている 落石注意
4峰 容易 岳沢側に道がついている 落石注意
5峰下り ルートファインディングしづらい

全体にクライミングスキルよりも、慎重なルートファインディング力が必要そうです。「行けるから、いいや、いいや」と適当に直進してしまわず、丁寧に踏み跡を拾えば、迷わず歩けます。

バリエーションとはいえ、きちんと道を見れば、かならず踏まれた場所が分かります。そういう丁寧な観察眼がないと、ちょっと危ないかもしれません。

今回、2年ぶりに重太郎新道を歩きましたが、かなり整備が行き届いているにもかかわらず、転倒している人や落石を起こしている人がいて、穂高では人為落石がリスクというのは、あながち間違いではないと思いました。

それは稜線だけではなく、樹林帯も同じで、5峰からの下り、南西尾根も同じで、樹林帯とはいえ、スパッと切れたナイフリッジで落ちたら終わり、のところを通ります。トラロープが張られた箇所です。そこのクライムダウンは、もしフィックスが無かったら、懸垂下降になる、というところです。

また南西尾根は登りなら迷うことはないですが、下りだと尾根の分岐があり、間違った方角に進む可能性もあります。途中、尾根が広く、どうとでも歩ける所があるので、道なき道を歩くという地図読みの山をしている経験が必要です。

雨の南西尾根は岩が滑りやすく、慎重さを通常の倍にしておりました。

今回は、どこにもあぶなかしいところがなく、理想な山行が行えました。

■ 補給

テント泊も不必要なギアなどをなく、滞りなく補給&休息が行えました。

心配した水の補給も2.5リットル担いで上がり、南西尾根の下りは、雨であまり暑くなかったので、500㎜リットルのペットボトル1本分を丸々飲まずに休憩なしで下れました。

補給は心配していましたが、ゆとりを残して下山しました。

前夜朝 サンドイッチ&コーヒー 
行動食 チョコパン、おにぎり、塩大福、黒さとう、カロリーメイト
夕食 フライビーンズ、牛タン、丸たい棒ラーメン、白ご飯、ナッツ、韓国のり、カップ酒
朝食 味噌汁と白ご飯、コーヒー

でしたが、カロリーメイト、塩大福、は丸々残して下り、フライビーンズや黒砂糖も余りました。

岳沢でアイス400円、上高地でソフトクリーム370円。

■分担

今回は、分担はテント担当でした。同行者がロープとカム一式を担当。食事はそれぞれがコッヘルを含め、自分の分を用意しました。私は念のため、二人分となるように大目に持って行ったので、カレー1パック、棒ラーメン1食分、アルファ枚1食分はそのまま担ぎ下ろしました。

私は軽量化でシュラフなしのダウン上下&シュラフカバーで睡眠。水は2リットル+ペットボトル1本。もともとが軽いので10kgほどでしょうか。同行者はカムを一式に普通にシュラフだったので、ロープもあり15kg弱くらいあったのではないでしょうか。

運転は半分ずつ。、交通費 高速代 1880円、2550円、走行距離270km リッター/10kgで、ガソリン代は3600円ほど、駐車料金二日分1200円。 4600円ほどでした。バス代もかかります。

帰りの温泉は700円でした。私は温泉卵80円と牛乳150円を飲みました。交通費と比べると、山小屋でのアイス400円、上高地のアイス370円、トイレ&水代200円程度です。

総額、4600円+1250円+900円+200円+400円+370円+700円+230円 =8650円。

■ 初本チャンリード

今年はぜひと思っていた初の本チャンリードが、明神2峰の2P目でできました☆

正直、1P目はスラブの箇所が怖く、リードする気持ちにはなれず、同行者にやってもらいました。

実際、同行者の設置したカムは遠く、私はラクラク手が届くとはいかず、ちょっと苦労して回収しました。1P目は左からもっと易しく登れそうでしたが、そうするとビレイの安全確保の方がイマイチな位置関係になる感じ。直上が一番安全だからです。1P目の基部には壊れた残置カムがあり、バチ効きで、ビレイヤーのセルフとして活用。1P目は、背の高い人向きです。

結局、2P目は見て行けると判断できたので、リードしましたが、同行者によると2P目が核心ということでしたが、本当に2P目が核心なのだろうか・・・?とても易しかったです。アンカーをピナクルにしたのですが、ピナクルには残置スリングが、かなりたくさんありました。

岩角に掛ける支点の作り方を度忘れし、ブーリンでやる方法を忘れてできなかった(三つ峠で初めての時に師匠に教わった)ので、エイトノットで切り抜けましたが、とっさのとき、すぐ出るように復習が必要です。

