Sunday, November 30, 2014

山はサットバ

■東京

今日はバクティヨガの会に出席していました。東京の船堀。バヌスワミとお会いするのは、2回目でした。先週はサッチャ先生だったのですが、お会いしたかったけれど、連続は経済的に厳しく、片方を見送りました。

久しぶりの東京は、人ごみにとても疲れました。甲府に暮らして4年…甲府と新宿は直結しているけれど、いまだに新宿を梅田並みの習熟度で歩くことはまだできません・・・。その上、昨今はそうできるようになりたいという気持ちを失ってしまっています。

■ ヨガは精神修業

日本でヨガといえば、身体を使うヨガである、ハタヨガしか知られていませんが、実はヨガには身体を使わないものもあります。詳細は過去の記事でこちら

で、私はヨガを教えているのですが、身体的な面でヨガ的であるだけでなく、精神面もヨガ的でありたいと思っています。

そこでバクティヨガを勉強中なのです。

■ トリグナ

トリグナというのは、ヨガの用語で、3つのグナ(様式)という意味です。

ヨガの世界では、世界の状態は、3つの状態が常に変遷している、と考えます。

その3つとは

  • タマス(怠性、怠惰、無知) 沈停滞している状態
  • ラジャス(動性、激動、激情) 激動している状態
  • サットヴァ(純粋性、神聖な質、清) スムーズな状態

です。

登山と関係があると思う訳は、私は

山がサットバだから行きたい

んです…。山は、寺院と同じです。ただ人が作った寺院は、日本では、サトヴィックではなく、どちらかというと、廃墟化していて、タマシックだったり、人が多い混雑でラジャスティックなことが多いです。

久しぶりに行く都会はやっぱりラジャスティックな場所でした。

ケバケバしい色合いとウルサイ音と雑踏…消費意欲を煽り立てる為なのか、私にとっては耳障りな音楽が鳴りひびくファッションビル群、必要を大きく上回る量の照明で、実態よりも美しく見える商品が物欲をそそり、女性は着飾り、男性は昇進に躍起になり、人はくたびれて、公衆の面前でもお構いなく電車に揺られながら眠らざるを得ず、街の中は、サットバを見つけるのがとても難しい…、と感じました。

都会へ足を踏み入れると、山の清々しさが、自然という清廉な環境のためなんだな~と本当に心から実感します。

サットバってこういう事なんだよな~。 

清流、穏やかな日差し、木漏れ陽、そよ風、キレイな空気、花、樹木、邪心の無い動物たち、はるかかなたの稜線、星、月・・・

もちろん、山でもタマシックな場所はあります。たとえば放棄された植林地など、暗く植物も茂らず、非常に怖い恐ろしい場所です。蔦植物ばかりが生い茂る場所も少々荒れた印象ですし、倒木がとうせんぼしている沢も同じくです。

山において、ラジャスティックな場所といえば、混雑している山小屋です。まさに野戦病院。

混雑した山頂もラジャスティックな場所かな~と思ったりします。

取り組み方という意味では、数やスキルを競う山や、困難さを競う山はラジャスティックな登山の形式です。宴会で憂さ晴らしをするためだけの山行はタマシックであると言えるかもしれません。

しかし、朝日を眺め、夕陽を眺めている時、確実にそれはサットバな空気が支配的であり、そして、その時間は確実に命の洗濯、といえる時間です。

朝日夕陽の時間だけでなく、そうした時間が静かな山では支配的です。

そのサットバをもっともよく味わえるのが、雪山なのかな…と思います。そして、山頂はとてもサットバです。

だから人は山頂を目指すのかな?

ヨガのアシュラムやテンプルで感じる聖なる空気を山で感じることができます。

■ なぜ山に登るのか?

最近、『ビヨンドリスク』を読んでいて、私はつくづく思うのですが・・・ 人はなぜ山に登るのか?

それは、人間的成長のためなのだ、と。

ある人の人間的成長に成長にとって最適なものに、人は心を惹かれるはずです。つまり、フリークライミングに魅かれる人にとっては、フリークライミングが要求する、なんらかの要素が、その人の精神的成長に今必要なことなのでしょう。

登山ではなく、水泳でもいいし、絵画でも、文芸でも、あるいは会社勤め、町おこし、お料理、何でもよいのでしょう・・・

つまり、登山というのは、他のアクティビティと同じように単純に手段にすぎないのです。

人生そのものだって、実は手段にすぎないように。

そういう意味では、何をするか?が問題なのではなく、いかにするか?が問題なのです。

登山という活動で、精神的な学びの機会となりそうなのは、主体性の問題、です。

”自立した登山者になること”は、リスク面から、登山の課題として頻繁に取り上げられます。

ということは、登山を自分の活動として感じる人の主たる人生テーマは、

自立や主体性、
いかにしてリーダーシップを発揮すべきか?や
いかに自立者を育成するか?

というテーマであったりするのでしょう。

登山からも人は、人としての在り方を学ぶ、のです。それはたとえ一人で行っていても…、なのです。




Saturday, November 29, 2014

山で何をしゃべるか?

■富士川川下り&ワイン講座

昨日は色々と忙しく、富士川町へ行ったり、夕方からはワイン講座に出ていました。色々と面白い一日でした。 詳細は後程・・・。

大雑把な感想では、山梨と言わずとも、地方では、地域資源が、埋もれがちですが、まぁ、中で楽しんでいる人がいればいいのかな~なんて思いました。あんまり躍起にならなくても。

山岳会も同じで、山岳会の衰退に危機を叫ぶ声もありますが、歴史というのは、時代の要請の上に成り立っていることで、時代の流れに竿を差しても、時流には勝てないかな~と。

例えば少子化とかも同じです。少子化はいかん!と、頭から信じ込んでいる人には、子供がいない夫婦なんて社会の敵!となります。子だくさん=是、みたいなことになりますが、子だくさんの人で楽しんで生きている人って、あんまり見たことがないような???・・・(のは、別の問題で、自分が自由に生きれないのを子供のせいにしている人が多数なのは、人間的成熟の問題と思えますが・・・。いやなら、作らなければいいのだし)

時代の流れと言うのは、基本的に「今、何が面白いか?」 なのかもしれませんね。

カネがあるところにカネが集まるように、面白いことには、さらに面白いことが集まる、という”面白さ資本主義”が時代の流れの形成には成立しているのかも?

