Thursday, October 31, 2013

山を下りても偉大な人

今日は長谷川恒夫さんの「生き抜くことは冒険だよ」をぼちぼち読んでいました。

長谷川恒夫さんと言えば、私のように山初心者でも、ん?という感じにどこかで聞き覚えが…な感じの人で、元祖山男!というイメージを作り上げた張本人なのでは?な方です。

一般登山者からしたら、なんだか絵空事のようなナンガパルバットやら、ほにゃららやらの高所登山で、まさにいわゆる”アルパインクライミング!” ベースキャンプと無線で交信して「こちらBC1、どうぞ」な感じとでも言ったらいいでしょうか?

で、読んでいて思ったのですが、こういう有名になった偉大な岳人と普通の岳人の差と言うものは、肉体的にはほとんどないのではないかと…。

私はもちろん自分を蚊帳の外に置いて、の話ですが(^^;)。

山小屋で屈強で体力がある若い男性などと話をするとそう思います。

昨今の山の地図のコースタイムは、(たぶん)長らく続いている中高年ブームを反映して、ゆとりがある時間が設定しあるらしく、もう立派な中高年の私でもコースタイム余りまくりで、8割くらいで登ってしまいますが、それでもやっぱり”健脚”と”一般登山者”の差は大きい。(私は一般登山者の側です。40代の標準的な体力です)

ところが若い男性に関して言えば(もしかすると壮年期くらいまで男性は体力維持に努めれば、そうなのかも?)”健脚者”はそんなに珍しい存在ではないです。

私は山で一人の時は結構オジサンが歩いてくれたりするのですが、50~60代でもみんな健脚。私より当然強い。(けど、私に合わせてくれるんで悪いです…いつもスミマセン(笑))

ので、肉体的能力だけを取り出してみると、8000m級に行く能力がある人は、もしかしてそんなに稀有なことはないのではないかと・・・。もちろん、定年になって山を再開しました、というタイプの人を除くです・・・つまり昔からちゃんと山をやっていて、基礎的な体力が向上した人。まかり間違っても日ごろ運動習慣がないメタボのパパが30年分の体力を撤回して、ではありませんよ・・・。そういう人が体力を撤回するのはホントに至難の業です。私のレッスンにも男性の常連の方がいますが、普通のところで息が上がります。メンテナンスの差はとても大きいのです。

だって・・・イモトだって行ってますしね(笑)。 

とすると、偉大な人と凡人の差は肉体能力ではない訳ですよね? 私は運が良い、とするのも少し違うのではないかと最近は考えています。

「生き抜くことは冒険だよ」というタイトルが示す如く、それはひとつのマインドセット(心の在り方)なのではないかと…。

・周囲の環境のせいにしない
・変化を待つのではなく、自らが変化そのものとなる
・チャンスを恐れずに掴む
・出来ない言い訳ではなく、出来るためには何をすべきかを問う

これは登山をしていたら学べるものではありますが、でも、もしかしたら、登山をして学ぶのではなく、元々こうした資質がある人が、登山に巡り合ってしまったら、うーんと遠くに行ってしまえる、という事なのかもしれません。

そんなことを考えた今日でした。

登山だけができてもそこから人生を変えていける人と行けない人とでは、何が違うのだろうか・・・

山を下りたらただの人と山を下りても偉大な人の差は・・・


Wednesday, October 30, 2013

読了 『遭難の仕方教えます』 超ド近眼の山登り

今日は機嫌のいい晴れです。洗濯物が干せて、午前中の家事もすっかり終わってのランチタイムは、ここち良い時間帯です。

ウイルスによる風邪からアレルギー性の気管支炎になってしまい、家の中は主婦不在の活動停止状態になっていましたが、やっとカラダも回復してきて、それにつれ、家の中もだんだん秩序を回復しつつあります(笑)。

それにしても、私の”行きたい山リスト”は9月から一向に山の数を減らしていません・・・(><)

とはいえ、もう11月になってしまいました。11月始めの連休は、例年足慣らしで西穂独評へ行っていますが、今年は山ではなく、夫と慰安旅行です(笑)。 最初は山と思っていましたが、肺の調子がまだイマイチだし、ということで療養兼ねた温泉旅行を企画中です。温泉はいいですよね~。

■ 新たな商売ネタ? 地図読み講習会?!

最近、ふと思うのですが、「地図読み講習会」なるもののも…一つの業界の”陰謀”かもしれません。

陰謀と言うと心穏やかではない言葉ですが、陰謀とまで行かなくても、イノセントな嘘くらいの、平たく言えば、金儲け主義ってヤツなのではないかと・・・。

そう思うのは… いわゆる道迷いに”地図読み”講座って一切役に立たないだろう、と思うからです。

業界は

遭難No1は道迷いである
 
 ↓

すなわち登山者に地図読みを教えるべきだ

と、結論したいようですが、私が見ている限り、登山者の人が遭難するのは、地図以前の問題でした。

何しろ目の前に一本しか道がなくても迷っているのです。

①私が登山道を歩いていても、対抗してくる登山者は、ごく至近距離になるまで全然気が付いてくれないことが多い (顔を上げてゆくべき道を見ていない)

②目の前に明瞭な道があっても、私が座っているピークに向けて登山道がない場所を歩いてくるオジサン登山者に一度ならず2度も会った (それも15分くらいの休憩中)

もし、真摯に遭難件数No1の道迷い、による遭難を防ごうと思えば、登山者に必要なのは、地図読み以前に、顔を上げて歩く道を見る、というごく当然のことなのではないかと。

専門的な言葉で言えば、ルートファインディングですが、そんなこと言うまでもなく、単純に自分の足元以外見ない、超ド近眼みたいな山登りをする人が、特定の年齢層(60代、70代)に異様に多い印象でした。

足元しかみていなかったら、家の中に居たってちゃんと歩けません。こっちの柱にゴン、あっちの壁ににゴンとぶつかるはずです。

私が思うには道迷い遭難の多くはそんな状況での遭難で、地図が読めないから・・・というある意味まっとうな理由ではないような気がします。もちろん、これは単純な印象論です。

内容的にそのようにレベルが低く、道迷いと言えないような道迷い遭難を取り上げて、「地図が読めないと危ないから地図読み講習会に出ましょう」というのはちょっと的を得ていないのでは? 地図読み講習会というビジネスエクスキューズ?と感じています。

というのは、”自然に親しみましょう”というのも、いわゆる団体ツアーの単なるビジネスエクスキューズなんだろうな、と思うからです。30人も40人も連れていたら、自然なんかには親しめませんよねぇ?彼らが親しんでいるのは、街では今ではもう眉を顰められるようになってしまったバカ騒ぎ宴会でした。でなければ、「おねえさん美人だねぇ」などど、居酒屋まがいの言葉を掛けられるはずがありませんよねぇ?山小屋なのに。

■悪貨は良貨を駆逐する

こんな状況なので、本当に役立つ地図読み講習会の方は、人気が出ないのではないかと思います。

私は、雪山に赴きたいので、地図を読めることは必須の技です。なので、去年先輩にねだって、地図読みをやってもらいました。

私にはとても参考になる地図読み講習で、私は自分の地図読み能力にだいぶ自信をつけました。

そのとき得た知見ですが・・

■ 非自立の心理

その時ご一緒した方は、地図と地形から歩く場所を発見すると言う練習で来ているのに、どうしてもテープを探してしまうのです。 もうそれは心の習慣、となっているようでした。

地図を純粋に見てルートファインディングする練習で来ているのですから、わざわざテープなどがない場所を選んできているにも関わらず・・・です(笑)

まぁ磁北線を引いてきていない地図しか持ってこなかった方なので、本当に初心者なのかもしれませんが、たしか私より山歴長かったと思います・・・

どうしてこんなことになっちゃったのかなぁ・・・。

地図読み出来る人にとっては、ピンクテープや赤テープが、地形的に明瞭な場所にあると、まるで馬鹿にされているようで、腹立だしくすらあります。

私なんか5m起きにピンクテープがあるようなバリエーションルートはバリエーションなんて呼んではいけないのではないかと思ったりするんですが・・・。

このどうしても赤布を頼ってしまう、という心のくせ・・・が、どうしてできるか?というと、山に限らず、何事も、自分で判断しない習慣というものが、余りに長く続いた結果ではないのか?と思ったりします。

一般の生活でも人と同じにしておけば安心、と自分で考えない人は登山でも同じようにしてしまうのではないか?というわけです。むろん、憶測です。

■ 個人山行できる人には不要です

この『遭難の仕方教えます』は、ハッキリ言って、中高年の、団体ツアー登山者が読むべき本です。

夏のアルプスなどに個人山行で出かけていく登山者には一切必要がありません。 


 同じ理由で、いわゆる山ガール向けや一般登山者向けとされている『地図読み講習会』には一般登山者が出る必要は一切ないと思います。苦い経験があります。お金の無駄遣いです!

■ モノには順序がある・・・のが登山です

私はロープワークに初めて触れたとき、心もとない鎖場などではこうやって自己確保するんだ~と感動しましたが、自分で易しい山から順繰りに登って行き、鎖場があるような難しい山にステップアップした時、その自己確保術はまったく無用の長物となっていました。

それは私が正しく成長したのだということを示すのだと振り返って思うようになりました。

雪山の講習会では、講師は私たちの班に滑落停止の技術を教えるのはそこそこにして、ひたすら斜面をジグザグに歩くことをさせました。要するに歩く、という技術をマスターする前に滑落停止も何もないんですよね。滑落して止める前に滑落しない方が良いわけなので。

これと同じで、ハッキリ言って、登山と言うのは、少しずつステップアップするものです。

以前 「ステップアップなんて考えなくていいよ」と誰かに言われたような気がしますが、それはまったくの間違いです。

例え、後続の私を確保しながら、支点を作り、自分は自分でルートファインディングしてしまうというようなスーパーパンの先輩にくっついて歩くのであっても、ステップアップはかなり重要です。

というか、登山からステップアップする喜びと言うのを取り払ってしまったら、一体何が残るのでしょう?