とはいえ、今回は技術的に、どこにも危なげないところがなく、12の力で10の山に登れた気がします。体力や技術にゆとりを残したナイスクライミングな山でした。

山のストーリー構成としては、峠沢~破風山避難小屋~ナメラ沢を大きくしたようなもので、アルバイト~縦走~地図読み的下山と山のストーリー構成が似ていました。つまり、私の好きなタイプ、ということかなぁと思います。

苦節2年、上高地Inの山は6回目で、やっと、思ったような山ができるようになってきたようで、うれしいです。

≪TIPS≫
・さわんど駐車場は第三駐車場がバスターミナル直結
・梓湖畔の湯 700円
・核心は2峰 前穂ー明神の順だとクライミングがある。逆だと懸垂下降のみ。
・南西尾根も落ちたら死ぬナイフリッジあり(トラロープが張ってある)
・前穂までも虫除けネット必要

・山と渓谷 2004年7月号に記載あり。
 記載の参考コースタイム
  上高地~7番 1時間
  南西尾根~5峰台地まで 4時間(登り)
  5峰台地~4峰 2時間
  4峰~明神主峰 2時間半 (5峰台地~主峰 4時間半)
  主峰~前穂 2時間半


・今回のコースタイム
  上高地~岳沢小屋~前穂 4時間40分
  前穂~奥明神沢のコル~主峰 2時間半
  明神主峰~2峰 30分 (含むクライミング)
  2峰~5峰台地 1時間半 (主峰~5峰台地 2時間)
  5峰台地~南西尾根 2時間 (下り)
  7番~上高地 30分

・南西尾根の下りですごく虫が多いエリアがあった


Friday, September 11, 2015

色々な人と色々な山へ行く

■ NoのNo

私の記録には、

”スタートした頃は、こうだったけれど、今は〇〇山に登れる自分になった”

ということを主たる喜びとしている記録があります。それは改めて、どういう事か?と振り返ってみると、どれだけ日本社会が、

・人を見た目(先入観、常識…その他色々)で判断する社会か
・他の人の可能性を否定する社会であるか
・押し付け社会であるか
・提供側の理論優先の社会か

ということを表しているわけですね。昨日、上州屋に行って思い出しました(笑)。

ま、そのような”世間”は、無視しておけばよいです。というのも、違う”世間”もありますから。

余談ですが、世間と言うものは、ここ60年ほど、商業主義に傾いており、何もかも世間の言うとおりにしたら、ラットレースが待っているかもしれません。働いても働いても、働いた分のお金が出ていく構造になっており、何も得るものがないのが現代社会かもしれない…と思います。

例えば登山でも、世間の言うとおりにしたら?ガイドツアーで、山に行くたび何万円もかかります。

世間は”あなたのためだから”と言いますが、それって”一儲けしたいだけ”なんじゃないの~?

■ 強要に流されないのは大変

それは、さておき、ですが、日本人の場合、あまり反骨精神がないし、疑うということは良くないこととされ、素直や従順をよしとするため、「あなたにはできませんよ」と言われたら、10人中9人は、引き下がるのでは?と思います。

友人のデイビッドが最近、上腕二頭筋を断裂したのですが、”弱者の味方”であると一般には世間に認知されているハズの医者でさえ、「自然放置で治癒する」と誤診しただけでなく、その誤診を彼に強要するようでした。

友人は、体格は180cm巨漢で、ちょっと人に舐められるというタイプには見えない人です。そんなアメリカ人でさえ、お前の方が間違っている!と、圧力を掛けられるのですから、普通の日本人なら、10人中9人は、そうですか…と引き下がると思います。

そうすると、どうなるかと言うと、彼の場合だと、誤診で、腕力の40%で生涯をすごすことになる…。

大なり小なり同じようなことになっている日本人は多いのではないか?という気がします。

もし、私が登山の最初の頃に

 ”世間の言うことをきく良い子”

だったら、今頃、クライミングも沢もしていないで、小屋に泊まってガイド登山している、と思います。

■ 足るを知る

ただし、目標達成という充足感には、限界があります。どんなことにも成長の限界はあるものです。

大事なことは、足るを知ること。

ここからは自分の世界ではないな、という、引き際、ということが良く見えていないと、行き過ぎた目標達成は、挫折だけでなく、登山の場合は、死をももたらします。

つまり、いい気にならないってことですね。

■ 全体像を把握する必要

自分の落としどころを正確に知るには、広い視野が必要です。

例えば、今の登山の世界で、最先端を走っているのは、5.12クラスのマルチピッチをつなげたような登攀です。いわゆる”高難度アルパイン”と言う世界です。

今の時代のアルパインクライマーとして成功していている人たちは、この分野に所属しています。

で、念のため言っておきますと、そこは私の世界ではありませんので…(^^;)。

高難度アルパインは、今山岳部で山を始めたような若い男性が目指すべき到達点です。

たぶん、一般登山をする人からは、北岳バットレス四尾根に登るのと、高難度アルパインの違いは見えないでしょうし、同じようなものと感じられるかもしれませんが、それはまだ知見が広がっていないためです。