そういう意味では、残念なことに、山の世界では、山岳会は衰退の流れにあり、例えば、クライミングコンペなどは興隆の流れにあります。


  • 山岳会 → 面白さ減少傾向
  • コンペ → 面白さ増加傾向


端的な観察にすぎませんが、ヨガも登山と同じように個人で行うものですが、一人でヨガできる人は少なく、先生クラスで、ヨガにハマらないと難しい。ほとんどの人は自分では習慣を作ることが出来ないので、クラスに来たいと思うものです。つまり、皆で集まることに、ブームはあります。イベントブームの流れと同じです。

ヨガってのはイベント化して、ブームになったのです。

要するに、”一人で出来ることでも、皆で集まってやりたい”時代なのかもしれません。

■ 自立した登山者になりましょう

一人でやることを皆でやっていてもいいのですが、登山の場合、問題なのは、一人一人が自立した登山者である人たちの集団であるべきなのに、自立した登山者にならない人が出てくることです。

その出現率は、都会より田舎が、外国より日本がパーセンテージが高そうです。

自立という意味では、山の総合力が大事です。

つまり、

  • 計画の立案
  • 当日行くか行かないかの判断、
  • 登山道のどこを歩くかの判断(道迷いしないこと)、
  • 衣類の調整などの自然の脅威から身を守るための判断、
  • 行程管理


など、すべての判断が自分ででき、無事に下界に帰ってこれることが自立です。

いつも誰かと行っていて、自分でこれらの判断をしてこなかった人は、自分の実力を過信しています。

連れて行ってもらった山を自分の山だと思っています。

例えば、前穂北尾根に山岳会の先輩と行けても、私の今の実力は、厳冬期は北八つ縦走です。岩という意味では人と連れて行けるのは、三つ峠までです。

専属パートナーでいつも同じ人に連れて行ってもらっている人(Mでスタートするイニシャルの人ではアリマセン)は、育てた側、連れて行く側の苦労というものは、本当に分からないモノなんだろうな~と、最近つくづく思います。

それは不義理をしていることで分かります。不義理をそうと気が付かずしているのは、感謝がないからです。なぜ感謝がないのか?というと、心底は、相手の大変さを理解できないからです。

連れて行く山をしていない人は、大変さや責任の重さが分からない。ので、一緒に行っても恩を仇で返すことさえしかねません。すべて理解が足りないことがスタート。

ガイド登山で知り合った人と一緒に歩いたことがありますが、山のお誘い返しがない・・・ のは、つまるところ、連れてってもらったと言う理解がない。ギブアンドテイクが成立しない。ガイド登山だと、当人も気が付かないで、ガイドしてもらうのが普通になってしまうんですよね。

突き詰めると、登山における自立とは、ギブ&テイクが成立可能なこと、とも言えます。

なぜ ギブ&テイクがきちんと成立できないのか?

という疑問符になりますが、相手の視点に立ってものを見ると言うことが、できないということになります。

だから、登山は人を育てると言われるわけですね。先輩・後輩システムは、いつかは自分が相手の立場に立つ、という意味です。 

後継者が入らないので、万年セカンド化しているのが今の現状ですが。それに疑問を抱かなくなります。

■NGトーク集

今年は山、色々な人と登りました。登山での会話って色々な話をすると思いますが、私がこれまで一緒に登ってきて、NGだと思ったトークとその理由を上げておきます。

1)妻の愚痴

夫婦仲が悪いことを、そもそも、なぜ人に言いたいのか、分かりませんが・・・。一言、一緒に登っている女性登山者の立場からすると、「この人は浮気したくて山に登っているのだろうか?」と警戒させられます。かなり困る話題。

2)学歴

「俺、〇高でさ・・・」など。 でも、昨今は男性より女性の方が学歴が高い場合もあるし、そうなったら、バツが悪い。さらに、地域でしか通用しない勲章を見せびらかしても、分からなかったりもする。

3)浮気願望

「浮気したい」と言われても・・・。私は中高年には恋愛はないとか、無粋なことは言いませんが、「浮気したい」と言われて、「そうですか、じゃあ、しましょう」ってなる女の人っているんですかね(笑)?

百歩譲って、「浮気したいが、どうしたら可能か?」という相談?議題?(笑)で、議論してもいいのですが、浮気可能性は、その人の人間的魅力によることになり・・・なんだか浮気できない=魅力がないという結論に陥ったらマズイような?! 

浮気できるが敢えてしない、ってのが、つまり、かっこいい路線になるのでは?

4)子供のせいで経済的に苦しい話

世の中には色々な生い立ちの人がいます。私は経済的に困窮していた家庭の出身です。そういう人が、万が一聞いていたら、心痛で、楽しいはずの山行もしんみり悲しくなること必須。

自分が話したい話をすればいいってもんじゃないってことです。自分の子供に聞かせられない話はしないようにしましょう。子供は宝物です。

5)テント泊可否

男性が、女性Aさんとはテント泊できるが、女性Bさんとはできない、となると、その差は何か?って話になってしまいます。突き詰めない方が良い系統の話になるかも・・・。

山小屋も男女同じ部屋だし、テントも同じのに寝るのが山では普通なので、女性が気にするより先に男性が気にすると、まずいかもしれません。

女性の場合、男性Cさんとテント泊できるが、Dさんとは嫌だ、というのは、Cさんからは襲われそうにないが、Dさんからは襲われそうなので嫌だ、もしくは体臭がきつくて一緒にいられない、とか、いびきがうるさくてやってられない、など、テクニカルな課題があるって意味です。

まかり間違っても、自分がCさんの場合、「OKって意味かな~」などと、ウキウキしないように。安全パイって意味です。

ちなみに、私にとっての安全パイの規定は、既婚である、社会的に守るものがある、互いにリスペクトがある、の3点です。年下の男性は有望。年下のほうが恋愛にまだプライドがあるからです。
男性はオヤジ化すると羞恥心を失うようです。逆にいうとオヤジ化していないことが重要です。

6)下ネタ

まぁ、多少は許せるのですが、男性はその”多少”の兼ね合いが、分からないのでは?

