Tuesday, November 5, 2013

歩ける山 ≠ 連れていける山

はぁ・・・(ため息) また難題に直面しています・・・(ーー;)

実は、次回の山岳総合センターの講習には宿題が・・・冬山にリーダーとして登る仮定で登山計画書を作る、という宿題です。

それが・・・阿弥陀南陵・・・(ため息) 

■ 阿弥陀南陵とはどのようなルートか?

手持ちの登山の教科書『現代登山全集 八ヶ岳』には、阿弥陀南陵は、

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「しっかりしたリーダーのもとで中級者以上の登山者であれば、楽しい山行になろう」

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と書いてあります。 

まぁ全体的な位置づけとしては、初級のバリエーションルートと言ったところです。ロープはギリギリ不要。ただし落ちたら大変な怪我をしそうです。岩稜での滑落はホントひどいけがになりますよね。

私が調べたところ、”しっかりしたリーダーのもとで”のくだりは、“確かな判断力が必要になる”という意味でした。判断力なら備わっていますから、大丈夫です。 

次に問題になるのが”中級者以上の登山者”の部分です。私は既にビギナー初心者ではないのは、確実です。後立の縦走を一人でする人を初心者とはもう呼びません。しかし、一般道をいくら一人で歩けたところで、山ヤとしては、まだ入り口、戸口の前に立ったくらいでしかありません。ロープワークも一通り使え、先輩についてなら歩けるくらいが初級者と仮定しました。

となると、おそらく山ヤの基礎教育が一通り終わったくらいが中級者と仮定すると、私は今戸口に立っているところですから、中級者に入りかけの初級者でしょう、というのが合理的な憶測です。片足つっこんだかどうかくらいですね。

となると、この文章から判断する限りにおいては、私はこのルートはまだ歩けません。

さらに多面的に判断するため、ネットで色々と他の人の山行を見てみます。

長くないルートですから、問題となるのは、
・ルートファインディング
・技術レベル

すると、ルートファインディングはほぼ不要のルートです。ま、尾根通しですもんね、当然か。

技術面をみると、核心はP3(Pはピークのp)のガリー(岩溝)です。 内容を見ると、ロープを出すほどではない(つまり三点支持、クライミンググレード以前)なので、私でも歩けそうです。

私のクライミンググレードは黄緑テープ、クライミングに入るか入らないかくらいのレベルです。やっとクライマーと言えるの領域に近づいたくらいのところです。それから判断して、核心部の長さもそう長くないので大丈夫でしょう。

まぁ歩けるでしょう・・・チャレンジにはなりますが、まったく歯が立たないルートではありません。

チャレンジと言うのは、私の実力が10だったら、10の山ってことですね。もしかしたら11くらいかもしれません。

余談ですが、マンガ『孤高の人』で阿弥陀南陵、1巻に出てきますよね(笑) 遭難死していますが(失笑)

■ 氷化した岩稜・・・11月は閑散期

最近一気に冬型になりました。今日は明け方の気温がとても低いです。

最近行ってきた人によると、阿弥陀南陵の核心部P3のガリーは、もうアイス化してしまったそうです。

つまり、これが何を意味するかというと、つまり、難易度が3つくらい上がったってことです。

11月は山は閑散期として知られています。

それは氷化した道は一般道でも難易度が3つくらいあがって、とても歩きにくいからです。

11月の登山道は雪がしっかりついた12月や1月の一般ルートの登山道より歩きにくいということは登山ではよく知られています。

私たちも以前、ひどい目に遭いました(笑)

