Sunday, May 31, 2015

小川山クラック

■ 5連チャン

今週は、なんと5連チャンの山だった(笑)。伝丈沢一泊二日の後、小川山一泊二日、日帰り沢。

ちょっと大変かな~とも思ったのだが、めったにないチャンスだし、来たチャンスは生かすという方針なので、まずは小川山へ。

小川山レイバックをまたしたい!と訴えてみたら、なんと!連れて行ってくれることになったのだった。その方とは、以前に小川山レイバックで会ったのでした(^^)。一目でベテランと分かる方でした。

カムの使い方などを色々聞き、山の人っていいな~と… ベテランに教わることに関しては、私は耳タコ派です。

今回は1日目は、昼からだったので、小川山レイバックから、マラ岩の龍の子太郎、翌日は、雨上がりだったので12:30スタートで屋根岩2峰セレクション渋滞でえらい時間がかかり、他が登れなかった。

翌日の今日は、板敷渓谷から中津森遡行。滝が巨大で威圧感がある割に、巻き道は登攀としてはガバが多くて、易しく、途中は美しい滑で、ゴルジュの割に意外に明るく、お得感がある沢でした。級としては1級+かなぁ・・・ 2級+の沢として知っている芦川横沢ほどはシビアな登攀ではなかったけれど、登攀要素の強い沢です。

帰りは下りの尾根の地図読みが色々難しかった。一回来たところなのになぁ・・・ 現在比較検討中。

何とかなりました。

■ クラックデビューの小川山

クラックの方は、もう岩の割れ目に体を突っ込んで、無理やり登る感じです(笑)。外くるぶしに擦りむけを作りました・・・。膝なんて打ち身で真っ黒!DVか?と言われそうです(^^;)。

ホントに必死! 体を挟んで休憩している時は、”レストしている”というより、”岩の割れ目にひっかかっている”と言う感じでした・・・(汗)

大きなクラックは大変なんだな~と理解。最初の龍の子太郎の印象が激烈で、カサブランカに行く、余力無しな感じでした。印象が非常に強かったのです。「わ~!!!!!」って感じ。

その日はテント泊して、楽しくお酒を飲んで過ごしたのですが、運悪く、雨で、4時半に起きるも、二度寝し、7時起床、9:30出発。10:00には、屋根岩2峰についていたのですが・・・先行パーティが6人・・・渋滞の為、なんと17:00登攀終了・・・だったので、他のショートは登れず、残念でした・・・一泊二日なのに・・・。

先行者がかなり遅かったので、一体どれくらいかかるだろう?と考えてみました。

初心者で先輩に連れて行ってもらった去年の1回目は、10:30スタートで13:30で終了しているので、3時間かかっています。

先行パーティは、6人で、10:30スタートして、6人目が1ピッチ目の離陸を果たしたのが12:30(汗)。 1ピッチ目のクラックでだいぶ苦戦中のようでした。我々が下山した17:00には岩の基部には戻ってきていませんでした・・・つまり、6人全体で、10:30~17:30として、7時間以上・・・かなり遅いなー。見ていて、もし私が相方(旧)とバットレスにいきなりチャレンジしていたら、そういう状態になるのではないか?という気がしました。

≪技術≫
今回勉強になったのは、カムの支点の取り方です。トラバースでの支点の取り方が、印象に非常に残りました。

前のパーティが初心者のため、見比べができたのです。やはりラインを考えることだと思いました。
前のパーティは、ロープアップでのロープの振り分けを習っていないようでした。

≪メインのセルフとPAS≫

私はメインロープでセルフを取るように最初習いました。が、ランヤード(セルフビレイ用のスリングやPAS、デイジーなど)をぶら下げるようになると、それでセルフは、アンカー以外にも冗長性のために別にとるので、セカンドの時はメインロープのセルフを省略することが多くなっていました。

が、今回はPASを使用しなかったので、セカンドだとメインのロープでセルフを取るという意味が非常によく分かります。メインでセルフを取れば、別にPASは要らない。

≪ロープの扱いやすさとキンク≫
龍の子太郎で、ギアラックに掛けていた確保器がまた落下。一体なんでだろう・・・いい加減にかけた覚えはないのですが・・・。それで、途中のピッチはムンター(半マスト)でのビレイ・・・半マストはとてもキンクするので、キンクを取るのが大変でした。

ロープはある程度太さがあるほうが、剛性があるので、ロープジャムにはなりづらいので出しやすいですが、キンクはします。

≪テント泊≫
テント泊はすっかりお世話になってしまいました。というのも、小川山は山梨からはご近所なので、日帰りなのです・・・(^^;) 翌日瑞牆の予定だったので、寝に帰るか、と思っていました。シュラフを車に置きっぱなしにしていればよかったんだけど・・・。というので、宿泊ギアは丸がかえで、お借りしてしまいました(m_ _m)。 この時期なので、快適に睡眠。

ほぼ初対面の男性パートナーと一対一でしたが、テント泊なんも問題なしなのが、さすが山屋さんと思いました・・・「大丈夫?」とか聞く発想さえない感じでしたので、私の方も快適でした。

ベテランの方と山に行くと色々と教わることがあります。それは技術だけでなくて、作ってくれた支点を見て、支点の取り方を覚えるとか、行動を見て、こういう風にするのだな~とかです。

私は初日、確保器を落としたので、なんと懸垂下降は無しになりました(笑)。ま、懸垂するより、もっと登った方が勉強になります。歩ける下降路があるときは、懸垂より下降という決まりでもありますしね。

≪フリクションノット≫

二日目は知らなかったけど、セレクションには、歩いて降りるルートもありました。番線が張ってあるところです。しかし、懸垂よりもしかして大変かも?なくらいの急さだったので、プルージックにして確保しながら下降しました。”番線命”系ですね。たまたま持っていたのが、ダイニーマだったので、番線にプルージックすると、効くこと効くこと!効きすぎて下降できない!と巻き数を減らしておりましたが、こすれて錆が一杯スリングについてしまいました・・・。

小川山は人気のあるルート、つまり初級のルートは、平日限定だな~と思った経験でした。


≪関連記事≫

一回目の小川山レイバック

≪クラック反省点≫
・今回はごぼうがあったこと!しかも前には登れたところで!!セレクションの3P目(普通の人は4P目) 立木から飛び移るクラック。
・クラミング力アップ
・カムワンセット購入
・ギア受け渡し方法



Thursday, May 28, 2015

パラダイムシフト

■今ある環境を生かすこと

今回の沢は、登山自体もまだそう慣れていない初心者と言っていい女性の方と一緒だ。彼女とは自然学校関係の会で出会って、なんとなく意気投合した。カメラマンであるので、芸術家。

私は小さいころ、毎週美術館に通うような家庭に育ったのだ。母は東京女子美術大学を出た人だった。だから、今でも路上で写真が売られていたら立ち止まって見るし、気に入ったら高くても買う。バレエが好きだったのも、そういう事情も少しあったと思う。舞台芸術について、舞台の良しあしを語る時は、辛口ね、と言われる。ローザンヌバレエコンクールを見れば、良しあしが分かるし、見るのは楽しい。

若いころ、サンフランシスコに暮らしたのは偶然の幸運だった。人生にめったないサンフランシスコ暮らしという、この機会を生かすには?と考え、サンフランシスコシンフォニーとサンフランシスコバレエ、アンセルアダムスセンターの年間の通しチケットを購入して、事あるごとにクラシックコンサートとバレエを天井座敷で味わい、街を探検するのに疲れたら、アンセルアダムスセンターにいた。働いている以外は、そういう活動をしているのが、私らしい暮らし方だった。