女性同士の会話で、この方面に話題が発達することはまずありません。

7)時事ネタ

基本的に、時代に憤怒する話が男性はお好きなようです。しかし、女性は傍観者より、実行者が好きなので、時代への嘆きは、新聞記者に任せておいた方が、実質的に女性にモテるかも?

女性は、戦っている男性が好きで、評論家は好きでないカモ?

8)会話がない

一緒にテント泊なのに、そもそも会話がないのはどうなのでしょうか?本を読むのは、お互いにそういう事なら良いでしょうが・・・。あと、昼寝してしまうとか。まぁ相手に一言を入れるくらいの気遣いは必要でしょう。

私も夫と居るときは別にずっとしゃべっているのではないですが。そこまで行くのに関係を作ってからの話かもしれないです

■ OK会話集

じゃあ、一体何の話をすればいいんだ?!ってことになりそうなので、OK会話集も・・・

1)過去の山

登ってよかった山の話は絶対に聞きたい。やっぱりどこに行くか?は登山者の最大の関心事です。

未踏峰の話とかいつか聞きたいな~と思っているのですが、なかなか聞かされていない・・・まぁ聞く側にも知識がないと、話す側も何も面白くないのかもしれない。

その山に登るべき時期、見どころ、泊まってみて分かった山小屋の感想、危険個所の情報など。
その山の近所のバリエーションなどもかなりポイント高い。

花や樹木が好きな人と歩くと、本当に勉強になります。

2)トレーニング法、歩き方

自分がどうやって成長して来たかを教えてくれると、後輩の参考になります。先輩も苦労して、ここまで来たんだ、と思うと、自分もまだまだだ、頑張ろうと思える。

「岩をすると歩き方が変わるよ」って言われたときは、「どうなるんだろうな~」とワクワクしました。

「沢の岩の登り方と岩の登り方は違う」と言われたときは、「よし!どう違うか知りたい!」と思いました。

先輩が日ごろどうやって山と両立させているのか?は難しい課題だけに、興味があります。

山岳総合センターの先生は、足首につけているアンクルウェイトをちらっと見せてくれ、感動!超ヤル気に。私は、歩荷散歩していたから、こっそり教えてくれました。皆には秘密なのだそうです(笑)。

3)山のコツ

山でのちょっとしたコツなど。山で美味しい食べ物とか。地図の防水袋、100円ショップのを使っていて、折り曲げたら、そこから水がしみてしまった時、「DMとかで送られてくる透明の封筒いいよ」と言われ、今ではDMはゴミ箱に行く前に、袋を取ります。

牛乳パックは焚火の炊きつけようにとってありますし・・・。

山の行動食はいつも悩んでいるので、先輩のやガイドさんのは、いつも興味津々です。

4)山のポリシー

自分の山のポリシーとそれがなぜかを教えてくれるといいですね~。ゴミは、なぜザックの中なのか?

いつも〇〇することにしている、というのは、経験が教えたことなので、貴重な財産が詰まっている。

5)山の怪我、事故、ピンチ

山で会った怖い話とか(笑) ピンチをどう切り抜けたのか?とか。色々知りたいものです。いつか役に立つかもしれないし。

怪我をした話は、挫折の話なので、そこから立ちあがったということで、尊敬する気持ちを呼び起こすことが出来ます。

6)好みの女性?男性?クライマー?

妻の愚痴は問題になるけど、好みの女性の話は、当たり障りがない。ただ芸能人の顔が浮かばないので、スルーしそうにもなりますが・・・

好きなクライマーや岳人の話を聞かせてくれるとうれしいです。その時知らなくても、あとでつながることが多い。

7)山紀行文の感想

最近、師匠と最大の共通の興味は、山の感想文だと思いました。

山の記録って、記録とすると味気ないし、でも叙情的なのは、要点は何?といいたい気持ちになるし・・・

感動した山は感動を正確に伝えるのが難しい・・・ 前穂北尾根は頑張ったけど頑張っていない・・・山は超快適で、でもバテた・・・けど、苦しみを乗り越えたのではない・・・けど、苦しくなかったとは断じて言えない・・・

伝わっているか、いないか?は非常に客観視が難しいので、感想は助かります。

まぁ、どんな話題でも、建設的で率直さがある、というのは重要なのかな~。 








Thursday, November 27, 2014

秋真っ盛りの夢見山

 今日はお天気がよかったので、お昼ご飯を外で食べてきました☆

見よ!この富士山!快晴!!富士晴嵐!!

富士山も真っ白ですが、甲府から見たら、南アルプスも真っ白でした~

雪が来たな~って感じ。
 ぶどう畑の上の大きな雲。

このような雲は何雲かしら・・・?
 稜線のあたりに雲がかかって、上空はまっさらな青空です。
 錦秋というのがふさわしいような、秋色。

セーターみたいですよね。

秋は樹形がはっきりするのは、ちょっとずつ色のトーンが異なるからかな?