いきなり冬の赤岳に行って登れたらそれはうれしいのでしょうか?では飛行機でエベレストに行くのと何が変わるのでしょうか?

自分の実力で登れることと、ガイドさんに登らせてもらうこと、そして、たまたまのラッキーで登れた山、それらの違いが自分で分からないということは、やっぱり登山者としての資質や思考が足りていない、という意味ではないかと思います。

そう考えられるということが、遭難を未然に防ぐ、ABS遭難を防ぐ、という意味なのかもしれない。

(ABS遭難が何かについて興味がある人はぜひ本屋で立ち読みしてください…)

遭難するなら恥ずかしい遭難だけはしたくないものです。

Tuesday, October 29, 2013

雪洞泊にみるマーケティング的非整合性

■ 異なって見える同一対象物

A点から見た対象物とB点から見た対象物の見え方が違うことはよくある。

たとえば像の話は有名だ。群盲、象をなでる、とすると出てくる。

象の話を持ち出さなくても、円錐は真上から見ると円で、横から見ると△であることは誰でも知っていてそれでそれは不思議なことでもなんでもない。

登山でも同じような事がたびたび起こる。 

というか、登山ではこれが頻繁に起こる率がたぶん他の業界より多い。登山は客観という視線にあまりさらされたことがない最後の領域なんじゃないかと時々思う。

まるで神秘のペールを剥ぐ、に近いような様相である時は、ままある。

今回発見したそのような例は、雪洞泊、だ。

■ 初心者からの見方

雪洞泊というのは、もちろん、雪山に穴を掘って寝泊まりすることなんだが、その位置づけとすると、緊急用、で雪山でピンチにあって雪洞を掘れないなんて登山者失格の扱いを受ける技術の一つだ。

もし、雪山で遭難死しても、それが雪洞さえ掘れば回避できる死だった場合、同情を受けることはかなり難しくなるだろう(--;)。それくらい登山者は同胞に厳しい。

その”出来て当たり前”感とでもいうのだろうか?「当然雪洞掘ったよね」という当然の帰結感覚は、登山者なら、誰もが持っている。

しかし、その一方で、雪洞というのは、掘る場所の選択から、上手な掘り方、水滴が垂れてこない工夫、形、など色々な”体験知”的、”コツ”的要素が一杯詰まっており、実は難しい技術の一つだ。

登山の場合はとても多いが、雪洞も、本を読んで知識として得たものがそのまま通用するようなものではない。

ということは、登山者は、知識としての知を、体験知に組み替えていくように活動しないと、知識だけではまったく緊急時には役に立たない。

まとめると、”出来て当然”視されているのに、実際”出来る”は、かなり遠いってことだ。

ところで、山に登る人のどれくらいの人が雪洞を実際に掘ることができるのだろう?というか、掘ったことがあるのだろう?(ちなみに私は掘ったことがあります)

■ 経験者からの見方

一方、雪洞というのは、熟達者からすると、すでに廃れた技術、だ。

その昔、テントというのはとても重く、それを担いで山に登るのは一苦労だったわけで、そういう場合、持ち運ばないで済む雪洞泊と言うのはとても理にかなった方法だったらしい。

今では雪洞を掘るのに持って行くスコップほどの重さしかテントそのものがないので、あんまり雪洞泊を山行に取り入れるのに合理性はない。合理性がないことは廃れるのが流れなので…なかなかやらなくなってしまったらしい。

またこうした技術は、実は仲間うちで、遊びを兼ねて、近所の駐車場ででも、あーだこーだと言いながら、とりあえず穴を掘ってみて、失敗と試行錯誤を繰り返しながら、だんだんと上手になっていく類のもので、そうした試行錯誤をすることそのものが楽しみの一部と言えるわけだ。

まぁ雪洞と言っても、雪国のかまくらと同じようなわけで、雪が大量にあるような生活をしていれば、(そして子供でもいればなおさらでしょう)、ちょっと雪遊びでやってみているうちに、パパがはまってしまう、というような類のものだ。

(ところが昨今は少子化で、かまくらを作って遊んであげる子供が少ない上、生活時間がこれ以上ないくらい仕事で圧迫され、おちおち遊んでいる時間がない、のダブルパンチだ)

つまり、雪洞という技術は本当に生活密着型なわけですね。アルパインに代表される先鋭的な嗜好とはちょっとズレた位置にある。

大体、雪洞掘るの、とっても時間がかかるんです(笑) テントの設営の方が早くてすぐ温かい室内?に入れます。

それは夏の焚火技術と少し似ているかもしれません。 焚火も今ではやらなくなった技術ですが、それは煮炊きはガスという文明(笑)があるからです。

■ 温度差

というわけで、雪洞という登山技術は、ビギナーとベテランでは、見方に大きな温度差がある。

ひとつには、相当のベテランでももう雪洞泊はやらない、ということであり、ひとつには雪洞泊なんて合理性ないし、ということもある。

合理性がない割にかかる労力は大きいし、リスクも大きいので、誰もやりたがらないのだ。

初心者の側から見ると、”出来て当然”視されているんだから、雪山へ赴く者、一度はやっておいた方がいいんじゃ?と思うのは無理はない。誰だって”非常識登山者”扱いされるのはゴメンだ。

これらの温度差の帰結の結果、雪洞泊をしてみたいという希望はあっても受け皿は限りなく小さいという様相を呈している。デマンドは大きいのにサプライは非常に少ないのだ。

・雪洞はできて当然視されている
・しかし、雪洞泊をする山行自体に合理性はなくなって久しい
・ので、ガイドレベルの登山者でも雪洞を作る指導ができる人は少ない
・雪洞は遊びレベルで楽しむ生活技術
・雪洞作りは経験がものを言う
・つまり雪洞は実際のニーズそのものが低い技術だ

例えて言うなら、初心者の側から見ると雪洞泊は円なのに、ベテランの視野から見ると三角なわけだ。

若い人が自然と親しまないと言って嘆く人は多いけれど、実際、だからと言って、自分が自然との親しみ方を伝授できるか?というとできないのではないかという実態と同じでしょう。

けっきょく、誰もが傍観者であり当事者にはなりたがらない領域って言う感じですね(笑)

ということの帰結かどうか分からないが、一番危険なのは、まったく素人同士での雪洞泊です。雪洞を掘る以前の問題で天候や雪の状態から危険を察知できないレベルではやってはいけない。たとえばこんな。

http://www5e.biglobe.ne.jp/~bunayama/topics.htm

http://lcymeeke.blog90.fc2.com/?mode=m&no=1617


遊びレベルとはいえ、上部の雪が崩れてきたら生き埋めです。というわけで、初心者は、あーだこーだ試行錯誤と言う選択肢もほぼ残されていない。(まぁ初心者のレベルにもよりますが)

■ チャンス

私が思うには、こういうのはビジネス的にみるとチャンス以外の何物でもない。

というのは、たまたま、雪洞を掘るのに、はまってしまったパパ的人材がいれば、その人は他の人にとっては非常に大きな価値を持っているはずだということが原理的に実証できるからです。

自分にとっては当然で大したことがなくて、他の人にとっては当然でないこと、にチャンスが隠されていると、よく言いますよね。

というわけで、ちょっとビジネスをかじっただけの私の目にさえ、登山はお宝ゴロゴロに見えるのですが(笑)

Saturday, October 26, 2013

パーティを分断させて遭難死を招いてしまった話から

■ 団体ツアーでの遭難死

久しぶりに知人のサイトを覗いてびっくりしたんですが…ちょっと炎上中?

比良山系滑落死亡事故の続報

かいつまむと、遅い人を単独で下山させてしまい、その人は無事下山したが、それを追った別の人が遭難死してしまった、という遭難事故です。サンケイの団体登山。

何人かで登っている場合、パーティをばらけるのが良くない、ということは登山の常識だと私は思うのですが、反論が一杯寄せられています。それにビックリしています。

それどころか、遅い人が要る場合、パーティをばらけても良い、単独下山させても良いと考える人が、ガイドさんのようで、そこにも二重にビックリです。

山登りでは、一番弱い人に合せる、これ鉄則ですよね。ところが今時のツアーはそうじゃないみたいですね…ああ、恐ろしい。

パーティがばらける、というのはできるだけ避けるべき事態なのに、そこのところが登山のプロにおいても、共通の認識になっていない、ということにカルチャーショックを受けました… 

参加するメンバーの側では、脚が遅い人に早い人が合わせさせられるのが権利侵害だと、声高に主張する人たちがいるってことに、びっくり!です。

人一人の命より、自分がツアーを満了するほうが重要なのだろうか・・・(汗)

・一番弱い人に合せる
・パーティは出来る限り分断させない
・無理のあるコースタイムは選択しない

■ その速さ、有意差?

でも、そもそも、20人も30人もいるようなツアーの中で、足が速い、遅いって言ってもなぁ…。

団体行動だとコースタイムより早いなんてことは絶対にないと思うんですよね…参加者には健脚さんはいないと思います。健脚と言うのは標準コースタイムの8割以下で歩ける人だと思うので。

となると、どう転んだって遅いわけです。 どうせ遅いなら、楽しいほうがよくありませんかね?

どっちにしろコースタイムの1.5倍はかかるのがツアーなんだし、そんな中で、早い遅いと言っても、正直コースタイム全体でみると、あんまり有意差がないような気がするんです。

1分あれば50m位先はすぐ行けますから、早そうに見えても実は早くないことは多いし、なんだか、早い遅いのスケールが、ずいぶんとそもそも的外れな気がします。 ずいぶんと視野狭窄だなぁって感じがします。

■ 想像力の欠如?