今は同じ発想で、山梨での生活環境を生かすにはどうしたらよいか?と考え、出した結論が、登山をすること。

地元の資産、雪と沢。それに岩。

■成長とは不可逆的なもの、前提的なもの

私はいつも登山に限らず、何かの成長というのは、子供が大人になって成長したり、老いることと似ていると思う。

人の変化は不可逆的で、人は生まれた瞬間から、一方的に死に近づいて行っている。成長と成熟と老化は、同じ現象を違う価値観で見ただけのことだ。それは企業の成長も同じだし、成功などと言うとらえどころのないものでも同じだ。前提であり、そこへ到達するかどうかが問題となるのではない。成長しない人はいないし、幸福を求めない人もいない。どういうやり方であれ、成功しようとしない人はいないし、登れるようになろうと思っていない登山者もいない。

人はみな、水流に逆らい、同じ方向を向いて、泳いでいる魚と同じだ。あるいは高速道路で走っている車と同じで、同じ方向を見、同じように走っているが、目的地は別れている。隣と競争しても仕方がないが走っている向きが同じなだけで、抜きつ抜かれつの小さな競争に終始するのが楽しい人もいる。ちなみは私はそういうタイプではなく、自分のスピードを守るタイプだ。

成長ということは、別に成長すること自体が素晴らしいことでもなんでもなく、人は何もしなくてもすべからく成長する。ただ、成長することで、自らの成長を振り返った時に、感動や充実感をもたらすことは確かだ。

子供はできなかったことができるようになるとうれしい。老いの境地にいる人は身体機能的には、できたことができなくなっていくが、それでさえ、心ある人に言わせると精神的な成熟のプロセスだ。

成長ということについては、そういう風に考えている。以前ほど成長と言うことにあまり大きな価値を置いていないし、早く成長をしたいとも思わない。例えば、もし、今5.12登れる力があったとしても楽しくないと思う。

■ 思いの成就

伝丈沢は、わたしにとっては、易しいと感じられる沢だった。私は初めて行ったのは、海沢という奥多摩の沢で、誰でも可能なくらい易しいという設定を、もちろんツアーだから、してくれていたと思うのだが、それでも唇は紫になり、歯がガチガチいい、タイヘンだった。”ええ~?!こんなの行くの~”という感じも、もちろんあった。夫は懲りて行かなくなった。

それでも主催者側は、女性向けに着替えテントを用意してくれたり、事前資料が渡され、親切丁寧なパッキング方法の記載があったり、で、沢を知らなかったので、そうした親切丁寧さのためにお金を払った甲斐があったと思った。

次は二級の沢だったので、ほとんど登攀。次は、講習会でオーバーペースで歩き、クライミングでへこたれた。体力の沢だった。次は、増水中のモロクボ沢。次は同行者が”うーん”で、置いてきぼりの沢。後は自前で行った沢だから、これくらいの経験では、私の沢経験も乏しい。初心者の域を出たとは言えない。

それでも、自分で伝丈沢に行った時は、”これなら私の力でも初心者を連れて行ける!”と感じた。同時に、”なんで、初心者をこれくらい易しい沢に連れて行かないのだろうう?”と感じた。

その二つの思いが結実した形が今回の伝丈沢だった。

 ・初心者の力でも行ける沢はあるのではないか?

 ・これくらい易しい沢に初心者の頃、連れて行ってほしかった

■ 連れて行けた、という成功体験

一度行ったところなら、誰かを連れて行くことは、ルート的には難しいことではない。知っているところを案内するからだ。

連れて行く側は知っており、連れられていく側は知らない。

片方が情報に有利で片方が不利なことを、情報の非対称性という。誰かを案内するときには常にそれがある。

情報力で圧倒的に連れて行く側が優位だ。経験の長い側が、その優位を笠に着た状態は、あまり尊敬できる態度ではないな…といつも思う。例えば山においては、歩くのが非常に早いなどだ。慣れは速さを加速するものだ。

知っていることはパワー(権力)で、そのパワーを振り回す、というような態度は、あまり尊敬できない。

けれども、そういう態度と言うのは、登山の世界ではむしろ一般的なようだと思う。

情報の非対称性による権力のアビュースがないのが、商用のツアーだと思う。ツアーでは知らないことが前提だからだ。お金を払って受け取るサービスはすべてそうあるべきなのではないか?

例えば、服装を見て値踏みしたり、とか、登れるか登れないかで態度を変えたり。

生まれて初めて岩に触る人が怖くなっても結構普通のことだ。ダメだというのは、どういう価値観なのだろう?

先輩に聞くと昔は「登れなくても登れ!」とかいう教わり方だったらしいので、そうしたアビュースは、シゴキ時代の後遺症として登山の世界に残ってしまったのかもしれませんね。

「〇〇ができないようでは、△△はこなせない」というのは、”〇〇ができるようになれば、△と言うルートに行けるようになる”という意味ではない事が多い。

ほとんどが挑発であり、”〇〇もできないくせに発言するな”という横暴の行使であることが多い。

人間も山も、平等でない前提だし、ヒエラルキーを作るのが好きなのだ。

■ 易しい沢

今日行った伝丈沢は、大滝20mを登らなかったので、私が初めて行った海沢よりうんと易しい。泳ぐ要素はなく、クラミングの要素もない。

それでも、同行者は足元を探りながら、沢を歩くのは大変なようで、ずいぶんゆっくり進んだ。

私はこの沢くらい易しい沢を愉しみながら成長するのが良いと常々思っているのだが、その思いが正しかったことを改めて感じた。

私は、実は、沢へ別の同行者と行くと、遅れる側に入り、自分の方が待たせる側で、待つ側ではない。

伝丈沢は初めて行った時は、8:00伝丈沢入渓 10:30稜線 金石沢大滝13:20 下山14:00だ。今回は11:40に入渓して、15:30二股。つまり初回に行った時の倍くらいの時間かかっている。

私自身はもう登山自体が自分は初心者だと思わないし、初心者だと言ったら、良い意味の謙遜ではなくて、自己卑下になるだろうと思う。

けれども、山岳会では歩き方も初級者であって、クライミング力も初級者であって当然だと考えている。それが普通であり、普通でない能力がある、と誇示したことはないつもりだ。5.9が登れるようになることを目指すのは初心者にはちょうど良い目標だ。

登攀力だけが登山者の実力ではなく、自分の力量に会った山を見出す力も力のうちだと思う。偏差値のように画一的な物差し・・・グレードで登山者を計りたがる風潮は間違っていると思う。登山の多様性を無視しているだけでなく、死の危険がある。

登山自体も初心者であれば、やはりこのくらいのペースでしか歩けないものであり、それで普通だと思う。

ちなみに彼女も一般登山は普通にやっている人だ。それでも一般道はどこを歩くか?というルート取り、という思考回路を経ずに歩ける道だ。たとえ縦走路で難路であっても、考える必要性という意味ではほとんど皆無に近いものだからだ。沢や地図読みの山、雪稜、岩稜では、基本的に考えないとルートが取れない。

それは、一般にベテランが考える以上のパラダイムシフトなのだ。そのシフトが起きる前と起きた後の差は、一般に考えられるより大きなものだと思う。

■ 地図読み

一般登山からの大きなパラダイムシフトという点では、地図読みも同様で、地図読みをしないような山が一般登山では普通で、そのような登山経験を何回重ねても、足は強くなっても、地図を見て歩く山が歩けるとは言えない。

地図を見て自分でどこを歩くつもりか予想を立てるということが、登山の基礎で、その基礎がないまま、脚力だけが上がると、上がった脚力も自分でルートを採らなくてはならなくなった途端に、活用の道を失う。