里山ももう秋です。見えているのは、八人山です。

善光寺から歩いて行けるんですが、まだ歩いたことがない山。
 もみじアップ! 日に透けたもみじの葉がきれいで、秋って感じでした!箕面を思い出します。

しかし、今年は秋山歩いていないなぁ~明日は富士川の川下りに行くことにしました。

 裏山は遊歩道なので、ラクラク散歩ですが、今日のようにお天気が良い日も、誰もいない。

しかし、山梨の山は、里に近くても、獣の気配が濃く、今日も猪くんが地面を食い荒らした跡がありました。

お弁当を食べていると、ガサっと、何もないところで音が・・・。

今日は裏山だからと、油断して、手ぶらで行き、笛とか、持っていなかったので、ちょっとドッキリ・・・





 こんな紅葉がありました。夢見山の前です。まっかっか。

 夢見山と言えば、

武田信玄が生まれる夢を父親が見た場所

です。

お昼寝候補地なんだけど、昼寝スペースはありません(笑)作ったらいいのに・・・

また 

甲斐八景

のうちの一つだそうです。今では忘れ去られ、誰も来ないような、場所ですが・・・。

遊歩道で来れるので、毎日のウォーキングの場です。

  1. 「夢山春曙」(ゆめやましゅんしょ)・・愛宕山の春の夜明け
  2. 「竜華秋月」(りゅうげしゅうげつ)・・愛宕山の麓にあったというお寺の秋の月   旧中道町の竜華院の秋の月、とも言われています。
  3. 「石和流蛍」(いさわりゅうけい)・・・笛吹川の蛍
  4. 「金峯暮雪」(きんぷぼせつ)・・・・・金峰山の夕方の雪の眺め
  5. 「富士晴嵐」(ふじせいらん)・・・・・晴れた日の富士山
  6. 「酒折夜雨」(さかおりやう)・・・・・酒折宮の夜の雨
  7. 「恵林晩鐘」(えりんばんしょう)・・・恵林寺の暮れの鐘
  8. 「白根夕照」(しらねせきしょう)・・・夕日に輝く白根三山

やはり、金峰山、富士山、白根は山梨の山ですね。その中に、かなり小さい夢見山がいきなりランクイン!レベル感が揃っていない。

 枯れた紫陽花・・・

朽ちていくもの、枯れ行くものに、美しさを感じられる人になりたいです。

今日は雨上がりのためか、小さなシジミサイズの、クリーム色の蝶(蛾?)が、たくさん、地面の付近を舞っていました。なんというやつかな~

すごくたくさんいましたが、写真にはなかなか写りませんね。
 これは最後の売れ残り紫陽花?

ピンクがきれいでした。
 葉っぱを拾ってきたぞ。

雑草を2種ほど・・・

ひとつは、ホトケノザという雑草。八ヶ岳も蓮華座を意味して、仏様の座る場所、という名前のものは多い。

ヨガでも、蓮華座という。英語ではロータスと言うけど。

ホトケノザは、春の雑草なんだけどな~


花言葉は

小さな幸せ
調和

とりあえず、アレンジしてみた。

今日はホントの良いお天気でした。

大きめの山に行きたかったな~

ま、いっか~。

夢見山ですが、

夢見山シュークリーム

というもの、売っています。

普通においしいシュークリームです☆

誰に返すか問題

■コメント歓迎

このブログは、全く素人の登山者が、地味に一歩一歩積み重ねるプロセスを描いているブログです。素朴な疑問、分かってみて考えたこと、備忘録、山行記録など混ぜ混ぜです。

基本は本人の備忘録ですが、コメント歓迎です。ぜひ、苦情も含め、コメントくださいね!

■ 登山技術の伝承

さて、登山技術の伝承の考察を少ししたいと思います。

というのは、パートナー問題、が目の前に立ちはだかるからです。山岳会の門をたたく、最初の動機は、

  • パートナー問題
  • 技術

ではないでしょうか?

私はてっきり、技術は山岳会に期待するものではなく、自分で身に着けるべきもの、と思っていましたが、伝統的には、そうではないのだそうです。

■ ギブアンドテイク

私が聞くところ、この2つはとても密接に連絡し合っているそうです。

教えるのは基本的に仲間となってもらうため。

 教えてもらったら、仲間(パートナー)にならなくてはならない

です。裏を返したら

 パートナー候補にしか教えない 

ってわけですね!へぇ~!知らなかった!! そうだったのかって目からウロコです。

つまり、山岳会に入っても、きちんと候補生と認められなければ、誰からも声がかからないかもしれない、ということです。

厳しい世界だったんですね~(^^;)

■ 上り込んで来たくせに、お茶を要求するお客状態

最近ふと思うのですが、

  皆が教えたがらない

のは、教わる側が

  ありがたみを感じてくれない (つまり分かっていない)

から、カモ??? 

教わる側は、基本的にお客さんが家に上がり込んできて、その上、お茶を出されることを要求する、というような状況に陥っています。

ということは、そういう人は、教えてもらう前に何かが足りていないのかもしれない?

とりあえず、新人の側は山行に貢献できることは何か?を考えておくことだと思います。一番簡単な貢献は歩荷です。

あるいは3人のクライミングだったら、ビレイヤーは写真を取れないので、写真を撮るとか。

ロープワークも、片方が繰り出していたら、余っている人は、繰り出しやすいように手助けする、とか。

それは山行をスムーズにするために、ごく普通のことなのですが、実際は、新人は周囲を待たせて気が付かないことが多く、基本的にお客さん扱いで、先輩が後輩を接待しているような状態です。

それが大目に見られているのは、おそらく、自分自身も先輩に大目に見てもらったという思いではないか?と思います。

ということは、その大目に見る許容力と言うのは、人それぞれマチマチで、自分も学ぶのにかかった人は辛抱強いだろうし、すぐにわかるようになった人は相手にもそれを期待するだろうし、ということです。

教える人は早く自分と同じところまで来てほしいと思っていると思います。

■ 誰に返すか問題

教える側は、自分が学んだ時のことを考えているはずです。

会から教わった人は会に返したいと思っていると思います。

が、会から教わっていない人は? 

個人から教わっている人 → 個人へ返礼 つまり 専属パートナーになる
講習会から教わっている人 → 講習会仲間間でギブアンドテイク
会から教わっている人   →  会に返す

ふと疑問に思うのは、ガイドさんです。

ガイドさんは、山岳会で育ち、基本的に無償で教えてもらったハズですから、無償で得たものを有償で還元していることになります。

その辺を嫌気して、ガイドにならない、という山ヤさんは多いのではないか?と想像しますが、どうなのでしょうか?

ただ一方で、「押しかけ客なのに、お茶を出されないことに文句を言う」タイプの人が多いので、そうなると、今度は「やってられない」となり、「有償化」が進む。

それはそれで仕方のない流れかもしれません。 私自身も、まったく右も左も分からない段階では、有償で教えてもらう方が、教わる側も、お金で返礼の義務を返せ、貸し借りナシの状態を作れるわけですから、気が楽なのではないか?と思います。

■ 伝承されなくなるわけ

一方で、有償でもいいから学びたい、という人は、その時点で、すでに「学ぶ意欲のある、まっとうな登山者」ということになります。

つまり優勝の講習会と言うのは、教えるべき相手を発掘する場としては有望な場です。

タダでないとヤダと言う人より、お金を払ってもいいから教わりたい人の方が情熱があるのは普通です。

つまり、有償の場にいる人は、無償で教えたい人にとっては、ぜひ教えたい人材になります。最も自立した登山者に近い人たちです。

ところがこの仕組みだと、ぜひ教えたい人は「有償」へ集まり、そうでない人が「無償」へ集まります。

というわけで、無償のギブアンドテイクが基本の、山岳会には技術が残っていかないことに・・・

ということで、無償をベースにした山岳会で、技術伝承の断絶、が発生することになるのではないか?