この”遅れていない自分たちだってツアー代金を払っているのだから”という権利意識は、もしかして”想像力の欠如”が一番の原因なのではないかと思ったりします。

・もし遅いのが自分の側だったらどう感じるか?
・もし遅い人が自分の家族だったらどうか?
・自分がパーティから離れて単独下山することになったら、心細くないか?(そもそも団体ツアーに参加するような人たちですし…)

そういう想像力の欠如が、たとえば、原発を作る際に、「事故が起きたらどうなるか?」「これが自分の敷地内に合ったらどう思うか?」、そういう想像力の欠如と根本が全く同じような気が・・・。これも、視野狭窄症ですよね。

要するに

・弱い人への思いやり
・仲間意識、助け合い意識

が欠如しているんですよね。 平たく言うと自己チューなわけなんです。

これって大体いつごろそうなったんでしょう?個人主義のアメリカの影響と言われますが、アメリカ人でこんな思想の人はいないんじゃないかと思うのですが・・・アメリカの個人主義は、最初から団体行動そのものをしないものだと思います。何しろ、ガレージから起業して世界企業まで育てるのがアメリカンドリームですから・・・どこでどう間違ったんだか・・・な誤解で、個人主義はアメリカ由来とバッシングを受けていますが、それは日本人の大誤解で成立している単純日本培養自己チューなのではないかと・・・(^^;)。ま、余談ですが。

■ パーティの時の歩き方

団体ツアーに参加するにしても、8人程度のツアーに参加するにしても、友達同士で歩くにしても、パーティで歩くときは、歩き方があります。

パーティで歩くとき、リーダーがトップを歩きますよね? で、一番弱い人はたぶん2番手を歩きます。
サブリーダーがいちばんお尻を歩きます。間は適当です。

1番 リーダー
2番 いちばん弱い人
3番~ その後は適当
最後  サブリーダー

この順序で行くと、リーダーと2番の間が多少開いて行くのが普通です。

だってリーダーといちばん弱い人ですから(笑) そこで2番の人は焦るわけですが、間が開いても、実はそれで良かったりします。

リーダーはセカンドの様子を見て、姿を見失わない程度にスローダウンするはずです。まぁたまに勝手に行ってしまうリーダーもいますが(笑)、それは単にルートファインディングに一生懸命で、気が付かなかっただけでしょう。

また間の間隔は、ケースバイケースで、簡単な道は、各自気ままに歩き、難しい場所は密になって、が普通だと思います。 少し開いたら先の人たちは休憩しつつ後続を待てばいいだけ。

ラストのサブリーダーが全体が見渡せる位置に居るので、リーダーに早すぎるなら早いよ~と言ってあげたり、先頭では気が付かないようなこと(こっちのほうが歩きやすそうだとか)を気にかけてあげるのが役目だと思います。大体先頭にいたら、誰がバテているのかとか分かりません。後ろには目がないですしね(笑)

下山の時は逆になることもあります。サブリーダーがいない場合はリーダーが最後になります。

運動会の行進のようにぴったり行列して歩く必要はないんですけどね… 団体ツアーの人は脚が遅いのもあって、ムカデ競争のように歩いていますが、ぴっちりになる必要はないです。

ぴっちり歩くと足を置く場所さえも自分で考えなくなりますから。全然ライン取りや歩き方の勉強にならない。

この順番を知っていれば、何人かで歩くとき、その人が自分をどこに入れるかで、自分の強さをどう思っているか?が分かったりします。 自ら最後尾に回ってくれる人はサブリーダーの自覚がある人なんだろうなぁとか、セカンドの後ろにつけられたら、一番弱い人の面倒を見てね、って意味なんだろうとか(笑)。

ちなみに、登山を学びたいとき、いちばん勉強になるのはトップを歩くことなので、お尻についてくれる先輩は良い先輩です。 勉強させようとしてくれているんですね。 自分が先に行ってしまうと後ろの人はあんまりルートファインディングの勉強になりません。


■ ”団体”ツアーは登山向きではない

”団体”ツアーは、考えれば考えるほど登山向きではない・・・。

登山では足が揃った、という言い方をしますが、みんなが大体同じくらいの実力であれば、パーティがばらけることもなく、遅れる人もいないわけですが、人数が増えれば増えるほど、実力が揃う確率としては低くなるのが道理でしょう。

その上、人数が増えれば増えるほど、メンバーの意識も、連帯感や責任感が薄くなります。

となると、大人数はいいことなしです。

こういう遭難例なんかを読むと、ホントに団体ツアーにだけは参加すまいと更なる決意を固めてしまいますね。 

【参考】
ガイド登山を120%活用するには 
http://blog.goo.ne.jp/osakahensyu05/e/3d3e588611b47497eb48ce8ec055bbbe

Wednesday, October 23, 2013

読了『我々はいかに「石」にかじりついてきたか 日本フリークライミング小史』

なんだか晴れる日が少ない秋山シーズンですね。今日も退屈な空模様です。

■ 読了 『我々はいかにして「石」にかじり付いてきたか フリークライミング小史』



この本は、熱が出て寝る以外にすることがなく、退屈しているときに、ふとアマゾンで見かけ読みました。

そういうちゃんとしたことを考えるのが、しんどい時に最適な本です(笑)

とっても、面白ろおかしく、ため口口調で書かれており、私はよく分かりませんが、きっと有名なクライマーだろうと思われる人たちを(愛情込めて)こき下ろしていたりして、面白おかしく読めます。

その雰囲気は無料でダウンロードできる冒頭部でも十分味わえます。

「なんでこんなこともできないのッ!?」「…だってオレ、クライマーだから・・・」

…そうなのか(汗)。 

”クライマーだから”の一言はオールマイティー免罪符。 は、いえ、昨今は私のように、非クライマーな人たちがクライミングジムにやってくるので、その意味するところをちゃんと教えてくれないと、この戦法?(笑)は、スルーされてしまいます。 水戸黄門の印籠だって外人に見せても意味ないでしょう、同じことです。

最近、私にも、やっと、クライマーという人種についての理解が深まって(?)きて、一般社会人に期待することは期待してはいけないのではないだろうか・・・?との心配が、なんとなく的中しそうな気配というか・・・いや、期待する側のほうが、間違っているのではないだろうか?くらいの認識を持ちつつあります…

クライマー諸氏ってのは永遠の”少年”なんだろうな。まぁ男性というのは誰だってそうですが…。(そこまで拡大解釈するなら女性だって永遠に”おとめ”です…)

若者が青春をささげるアクティビティとしてみると、ミュージシャンになりたい、とか、モデルになりたいという、傍から見ると実現可能性の著しく低い(言ってみれば底の浅い)夢が大人勢の大バッシングという試練を潜り抜けないと実現しないのに対して、岩登りは、単純に岩を登るだけなので、「まぁ岩登りくらい。タダだし…」と、非行に走るくらいなら岩に走ってくれた方が良いくらいの軽い気持ちで岩に通い詰めてしまうもののようです。

それで、けっきょく、非行に走ったのと同じくらい、身持ちを崩してしまうリスクのかなり高いアクティビティのようです(笑)。たかが遊びに人生の時間の大部分をささげてしまうものらしい・・・いや恐ろしい。

そういう岩バカになってしまった人たちと、フリークライミング黎明期の話でした。 

フリークライミング好きの人は一読をおススメします。でも真面目に読む本ではありません(笑)。 

■ 簡単に小史

かいつまんで私の理解したところを書くと…

1)全国の小規模な岩場で、同時多発的に”石”登りが発生。鷹取山、日和田、など。
   ↓
2)アメリカのクライミング時代。ヨセミテ&コロラド。クラック。
  ”ハードフリー”クライミング。日本では小川山。
   ↓
3)日本人が海外詣でを行う。
   ↓
4)ヨーロッパのクライミング時代。ラッペルボルト式にルート開拓。
  フェース。高難易度のクライミングでアクロバティック。腕で登るクライミング。
   ↓
5)クライミングの高難易度化。
   ↓
6)クライミングジムの興隆。(ちなみにジムはここ数年で4倍にも増えた)
   ↓
7)クライミングがボルダリング化 
   ↓
8)第二世代のクライマー(親の時代には考えられないグレードを登る)


今ではクライミングは、ジム壁からスタートしてムーブを身に着け、それから”外岩”に行くものになってしまいました。

”外岩”(そといわ)と発音しますが、なんか違和感あると思いました…だってね、外にあるのが普通ですよね、岩なんて。

昔は普通に何も登れないところから、岩にかじり付いてきたんだそうです。それが今では、易~難の流れとしては、室内壁で壁を登れるようになってから、外岩にデビューするようになってしまいました。

クライミング技術の面だけを取り上げると、ものすごく進化したのだそうです。今は5.14とか聞きますもんね・・・


■ アウトドアじゃなくてインドア

私にとっては、ボルジムってなんだかつまんなくて… まぁまだ黄緑とか水色のテープのくせになんだか、ですが、たぶんクライマー人種は、どんな壁であっても登れれば、うれしいみたいなので、私はクライマーではないに違いありません(笑)

全然ハマっていない…。

…のは、そもそも山梨の良さってアウトドアにあるって思うんですよね。

山=アウトドアでしょう…なのに、なぜかインドアに向かわねばならないボルジム通い…(汗)

私には、山登りは、この先に行ったら何が見えるかな~(わくわく)という感じにすぎません。

きつい登りは”わくわく感”につられて、キツイこともキツイと感じずに登る。その感覚が好きです。

修業じゃなくて、ツラさを忘れる面白さ。

で、見えたものがすごかったらうれしい。すごくなくてもそれなりにうれしい、という感じです。

なので、私にはフリークライミングって、まずインドアのボルジム通いが面倒で・・・なんで山に行くのに私ったら、こんなことをしているのかしら?!という感じです。

お山に行けば木漏れ日がキラキラして気持ちいいのに、なんでまた、ジムで、むさ苦しい男たちに交じって、汗でツルツルのホールドにぶら下がって、筋肉痛の腕を作っているのかしら、私・・・(汗)って感じです。

特に上半身裸で、雄叫び上げなら、ランジとか決めているヘラクレス体型の男性クライマーを見ると…なんかナー。私とは全然世界が違いそうです。すごく男臭い世界です。

私は、自然って素晴らしいな~。好きだな~と山に行くたび、思うのですが、そこに岩っていうのが出てくると、なぜか自動的にあんまり好きでないボルジム、インドアに誘導される・・・

ので、ちょっと待て!どうして???という謎が深まっていましたが、今はそういう時代なのだとこの『フリークライミング小史』を読んで分かりました。

ボルジム通いは乗り越えないといけない壁みたいですね。やりたくない宿題みたいで、いかにこれをやらずに済ませようか、みたいなことばかり考えてしまいますが(笑)

明日は久しぶりに友達とボルジムに行く約束をしています。

≪参考≫

作者の菊池さんのサイト。 色々参考になることが書いてあって面白いです。
http://www.ne.jp/asahi/gamera/climb/



Tuesday, October 22, 2013

山でチャレンジを学ばなかったらどこで学ぶのか?