考える方に時間がかかって、歩みを進められないからだ。それは、クライミングで、ムーブが分からないから次のホールドが発見できないと言うのと同じだ。そういう部分は自分で考えることでしか、解決できず、ほとんどの初心者に必要なのはそのような時間だ。自分の中で熟成する時間。

だから、地図を読んで地図を見て歩く山の経験を少しずつ貯めなくてはいけないが、地図読みの山は一人ではできないし、誰かにケツについて歩いてもらう必要がある。

稚拙は、回数の差ただそれだけのことだ。誰でも必要な成長の機会が今の時代はなかなか得られない。

■ 歩かれていない場所を歩く

今回は地図読みの山も、彼女には初めての紹介だったと思う。地図を読む山をやると、普通の人の歩かない場所を歩くことになり、それは一般登山道よりとても歩きにくいと言うことを意味する。

私も初めてそういう山をしたときはびっくりした。ベテランになればなるほど、その気持ちは分からないに違いない。

私自身もつい2年前程度のことだが、自分自身の感じ方が、「ええ~?!」から「歩けるなー」とか「楽勝」に代わっていて驚いた。

これくらいの斜面なら歩ける、という基準が高くなったのだ。

そういう基準がない人には、「ええ~!!」だっただろうことは容易に想像がついた。結構大変そうにしていたからだ。

私にとってはそう大変ではない場所だったが、私が頑張った量と彼女が頑張った量では圧倒的に彼女が頑張った量が勝っていたと思う。頑張った人はエライなと思った。

■ 初めては貴重

そう言う意味では、人が絶対に通りがからない沢で寝ることや、ツエルトで寝ること、焚火をすること、なども、きっと同じくらい大きなパラダイムシフトであったに違いない。

私は自分自身のパラダイムシフトが起こった瞬間は、強烈に、刺激を受けた。

あ、そっか~分かったー!!という感激だった。

登山とは自ら尾根と沢を読み、自らの思った場所を歩くことなのだ、とか、そうやって歩くと言う視点で見ると、歩いてくださいと言っているようにしか見えない尾根などを歩いた痕跡があることなどに共感を感じたりとか、そういうことだ。そうすると、焚火の跡にさえ、そこを泊り場に選んだことに共感を感じることができる。

そう言う意味では、本来の登山の登山らしい、楽しみを知らないことは、そういうパラダイムシフトを与える人が、今の時代いないことを意味するのだと思う。

■ パラダイムシフト

今回は私にとっても、何か重要なパラダイムシフトだったような気がする。それは、たぶん、自分の力で、誰とどのようにどんな場所に行くか?みたいなことだろう。

私は夫と登山を始めたけれど、夫との登山では計画担当で、決して無理が無いように、と、計画してきた。そこにはどういう登山をするべきかというポリシーみたいなものはなかった。ただ易から難へということを貫き、安全を第一にしてきただけだ。

成長が当然の流れなので、ステップアップは当然だが無理のないペースで順調にしてきたステップアップが非常に早いペースで、それはラッキーなことだったことに理解を深めた。

ただステップアップしてきた登山・・・そこになんらかの味わい、私らしさみたいなものが加わったのが今回の山行なのかもしれない。

登山と言うのは一つの自己表現であるのだろう、自分らしさを追及しているのだろう、と思った山行だった。




乙女の沢、伝丈沢

 ■ 沢

私は、いつも用事は超特急で済ませる・・・のは、その時間で、本を読んだり、絵を描いたり、日記を書いたり、色々な考え事をしたり、したいからだ。

しなくてはならないことはさっさと済ませ、余暇を充実させるというのが、私がしたいことだった。

それで、何でも結構手早くできるようになったけれど、そうなればなるほど雑用が増え、一向に余暇が増えないのはなぜでしょう(笑)???

今日は楽しい沢だった☆ 

女性の初心者の同行者と伝丈沢に行きました☆ 

易しく歩くだけのウォーターウォーキングの沢です。

もうクリンソウの季節でした!
 彼女はブライダルカメラマンをしているので、カメラはプロ!

お!何かを見つけたみたいです。
 伝丈沢はこのように穏やかな、明るい沢。

水がきれいです。

新緑でとてもキレイ。
 初心者の同行者に、沢靴を貸したので、私はこのウォーター運動靴で参戦したのですが、この運動靴、ぜんぜん滑にはダメ・・・(><)

滑りまくっていました・・・(ため息) 同行者の彼女は初めての沢なので、私が歩いた後を忠実に歩きたいみたい・・・

でも、私は靴が悪いので、ちょっと不快な場所でも、滑らないところしか歩けず、悪かったなぁ・・・。

沢靴だから好きな所歩いてもいいよ、と言っても、好きな所が最初は分からないですよね。

私も、「自分の好きに歩いて良い」と東沢釜の沢に行った時は何度も言われました。でも自分の好きな所を歩くと、全然、講師について歩くことができなかったんですが・・・(--;)

逆に師匠と行った時は、「経験者の通り歩いたほうが勘を早く学ぶことができる」と言われました。が、しかし、師匠はアクアステルスで、私はフエルトだったので、師匠に問題ない砂地の上はフエルト組は歩きたくなく・・・ そうして遅れ、と、遠く先行者が見えないくらいに遅れ・・・ああ、タイヘンだったな~

靴が良ければ、もうちょっと良いルート取りで歩けたけれど・・・、ゆっくり歩いても、初心者の彼女よりは早いみたいで、「遅くてスイマセン」と言わせてしまいました・・・スイマセン。初めてだと、色々と大変だったと思います。

この運動靴、土の上はOKで、一般道でない山地もこれで
問題なく歩けました。

ただ、ホントに滑はダメで、なんでもない滑で転んで頭を打つこと一回・・・はぁ~(ため息)。ヘルメットは持っていたのに、滝がないので被っていなかったのです。

教訓: 靴が悪いときはヘルメット必携。

キレイな淵。淵は深いです・・・もう少し暑ければ、ドボンと浸かって楽しめそう!

 こんなにきれいな水です。

魚影を3回ほど見ました。が、魚はすごく小さい。

 きのこが生えている木。

きのこや山菜について分かればいいなぁと思います。
 滑。こんな平らな滑で転ぶなんて~(><)

ヘルメットは持って行ったが、20m大滝用だったので被っていなかった・・・同行者は転んでいないのに、私がゴロン・・・。ゴツン!

あーあ。師匠も私といて転んだことがあったが、その時はこの時のような気持だったのだろうか?