・・・と想像したりしたのですが・・・、どうなのでしょうか?

単純に想像しただけで、架空ですが、そういうことになっているんじゃないかな~と思ったのでした。

教訓: 誰から何を教わるにしても、教えてくれる人には感謝しよう!

スクラム徒渉はザックを持つ

■ 沢

私の知っている人で一番登攀力がある、クライマーは学生時代から山岳部で、高校生くらいの時はいつも沢に入っていた、と言っている人でした。

沢って昔は岩登りの前座だったのだそうです。

しかし、今は沢ヤさんは、岩のための沢、という見方はしていません。沢は沢で楽しむもの・・・

私は夏の尾根の暑さに弱く、すぐばてるので、夏は沢をしたいと思っています。夏の高山、夏山はさわやかで気持ちが良いですが、遠くの山ということになるので、そんなに頻繁に行ける場所ではないかと思いますし・・・まぁテント泊縦走なら4泊5日でも1.5万円くらいで済みましたが。

それでもやはり、頻繁に行くとなると出費が大変です。

しかし、近所の涼しい沢なら出費、ガソリン代くらいです。

■岩

岩は私はあまり上手ではなく、また岩もゆっくり上達したいと言うか・・・

空想してみます・・・ いきなりイレブンが登れる自分・・・なんだ?何が楽しいのだろう???

イレブンくらいが登れるクライマーであることは、一般的に5.9ならどこでも登れるという意味で、日本の本チャンルートであれば、どこでも登れることになり、つまりそれくらいが、”山ヤ”最低レベルですが・・・ どこでも登れたら、登る楽しみがないんでは???

と思います。 登山って、今はいけないところに行くから楽しいのであって、行こうと言う気になりさえすれば、いつでも、どこでも行けるってことになると、

どこに行っていいのか分からなくなる・・・

かもしれない・・・(汗)

ので、岩ものんびり上達することにしました。 目指すのは、ぶれないクライミング。上手だった先輩はなんというか芯がしっかりしていて、ムーブの使い分けで身体の軸が色々変わる登り方とは、また、雰囲気が違いました。そういうのを目指したいかもしれない。

というわけで、沢は私にとって、当面の目標地です。まぁもう冬ですけど。

しかし、沢と言うのは、同行者の獲得がかなり難しく、そして、尾根と違い単独リスクが非常に高く、アブナイ。

去年、アイスのルートに単独で行っている人がいましたが、アイスで沢はさらに単独リスクが高く一番危ないです!アイスでは転んで、その後動けなくなってからの死までの時間が凄く短い。子供がたくさんいる人はそんなことをして、命を軽んじてはいけない。

とまぁそういうわけで、来年の沢を計画するにも、今年のアイスで沢の研究。

■スクラム徒渉

ところが、すごいことを教わってしまいました・・・間違ったスクラム徒渉と正しいスクラム徒渉


  • 間違ったスクラム徒渉 = 肩を組む
  • 正しいスクラム徒渉 = ザックのストラップを持つ


これは重心を高くしないためです。 足が軽くなると、流れに足を取られやすくなります。

肩をもっていて間違っている
コレ。

確かに徒渉は私はとても苦手です。 湯俣温泉に行った時、夫が渡れるところが、流れが速くて渡れず、だいぶ苦労しました・・・



これ、見た目より流れが速く、わたるの大変・・・

女性は脂肪が多いので、浮力が働きやすく、流されやすいのだそうです・・・

たしかに体脂肪率24%とかですもんね・・・4分の1が脂肪と思うと、痩せたら岩に登りやすいだろうな~と思います(^^;)

来年の夏は週末は沢って生活をしたいのですが・・・

Wednesday, November 26, 2014

ランドネ山大学

■ ランドネ山大学

鈴木みきさんを知らない人も、多いのかな?と思って、検索したら、基本的に山ガールの旗振り役と、多くのオジサン登山者には勘違いされていそうな気がします…カワイソウ・・・。

誤解のないように言っておくと、山ガールの扇動者は四角友里さんです。

鈴木みきさん
鈴木ともこさん
KiKiさん
四角さん

の4人は、外野からは、”山ガール”と、十派ひとからげにされているようですが… 四角さん以外は、山ガールのファッションで山を歩いている人は、いないのではないか??と思われます。それに正真正銘の山ガールは田部井さんではないか?山ガールブームで一番儲かったのは、ガールではない田部井さんだからです(笑)。

山ガールブームについて言えば、去年の段階で、すでに終ってる感じでした。そんな古い流行に飛びついてはいけません(笑)

しかし、私が今回、面白い成り行きになるのではないか?と思うのは、

ランドネ山大学です。

ランドネ的登山が、一定の読者層を獲得している理由は、たぶん、

 山と渓谷 → ダサ過ぎる
 岳人    → 山男的過ぎる
 新ハイキング → 渋すぎる
 BPAL    → 軽薄すぎる
 ロック&スノー → クライマー寄りすぎる

からです。

今まで、本チャンを目指すような人は『岳人』 でしたが、岳人がモンベルの傘下に入り、高齢者登山者向けになってしまいました・・・どうみても、新しい岳人は、高齢者に受ける作りで、若者にはウケない作りです。

一方、女性が読む山雑誌は、ヒュッテかランドネしかなく、女性誌に例えると

  ヒュッテ →  クラッシー系 & 少数派
  ランドネ →  キャンギャル系 & 多数派

です。 若い男性登山者で、バリエーションにバリバリ行く人が読む雑誌が一個もないね~(^^;) ロクスノくらいですか。

でもフリークライミングしてくれたら、会は楽だけど、そうではなくアルパインクライミングをするような人が気に入る雑誌はないようだし、クライミングしない、若い男性は、かなり大変ですね。