■ 「未知」は「チャレンジ」

最近、ちょっとガッカリする出来事がありました。

それはある人に来た仕事の依頼…その人にとって「やったことがないこと」「自信がないこと」でした。

つまり「チャレンジ」ですね。 ちょっと背伸び。

そんなとき、あなたなら、どうしますか?

「自信」は、やったことがないことに対して、恐怖と不安を感じ、それを解消しようと努力し、その結果、自信がなかったことができるようになった、という場合に生まれるものです。

なので、やったことがない仕事、というのは、お金を払ってやってもいいぐらい重要な成長のチャンスです。

自信がないことから逃げていると、一生自信というのはつきません。

どんなに人から褒められても、つかないのが自信なのです。自信と言う字が、自分を信じると書くように、自分で自分を信じないことにはどうしようもないからです。

■ 自信がないときどうするか?

しかし、自信がない事柄は誰にでもあります。

自信がない…そのとき、問うべきは、何がどう具体的に、自信がないのか?です。

自信の無さが”未知”にあるのであれば、一回それをやってみれば、いいだけのことです。未知は既知になります。 (秘訣その① 予習)

もし、個別のスキルにブレイクダウンでき、何か一つのスキルが不足しているのなら、それを身につければいいだけです。(秘訣その②:細分化)

たとえば、私は岩稜帯の縦走には自信がありませんでしたが、ボルジムという個別のスキルに細分化して自信を付けたわけですね。

あるいは、難易度を少し下げますね。立ちこむステップの幅を小さくするのです。(秘訣その③:難易度を下げる)

その結果、一回でもやれば、それが経験になり、自信になる。

重要なのは、やったことがないことをクリアしていくプロセスにしか自信というものは生まれない、ということです。

多少の恐怖や不安を感じつつもやったことがないことをやる…誰も歩いたことのない登山道を歩く。それは登山と同じこと。

もし、「不安」や「恐怖」を乗り越え、「未知」に「努力」でもってして、「チャレンジする」ということを登山から学ばないのであれば、一体何から学ぶのでしょう?

■ 頑張りすぎは、状況の理解を濁らせる

前回、東沢釜ノ沢では、私は歩くペースが速すぎました。 頑張りすぎです。

頑張りすぎるとどうなるか? 周囲を見渡す余裕がなくなります。

それは人生でも同じことです。

人は頑張りすぎると、「緊張」がします。要するにストレスです。そうすると心の持つ様々な機能が働かなくなります。 

具体的には、

・自分の周囲で起きたことを把握する
・どうするべきか判断する
・適切に行動する

こと=「思考」ができなくなります。つまり思考停止です。

山に例えると頑張ってハイペースで歩くと、足元だけ見て歩いている状態で、遠くを見ていませんね。道迷いしても気が付きません。無駄な動きが多いので同じことをしても余計に疲れます。

頑張りすぎで周囲が見えなくなると、次に

・自分に起きた出来事の意味を理解する
・どうして起こったのかという理由を考える
・どんな法則があるのかというしくみを理解する

つまり 知性=「マインド」も正常に機能しなくなります。

要するに、遠くに雨雲を見ても、今「雨具を着なくちゃ」と発想できないのがマインドが正常に機能していない状態です。 今やるべきことは未来からしか理解できないものです。

そのような心理的視野狭窄に陥る原因は、元をただせば、頑張りすぎ=歩くのが早すぎるから、です。

頑張ることで生まれる感情の緊張は、人生に様々な苦しみを生み出します。

頑張っているのに物事がうまく行かないのは、頑張りすぎのサインです。

やるべきことは立ち止まって、しっかり状況を確認することです。 たいていの場合はリンデワンデリングに嵌っています。頑張っているつもりで同じところを延々と堂々めぐりしているだけなのです。

頑張るべき事柄に取り組んでいるときは、物事が頑張らないでもスムーズに進みます。それが進むべき道のサインです。 登山だって充実感は消耗しているときには得られないでしょう。

山登りからでもいろいろなことが学べますよね!!






Sunday, October 20, 2013

山の食事を見直す

今日はしとしと悲しく冷たい雨が降り続き、昨晩、沢に宿泊していなくて良かったな~と、今更ながらに思っています。風邪の方は終盤って感じです。

■ 反省 山の疲れ?のメンテナンス

今まで、食事対策が必要なほど頻繁に山には行っていないので、山であんまり疲れた~とは思っていなかったのですが、当人の思いより正直なのがカラダ。

今回風邪をひいてちょっと振り返ってみたのですが・・・筋肉痛は単純に疲労度合いの激しさを示すとすると・・・

考えてみると、防衛体力(免疫力)、気温、湿度、紫外線に無頓着すぎたかもしれません。

というのは5月の連休の雪上訓練で日焼け対策が甘く、ピーカンに晴れてしまったので、ひどい日焼けをしたのですが、その後ヘルペスが出たからです。子供のころから体力が落ちるとヘルペスが出ます。あんまり酷使すると帯状疱疹になります・・・(汗)。

日焼けには皮膚的には強いのですが、日焼けによる免疫機能の低下には用心しないといけませんね。焼けて赤くはならないからって免疫系にダメージを受けていないとは限らない。

今回の沢では、紫外線には特に強い影響は感じませんでしたが、予想もしないで筋肉痛になったし(他の雪上訓練などで筋肉痛になっていません)、少しシャリバテもあったので、意外に身体への負担があったのかもしれません。約1か月ほど、外気に当たっていなかったし、この登山のために特に食事にも特に気を使わなかったので。

沢のぼりで、バテたのは、土曜の前の晩の金曜でヨガをした後は欠食していたからかもしれません・・・。日ごろの習慣。ヨガをすると食事したくなくなります。しかも、当日朝、私は食事は軽めで出かけてしまいました。普段通りの・・・。玄米餅くらい食べておくべきでしたね、強い運動をすることがあらかじめ分かっている場合は。

私は環境変化に繊細で、気温、湿度、気圧などの環境変化の影響を特に受けやすい子供でした。気圧変化なんて、雨降る前に分かるくらいでしたし(笑)。絶対、高所登山には向いていないと思います(><)。

登山と今回の風邪が直接関係があるかどうか分かりませんが、消耗に対して、ケアをとくにしていないのは事実なので、これはちょっと身体のケアを見直さなければ、と思い、とりあえず、スタンダードな思考の枠組みを得る為、手に取ったのがこの本です。その名も『勝負食!』



内容は、運動時の食のセオリーとして既に知っていることばかりなんだけど、実践しているか?というとやっていなかったかも(汗)?

私は食にはそんなに力が入っていないほうなので・・・誰かお食事を担当してくれたら、うれしいなーぐらいのものなのです・・・食事を作るのはキライじゃないんですが、こまごま余った食材を管理したり、なんだりがとっても苦手です・・・(汗)。

毎日の食事はホントシンプルとは程遠い世界で、雑多なモノが入り混じり・・・食のマネジメントはホントに女性はタイヘンな仕事を受け持たされているんだよなぁと思います。はぁ(ため息)。

■ 基本はビフォー&アフター

山登りはスポーツでいうと試合に例えられます。なので、

1)登山前=グリコーゲンローディング
2)登山中=バテナイを目指す補給
3)運動終了直後30分=疲労回復大チャンス
4)運動終了後2時間=2度目のチャンス
5)登山終了後夕飯=疲労回復 成長ホルモン大チャンス

ですね。基本的にはウエイトトレーニングなどと同じです。

1)登山前日は、炭水化物とビタミンA,Bを意識した食事  例:発芽玄米、うなぎ、豚汁

2)登山中の食事はカロリーを十分にとった食事と”戦略的”な水分補給。

3)下山直後30分以内は筋回復のための食 例:オレンジレモンジュース、豆乳、プロテイン、アミノ酸 2時間後も同じ。

4)下山日の夜 ビタミンBが豊富な疲労回復食。 例:豚肉、鶏肉、長芋、長ネギ、玉ねぎ、にんにく

■ 方向性をつける

普段のメニューにトッピングで食事に方向性をつけるのは、誰でも取り入れやすい技ですね。

1)パワーアップ ⇒ タンパク質、ビタミンB、C,カルシウムを強化する 例:卵、ツナ、ジャガイモ
2)スタミナアップ ⇒ 炭水化物、ビタミンB、マグネシウム、クエン酸を強化する 例:レンコン、サツマイモ、アーモンド
3)スピードアップ ⇒ カルシウム、マグネシウム、ビタミンB 例:のり、チーズ、じゃこ、きくらげ
4)ストレス対策 ⇒ ビタミンC、ポリフェノール 例:くるみ、パプリカ、ブロッコリー、アスパラ

と同じメニューでも加える素材で、食事内容に方向性をつけます。

登山に応用すると
1)パワーアップ ⇒ 登りでバテる場合に
2)スタミナアップ ⇒ 長い行程をばてずに
3)スピードアップ ⇒ 下りのスキルアップ 思考と足さばきを素早く
4)ストレス対策 ⇒ 登山中の環境ストレスに強くなる

って感じでしょうか。

■ 役立つ知恵

・消化という生命活動の中では、噛むことだけが人間が意識的に行える活動。消化されないと食べても栄養にも血肉にもならない。

・炭水化物は異なるGI値の物を複合的に取るべし。(時差攻撃でパワーを放出)

・タンパク質は植物性と動物性を混ぜて取る。

・野菜は、異なる種類でも、葉、実、根と植物全体の姿を意識してとる。 葉だけ、実だけ、とならないようにする。(なるほど・・・良い発想ですよね)

・足がつりやすい人は、マグネシウム、ミネラル、ビタミンBを取る。前の晩にバナナとヨーグルトを取る。(登山中よく聞かれます。山小屋ではバナナとヨーグルトを販売したらいいのでは?)