ギアは8.5mm×30、カラビナスリング少々。同行者用にハーネス。同行者はクライミングはしない人なので、私は自分はハーネスを履いても仕方ないので持って行かず。

でも20m大滝を一目見て、巻くのも、ちょっと経験者と一緒でないと無理と判断した。

前回来たとき左股にいかず、この大滝来ていればよかったんだけど。大滝の処理は、初見の人ではちょっとリスクが大きいと思う。

ま、安全に歩ける範囲で、歩いても何も問題ない。

気持ちの良い小滝。カメラが濡れると嫌なので、巻く。
 20m大滝。

入渓したのが11時40分で遅く、二股までとし、付近で幕営。

右股のこの滝は、流石に初心者には難しいと思い、左股へも少し進んでみたが、時間も15:50と押していたので、この日は二股までで終了とし、右股大滝は見ただけ。


 空は快晴で月が明るく、ヘッドライトが要らないほどだった。
 恒例焚火。 川の流れに合わせ、川の字に縦に並べて焚火しました。ちゃんと。

料理はガスで。ビリー缶を吊り下げるのは、一苦労しそう。

乾いた木がいっぱいあったので、あとは9時ごろまで宴会。

メニューはビール、ごはんは余っていて最近消費されない袋飯の消費、チーズ、ナッツ、牛タン、ポテトサラダ、サラミ、麻婆豆腐。

コーヒーは豆から。ミルを持って行きました。

朝は、コーヒー。ペペロンチーノスパゲティ。余りものおにぎり。

行動食はほとんど手を付けず。


ツエルトを張り、沢に降りるために、フィックスロープを張り、
おやすみなさい。

朝は4時起きの予定でしたが、鳥の鳴き声にうっとりして、そのまま6時ごろまでのんびり。

あまりたくさんの距離は歩いていないので、帰りもそう時間はかからないので。

休暇だし。
 朝水汲みしてくれている同行者。
 下山は、私の運動靴は沢は滑ってちょっと、イマイチだったので、隣の御岳新道へ出る提案。

1770のピークに上り詰めました。途中は鹿のベッドタウンでした・・・

同行者はこういう一般登山道ではない道は初めてと思うのに、結構頑張ってもらいました・・・ありがとう!
 シャクナゲ。 シャクナゲはもう開花終わりかけかな~?
 登ったら、向こうの八幡尾根が見えたのですが、写真には写りませんでした。残念。
 シャクナゲが見れてよかった。地図読みし、鹿道を拾いながら、尾根を詰めて、ピークへでると、林道が見えました。

しばらく林道に行き、途中一か所林道から、登山道へ移るところで、林道をそのまま歩いてしまいましたが、ルート復帰し、登山道へ。

同行者は地図読みには不安そう(笑)

そりゃそうですよね~ 登山道の山しか知らなければ。

私は、それにガチガチにルートを決めて、首っ引きで歩くのはキライなので、テキトーに歩きましたし。

どうせ林道が出ているから少しくらい間違っても大丈夫なのです。反対側に歩くとか、大きなミスがないなら。
登山道は、こんな防火帯。冬に着たときには開けて展望の良いところでしたが、今の時期はこんなでした。

林道より、頭上に樹木があるので涼しくて良いのです。

この防火帯を詰めるとまた林道に出て、しばらく行くと、伝丈沢への入渓点に入り、お終いです。

今回は、沢を気に入ってくれたみたいでうれしかった。

ツエルト泊も初めて、シュラフもマットもまだ未所有と言う方だけに、沢山行を気に入ってくれて、嬉しかったです。

沢泊していると、遠くから重低音のどどどど・・・という音がしていたのですが、一体何の音だったのでしょうか?

人里はかなり離れていたはずなのになぁ。

なんだったのかなぁ・・・・

最初に小さな成功ですが、反省点はいろいろありました。




≪御岳林道≫
・地図に記載のない未舗装の林道がある
・P1770へ至る尾根~ルンゼにかけてピンクテープがある箇所がある

≪関連記事≫
御坂山岳会ブログ

Tuesday, May 26, 2015

わくわく明日の準備中♪

ドラゴンフルーツ
 ■ わくわく感

今日は明日の沢の準備中。 

すっごくワクワク♪ 

一体どうしてなのか分からないが、一緒に行く相手が女性になったとたんにワクワクしてきたのだ・・・

最初は男性の友人と行くことにしていたんだけど。

私の夢見る、楽しい山が実現しそうな気がする・・・

前に行った時も、行っただけで、楽しかった場所だ。

いいところだから、ホントは夫も連れて行きたいんだが・・・。旦那さん出張中。

最近、一日一つフルーツを食べることにしている。珍しいドラゴンフルーツが売ってた・・・中身は、タイで食べたフルーツのように味が薄くて、日本のフルーツはホントに芸術品だなぁと思った。 なんで海外のフルーツってあんなに味がないのだろう・・・???

■歩荷

 近所で柏葉紫陽花が終わりかけだった。

実物よりキレイに撮れた写真。

せっかく裏山がある生活をしているので、裏山を味わうべきとは思うのだが、例年、4月の中ごろで、もう裏山は、暑くてやってられない(^^;)。

それでも、4月の歩荷散歩の成果か、今年の春山合宿ではザックが軽く感じだ。

4月は裏山を歩く月だが、5月はもう暑くて無理だ・・・けど、今日は少し歩いてみた。熱風の中だった(^^;)。

地下足袋で歩けるか試してみたのだ。地下足袋悪くなかったんだけど・・・。

今回も、ほぼ宿泊と飲食の装備は私が持つ予定だ。でも、一人分も二人分も実際はそう変わらない。だって一人の時も同じテント使うし。コッヘルも同じのだし。

なので、初心者を一人連れて行くのはあまり負担がない。

もう甲府は窓を閉めていなと、熱で煮えたぎった風が入ってきて、不快だ。明日は登山日和の予報で、きっと木漏れ日の下で、気持ちが良いだろう。

 バラの花を摘んで来たら、素晴らしい芳香!

甲府はバラがとても多い。

たぶん、暑い気候があっているんだと思うのだが・・・

近所の誰も住んでいないようなあばら家にも、バラのブッシュがあってたくさん花が咲きすぎて、重すぎて、頭をもたげているくらい・・・。

豊かな土地柄だといつも思う。

バラは肥料喰いというが、どうみても放置されているのだけどなー。

人間がいなくなっても、自然は困らない。

単純に正常化に向かうだけだろう。

でも、自然がなくなると、人間は困る。

この関係が、なぜか逆転しているのが不思議。



 コーヒー豆を持って行こう!と思っている。

美味しいコーヒーっていいよね~

最近きゃろっとという北海道の焙煎屋さんの豆を定期購入していて、昨日来たところだ。

ここは新しいやり方で商売しており、そのマーケティング努力に好感が持てる。毎月、約4000円で、自動的に、3種類のスペシャルティ(農園指定、産地直売)の豆を届けてくれる。

コーヒー豆の世界は、大手商社バイヤーの寡占が進んで、価格は買いたたかれて、味も落ちる一方だったが、その反省から、直売でのフェアトレードの動きが進んでいる。

南北の貧富の格差解消する市場システムとして、ひとつのモデルケースとなるのではないだろうか。

だから、豆も「ブルマン」とかの大雑把な指定ではなく、「ニカラグア・リモンシリョ農園 パカラマピーベリー」だ。

つまり、「甲州ワイン」ではなく、「”〇△里ぶどう園甲州 樽発酵」、というわけ。

実際、道の駅で野菜を買う時も、わたしなんかは生産者の名前を見て買う。 野菜を見る目も肥えてきたので、土づくりなどをサボっている農家のはなんとなく分かるし、米も人気の米とそうでないのがあり、地元ではおいしいものは、産地ではなく、作り手次第というのは、昔からの常識のようだ。

ピンボケになったが、甲府の水。

沢では無菌のきれいな水は万が一の怪我用。
水道水でOK。もし怪我をしたら、傷口を洗うのに使う。いつもザックに入れている。

 沢といっても、濡れる沢ではなく、のんびりしに行く沢なので、こんな恰好。

半袖Tシャツ、長そでシャツ、クロップ丈のパンツ。

Tシャツはウール、後は化繊。

下着はファイントラック。今回は濡れないので必要はないが、いつも山ではファイントラックのアンダーを着ている。

黒のメッシュが色っぽいという噂だ(笑)。

今回はたき火をするので、焚火の場合は、オシャレウエアだと穴が開く可能性がある・・・

ので、高い服は着ない方が良い。

いつも思うのだが、山では黒はイケテいない。蜂が寄ってきたら嫌だし、熊と間違われて打たれても嫌だし。 

かといって、九官鳥みたいに、色々な色を着る必要はないが、自然の中で人間と分かる色がいいと思う。

野生動物に人間と認識してもらいたい、そして、距離をおいてもらいたいなら。

靴は地下足袋&メッシュ運動靴。

化繊のふかふかタオル。これは脱水したらすぐふかふかの優れもの。

柔らかい肌触りと言うのは自然の中で、ありがたいものの一つだ。枕にする予定。

でも、手ぬぐいも持って行く。手ぬぐいはコットンだけど、夏山ではすぐ乾く。色々応用が効くのは手ぬぐい。


 必携アイテム 軍手。 焚火するには必要。

簡単な登りなら、細かいホールドを掴むことはなく、どちらかというとホールドは抑える系なので、これで充分。

今回は手を使うようなところはなく、足で歩くだけのところなので、焚火用だ。
 レスキューシート。

登山を始めた頃から持ち歩いているが、出番が出たことがない。

タダでもらったものだし、あげてもいいようなものだ。

100円ショップにも売っている。ホントに温かいのかなぁ?