■ 雪山へ一般大衆が拡散する日

中高年の一般登山者には本格的すぎる、とされてきた雪山登山に、これからはランドネ系の若い人が参入すると思います。

というのは、私も夫も、勝手に雪山に登り始め、それで別に何にも問題はないのが、今の雪山代表、八ヶ岳だからです。小屋が手厚いので。

冬の天狗岳くらい、若い人は楽勝のハズです。なにしろ私たち夫婦だって、文系だけどそうでしたから。

ランドネ山大学に行くような若い人は”体力”があります。

成長した山ガールはどこへ向かうのか?その問いに雑誌が出した答えが雪山です(笑)

■ ロープが出る山

一般に、山ガールであってもなくても、山に真摯に向かい、ズルをせず、積み上げれば、4年ほどで、一般縦走では物足りなくなるであろうことは、想像に難くありません。私が、その具体的な例になるかと思います。

登山者の最大の岐路は

 ロープが出る山をするか?しないか?

というポイントです。たいていの人は、その時、

 No

の答えを出します。

NOという答えを出すと、一生、沢も本チャンも縁がない世界に留まるという意味です。しかし、そういう意味の選択をした、ということ自体に、自覚的でない場合もあると思います。

何が初心者なのか意味が分からないのが初心者だからです。

 YES、つまりロープが出る山をする

ということにしても、ロープワーク初級者で行ける場所は、ロープは念のため、の場所なので、実は、

 ロープが出ない山の最高、と
 ロープが出る山の最低

は限りなく近いです。 つまり、北鎌尾根と前穂北尾根は、ごく近いわけです。

その人が熟達した歩きをしていれば、これは大丈夫だな、と思える人もいます。

ロープワークさえ身につければ、行動範囲が格段に広がるな、と、もったいないな、と思います。

■ 危険そのものを客観視する力

ところが、人は ”危険” について、本質的に”キケン”とは何か?考えないで、人は周辺の情報を頼りに判断するわけですね。

そうなると、

 ロープが不要な山 = 北鎌尾根 = 危険でない
 ロープが出る山  = バリエーション = 危険

と思い込んでしまうわけです。

そうではなくて、岩場を歩くスキルがない人が歩けば、一般道の重太郎新道だって、ザイテングラードだって危険です。

もし、北鎌尾根で滑落していれば、その人は、そのルートを歩く実力がないのに行った、という事実があるわけです。山に跳ね返されている。

 Aさんにとっては危険だが
 Bさんにとっては危険でない

ということがあるのが山です。

つまり、本来は謙虚にトレーニングに取り組む段階というわけですが、大抵の人はそうは考えない…

 ロープが出る山が危険
 ロープを出さない山なら大丈夫

そう思い込んでいる…違います。山は誰が歩くかで危険度が違うのです。

そういう意味では、ランドネ山大学に来るような若い女性は、真面目だし、体力があって、危険度が少ないのでは?と思います。

そういう意味で、若い女性と言う勢力は、登山界にとっては追い風ではないでしょうか?

でも、八ヶ岳のピークハントくらい、山大学が無くても全然普通に行けるとは、思いますケド…

まぁそこは、商売に成り立つなら、冗長性と言う面でも、そうしたほうがいいのでは・・・

山行計画の仕方で自分を発見

■ 達成志向?

昨日はヨガを教える仕事の日でした。 私は仕事では、生徒さんのカラダの特徴を発見して、ニュートラルなバランスになるために何が必要か?を見てから、必要なアーサナを決めて行きます。

背中が曲がった人には後屈。腰が曲がった人には前屈。肩こりの人には、腕を使ったポーズ。それを易しいポーズから、難しいポーズに徐々に上げていきます。

そうすると最終的には大抵の人が上手にできるようになります。逆に上手にデキるポーズを伸ばすこともあります。ただ上手にできるのは、やっていて楽しく楽なので、そちらだけやりがちなので、注意が必要です。

そんな具合に、登山も発想しているんだなぁ・・・と、最近、また新たに自分を発見しています。

山に行くとなると行きたいところへ行くわけで、自分で好きな所に行ってもいいわけです。

が、近所の低山など、いろいろと調べていて、知識はつくわけですが、行くか?というと、行く理由が薄すぎて行きたいと思えない。ご近所の低山。

例えば、大蔵経寺山とか八人山とかですね。それは、この辺は大体、森林の雰囲気が同じなので、MY裏山の愛宕山と同じだろうと想像がついたり、里山であることから、冒険的要素がないな、ということもあります。退屈と感じてしまう。

それ以上にそこへ行く必然性・・・縦の流れがない…と感じています。

何か、そこへ行くには理由が必要だ、と思っているわけですね。

しかし、本当に山好きな人は、理由がなくても行きたい人なのかもしれません。 

■ 山に行く主訴?

例えば、

    晴れたら、展望の良い山に行きたい

となるでしょう。秋の紅葉の時期だったら、

   人工林ではなく、自然林の多い森に行きたい

でしょう。

曇りの日にわざわざ山に行ってもいいけど、それは、

   親睦が目的

でしょう。行くなら行っただけの甲斐を求めてしまいます。 

それは、山に倦んできたのかなぁ…(不安・・・)。

私は、季節ごとにその季節を味わう山が良いと思います。

11月は里山の秋
12月はアイス
1月は冬山合宿
2月は冬期登攀
3月は雪稜
GWは北アの雪稜
4月はスプリングエフェメラル
5月は新緑
6月は花
7月は南ア
8月は北ア
9月は北アの紅葉
10月は紅葉

自然はその時期にしか味わえない美しさがあり、その自然の都合に合わせて、人間の方が予定や行先を柔軟に考えるのが良いと思っています。

■ 縦のライン

私は、目標をブレークダウンするのが好きなのです。例えば、目標が阿弥陀南陵とします。

そうしたら、阿弥陀南陵に行く前に 阿弥陀中央稜は良い選択肢です。さらに、ハイキングを目的にして、立場山にでも行っておくと、本番の阿弥陀南陵に行くときにアプローチでの時間ロスを減らせます。

