Wednesday, July 8, 2015

入会希望者と

■入会希望者と山登り

今日は入会希望の人と、山登り。御坂山岳会に入会希望者が来ることは少ない。

御坂山岳会では入会希望者を募っているが、HPのアクセス頻度が極端に低いため、まったく人の目に触れていない。

ので、入会者は年に1人二人いるのだが、基本的には口伝えの人脈に因る。

HPのアクセス頻度が高まればいいのか?というと、それはそれで悩ましく、現在のところ指導者層の厚みの問題もあり、たくさん来ても、指導ができるかどうか?という問題もあって、積極的拡大路線を取っていない。のは、まぁ良いことのような気がする。

・・・というのも、友人が立ち上げた会は、数名で立ち上げ、20人を超えたそうなのだが、大きくなると、4~5名のグループが常時4つ、5つ動いているような形になり、バラバラの4つの団体が寄り集まっているという状態で、一つの山岳会を名乗るのも意味が見いだせなくなってくるのだそうだ。

「大きくしすぎないほうがいい」と言っていた・・・。たしかになぁ・・・。たくさん来ても面倒が見きれない。

基本的には、御坂山岳会は良い会だ。ただ指導者不足という絶対的な事実は否めないので、

・山についての指導はよそで受けてくるか、
・山岳会に属してから、よそで受けるか、
・主体的になり、自ら学ぶか、

どれかの必要がある。

■ 振り返ると分かる長い道のり

今日来てくれた人は、平日の休みに、単独で日帰りの近所の山に行っていたりするのだそうだった。

単独、日帰り、低山、平日、とくれば、近、短、安を旨とする、私の山と近くないでもないと思うのだが、やっぱり近いようで、全然近くない・・・。

振り返ると分かる、成長の長い道のり。

登山を始めて5年、本格的登山へ移行して2年。まだまだ、ひよっこだが、その地位を得るのさえも、非常に莫大な思考と適切に配備された経験と、数々の講習会費用が必要だった。

おおよそ講習会やギア代は100万円を下らない程度かかっている。

しかも、私はヨガを夜に教えている以外は専業主婦なので、持てる時間資産をほぼ登山に全投入している、という具合。

しかも、最近は、中毒にかかっているんじゃないか?何か怪しい脳内物質が分泌されているのではないか?と不安になる傾倒度・・・頻度も頻繁だ。休みは全部山に行っていて、去年の山行数は60山行。 200座はすでに突破した。

やっぱまずいんじゃないんですかね?と自分でも思わないでもないのだが・・・ まぁ暇だしなぁ。

今私が分かっていることを、全く白紙の人に分かってもらおうと思うと、それはかなり大変だ。

今日来てくれた彼は、地図は市が無料で配っているような概念図だった。ぜんぜんダメ。

だが、それで用が済んでしまう昨今の山。だから当然、今まで登っていても問題ないだろうし、今から先もそれをしても問題は起らないだろう。

だよなぁ。

レインウェアは2度しか着たことがないと言う。

だよなぁ・・・。

私も登山を始めた頃は、晴れの日しか山に行かないことにしていたので、レインウェアは長いことお守り状態だった。

沢ではレインウェアは比較的良く着る。それにすぐ痛む。

大菩薩は一周しても3時間なので、時間が余り、今日はクライミングも紹介しても良いとは思ったが、まだ入会希望の段階だし、会を知ってもらってからの方が良いだろうと思い、辞めておいた。

手ごろに見えた大岩があったので、ボルダ―という言葉を紹介した。ジムのホールドを登るのが、ボルダリングじゃなくて、河原にあるボルダ―を登るのがボルダリングと言う話。

彼はジムのホールドを登るのがボルダリングだと思っていた。やっぱりなぁ。知ってるわけないよなぁ。

でも、一般登山者の世界では知ることがないのは当然の帰結だ。

一方で”登山”と言った時、整備された登山道を登るだけが登山だと思ってもらったら困る、と言うのも事実。

一般登山者はまるで本当の登山から目隠しされているような立場だ。

その目隠しを取りたいと思うか思わないか?が、本格的がつく登山へ移行してくるか来ないかの違いかもしれない。

・・・が、そのコストは高く、メリットは小さい。

本格的登山を知ってしまうと、一般道を歩く登山が色あせて見える。ある意味、楽しさがそがれる。
レインジャーに参加して、費用をもらわないと北岳なんて登る気になれないくらいだ。

さらに言ってしまえば、本格的登山を知ったところで、一般道を歩く登山と大して変わらぬ帰結になってしまうのも事実。

それだけ安全管理がネックで、山自体を登る体力や知力、技術があっても、正しく安全管理するには、経験が必要で、難しいと言うことだ。

私の最も難しい雪山は、アルパイン初心者の頃に師匠に連れて行ってもらった甲斐駒から向上していない。したがって自分で行ける山は雪の赤岳止まりだ。ああ、ジョウゴ沢があったか。あまり、大きくない山だけれど。

・・・結局、なかなか自分で行ける山の最大値は、向上しない。 初心者ルートが渋滞するのはそのためだ。

結局雪の赤岳止まりか、と言うことになる。自分で行ける山が雪の赤岳から向上しないことは、多くの人にとって失望になるだろう。

多大な努力と、その努力をもってしても届かないと言う失望・・・

そして、色あせる一般登山。”本格的登山”のコストは高く、メリットは少ない。一方一般登山のコストは安く、メリットは大きい。

それなら、長い間一般登山を愉しんだほうが楽しいのではないかという気がしないでもない。

クライミングや沢をするようになると、やはり一般登山は、トレーニング程度の山の地位に貶められてしまう。山小屋には長らく止まっていない。泊まりたいとももはや思えない。

山に甲乙つけようというのではなく、山との対話が少なすぎるように感じてしまうのだ。


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