・ねん挫の後はタンパク質を大量にとる。+ビタミンC。 

・ひざ痛はコラーゲンをとること。

■ 栄養士が薦めるサプリ

サプリは、食品ではないのでそれに頼ることがないという前提で・・・(にしてはいつも多すぎて消費できないんですよね・・・)

・カルシウム ドナン 


 ・回復食 http://www.shaklee.co.jp/products.php?sku=00177
・レクマックス http://www.asahi-fh.com/products/supplement/recmax/recmax01.html

レクマックスは下山後の温泉セットの中に常備するものにしようと思いました。

■ 多すぎても不足しても

しかしこうしてみると、現代の栄養学は不足している、を前提にしているのが分かります・・・私は活動をした後で補給しなかったからもちろん、不足したのですが・・・この考え方を、特に強度が強い運動をしていない普段に適用すると、絶対に間違うなと思いました・・・

普段、だるい、倦怠感がある、なんかすっきりしないなどの感覚がある人は、不足しているんではなくて、多すぎるんです、たぶん・・・。

運動をすれば余計なカロリーが消費されてきっとスッキリします。取り入れるより先に取り除くほうが大切だという視点を忘れないようにしたいと改めて思った、スポーツ界の栄養学でした。

Saturday, October 19, 2013

ウォーターウォーキング

■ 講習会は来年に

今朝、起きたら、熱は平熱に下がっていました。6度5分。大汗をかいていて、びっくり。汗が出たら風邪はもうそろそろ終わりですね。そして喉からでっかい塊が・・・風邪菌は鼻から喉に移行、なんてセオリー通り・・・

結局、風邪で講習会は欠席の運びになりました・・・昨日の夕方で熱7度あったので。体内でウイルス大暴れ中ですね。

まぁ若いってことですね。予想通り、今日は良くなったのですが、これ、良くなった日に講習だからなー。あと一日我慢すれば、全快です。 我慢せず出かけてしまえば、長々と風邪状態を引きずるでしょう。

運転と宿泊が沢でさえなければ、講習そのものには参加できそうでしたが、そんな大名山行は許されないので、今回は仕方ありません。

山岳総合センターの七倉沢での講習は危急時Ⅱでした。

危急時ということなので、困った状況に陥った場合という話なのですが、たぶん今回はロープワークの2回目で、支点作りなんかを教えてくれる会だったのではないかと思います。この回がいちばん難しい内容のはずで、アルパインコースの受講生だけが受ける講習でした。縦走コースの人は受けない。

なので、まぁ来年受ければいいのかもしれません。

■ 沢のグレード

先日、釜ノ沢にいって楽しかったのですが、沢というのは、本当に最後の楽園かもしれません。

沢ならば焚火も出来るし、水も取れる。小屋がないので、なんでも自分で解決することになります。

夏山の小屋泊を数珠つなぎにするような、お抱え登山とは違うことになります。

お山がみんな夏の北アみたいになってしまったら、悲しいでしょうねぇ・・・。登山者は一切判断する必要はなく、行列に並んで歩くだけ、ごはんはまるで給餌を待つ牛のごとく、寝る場所はオイルサーディンの缶詰のごとく。一体何が楽しいのか? 

私なんて並ぶの大嫌いですから、会社勤め時代、それが嫌で社員食堂ではなく、開発室で一人でおにぎりかじってたほどです。

私は、東沢釜の沢行ってみて、夫とほら貝のゴルジュまで、また行きたいな~と思ったのですが(夫は沢靴がない)、同じ発想をしているのが 『ウォーターウォーキング』 です。



この本に出てくる沢は、沢グレードの初級からもっとグレードを下げて、”登る沢”ではなく、”歩く沢”まで。

まさに私好み!

実は、沢ヤさんというのは”登る”人たちです。でも、正直、私は登るほうにはあんまり興味がなくて、沢の水の美しさを愉しみたいなって思うので、滝とかは登らなくて、見るだけでいいんですが…。そんなこというと”弱気”だと思われて、励まされてしまう・・・(汗)

そうじゃなくて、ホントに、登ることに意義を見出しているんじゃないんだよな~って感じです。やっぱり山登りの人は登ることに至上の価値を置く。私は登らなくても、自然と親しめれば良いと思うのですが・・・。

登れることに価値を置いた場合、上には上がいますよね?つまりいつかは必ず挫折が来ます。いつかは誰しも、「自分はここまで」と納得しないといけないポイントが来る。そのポイントを限界ぎりぎりまで詰めなくても、自分で選択したっていいと思うんです。趣味なんだから。苦行するのではなくて、楽しむのが目的なんだから。 

この『WW』では、たとえば釜ノ沢だったら、最後まで詰めないで、二俣まで歩くだけです。あの美しい釜ノ沢の滑に行かないのは少々骨抜きな感じでしょうが、東沢、中流でも見どころ満載です。
欲張らずに力が付いたら行けばいいのです。

≪WWの概念≫
・水と遊ぶ
・水流を歩く
・危険な滝がない
・危険な滝は巻くことが出来る
・稜線まで上がらない
・楽
・短時間
・容易に引き帰せる

私が重要だなと思ったのは、容易に引き帰せる、のと、水と遊ぶ、という点です。

どうも沢登する人って、乾いた岩がみんなスポーツクライミングのルートになってしまってつまんないから、という理由で、沢に来ているらしいんですよね…

スポーツクライミングのルートには冒険性がないので、山登り本来の冒険性を求める人たちは、きっと沢に冒険性のある岩を求めるのでしょう。なので濡れるのは冒険性と引き換えの代償、程度のことで、出来るなら濡れたくないのかもしれません。

まぁ釜ノ沢は、初級の沢で沢ヤさんに言わせるとほとんど冒険性のない沢です。それでも、踏み跡は薄く、ルートは好きなところを各自が歩き、足を置いた場所が崩れる、というリスクはあります。

私には、そうした岩を登るための沢、ではなくて、沢を沢として楽しむための沢、があってもいいのかなって気がします。

沢は素直に川遊びの対象に思えます。山頂までの通過点として過ごすのではなく、そこに停留することを目的にする場所。だって、今の日本の山に自然のままの姿で残っている場所なんてほとんどないのです。広河原なんて、湧水まで出ていて沢の水を飲まずに済み、すごく良い場所でした。

■ 大人の初心者にはワンランク下がいる

あとこれは、バレエでも思ったことですが、大人の初心者には、青年期の初心者がすぐにマスターしてしまうようなことをマスターするための、ワンクッションが要ります。基礎体力が異なるからです。

それはバレエにおいては、すぐにポアントがはけないことだったり、山においては、重いザックを背負うためのトレーニングがそもそも必要だったりすることです。

沢も同じだなぁと思いました。 釜ノ沢は、グレードでいうと初級上の沢ですが、大人の沢初心者には初級上をいきなりやってしまうのはたぶん辛いだろうなぁと思いました。

私は沢のルートにも入らない海沢で沢を経験しておいて良かったです。 

というのも、ツアーというのは、本当に教え方が丁寧です。 パッキングはどうしたらいいか?も教えてくれたし、着替えはテントだし、ハーネスも貸してくれ、この沢で、教えてくれたことは”常識”ばかりでした。それでも唇を紫にして震わせながら、ザックを浮き袋にしてしがみついて泳ぐ沢では、すっかり体力消耗して、帰りはガタガタでしたから・・・。こんなに大変だったのに、この沢は遡行図さえない、ルートとしては認識さえされていない沢だったのです。

『ww』の沢は、一般的な沢グレードの初級以下の沢ばかりです。というか初級の沢がいちばんWWでは難しいのです(笑)

こんな感じ。               

  WWのグレード                 一般的な沢グレード
                                 2級
   w4級                          1級
   w3級
   w2級
   w1級

これが実際の沢に落とすと、釜の沢は滑までいかず、二俣までで引き帰して終わり、ってわけです。
もしかして沢靴さえいらないくらいかもしれません。

大人の初心者は、玄人が価値を見出さない場所(事柄)に価値を見いだせる、ということかもしれませんね(笑)。

ロープワークは多少習熟しないと『WW』できないのですが、逆にいうとWWはロープワークの練習場としても良いのかもしれません。


                             



Thursday, October 17, 2013

バテナイ義務はメンバーシップ

■ パーティ登山は実は上級編

個人で登る場合には問題にはならないけれど、パーティで登ると問題になるのが・・・

強さ

です。 強ければ強いほど、精神的負担は少ないです(笑) 

パーティ登山の場合、何が何でも

・足を引っ張る人になってはいけない

のが鉄則です。

というのは、

山行計画に遅れる=危険が増す、

ということであり、自分が遅れることはパーティ全体を危険にさらすということだからです。

もちろん、メンバーの足の速さ(遅さ?)を考慮して、1.5倍のコースタイムで山行計画が組んであれば、その速さで歩ければ問題ないわけです。

なので、パーティ登山では、山行計画のコースタイムを見て、

・自分で自分の参加適・不適を判断する力

が必要です。具体的には、標高何メートルを何時間で登れるか、一日何時間歩けるか、くらいは知っておかないと自分でも自分が歩けるのかどうか判断できません。

ちなみに標高差300m1時間くらいがノーマルな速度です。斜度にもよりますが。歩く時間は一日8時間くらい(遅くならず)歩ければ、問題なく一般的な登山に参加できます。