1)立場山
2)阿弥陀中央稜
3)広河原沢
4)阿弥陀南陵

そういう風にステップアッププログラム化すると、行先に必然性が出てきます。

まずは、春の花の季節に中央稜へ。立場山へは年配の方や初心者の方とハイキングへ。

雪が付いた中央稜は、1ピッチだけど確保が必要なので、初心者の支点&確保の練習となるので、マルチピッチを覚えたての人を連れて。

3Pしか登攀はないけど、阿弥陀南陵は、一泊の長いルート。なので、体力があり、テント泊ができ、マルチピッチができる、対等のスキルのパートナーと2~3人で行かなくてはならない。

4人になるとロープが増え、重さの負担が増える。けれど、2人だと私が女性なので1対1は困る。

となると、男性2と女性1の3人がベストかな。などなど・・・

そのためには、ロープワークには習熟していたいので、アイスのルートで広河原沢へ行かなくては!

広河原沢は、日帰りできるので、テント泊するほどの労もなく、しかし、ずっと確保は必要なので、
スタカットの良い練習になります。

と、まぁこういう風に思考が流れるので、行きたい人の顔も具体的に浮かびます。

■ 例えば地図読みなら

例えば、地図読みを練習したいとなると、自分でこういう風に組み立てます。

1)机上学習。一般ルートでベアリング表を一回作り、それを基にシミュレーションしながら登山する
2)最初は登りで、尾根を一つだけ地図読みするルートにトライする
3)次は下りで、尾根を一つだけ地図読みするルートにトライする
4)コンパスを使い慣れるだけの目的で、オリエンテーリングに行く
5)いくつも地図を読まなければルートが発見できないルートにトライする

と、まぁこんな具合。

つまり、私は手が届かない大きな目標を小さくブレークダウンして、確実にステップを上がる

のが得意なタイプなのです。たぶん、今までこうして生きてきたんだと思います。

小さなステップを上がっている間も、大きな工程の中の今が3番目だな~とか、自分の位置を分かっているので、それが楽しい。小さくても上がっていることが分かるから楽しい。

そのやり方が、私が安心できる方法論なんですね。

しかし、英単語をただ覚えるのが苦手だったように、脈絡や関係性の無いことをただ粛々と数をこなす、というのはとっても苦手みたいです。

この辺の山全部行き尽くしたい、とか思っていないですし、百名山全部行きたい!とかって、まったく思えません。

■ 強い達成志向

つまり、すごく強い達成志向を持っている、ってことですよね?こうやって人は自分を発見して行くのだなぁ・・・

しかし、達成すること以外にも、山には山をただ味わう、という部分があるハズ・・・

味わうということを考えると、山に対して、異なる組み立てをするはずです。

垂直的ではなく、水平ライン的な横の広がりを求めるとか?

しかし、その途端に私は、あんまり一人で行く山に魅力を感じなくなるのです。それは、味わう山ということになると、第一には夫と一緒に出掛けたいから、からもしれません。

藪山はともかく、一人でも歩ける一般道に誰か男性と行く必要はないですし・・・。(もちろん、会の山行には、合宿で行く本番の山で互いに初見ということがないように行くわけですが)。

・・・というわけで、やはり、味わう山は単独、となれば、単独は女性の場合、一般道でキマリ、なので、まぁ、誰とも行かなくてもいい、ということになりそうです・・・(^^;)

この結論は、多くの山好きが陥っている結論と同じではないか?と思うのですが、どうなのでしょう?


去年の広河原沢



Tuesday, November 25, 2014

ワインと山梨

■ ワイナリー巡り

昨日は、ワイナリー巡りをしていました。

甲府に来てすぐの頃、思いもがけず余暇ができたので、ワイナリー巡りを考えたりもしましたが、車で行くと、テイスティングができないので、挫折しました。

今年は、4回連続講座の山梨ワイン講座というのに出ています。山梨学院大学が会場なので、我が家からは歩いて行けるので。

ワインは、色々と、小難しい食品の一つです・・・ 例えば、クラシック音楽とか、山岳写真とか、単純に「アニメが好き」というのとは、全く違う、なんというか”精神的垣根”がありますよね。

それと同じことがワインについては言え、講座の受講は、精神的垣根を超えるのに、とっても助かっています。

今回は、講座で知り合いになった、ワインに詳しい方に案内してもらいました☆ めったにない機会でうれしいです。

■ 記録

集合は勝沼ぶどう駅です。甲府から、410円。

徒歩で、ぶどうの丘、へ。

ぶどうの丘は、有名すぎますが、

1100円で 多くの品種が一日、試飲ができます。

レストランと入浴施設、併設。

次はバスに乗って、原茂ワインへ。バス代300円(①)。

ここはとても好きなレストランがありますが、
少々高いので、特別な時用です。

 かりんの木。

甲府は今、かりんが結実の時期です。

私も近所の木でとれた実で、かりん酒作っています。

もぎとる人がいなくて、カリンの実は道路へ落ちたり、どぶ川に落ちたりして、もったいない!

かりんは、都会では手に入りづらいもの、のひとつでしたが・・・

こちらでは捨てられるようなもの・・・
 山梨のぶどうは、


  • 生食用
  • ぶどう用


の2種類がありますが、基本的には、
生食用が多い。

ブドウの品種も違います。

ワイン品種で有名なのは

甲州 という名前のぶどう品種です。白です。赤は、ベリーA が代表種です。



この 1、2、3と連なっている、小さな山の連続はなんでしょう?面白いなぁ。 

この道祖神は、まるで月見団子を重ねたような形なのですが、このあたりに特徴的な道祖神なのでしょうか?って、そもそも、道祖神って何なのでしょうか?!

こんな石丸様(いしまろ)のレポートを発見しました!

山梨県の珍百景

石丸様
何やまだろう?

快晴!山に行きたい!!!

 再度バスで移動(②)して、蒼龍さんへ。

ここは初めて来ました。

あじろん初しぼり09年、美味しかったなぁ。

あの味は2度と出ないようで、10年はだめでした。

ワインの味も、一合一会。

あじろん、というのは、山梨だけでしか栽培していない、めずらしいぶどう品種です。


 山梨では、受賞ワインを飲むのが良いと思います。

甲州シュールリーは定番、最近は樽もおいしいです。

なんと、焼き鳥池田のおやじさんが亡くなったというニュースを聞いてショック!