■ 登れる山は連れていける山ではない

阿弥陀南陵・・・無雪期になら、なんとか私も登れそうでした。

でも、それは自分で登れるって意味で、私の実力の10割の山です。もしかしたら、11くらいかもしれません。

しかし、一人で行くなら8の山、人を連れて行くなら、6割の山しか連れていけないのが登山なのです。

10の実力がある人が10の山に連れて行ったら、ちょっと不測の事態が起こっただけで遭難になってしまいます。

■ (易)→(難)の流れの原則

そして、これは無雪期の場合です。積雪期にリーダーとして登るルートを無雪期に登ったことがないというのは通常はありえません。

普通は、もっとも易しい無雪期に登り、次に難しい積雪期に登る、(易)→(難)の流れが登山のステップアップの常識です。

(易)→(難)の流れを守るなら、積雪期の一般ルートを連れて歩けることになって初めて、初級バリエーションに人を連れて歩くべきでしょう。 

というわけで、この宿題・・・はっきり言って、無謀です。少なくとも私には。

■ 岩と縦走

さらに志向の違いもあります。 縦走は脚で歩く活動です。ほとんどの登山者は山登りを足で歩くものととらえているはずです。

ところが岩は脚だけでは突破できないところからがスタート地点です。つまり手が必要な山登りです。

手の延長としてピッケル、そしてバイル(なぜか冬壁ではアイスアックスとかバイルとか言ってピッケルとは言いません。ダブルアックスは聞くけど、ダブルピッケルとは言わない)が、足の延長としての、アイゼンに並びます。

阿弥陀南陵は方向性としては岩登りに続くルートです。つまり、難易度に差が合っても、指向性としては、世界で最も難しい壁のK2に続くんですね・・・(--;)

■ 遭難予備軍

私はただ無理に背伸びするのがイヤなんです・・・。

なぜなら、山の遭難のNo1は実力以上の山に行くから、だからです。

講習会である限り、受講生それぞれのレベルが違うのは致し方ないことです。

私なら受講生それぞれが人を連れていけるレベルを講師が判定し、個人に合った課題を与えて、計画を立てさせ、講習生がお互いにそれを評価し合うというような内容にします。

講師が受講生をレベル分けをする理由は、登山をかなり深く理解している人しか、後輩の登山者のレベルというのは理解できないからです。

大体、登山ほど、レベルに客観的指標がない活動は少ないです。

■ 登山者のレベルは単一基準では測れない

たとえば、ボルジムに行きますよね?男性の初心者と私がいたとします。 まったくの同じゼロからのスタートだと、絶対に男性の方が登れます。ところがその人のムーブはとても汚いでしょうし、腕力任せでしょう。この差は特定のムーブができないと登れない壁が出てくるまで続くでしょう。その時、私の方が登れるポイントが来ます。 そしたら、それは相手がいきなりレベルダウンしたのでしょうか?違いますね。

脚だって同じです。男性は体力があり足が強いです。歩荷力も女性とは全く違います。そんなの当然ですよね。同じ身長だとして、女性は男性の6割しかパワーがないのですから。それは単純に体の構造の差にしかすぎません。

つまり単純に言うと 力があると”登れる”。

だからといって、登山者としてより優れているかというと、違います。

さらに判断力になると難しくなります。たとえば、”登れる”と”登るべき”は違います。

”登れる”だけなら、糊代がなくギリギリでも登れたら登れたってことです。大体、世界で初登、というような登山はほとんどがのりしろゼロのギリギリ登山でしょう。別の言葉でいえば死と隣り合わせですね。

”登るべき”は、登山判断です。雨が降っていても気温は低くないから低体温症にはならないだろうと判断したり、1時間後には上がると予想したり、この道なら雨でも危険はないと判断したりです。リスクを天秤にかける活動です。これには想像力知識、経験、観察力、色々なものが必要です。

体力がいくらあっても登山判断力がなければ、山では遭難してしまいます。

登山力は、体力、判断力、そして経験の総合力です。

登れる ≒ 登るべき 

なのです。

そういう風に総合判断すると、阿弥陀南陵は、登れるけれど登るべきではない、ということに・・・(汗)

大体、遭難のリーズンNo1は、実力以上の山に登ることですし・・・

余談ですが、体力=パワーを高めていくことにはすぐに限界がやってきます。何しろ、10代の若者を除く全員が下って行く体力という名の電車に乗っているのです(笑)。ところが、登山判断力を高めていくことには限界がありません。













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