いぜんビビィサックは試してみて、なかなかいいなぁと思ったのだったが。
 ピンボケでうまく取れなかったが、明日の準備。

寝具系: マット、寝袋、カバー
食事系: コッヘル大と小 ガス1缶、バーナー、ライターマッチ、それにろうそく。

 火をつける道具は重要。

あとは、日帰りと同じ基本セット。

基本セット:ヘッドライト、雨具、コンパス、ナイフ、非常食、防寒具。

食事は好みも色々あるので、会ってから決める系。

沢だと防水に色々言うけれど、実は、濡れてはいけないモノの方が少ないんだよなぁ。

雨具は雨具だから濡れてもいいし・・・金具類は濡れたところですぐ乾く。



羽毛のシュラフとか、ガスのヘッド、マッチやライターが濡れると即ピンチ・・・

 お役立ちアイテム、ネオプレンソックス。ネオプレンは、寒いときの味方であり、暑いときはさして重要ではない。

が、一般に暑くて困るより、寒くて困るほうが多く、また切ない。

ので保険。沢靴にはく。どうもワークマンので十分のようだ。



道なき道のお役立ちアイテムは、防虫ネット!

虫より、蜘蛛の巣が引っかかる不快さを軽減してくれるので、非常におススメ!

ストックを振り回しながら歩く必要がなくなる(笑)。

虫除けパッチは効果のほどは不明だが、香りが気持ち良いのでおススメ。

どうも野生動物は、人間の香りで人間を避けているらしいので、なんらかの人間界の香りを漂わせている、というのは重要なことだ。

あんまり自然児になりすぎてもいけないってことかな?

あとは、スプーンと箸くらいを持てば、準備完了。

■ 私らしい山

楽しみだなぁ~。

なんというか、この楽しさを紹介してあげたいって気持ち。

私は前に行った時、すっごく楽しかったのだが、一緒に行った人は、トレーニング用にすごい重いザックを担いできていて、「易しすぎてスイマセン~」と思ったのだった。

アルパイン系の人にはツマラナイ沢であるに、違いない。

私の山は、

・お金がかからない山
・地元のマイナールート
・地元の岩
・地元の沢
・地元のアイス

だ。

登山史的に見れば、今の若い人に大志がないのは残念かもしれないが、甲府生活を楽しむためという理由でやる登山なのに、8000mや5.15を目指す競争に参加する必要があるんだろうか?ないよなー。

そりゃ登山史に敬意を表する意味で、前穂北尾根や四尾根くらいは行った方がいいって思うけど。

そう言う意味では、旗立て岩行きたいなー。乾徳山です。行きたい理由は地元の”由緒ある”岩場だから。

まぁもっと正確に言うと、”地元にも顧みられない岩場”ともいえる。忘れ去られた岩場だ。
地元の人たちは基本的には地元の資産には全然興味がないものだ。どちらかというと、ないものを数え、あるものについては無知である。

山をしているのは、甲府にいるメリットを最大限に生かしたいから。今ある資産を生かす、ということです。

ただ甲府は、登山はあまり盛んではないし、地元の沢はガイド集に乗っていないので、開拓は大変。

でも、ふと思ったんだけど、私はもう一人で、出かけても地図が読めないということで、道迷いになって帰ってこれなくなる可能性は限りなく、低いような気がする。

すでにそういったことを避ける知恵も、技術もあるような気がする。



Monday, May 25, 2015

地下足袋?

■ 地下足袋?

今日はワークマンへ鋲付地下足袋を見に行ってきた・・・ 残念ながら、サイズがなかった。

My地下足袋

場所がワークマンだけに23.5がないのは普通だ。けど、24もなかったので、きっと足の小さい男性がすぐに買ってしまうのだろう・・・

これは沢の下山用の靴にいいかな~と思ったため。

でも下山には一応、ビブラムソールのアプローチシューズがあるから、取り立てて急ぎではない。

クライミングに地下足袋履いて行ったら、受けるかも?!


■ 地下足袋がよさげな4つの理由?!

地下足袋って、もしかして、いいのかもしれないな~って思うことがある。
 
 1)バレエシューズと似ているから

というのは、私は前の趣味がバレエで、バレエではバレエシューズと言うペロンペロンの靴を履く。
裏に皮が付いていて、アッパーは布なので、靴からのサポートというのはゼロ。でもこれで、ジャンプしたりターンしたりと色々と忙しい(笑)。

 2)柔らかいトウシューズ

バレエでは、トウシューズ(玄人はポアントと言う)を履くのだけれど、シャンクが固いポアントは、足が弱い人向け、というのが定番だ。 靴底の柔らかさは当人の足裏の強さと強い相関関係がある。

 3)クラミングシューズとにているから
クライミングシューズって足裏はやっぱり柔らかいような?

 4)わらじ

初めての沢に行った時、地下足袋とわらじで結構、快適だった。

 5)トレランシューズ

トレランシューズは足首のサポートがない。けど走れるくらいなら、充分なのかも?

以上がその理由だ。でも登山靴があるのに、わざわざ地下足袋で歩く必要もないからなぁ・・・

■ 長靴のメリット

冬の里山歩きは、鋲付長靴が結構快適だ。 里山ピークハントは距離が長くないからだ。

今年は、節刀ヶ岳北尾根と大室山、チョキ、三つ峠が長靴・・・ 長く歩くのでないときは長靴は結構快適だ。春の三つ峠で長靴にしたら結構疲れてしまった。

長靴の特徴は
  •  傾斜が出てくると足と靴がずれて長靴が脱げてくる
  •  ワカンはつくけど、アイゼンはつかない
  •  岩に弱い
  •  濡れない
  •  長時間履くと疲れるので長い歩きには向かない

という点にある。わかんはつくけど、アイゼンはつかないけど、これは鋲付を買えば済む。

冬に徒渉がある場合なんかは、長靴は重宝する。けど、全然、岩やアイスにはその鋲は有効でないので注意が必要だ。
数か月前とは思えない

■ 靴底が固い靴

靴底の固い靴は、岩角に乗るときには役立つのだけど、私は足首の柔軟なほうが岩では歩きやすいような気がしてしまう。

雪の上は、絶対に足裏が固い靴。 八ヶ岳のように非常に寒い場所も、ちゃんとした高いお金を出して、冬用の靴を買った方が良いと思う。

アイスクライミングで、徒渉があって、冬靴で真冬の沢に一回足を突っ込んでしまったけど、冬靴は優秀で濡れなかった。 冬に足や服を濡らしてしまうと、もう山行は終わり。とっととおうちに帰らないと死んじゃう。