で、話を基に戻しますと、普通に趣味で登山をする人は、三級が主体のクラシックルートなどは、行って良いと思いますが、例えば、6級の奥鐘山など、行かなくていいですから!冬の黒部も趣味の登山家の領域ではないです。

■ NoのNoではなく、Yesを

否定の否定は、Yesか?というと違います。例えば、「ビールはキライですか?」と聞かれれば、多くの人は、「きらいではありません」と答えるでしょう。しかし、「ビールを好きですか?」と訪ねられれば、「好きではありません」と答えるかもしれません。

好きということと、好きでも嫌いでもない…ということはあるからです。

大事なのは、好き!を見つけることです。 Noから始まると、見つけにくくなります。

■ 肯定を見つける

では、本物の好きはどこにヒントがあるのでしょう?

それは過去にヒントがあります。何かを羨ましいと思ったことは、たぶんやるべきということです。

で、私は海外出張に出ている時に、バックパッカーがちょっと羨ましかったんです。その同じ出張で、波止場にある長いクライミングウォールに、誘われて、びっくりして断ったことがありました。

それらはニュージーランドのウェリントンでの出来事でしたが、もとの羨ましさの種は、学生の時、住んでいたサンフランシスコにあります。

また沢の原点は、生まれ故郷の菊池渓谷で子供の頃遊んだ記憶にあります。

今、私の山は、否定の否定はとっくに終了し、目標達成はお腹いっぱい。

さて、何をしましょうか、という地点にいます。

ですから、今からやっと本番の山という気分です(笑)

もう、ノルマは済ませたので、あとは好きにやるわよ~というわけです。

■ 嫉妬という問題

自分の実力を不安に思っている人には、私のような娘っこが世間から本格的といわれている登山をしていることは、自分の実力への脅威に映っている、ということは理解できます。

・・・が、それは本人が本物の山男でないという問題であって私の問題ではないかもしれません。

本物の山男からすると、私がやっていることは、ひよっこレベルなので、本物の方には、まったく何の脅威にもなっていません。

何しろ、もっと上があるし、上の実績を持つ女性登山家はいっぱいいるからです。そうした期待に応えることは、わたしにはできないような気がしますし、別の人にやってもらいたいなと思っています。

という訳で、私は私らしい登山を見つける、という段階に来ました。もう世間に自分が何者かを証明するために山に登る必要はないのです。

■ 色々な人と登る

・・・という段階なので、私は色々な山のスタイルを知りたい、と思っています。

山は十人十色。どんな人からも何かしら教わることがあります。

それで、今は、色々な人と山に登るのが楽しい、わけです。

やはりアルパインスタイルの考え方で登っている人たちとは、基本的に趣向が合うようです。

実は、生活を共にしていて性格も把握しているはずの夫と歩くより、アルパインを分かっている人と歩くほうがストレスがないです。

つまり、

 軽く、スピーディに登る

ということです。軽さはスピードに、スピードは安全につながるからです。

だからと言って、トレランは、安全に必要なギアまで割愛しているので、どうなのかなぁ~と思いますが、トレランも少しくらいはやってみてからモノを言わねば、と思っています。

大体やったこともないのに悪口を言うのはズルです(笑)。

それは”山やじゃない”と日本の山ヤから否定されているバックパッキング(=ロングトレイル)も、かもしれません。

■ 山と向き合う

山と向き合うと言うのはどういうことか?