夏山では頻繁に「私でも歩けますか?」と聞かれますが、それは本人しか分かりません(--;)。
「あと何時間で○○に着きますか?」も本人にしか分かりません。

こういうわけで、参加する以前に自分の速度を知っている必要があります。

となると、ある程度山歩きの経験がすでにある、という必要がありますから、パーティ登山は実は、個人山行よりむしろ上級編です。

■ 共同装備の負担

パーティ登山では共同装備の負担があります。大抵は2~3kg程度で大した重さではありません。

しかし、問題は、担いだ結果、遅くなるという反比例の法則です。

ザックが重くなれば、遅くなるのが肉体の道理… なので、遅くなる=足を引っ張る、くらいなら、共同装備の負担を無理して多く持つはナンセンスです。

誰が何を何キロくらい持つべきか、その辺の総合的な判断は、リーダーが行います。

こないだの釜ノ沢では、私は一番弱いメンバーでした。

それは、あらかじめ想像できたので、できるだけ、軽量化して行きました。

■ 個人からパーティへ ステップアップ

そうこう考えると、やはり、最初は一人で山を歩いて、基礎的な体力や山登りの常識を身に着け、ある程度常識が育ったところで、パーティ登山に移行するのが、良いかもしれません。

最初からパーティ登山で、手取り足取り教えてもらう、ということになると、どれくらい自分がパーティに世話を掛けているのか?という理解がそもそもできません。

自分の足が遅いときに遅く歩いてもらって当然。その結果小屋に着くのが6時になってしまっても当然。

とまぁ、こんな具合にパーティ全体を危機に陥れても、そのこと自体に気が付かなかったりします。

個人で歩いていれば、このような場合、自分自身が怖い目に遭うので、教訓的効果バッチリです(笑)。

ところがパーティで最初から歩いていると、行程管理が人任せですから、いついつまでにどこに着くべきか?などの理解がゼロというわけで、ペース配分など考えること自体が皆無になってしまいます。

なので、自分が引き起こした失敗であっても、その失敗から学ぶということが、いつまでたってもできない・・・(><)

それが”考えない登山”と揶揄されるわけですね。

ちなみにガイド登山をいくら繰り返しても、考えない登山から脱皮できません。

■ メンバーシップ

今回は、私は、「メンバーシップというのはどう発揮すべきなのだろうか?」と思いました。

ゴマメが予想される場合、私はありがとうの気持ちを表して、お酒を持って行ったりします。

しかし、お酒は重いので、これで重くなって歩けないなら、本末転倒ですね。ひんしゅくモノです。

メンバーシップはリーダーの判断をサポートするためにあるのかなと思います。

そうなると、リーダーの思考を読み解く作業が必要になり、それが行程表を見ることかもしれません。

どれくらいのコースタイムを想定しているかくらいは、登山1年生であっても、手頃なガイドブックやヤマレコの記録と比べることで理解できると思います。

■ 岩登りの共同装備・・・まだ読み解けません・・・

今回は、私は岩登りの共同装備はちょっと読み解きができませんでした。

ロープ 8.5㎜  50m×1 
クイックドロー 8  個人装備0
カラビナHMS型 6  個人装備1
テープスリング 4   個人装備1

というのは、どんな意味なのか…カムは指定されていませんでしたが、結局マイクロカムを2か所ほど使いました。

私は支点はタイオフして、ビナを掛けるのしか習っていないので、ヌンチャクの用途がイマヒトツ分からないです。

ヌンチャク、カムを使わなかったらイラナイのかな…?

メンバーとしての登攀装備と、リーダーとしての登攀装備は当然違います・・・そこはとても難しいですね。

なぜなら、初心者がリーダーとしての登攀装備を持っても、基本的に使いこなせない道具はないものと同じだからです。

今週末はまた七倉沢での講習会ですが、前回ビナとスリング足りなかった印象があるので買い足したいですが・・・うーん、いくつ買い足せばいいんだろう???

・・・ホントに岩装備は何がどれくらい要るという考え方がよく分かりません(。




Wednesday, October 16, 2013

Tuesday, October 15, 2013

直感でみつけよう!山の仲間

■山仲間を見つける難しさ…

山と私は相思相愛。でも、山仲間ってのは、なかなか相思相愛にはならないもの…

山仲間を探すことのむずかしさは…とても一言では言い表せません(笑)。

■ 直感の選択 vs 合理性の選択

何かを選ぶとき、私はあまり選択肢を必要としないタイプです。結婚したときだって、ピーンと来た!というだけで結婚しました(笑)

選択には直感系と合理系があります。

直感系の選択は、直観が正解を教えるものなのでシンプルです。直観に従うべし。どんな選択にもネガティブ要素はつきものですが、それらは受け入れ解決していく対象であって、欠点として避ける対象にはなりません。正解を選ぶと言うより、選んだものを正解にしていくプロセスです。

一方で、合理系の選択は、選択肢を準備するのにも大変な労力を要します。分かりやすいのは、会社などで、相みつを取りますよね。相見積もりです。複数の箇所から見積もりを取って比較する。だから、色々な選択肢の中から選ぶことになり、選択肢の準備そのものに時間がかかります。

■ いかに使い分けるか?

・直感による選択
・合理性による選択

は使い分けが必要です。で、問題はどう使い分けるか?です。

選択した結果、間違った選択肢を選びやすいのは合理系です。人間は合理的な生き物ではないからです。

たとえば、企業活動のようなドライな感情系においては、相みつは取るべきと思いますが、たとえば、結婚相手を選ぶというようなウエットな感情系の選択の場合は合理的選択は、すでに選択肢としてさえ成立していないことがあります。

たとえば、Aさん、Bさんと結婚した場合の、メリット&デメリットを比較して選ぶ…という思想では、肝心の結婚生活で幸せになれません。・・・のは自明のことでしょう…比較するということが可能な時点で、どちらも愛していない(失笑)。
(ちなみにこのような場合はどちらをも選ぶべきではありません)

つまり、このように合理的選択は、ウエット系選択では、本質を見失わさせるというリスクがあります。

ドライ系というのは、今晩夕飯に何を食べようかとか、カメラはどっちを買うべきかとか、などの選択肢です。

ドライ系 ⇒ 合理的選択OK
ウエット系 ⇒ 直感系選択がむしろ合う

困ったことは、人生における選択は、ほとんどがウエット系ということです。 それをドライ系でやろうとすると、人生には後悔が多くなります。

例えるなら、受験する大学を偏差値と合格可能性で選ぶのがドライ系の合理的選択、行きたい大学を選ぶのがウエット系の直感系選択です。

(余談ですが、今時の若い人は、指導者も含めほとんどドライ系の選択を当然としており、それでは幸せは遠のくばかりです…。大学くらい行きたいところに行くべし。)

■ 山仲間さがし

私は、雪稜と沢に特に興味があるので、今行っている以上の山に行きたい場合は、仲間が必要です。

どこか山の会に所属するべきだとは思うのですが…これがまた混迷中です。

というのは、山岳総合センターに行ってしまったからですね。迷いの始まりはココから。

山仲間というのは、典型的な、ウエット系選択をすべき種類のものだと思います。

なぜなら、仲間ニアイコール友達、ですからねぇ… 

実際、友達っていうのは、普通誰しもそんなに深く考えずに、ウエット系選択をしているものでしょう。

平たく言えば、好きか、キライか、です。好き!っていうのが一番重要ですね。

というわけで、山の仲間は友達の延長線… だからやっぱり山仲間は好きな仲間と一緒に行くべきなんですね。

そこは根本なのに、根本が抑えられていない会(人)は多いようです。 

なぜなら、信頼関係の一歩をまず最初から築いていないことが多いからです。

信頼関係の一歩は

1)連絡先の公開

連絡先がない=友達お断り状態。

連絡できないことにはそもそも互いに知り合いようもありません。

正直、山梨にはこのような会は多いです。たぶん、閉鎖的で古い体質であるということがうかがえます。

そして、次に重要なのがスピードです。

2)スピード

連絡して、1時間後に返事がある友達と、一週間たっても返事をくれない友達、どちらが好印象か?考えたらすぐ分かりますよね。

余談ですが、都会で普通に会社員で勤めていると24時間以内の返事はまったく早い方には入りません。私は会社では3時間後に返事をして「遅いっ!」と上司に叱られていました(汗)。当の上司は5秒後くらいには返事が… まぁあんまり速攻だと逆によっぽど暇だと思われるリスクもあります(笑)。

3)的確な内容

山岳会の入会希望者が知りたいようなことはたいていが同じようなもので、分かっていますし、逆に会の方が会員候補者に対して知りたいようなことも分かり切っています。

そこが的確に表現されているのは重要です。ズレているとそのズレの原因は何か?を想像させてしまいます。

≪入会希望者が知りたいこと≫
・活動の内容
・平均年齢
・例会の場所など対面できる方法

≪会員候補者について知りたいこと≫
・どのような山行をしたいのか
・どのようなレベルの登山者か

4)礼儀

まぁ当然ですが、失礼なことはすべきではありませんね~これから仲間になろうって人に(笑)

5)スムース性

とこれらがスムーズに行くか行かないか、は、相性発見の最大のものかもしれません。

小さなイライラや擦れ違いは、友達にしろ恋愛にしろ、恋を冷ます効果がありますよね。山岳会、山仲間の発見と言うのは、おおよそそれと同じようなものです。


■ 直感がいちばん!