なので、夏は濡れてもいいっていうのが、気が楽だ。 

■ 濡れ

登山では濡れてはいけない・・・としつこく言われるけれど、夏に沢を経験しておくと、濡れることにたいする対処の幅が広がる。

速乾性のものがあれば、濡れることは、冬ほど恐れることではない。 濡れた体で、風に吹かれなければ・・・尾根は暑いので、大体濡れてもすぐ乾いちゃうし。

寒いのは着ればいいけど、暑いのだけはどうしようもないな~といつも思う。

■ ちょっといいかも?要検討リスト

プロ用防水地下足袋

秀岳荘 オリジナル渓流足袋

釣り用の靴


技術ではなく技能を付けよう

■ 技術と技能

昨日花谷さんの講座では、技術と技能は違う、という言葉の使い方をしていた。一般的には”経験不足”という言葉で言われる内容のことだった。花谷さんは「みなさん技術を重視しすぎだ、もちろん技術は重要だが…」と言っていた。

≪例≫
 技術          技能
 タイオフできる    どの木にタイオフするか分かる
 エイトノットができる どのような場合にエイトノットが使えるか分かる 
 アンザイレン     きちんとアンザイレンできる 場合によって使い分けられる
 懸垂          落石を起こさないで降りれる 
 登れる         美しく余裕を持って登れる
 
というような感じだ。

端的に言うと、技術は5分で覚えられる。技能のほうは、細心の注意判断力が必要だ。

実際はアルパイン1年生で技術をマスターしても、技能の面で怪しいので、技能がボトルネックとなるような山には行かない。

平たく言えば、”今の技術で行ける”山に行く。

■ 経験者がいないと、どこにもいけないのか?

それでは経験者がいないと何処にも行けないのか?というと、それも違う。

 今の技術で行けるところに行く

という言葉で表現されることが多い。その具体的な内容が、普通の人にはわからないのではないか?と思うのだが、こういうことだ。

例えば、春山合宿の真砂尾根は念のためのロープだ。ロープにぶら下がることがない、前進用ではないので、多少あやふやでもOKだ。偶発的な滑落などに備えるためのもの。普通の技術があればまず滑落はしない場所しか歩かない。

実際、3年目の人の確保は、スタンディングアックスビレイをその場で教わってから、やっていた(笑)。おまけに一度はビレイせず手を離して写真を撮っていたりして、も~ちゃんとしてよーと思ったが、別に私は死んでいないし、問題なく帰ってきている。つまり、今の技術で行ける所に行く、とは、そういう場所を選ぶ、ということだ。

ではこの人と、小川山のマルチピッチに行くべきか?というとちょっと難しいと思う。そうするには、数回以上の人工壁での、リードフォローの経験蓄積が必要だ。必要な真剣みが違うからだ。それを理解するだけの経験の蓄積が彼にはない。

■ 経験と言う言葉を避ける

花谷さんは、このように技術と技能という言葉を使って、慎重に ”経験”という言葉を避けていたのが印象的だった。

もしかして、経験、経験、とうるさいくらいに言われるのは、ウンザリという人心への配慮かもしれないと思った。若い人は大抵は聞く耳持たないものだ・・・

経験が必要と言われても、経験者と一緒に行った山で、「なるほど~経験が必要だな~」と思わされることはめったにない。

経験よりも、”常識”とか、”知性”とか、”観察力”、”洞察力”、”理解力”、”字頭力”、”先を見る目”というようなものが必要そうに見える。

なので、若いクライマーに「経験、経験」と口を酸っぱくしても、あんまり効果がないのではないだろうか???

それはベテランが力を示し損ねている、とも言えるし、実際は経験というより、

 個人の総合的な知力

による面が大きいような気がするのだ。

だって、私が尊敬する人は平たく言えば、みなすごく頭が良い人ばかりなのだ。師匠もそうだし、会の先輩もそうだし・・・尊敬できると思った人はみな賢い人なのだ。

しかし、頭の良さというのは、あまりクライミングや登山では重視されない。

でも、登山の歴史を見ると、そもそもが紳士のスポーツだったし、今もトップクラスのクライマーを輩出しているのは、大学山岳部であって、社会人山岳会ではなさそう・・・ということは、つまり、やっぱり、基本的に知力の強弱が重要なのだろうと思う。悔しいかな。
 
■ 根拠にならない年齢、性別、登山歴

繰り返しになるが、技術とは、結びの種類など。技能はどの木を支点に使うかの判断。

ほとんどのアルパイン初心者は技術を使いたがり、技能については、おなざりだ。結びができれば自分にも登れると思ってしまう。

けれども、実際は、どの木を使うか?というようなことを例に挙げると、観察力や認識力が必要になる。そのあたりは、単純に腕力が強いから優れているとは言えない。知性が必要だ。そのあたりをあまり認識していない点が、同行者に対して私が怖いなと思っている点だ。

だから、山岳会を選ぶときはもっとも安全そうな山岳会を選んだ。去年一年は会を観察して過ごした。その結果、思うのは、

 ・何年の登山経験があっても自分で山を登っていない人はダメだということ
 ・女房役をやってきた人はたとえ男性であっても、やはり判断力で人任せなこと
 ・年齢は判断力が優れているという根拠にならない
 
だ。山歴の長さは信頼するという根拠にならないし、性別も年齢さえも信頼するに足るとする根拠にはならない。その人の行動から、力を推し量るしかないのだ。

しかも、ベテランであっても常にあっているとは限らないので、サポートしてやらないといけない。サポートするのは、フォローで行っているメンバーのメンバーシップ上の義務なのだ。

≪まとめ≫
 ・登山歴
 ・年齢
 ・性別
は山で信頼するに足る根拠とはならない。 

・どんなに優れたリーダーにも、メンバーからのフォローは必要。


■ では、信頼に足るリーダーをどう見極めるか?

男性陣は、私が不安がるので、結び目を作って見せてくれることが多い。 でもいくら結び目が出来ていても、問題はそれがどの木に結ばれているか?つまり技能なので、あまり安心の材料にはならないのだ。残念ながら…。

結び目が結べることは、信頼に足るとする十分条件ではなく、必要条件に過ぎない。 

■ 不整合は不安要因になる

プアな支点
120点のアンザイレン
例えば、この左のトップロープ支点は、ある男性が作ってくれたものだ…後ろにもっと良い選択肢があるので、適正な解とは言えない。

が、アンザイレンはラビットと安環付カラビナ2枚だ。しかし、普通は別にアンザイレン用のノットがラビットではなく、エイトノットだからと言って問題ではないし、安全環付カラビナが1枚で2枚であるからと言って非常識クライマーとは言えない。このラビットは100点満点でいうと、120点となるほどの念入りのアンザイレンだ。

しかし、このトップロープ支点の充実度とアンザイレンの充実度がミスマッチしているというのは、言える。

この不整合さが不安の元凶となる。 もちろん、

・人は成長して行くもの
・このプアな支点でもこの場合は十分用足し

の2点の理由で、この人が危ない登山者であるとは言えない。が、成長して行く謙虚さがあるかどうか?自己反省力があるかどうか?は重要なポイントだ。

■ 整合事例 信頼に足ると確信できる事例
120点のと支点


120点のアンザイレン

しかし、この組み合わせの場合はどうだろう?支点の安全さとアンザイレンの安全への配慮具合に、ミスマッチ感がない。

同じ姿勢、同じ思想が貫かれている感じがするし、実際その通りだろう。

つまり、ミスマッチ、技能の濃淡、がないというのが、安心感の大元だ。

■ 隠された条件判断を読み解く
 
ちなみに、私も師匠も、アンザイレンは、普通にタイインループにエイトノットで結ぶ。

ラビットノットでアンザイレンするのは、ゲレンデクライミングでトップロープ主体だと、

 ・登り手が頻繁に入れ代わり、
 ・そのたびにエイトノットを解くのが面倒で時間の無駄になるから

だ。それ以外では、安環みたいに重いものを余計に持つ根拠はないかもしれない。

必要がない場所での重い荷物はそれだけでリスクを増すのだ。

■ 一貫性

つまり、一口に技術がある、ないと言っても、技術そのものよりも、

 状況にあった技術を選ぶ能力
 技能

のほうが重要なことは少なくない…。たとえ、少しくらい余計に時間がかかっても、エイトノットをきちんと結んでくれたほうが、上等なラビットを安環付カラビナ2枚で結ぶより良い場合がある。