というと、やはり、自分の力を過信しない、ということだと思います。

バリエーションルートに行くには、リーダーが必要ですが、リーダーにお任せの山行ばかりの人は、なんという山域の、どういう性格のルートに行っているのか?それさえ理解してないで、ルート名の凄さだけを吹聴します。

でも良く聞いてみると、自分で計画していないし、自分で担いでいない。何処へ行くかも、何時までに登頂して、何時までに降りるかも、ルートファインディングも、リーダー任せ。頭脳ではなく、手と足なのです。

それでは、雪の奥穂に登ったとしても、一人では高尾山にも行けないのでは、その人の実力は高尾山未満、ということです。

地図読みができない人は、本当は一般道レベルのスキルです。ロープの出し方を知らない人もです。自分の前にロープが降りてきて当然ということに慣れてしまうと、自分の力を必ず過信します。それには気を付けないといけません。

地図を自分が持って行かなくても、他の人がもっているだろう…と持って行かないのは甘えです。人間は弱く、間違いを犯す生き物ですから、用意した地図を玄関に置き忘れ、それを他の人が地図を持っていたおかげで助かった、ということは助け合いです。

しかし、最初から当てにしているのは、助け合いではなくて、依存です。

私は最初は単独行で山を始めました。ですから、また単独に帰ることがあるかもしれません。

実は、ソロイストの使い方を知りたいな~と思ったりもしているので、そのきらいはすでにありますが、今のスキルで岩や沢の単独はない、と自分を戒めています。

そういう検討がなく、自分の力を誇示するために単独で沢に入るのは、とても危険です。

それで、かぎりなく単独に近い感覚で一緒に遊べる仲間ができたらいいなぁ~と思いますが、それは高望みであるいうことは、分かっているつもりです。それはクライマー誰しもの願いですね。

■ 良くないと知りながら・・・

実はよくないと知りながら、甘えていることもあります。

例えば、ある友人はまだロープワークできません。けれど沢に連れて行ってしまいました・・・。地図読みもたぶんできないだろうとは分かっていますが。

例えば、峠沢に行った人は、アコンカグアに登った実績があるけれども、地図は読めません。危険の認知もできないので、本当を言うと、その人には、まだその山に登る資格はありません。

ホントは良くないことだとは思っているのですが、連れて行ってしまいました。それは、私自身が、まだ技術が未熟な段階でも、そうした本格的な山に、ガイド登山や師匠に連れられて行った山で、開眼した経験があるからです。

そうした経験で何かを掴んでくれないとも限りません。

私なりの縦のギブアンドテイクなのです。

山って、どんな山に連れて行ってくれるか?で、その山ヤの想いが、伝わるものです。

■ 連れて行くも相手次第ギブアンドテイクにならない

いわゆる”連れて行く山”もやってみました。厳冬期の金峰山は、その山に登る資格がない人と分かっていましたが、会への貢献を意識していたため、全面的にガイド状態で”連れて行く”ことになるのは分かっていました。がやってみました。

何事もやってみないと分からないからです。

その後その方は単独も試してみるようになり、好感をもちました。でも、意図はまだよく分かりません。単純に反発の可能性もあります。というのは、行っているのは、地図なんていらない一般道の山だからです。地図読みが自分の弱点とは思いたくない、ということかもしれません。

”連れて行く”という山行は、すべて悪いわけではありませんが、相手の理解度による、ということは言えます。

なので、それ以降は、理解度を見て、あまり当人の実力とかけ離れた山へ、ということはやらないようにしています。

例えば、伸ばしてやりたいと言う思いから、大きすぎる山に連れて行くのは、本人には良くないことかもしれません。その時その時に適した山をしない場合は、どうしても過信が生まれ、それが本来のやるべきことをやらない姿勢につながるのかもしれません。

■ 垂直志向と水平志向

山のサイズを大きくしていくには、水平と垂直が必要です。

水平は距離を伸ばすこと、つまり歩きです。私は、今のところ無雪期4泊5日、積雪期2泊3日泊ままりなので、伸ばしていくべきですね。

垂直はクライミング力をあげることです。

どちらも少しずつ大きくしていくことで、山が大きくなります。

ただ、一般に日本国内の山では、登攀と言う面でいうと、5級以上の登攀は必要ではありません。つまり、5級が登れたら、日本のクラシックルートは、どこでも登れてしまうと言うことです。

ということは、私はすでに5.10aが登れるので、登攀力は、趣味で行くアルパインを考える限り十分、ということになります。

体力は、厳冬期の甲斐駒が普通に夏道コースタイムで登れるわけですから、趣味で山に行く限り、これも十分。

登攀力UPのためにクライミングジムにあしげしく通う必要があるかと言うと、たぶん違うな~とは思います。それでもやっておけば、山が広がることは確かです。

では、長期の縦走をしておくべきかというと、まぁ時間があればやったらいいということです。何かを犠牲にしてまでやらなくていいかもしれません。

それは私が求めているものが

記録の更新

とかではなく、単純に趣味としての冒険、だからです。

というわけで、後は、色々な山を知って、山そのものに対する知見を深めていく、という段階にあります。

今から、自分の山を見つけ、形作っていく、ということです。