とまぁ図らずも、相性の良い会の見つけ方、みたいな指南になってしまいましたが、もっともよいのは、直観に従う、ということだと思います。

恋人や結婚相手と同じで、一緒に行きたい!と思う人と行くのが一番楽しいのが山なんですから(笑)



Monday, October 14, 2013

筋肉痛と傷だらけの足

■予想外に筋肉痛

昨日は、今日も山に行こう!という気満々で、夫に「○○行かない?」と言っていたのにもかかわらず、なんと自分でもびっくりの筋肉痛で、撃沈です(笑)

あら!って感じ。久しぶりにMusashiのイミューンを服用しました(笑) まるで久しぶりにポアントワークをした時みたいな感じ・・・。

東沢釜ノ沢、行程からそんなに負担があるとは思いもせず… 最近、山で9時間歩いたとしても、筋肉痛になることってめったにないので…

実際、行程には無理はないので、何が原因かと考えると、歩行スピード

ちょっと私のナチュラルな歩行スピードより、急いで登ったんですよね。

それがこの筋肉痛という結果になって表れたんだろうなぁ…

というわけで今日は図書館に本を返しに行き、甲府駅前のお祭りを冷やかしたり、夫とラーメン屋さんに出かけたり、新しくきれいになった県庁のロビーに、無料マンガコーナーがあるのを発見したりしました(笑)。夫は聖お兄さんにハマりそうです(笑)

こんな筋肉痛になるなら、昨日のうちにムサシを飲んでおくべきでした。

■ 大腿四頭筋

私の筋肉痛…コレ、あんまし良くないな~ってタイプの筋肉痛です。

なぜかというと、腹筋や臀筋が効いているのではなく、今痛いのは、大腿四頭筋。それと胸筋です。

つまり内転筋や体幹を使っていないで、外側の速筋で何とかしようとしていたわけですね。それにしても胸筋に来ているのは意外ですが…

大腿四頭筋は私はすぐ肥大するほうなんです(涙) 中学の頃、テニス部で主将だったので、筋トレ怠ける側に入れず…テニスって、ダッシュして停止する系なので、太ももやふくらはぎはとっても発達します。

私は20才でバレエを始めたのですが、私の20代は、10代で作った太ももの太さをいかに内転筋に置き換えるかという戦い(笑?)でした…バレエでクアド(大腿四頭筋)で立つと先生に叱られます。

体幹と内転筋が使えれば、クアドに頼らずに立つことが出来る、はず、なんですよね。

ただ私のクアドはすでに発達しているので、考えるゆとりがないと、スイッチがクアドにすぐに切り替わってしまうのです。

私が思うには、山にしてもバレエにしても、”強い”と言う時の強さは体幹の力で、それは10代の成長期に培われたものであれば、特にトレーニングしなくても、すぐに復活するのだと思います。私の場合はそれが体幹ではなくて、クアドなんですよね。

10代に身に着けた筋肉はすぐに戻る…それは体の中にそういう回路ができてしまうから、のような気がします。

■ きたない足

私は、もうたくさん歩いても、いつもの登山靴で歩いただけなら爪もはがれないし豆もできません…
歩き方マスターしたから… 靴擦れもできないし。

でも、今回は沢靴だったので、下山用にスカルパのモジトを持って行きました。モジト、ビブラムソールで結構優秀で下山でもグリップ効いて良かったのです。

しかし、今回は沢靴での登りとモジトでの下り、コースタイムは全然短いのに、左足の薬指に血豆ができ、右足の小指の爪が色が変わり、剥がれ落ちそうです(><) ヤバい!

これはポアントを履いた時と同じ場所なので、結局つま先に負担がかかったということを意味しており…うーん、要するに靴が合っていないっていう症状ですね。 足が靴の中で前すべりし、最初に
当たるところが圧迫されるのです。

しかし、沢靴なんて足を靴に合わせるしかないような??? だって選択肢、ほとんどありませんよね(笑)

バレエと登山は似ているな、と思う時は時々ありますが、その一つが汚い足です。きたないというのは、傷だらけの足って意味。

バレエできれいな足をしている人はほとんどいません。タコ、魚の目、血豆、爪がはがれる、皮がむける、それが普通…ポアントを履く間はポアントだこを大事に取っておくほどです(笑)

登山をする人の足も結構きたない・・・爪が黒いとか、皮がむけているとかそれくらいは普通のようです。

私はお顔に掛ける化粧水の量より、足にかけているオイルのほうが多いんじゃないかって言うくらい足には念入りに手入れをしています…足が一番手入れしているかもしれない…

やっぱり歩けない、立てないと楽しくないですもんねぇ…。

沢靴のフィット感を高めるのは課題ですが、次回は靴ひもを交換しようと思いました。

私の沢靴は大峰ですが、靴ひもすごく細くて、そしてすぐ緩みます…。後はネオプレンのソックスの下に、ファイントラックの靴下を履いていますが、全然役立っていない気がします・・・

これはやめて、5本指ソックスでも履くべきかな・・・ちょっと試してみないとベストな選択肢は分かりませんね・・・

Sunday, October 13, 2013

東沢釜ノ沢に行ってきました♪

週末は、東沢釜ノ沢に行っていました☆ 今回のヤマレコ

実は、東沢、登山初年度からいつか行きたいなと思っていました。でも、まぁ沢なんて登山一年生はもちろんできない。登山2年生の時(つまり去年)、奥多摩の海沢でツアーですが、沢デビューしたところでした。と言っても、実は海沢は、沢登りの種類に入るかどうか・・・? 遡行図の海沢にあるより手前の部分を遡行したのですが、泳ぐことはあっても、登ることはほとんどない沢でした。楽しく水と戯れる会でした。

そして、今年は芦川横沢に敗退の練習で連れて行ってもらいました。日帰り。

海沢 ⇒ 水に慣れる会 http://stps2snwmt.blogspot.jp/2013/06/blog-post_3.html
                 http://stps2snwmt.blogspot.jp/2012/07/blog-post_22.html

芦川 ⇒ 敗退の練習  http://stps2snwmt.blogspot.jp/2013/06/blog-post_23.html

これが私の沢経験のすべてなので、まぁ沢は完全初心者と言っても良い状況だったと思うのですが…
なので、沢を詰めてピークに立ち、尾根を降りるという本来の沢という意味では、今回がほとんど私の沢デビューって感じです。

これは勤労者山岳連盟の沢のぼり講習会だったのですが、なんと驚いたことに、参加者がたったの2名だったので、講師2名と相まってほぼマンツーマン指導?!

私にとっては、ほとんど、プライベートな山行と変わりなく、山の達人とご一緒出来、大変勉強になりました。いやなんというラッキー!

■ 沢は登る楽しみ

私は夏は尾根は暑いからヤダ、という理由で沢登りに興味があり、”岩に登りたいから”、という理由ではないのですが・・・岩登りはもう少しできるようになると、自分が思うような涼しくて楽しい沢登りもできるようになるかもしれません。

今回の沢は、水の中に積極的に足を入れることがなく、濡れることがほとんどない沢。まぁ秋なので濡れない方が寒くないということもあるのですが、素晴らしくきれいな沢なので、夏の暑いときに来て積極的に濡れて帰るのがいいのではないかと・・・(笑)

私はまだ乾いた外岩はデビューしていません・・・外岩、なんだかあんまりそそられていないんですよね。なんか岩って野心家の男性の世界のイメージで・・・(汗) 岩って固いし(まぁ当然か・・・^^;)
私は山登りは好きなんですが、岩と格闘して制覇したりしたくないし、記録とか興味ないし。

ボルジム通いも、縦走で突き指してしまい、しばらくお休みしていたため、登りも下手になり、またロープワークも講習会を主催したりしていた6、7月と比べ、すでにブランク2か月・・・ということで、今回の沢ではずいぶんトレーニング不足を感じさせられました。

・ロープワーク
・クライミング

は課題でした。でも、たぶん登るグレードとしては芦川横沢より楽だったような気がします。高度感などの関係で・・・ただトラバースは上に登るのより、私は得意みたいで、滑のスラブをスメアリングを聞かせて登るのはちょっと苦手で、最初の登りだしに長い時間がかかってしまいました。

でもパーティの中で一番弱い人=私、という状況は、上達したいな~と言う気持ちを沸かせますね。

今回は、

・滝登り(岩登り)
・地図読み

が特に勉強になりました。生活技術的なことは問題を感じませんでした。 

滝は3回ほど登る場面が出てきました。講師のお二人はもちろんフリーソロで登れるので、生徒の2人がロープを結び合って登るわけですが(もちろんリードは講師)、3回のうち、最初は

・リード&セカンド
・中間者(ラビットノットをロープ途中に作り、トップロープ状態で確保されながら登る)
・マッシャー + トップロープ(ラスト)

今回は私はビレイすることがなかったので、ATCは購入して行ったものの不用でした。
ラストだから支点を回収するだけ。

手順を思い出すのに良かったかも・・・しばらくやらないと忘れてしまいますね。

地図読みは、沢の出会いでの本流の選択方法。 コンパスでの本流と枝沢の方角確認。さらに先に出てきている地形の予期。

出会いは、たいていは尾根の終点で沢がぶつかっている場所になります。

コンパスを当てて、方角の他、流量や左右の地形などから本流を確認する。

東沢釜ノ沢東俣の場合、信州谷との合流点と、両門の滝との合流点、水師沢との合流点が主なチェックポイント・・・沢も尾根歩き同様、間違いやすいところをあらかじめチェックしていくと良いですね。

そのことを理解できたのが今回の収穫かな?
あとは私にとっては退屈極まりない岩(というかボルジム通い)も少しは続けないとダメね、という諦観?! 

というのも、基本的に私は”自然”に魅了されているのであって、”自分”とか、”達成感”に魅了されているわけではないんだってことを感じました。

もちろん、山にはできないことが少しずつできるようになっていく達成感があるのですが、その達成感は自然とお親しくなることができるようになっていくという達成感であって、自分の力が付いただけのことで達成感があるわけではないんだよな・・・

■ ちょっとだけ写真

 本日の甲武信岳山頂からの富士山。
 とっても有名な千畳の滑。ここはルンルン河原歩き。

こんなにきれいな水です。


  東の滑とろのあたり。河原歩きです。





















■ 反省

今回は私はパーティで一番弱い人、でした。 

パーティで一番弱い人になった時、その人の課題は、

・バテナイこと

と認識していたので、軽量化していきましたが・・・

それだけでなく、

・忘れ物しないこと

も重要ですね!とにもかくにも足を引っ張らないこと!

私は決して登りで弱いほうではなく、登りはよほど高齢者向けのコースタイムでない限り、普通のコースタイム以下か、コースタイム通りですし、下りはコースタイムより何もしなくても普通に早いほうです。

けれど、今回は、健脚者と自分より年下の人と歩くことになり・・・私が一番弱いかも?!な状況に。

というわけで、

急いで歩く=周囲を見るゆとりがなくなる

という力学を理解しました。 歩くことが修業になってしまってはいけませんね。色々なことがおろそかになる。(今回は、幕営地にすね当てを忘れてきてしまい、ベテランに拾いに行かせてしまいました~スミマセン!!)