たとえば、一度結んだら、当分結びっぱなしのアルパインクライミングで、重い安環付ビナを2枚も余計に使ってアンカー用が足りなくなれば、本末転倒だ。

もし普通にエイトノットで良いアルパインクライミングで、ラビット×安環付2枚でやっている人がいたら、熟練より、未熟さやクライミング全般に対する視野の狭さを感じさせるだろう。ああ、ゲレンデクライミングしか知らなかったんだな~この人、と思う、ということだ。

だから、未熟さというのは、一貫性の不在で分かる。それを一般的には、人は

 分かっている

という言葉で表現する。「あの人はわかっていないから・・・」などだ。

山行に合わせた技術を選ぶというのも、その人の、理解度(視野の狭い、広い)を伝えてくれる材料になる。

一言で言えば、適切かどうか?となるが、それだけでは説明され尽くせないし、そこが本格的な、という形容詞で形容される登山のむずかしさであり、面白さかもしれない。

≪まとめ≫
・一貫性が実力を見抜く鍵
・バカのいっちょ覚えではなく、適した技術を採用する力=実力

いぜん読んだ本で、強みをPRしているつもりで、欠点をPRしているかもしれない、という言葉があったが、そうならないような注意が必要だ。

Sunday, May 24, 2015

知名の成功者、無名の成功者

昨日と今日は二日連続で人の集まる場所に出かけた。

■ 成功とは何だろうか?

登山はいつだって人生の縮図であることが登山の魅力だ。

しかし、登山の成功は置かれた状況により異なる

登山を知らない人が感じるように、単純なる”登頂”は、登山の成功ではない。

一般に、登山が昂ずれば昂ずるほど、”下山”がむしろ登りより難しいことを皆知るようになるし、難しい登山にステップアップすればするほど、成否の7割が計画そのものにかかることになる。計画の優劣はそのまま成否となる。

一般登山は、コンディションが良ければ、登頂して、下山で、コケずに帰れたら成功だ。それでも、しかし、嵐に見舞われたら、天候からさっさと逃げ帰ってくることが成功になる。

■ 雷

2年ほど前のこと、不本意な入山時間で登らなくてはいけなかった。6時間の標準コースタイム、私は4時間半で登れる尾根だ。午後は悪天候の予報が出ている日で、お昼過ぎには到着しているつもりだった。8時には用意ができたいたが一緒に連れて行って欲しいと言われて、9時になった。

連れて行くのは大学生の初心者の女の子他、2名。揃ってみると、あまり山に登った経験がないことは一目瞭然。一緒に歩くと、歩き方も、たどたどしく、高度感があるところは怖いようだったので、一部スリングを出して確保。第一、歩くのは、初心者向けとは到底言えないルートだった。結局、6時間のコースタイム通りかかったが、早く歩け、とは、あぶないし言えない。

当然、最後のほうは雷雲につかまった。その時点で、この登山の成功は、雷に打たれさえしなかったら、成功となった(^^;)。

稲妻も見えるし、夏の雷だけは運次第。頭の中には、松本深志高校の落雷遭難のことが駆け巡り、河になって流れる登山道の水を避けて歩くよう、指示したほどだ。ずぶぬれで、なんとか安全地帯に着いたときは、気分は命からがら”生還した”という気分だった…(笑)。向かえてくれた人もホッとした顔だったから、かなりヤバかったのだろう。登山のひとつの”成功”の形だ。

■ 状況

人生においても、人はあらがえない状況に置かれるのと登山は似ている。自分がコントロールできることとできないことを峻別するのは大事なことだ。

人は親を選べない。たとえどんなに立派そうに見える親でも、どんな人も生い立ちに不服や不満を持たない人はいない。そしてトラウマと言うような心の傷を抱えていない人には、一人として会ったことがない。

・・・だとしたら、家庭内暴力や貧困の被害者ではなくても、大人になった時に、生い立ちのトラウマを断ち切って、暮らすことができていれば、それはひとつの成功のあり方と言えるのではないかと思う。

良きも悪しきも、生い立ちに影響・限定された生き方をしていないこと、は一つの成功の姿、目安と言えると思う。

■ 人のせいにする習慣を直すことができる登山

子供時代を20年と仮定すると、それより長い30年や40年という時間を、理想的でなかった子供時代を恨めしがって過ごすと、さすがに親はもう責めれないため、世の中を責めはじめる。

「出来ない人は言い訳を探し、できる人は方法を探す」と良く言われる。

だから、苦言を言えば、デキない言い訳を羅列している人は、そういう人間になってしまっていること、が一つの失敗の事例だ。子供は「そういう大人にはなりたくないな」と思わさせられるだろう。

だから、子供がこうなりたい、と思える楽しそうに生きている大人が目に見える形で存在することはそれだけで社会貢献だ。

登山でも人の世でも、起きてしまったことは覆しようがない。雨や風を嘆いても、雨や風がやむわけではない。足が痛くても降りるしかない。

ので、とにかく次善の策を探す。

登山に適正がない人は、常に次の行動を見て、次善の策を探すと言うことができない。判断は次から次に訪れ、ほとんどの困難は連続的なので予想ができることだが、予想をしないため、案の定、ピンチに陥る。

一方、安全だけを求める人も、登山に適正がなく、100%の安全が欲しい人は家でじっとしている方が良い。山になんか行かないほうが良い。

かといって、逆に危険を求めすぎたり、目標達成への執着がすぎると、退却するべき時を見誤る。

主役は山であって、人間でない。

そうしたものは、すべてバランスで、バランス感覚が適正であることが、その登山者の成熟度、熟達度と思える。

ほとんどの遭難は、そのバランスを欠いた、ヒューマンエラーで、転滑落さえも本来は防げたはずの事故だ。不注意や実力不足。計画段階でバランス感覚の欠如は大体垣間見える。たぶん、このことを登山のセンスがある、ないとベテランは言っているように思う。

登山は一つの山行だけを見ても、その人の生き方が分かるし、山行履歴を見れば、どういう生き方をしてきたのか?が良く表れる。

(言っていること)と(やっていること)が、同一である人は少ない。

しかし、同一であれば、かならず、それは、その人の内在的な自信になる。だから、言動を一致させることは、自分自身を成功者とするために大事なことだ。

■ 知名の成功者

今日は花谷泰広さんの講演会だった。一つも特殊なことは言っていない。

 1) 下調べをする (天気、山の状況ヤマレコ、危険個所、装備)
 2) 山に元気をもらいに行かない 山には元気な時に行く
 3) 黙って山にいかない
 4) 山の危険を優先する ”せっかく来たから”はNGワード
 5) 山の基本は歩行 上を向いて歩く
 6) 判断に根拠を持つ
 7) ”勇気ある撤退”はない 退路を断たない
 8) 3歩歩いて2歩退く
 9) 技術≒技能
 10) 防御力を持つ

成功の一つの目安は、周囲の人が、その人が行っていることに耳を傾ける、ということだ。彼の言っていることに、もちろん過去も周囲の人は耳を傾けてきただろう。しかし、ピオレドール賞を取ったことでさらに耳を傾ける人は増えただろう。

一方 多くの無名の人々の中にも、多くの成功者は、存在するのだと昨日は確信した。そうした人々は、耳目は集めないが、その必要自体がないのだろうと思った。

ある人に取っては、耳目の注目を必要としなくなったときこそが真の成功と言えるのかもしれないし、ある人に取っては、耳目の注目は、あらたな試練であるのかもしれない。

知名にせよ、無名にせよ、その根拠となる成功は、登山とまったく同じく、当人が自ら知るところにあるものなのだろう、と思った。


Saturday, May 23, 2015

昔の山ファッションを調べてみた

■ 女物の下駄?