 次は徒歩で、メルシャンさんへ。

カジュアル使いしたいレストランもありました。

ここは大手で資本力がありそうです。
 メニュー1000円からある。

ワインをつけて1300円。

山の帰りに良いかと?
 受賞ワインセット 800円。

飲み比べできます。

パスタセット 1000円。

 奥に展示スペースがあります。

昔はセラーとして使っていたそうです。

今は観光施設化しています。
 ワイン、醸造中なのかな?!

デッカイ、タンク・・・
 バス(③)で、再度、老舗、丸藤へ。

ルバイヤートで有名です。

ここは実力派?

1本5000円以上する、高いのを試飲。500円。

特別なワイン、は、飲んでも価値が分からないので、飲みません(^^;)

お食事には価値が分かるので、5000円あったら、食事に掛けるなー。

ワインはカジュアル派ですが・・・ そんな人にも出せる価格で試飲できるのはありがたいです。

ワインも山も、好きになり、頻度が高くなると、一個一個にはそうそうコストを掛けていられない、という点は似ています。

我が家は毎日、ワインか日本酒を飲むので・・・

ワインは今 スペインの リオハ、テンペラニーニョ種を好んで飲んでいます。赤です。安くておいしい。


 これは、まるで中世のお城のようなセラーです。
 これは光っているのは、酒石です。

 ステインドグラスがキレイ・・・

ヨーロッパみたいですね~

スペイン風かな~

 こんな近代施設もありました。
 お次は徒歩で移動。

甲州種の畑です。ブドウの葉っぱが、レンガ色なのが、甲州なのだそうです。

イチョウの葉がきれいでした~

ぎんなんは落ちていなかった・・・

ぎんなんの実でも焼きながら、ワインってのも、良さそうですが。
 ここはルミエールさん。

ワインタクシーが来ていた。

そういうのもあるんですね!
 ふつうにオシャレな開放的な空間です。
 解放的でないのは価格。

カジュアルレストランで、ディナー8200円は私の中にはないな~。

なら、キュイエットに行っちゃうな!
 しかし、大快晴!

紅葉した広葉樹と、植林の針葉樹も緑が、まだらになっています。

空が青く澄んでいる!

秋ですね~

この時期もいいですよね~

夏はちょっと苦手。
 お寺さんかな~ こういうところに立ち寄るのも、歩いて巡るワイナリー巡りならでは、では?
 大きなけやきの木が、すっく、と立っていました。

ケヤキってすぐ大きくなるから、大変ですが、
町中に、こんな木がいっぱいあったら、すてきだろうな~。



 バス(④)で、勝沼醸造さんへ。

初めて来た★

ティスティングを注ぐ担当の、お姉さんが好印象。
 ワイン陳列
 2階は、リーデルのグラスの見本がズラリ。

我が家のグラスもリーデル。


 コルク。世界的に品薄らしいですよね。

登山に持って行くワインは、スクリュートップのをわざわざ選んで探します。

コルク抜きがないと飲めないワインは下界向き。

試飲は6種類で500円と良心的。

 テラスが気持ち良い。

テラスでは、何かをするべきだ。

もったいない場。

チーズとの食べ合わせ会とか?
クロッキー会の会場とか?

あるいはキルティングビーの集まりとか?

なかなか素敵な空間なのになぁ。
 そこそこにバス停へ。(⑤)

バスは地元向けなので、バス停にどこのワイナリーに行けるのか、書いて置いてくれないと、地元ではない人には難しい・・・。

バスが、駅起点でない、というのも、難しくなる原因だ。

バス代も一回300円は、おそらくかなり高額に感じるだろう。何しろ、都会では一日乗車券が800円くらいだから。

今回は、バスに6回乗り、300円×6=1800円。

この出費分で一本ワインを買った方がよいのかもしれない。

 中央葡萄酒。グレースワイナリー。

ここは前に来た時とくらべ、会場が広くなっていた。

タクシーで、ぶどうの丘へ戻る。

1500円ほど。ひとり500円。
 勝沼で作られたワインだけが使えるボトルがある。
 このマークが入っているボトル。

再度バスに乗って、勝沼駅へ(⑥)。

バスが幼稚園のバスのようで可愛らしかった(笑)

一般の市営バスみたいなのを想像していたら違った。

シャトルバスを運行する試みが、ワインツーリズムなのだが、聞くと、赤字なのだそうだ。

2000人近くもいて、バス代に5000円もとって、どうして赤字になるのかなぁ?謎だ。

御坂山岳会で市民バスハイクをすると、バスで100人連れて行っても、だいぶ黒字になる。

イマドキ、ネット上の情報公開料なんて、かぎりなくゼロ円に近いんだし・・・

一体バス代以外の何にお金がかかっているのだろう?

たしかバスは一日借り切って10万円行かないくらいの価格だったけどなぁ。

この日は夕陽がとってもきれいだった☆

塩の山って登れるのなかぁ・・・


山梨は、桃、ぶどう、干し柿、ジュエリー、ワイン、富士山や南アといった山岳、と色々な地域資源があるが、どれもあまり全国的に地位を確立していないと言うか、お隣の長野県に譲っている。

のは、都会人があまりいないからなんだろうな。 マーケティングと言うのは、消費者である、都会人の視野で、地域資源を見ることだ。しかし、地元の人は地元の良さと言うのは、基本的には分からないものだ。

一方で地元の資源が地元にしか知られていないのも、それはそれでよいのではないだろうか?と思った。5000円で、2000人もの人が来てくれたということは、来てくれた人の善意の総量は、1000万円もの規模があるということだ。1千万円の予算で生み出せる幸福の総量は、少なくないはずだ。

≪関連記事≫
山梨では輸入ワインが安い!

≪本日のコース≫
ぶどうの丘 
原茂ワイン
蒼龍
メルシャン ランチ
ルミエール
丸藤
勝沼醸造
グレースワイナリー
ぶどうの丘