昔の沢ヤさんは、女物の赤い鼻緒の下駄を履いていた、という、『ザイルを結ぶとき』(奥山章)の記述にちょっと興味をそそられて、そういう写真がないかと検索してみた・・・ 

だって、下駄って沢によさそうにはどうしても思えない。わらじや雪駄ならともかく・・・。

Google先生に、”下駄 沢ヤ” ”下駄 沢登り 登山” などと色々入れてみたが、当時の登山風俗を見せてくれる画像はなかった・・・残念。

その代り、戦前からの登山ファッションをまとめたサイトを発見した。

昔の人はどんな装備だった?

■ サイケデリックタイツ&ラガーシャツが見たい!

今となっては、大正時代の登山ファッションは、博物館に飾られている関係で目にしやすいが、戦後の沢ヤファッションや、80年代のサイケデリックなフリークライミングのタイツ姿などのほうが、なかなか目にする機会がない・・・ラガーシャツも私は会ったことがない・・・。

どんなのだろう~???

ちょっと気になったファッションをピックアップ。

≪ポイントのまとめ?≫

 昭和30年代: ニッカポッカ、チェックの山シャツ
  ↓
 70’s: ゴアテックス&フリース登場
      アメリカンデザイン(シエラデザインやパタゴニア、ノース)の時代? 
  ↓
 80’s: ハードフリー時代 サイケデリックタイツ時代?フレンチデザインの時代? 
  ↓
 90’s: 百名山ブームにつき不明 モンベル時代?
  ↓
 2000年以降: ボルダリングがブームにつきボルダリンファッション?

■ 画像をGoogle先生に聞いてみた

というわけで、ちょっと画像をピックアップしてみた。

昭和20年代の女学校登山。

ブラウスがかわいい!

ズボンはハイウエストで、だぼだぼのウール。

今はローライズなんで、ハイウエストなだけで、とっても違って見える。

ちなみにハイウエストだとお尻が大きく見える。

このころのファッションは、今見ても可愛い。



















■ ヨセミテ 70年代






こちらから拝借。手前の人は今見ても普通。

でも、右の人はバンダナが・・・。
この写真ではニッカポッカが今なら懐古趣味的で、ラガーシャツ、濃いひげ、バンダナが特徴的。バンダナは普通にヒッピーファッションなんではないかなぁ?




半身はだかカルチャーは、ココからきたのかなぁ~な写真。

見せるのはいいけど、見せるなら見せる内容にこだわってほしかったりする・・・

■ サイケデリックタイツ

80年代のクライミングのファッションは、フランスから来たらしい・・・。 でも、なんだかちょっとピエロみたいな感じもするんだけど・・・。


こちらより拝借。 アメリカ人もフランスのブームに乗っていたのだ!

ちなみに体の線を出しすぎるとこうなる例。 ヌードクライマーを取っているヨセミテバムの最後の一人がいらっしゃるらしいです。前にClimbing誌で読みました。 岩を登っている女性ってそんなに素敵じゃないなって思うのは私だけ・・・?



■ 中高年ファッション?

これはネットで拝借したものだが、私がイメージする中高年登山のファッションに近い。

なんか色合いが地味~で、山であんまり目立たない。
目立つ色と言ったら、白くらいな感じ。

田部井さんも地味カラーだった。最近は、中高年も色々なカラーを身に着けている。









■ 現代

これは何的さを目指したファッションなんだろう?山ヤ的にはかなりかっこよくない・・・



・ロープのまとめ方が超・いい加減で、こんな人と登ったら落とされそう
・ハーネスをきちんと履いていない。ハーネスで腰パンすんな!て感じ。
・タイインループに結ばれているエイトノットがいい加減。
・長い髭と長髪が懸垂下降でロープに絡んで取れなくなっても知らないよ~
・全然日焼けしていないので、山初心者に見える

と言う感じで、全体的にあんまり登れそうな人に見えない。よって山で女性にモテそうには見えない。下手したらこっちが救助してやらないと行けなくなるかも?な気配すら感じさせる。






最近のごく一般的な、ボルダリングファッション。

私は長ズボンでいいと思うのだけど、巷は半ズボンをプロモーション中。

みんな腰パン。

猫背なのが特徴なのか?姿勢が悪いのはなんとかならないのか?
これは、山道具屋のサイトから拝借して来たもの。

ポーズのつけ方と着ている中身の人が弱そうだ、という点を点を除けば、一般的。

ザックの背負い方がなっていないとなんか素人くさく見える。

あとは靴ひもだ。いい加減な結びだとカッコ悪く見える。

こういう写真を撮る人は、何がかっこよくて何がかっこ悪いかの価値観をよく学んで、かっこよいとされる形をきちんと広げてくれないと困るかも・・・

ちなみにこのモデルさんは二人とも超イケてない気がする・・・特に男性。

山男はさわやかで硬派でイケメン、というのが定番で、軟な感じはカッコ良くない・・・。

姿勢が悪い(骨盤後傾のキューピーちゃんポーズ)ことが軟な感じを与える大元なんだな。

近頃の高校生はリュックサックのストラップを長くして、お尻に当たるくらいにするのが流行見たいなんだが・・

これと同じことを山でやっている若い男性にあって、担ぎにくそうだな~と思った。

















ちなみにこれは

好日山荘

が推奨する初心者の女性登山者向けコーディネイト・・・

短パン推奨なのかしら~

なんかこれを見ても私なんかは、大枚をはたきたいとはとても思えない。

たぶん、一般的にも女性誌で流行りそうではないと思う。


ちなみにオシャレ山ブランドの中ではメジャー路線のホグロフスのトレッキングウエアはこんなカラーコーディネイト


カラーはやっぱり2色まででしょう・・・。

もうひとつついでに、山男も納得のガチブランドで、オシャレファッションにも分類されているMammutは

こんなイメージ写真だった。

ちょっと分かりにくいがグレーベースにグレーッシなカラー配色。+するのは、2色まで。

アルパインなら、完全黒白+1色だ。



何がかっこいいと思うかは人それぞれのようでもあるが、実際はほとんど流行に左右されている者だと思う。

ちなみにこの検索で、凄く面白いサイトを発見した。

アウトドア菊信の世界というブログ。 こんな画像が載っていた。

昔は山でも背広を着て、紳士だったんですよね~ なんとなく

イギリス風 → ドイツ風 → ヨセミテ風 → フランス風 → スイス風 →北欧風
と流行が変遷してきているような気がしないでもない。 

チロリアンハットからバンダナへ。

昔の紳士はパイプだったり、タバコだったりしたが、今の紳士はタバコは吸わない。最先端の紳士でいてもらいたいものだ。


































ゴアテックスジャケットの変遷をみてもなんとなく時代の流れが分かる・・・ やっぱり昔はスタートレック風な感じだ(笑)。 でも、スタートレック風はもう古いかもしれない。