いつも思うことですが、スピードは結果であるべきで、目的であるべきではない。

けれど、スピードを一つの目的にしなければならないのは、ある程度の速さで歩けることが、安全の担保になるからですね。

それはロープワークも似ています。ある程度習熟しないことには、むしろアブナイ。

歩く速度もそれと似たところがありますね。

まぁ私はいつも自分一人で歩いたり、人と一緒に歩いても、大体自分が一番健脚という状況になってしまったりするので…自分がアップアップと言う状況で、逆の立場を理解するのは意味がありました。

最近夫が一緒に山に行ってくれないのは、同じ心拍数で歩ける速さが私のほうが早くなり、私に合わせると彼は山を愉しめないから、なのかもしれません。

とりあえず、課題は

・登りでのスピードUP (心肺機能、有酸素運動)
・クライミングのグレードUP (体幹の力、慣れ)
・ロープワーク (慣れ、理解)

ということが理解できました。 

夜はたき火、河原でのテント泊、クライミング要素の強い沢登り・・・美しい水と滑・・・快晴の山頂、と楽しい山でした☆

Thursday, October 10, 2013

天気図を書く 初めの一歩

■ 天気図を書く 事始め・・・

この3日ほど、天気図を書けるようになろうと悪戦苦闘しています。

…とは言っても、限りなく無料で、限りなく敷居が低いところで始めるんですけど…(笑)

まずは相変わらずGoogle先生にお尋ねしましょう。本を買ったりしなくても、天気図の書き方を指南しているサイトもあります。

まずは必要なサイトは以下の三つです。

1)ラジオ天気図にチャレンジ!  Gooの子供向け夏休み課題サイト
2)らじるらじる  NHKが聞けるネットラジオ放送局
3)気象庁 天気図

時間は

1)9:10
2)16:00
3)22:00

です。   生放送! ネットラジオの録音は意外に敷居が高く、有料ソフトしかない。ので、聞き流し、一発勝負作戦で!

まずは準備…

天気図用紙はここからダウンロードできます。 とりあえず、紙とペンがあればよし。
http://sky.geocities.jp/casvekite/etc.htm

記入方法はこちらが参考になります。
http://www.asahi-net.or.jp/~tx6f-nkmr/meteorology/weathermap.html

■で、やってみました。

うーん、各地の天気を書きとるくらいはなんてことないですが…何が難しいって、等圧線を書くところです。

まったくワカラン…

等圧線を書くのが一番難しいです! 

でも…今時天気図自体が配信されているから必要な努力かしら・・・とも疑問に。 

とりあえず、等高線は正解が気象庁のサイトですでに発表されているので、それに近いものができれば○、
ことなれば、”まだまだね”ってことですね。

あんまり難しいので、やっぱり図書館で本を借りてきました。 こちら…
http://www.climb-1.co.jp/111108web.htm

天気図の書き方手引き によると

等高線は”按分”して書くと書いてあります…按分って、適当って意味ですよね(笑)?

そっか~按分か~按分。 なんだか一気に力が抜けるなぁ。 

■ 天気図を聞くメリット 

実際の天気図を眺めながら、ラジオを聞きます♪

すると、このようなメリットがあります

・北緯、東経から大体の場所をイメージできるようになる
・低気圧、高気圧、前線の場所をイメージできるようになる

今時ラジオで天気図なんて書かなくても・・・というのはまっとうな意見なのですが、この2つのメリットだけでも、ラジオで天気図を書く、という経験は意味があるような?

さらに

・日本の天気を、日本を取り巻く周囲の環境から想像することができるようになる。
・日本の天気を左右する重要な地点を理解できる

ウラジオストックとか、華中とかって他人事じゃないなって思えます。
台風なら、フィリピン沖に今、低気圧が台風化したところです。

何事も、大所、高所から見れるようになると物事の理解も違うはず。専門家が天気予報してくれるのを見ているだけでは、小さな変化に一喜一憂しなくてはいけない…ので、疲れますよね(笑)

さらに

・日本を取り巻く代表的な気団 

にも興味が湧いてきました。

お天気はなかなか奥が深そうなわりにあんまり神経質そうな学問ではないですね~ なにしろ、按分(笑) 気に入りました。、




Wednesday, October 9, 2013

「もうどこでも登れるよ」

■ 最初の山で…

私が最初に登った山は、八ヶ岳の西岳でした。西岳がどこかも知らず、八ヶ岳の山とも知らない・・・

もちろん、北に向かっているのか南に向かっているのかも分からず、ただ人の後をついて行っただけです。靴だけは今履いているのと同じシリオの登山靴でしたが、ザックも服も普段着です。

地元の山道具屋ストローハットのイベントで行きました。

山梨に転居してきて、今までの趣味を続けようとバレエの教室の門を叩いたり、ぶどうの産地だからとワインを勉強してみたり、家にいる時間を充実させようと、編み物を始めてみたり…どれも続かず、続いているのは、山とヨガだけです(笑)

この山に登ってから、「(初心者の私は)どこに登ったらいいんですか?」と聞いたら、「もうどこにも登れるよ」と言われました。

当時の私には ???? 

今考えると、西岳って、片道4時間、標高差で1000mくらいある山なんですよね。日帰りでそれくらい登れれば、どこだって登れますね。

でもそんなことも分からない状態でしたから、今振り返れば、やっぱり、”一人では登れない人”だったんですよね。

■ 正しい・・・隠れた前提

うっそぉ~と思った私は、今振り返れば正しかったし、正しくなかった。

登山は体力が基礎になりますが、ガイド業をするような人にしてみれば、体力がある=登れる人、です。

なぜなら、登山に必要な条件の、

・判断力
・スキル
・経験

というものは、ガイド本人が自分でカバーすることが前提だからですね。 

この「もうどこに行ってもいいよ」といってくれた人のセリフに語られずに含まれていたものは「僕といっしょなら」という前提条件だったのです。大体の人は、一緒に行ってほしさから「○○さんなら登れますよ」と言います。

■ 正しくない

…ところが、私は、自分で行きたい人だったんですね(笑)

山は、体力だけあっても行けない。だから、この時点の私は「どこでも」は歩けません。

そこで始めたのが、不足している経験、判断力を補うための知識蓄積です。たくさん本を読みました。

スキル不足を補うためにはボルジムが良いと小耳にはさみ、なんどか行ってみましたが、ピンとこなかったので継続はしませんでしたが、絶対に安全と思われる山から初めて、自分が安心して歩けると思える領域を少しずつ拡大してきました。

最初は夫や友人と、今では一人です。

■ 登れる山

安全に登れるか登れないかは、その人の

・体力
・判断力 
・スキル

によります。

あえて経験を書かなかったのは、経験がないなら行ってはいけないのであれば、初登なんてのはみんな無謀登山になってしまうからです(笑)。

ただ登山経験は、難しい山に赴く場合の、根拠ある判断基準を提供してくれますから、経験はとても重要です。

たとえば一日14時間歩いたことがある経験が私の大きな判断のサポートになってくれます。

ただ、こればかりは無いものを責めることはできない。経験があっても間違った判断を下す人はいるし、経験があるからこそ、事前調査が手抜きになる、というリスクもあります。

■ 判断力をダメにするガイド登山

ガイド登山はツマラナイのは、登山において一番面白い判断するという部分を、人にお任せしてしまうからです。

登山で面白いのは、この道はあっているかしら、とドキドキ&わくわくしながら歩くことなのに、先頭を「こちらですよ」と歩かれてしまっては、一番面白いところを取られているってことになります。

だからガイド登山が嫌いなんですよね。なんでお金を払って一番面白いところをわざわざ人に譲らなきゃならないのか…って感じです(笑)。

でも、判断することが嫌いな人はいますよね。 判断することが嫌いな人は、もしかしたら、判断に伴う責任が嫌いな人ではないでしょうか?

■ 自信は裏切られる

初めて西岳を登ったあの日、「もう登れるよ」と言われても「うっそ~」としか思えませんでしたが、

今の私は、「一般ルートならもうどこでも歩けるな」と思います。

自分が歩けるか?歩けないか?の判断、それができるようになるための経験の蓄積…それに3年かかったんだなぁ…

アコンカグアの遭難訴訟について書いた記事のアクセス数は驚くほどです。

このアコンカグアで、両手の指を失った男性は、おそらく自分が歩ける山だという確信を持って臨んだのでしょう…

高所登山に出向くくらいの人ですから、きっと国内での登山経験も豊富だったに違いありません(昨今の山事情ではそうとも言えず、まったく素人でもガイド登山に参加する風潮があるようですが)

一般的に登山者は登れる!と思うからチャレンジするので、自信もあり、その自信が誠実で確実な積み重ねの上に得られた自信だとしましょう… 虚栄心からこの山に登っているわけではなく、この山が
彼にふさわしい山である…という前提で…たとえば、その他のお客さんは普通にピストンできて下山で来ているとして…

それでも、山は登頂の犠牲に全部の指を差し出させた・・・とは…

払う代償としては大きすぎる代償ですね。その無念が起こさせた訴訟なのかもしれません。訴訟しても決して、指が戻ることはない。そんなことは百も分かっている。けれども、訴訟と言う手段に訴えざるを得ないのが人間の弱さなのかもしれません。この方に必要なのは多くの人の慰めの言葉なのかもしれません。

そうなると、学ぶべき教訓は、

それでも、山は牙をむくことがある…

ということですね。 人間の英知を超えた存在が山、ですから。 



3月5日

これは去年凍傷になった足指・・・

これ以外に右足の親指もひどく黒くなり、爪がはがれました。

凍傷とは知らなかったくらいです。

てっきり血豆ができたのね~くらいの気持ちでした。




Tuesday, October 8, 2013

アコンカグアの遭難事故訴訟


こんなニュースが入ってきて、びっくりしています・・・

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置き去りにされ凍傷 宮城の男性、ガイドを提訴

河北新報2013年10月8日(火)06:10
 南米最高峰のアルゼンチンのアコンカグア(6960メートル)から下山途中、壊れた小屋に置き去りにされるなどしたのは安全配慮義務違反だとして、宮城県内の男性が7日までに、甲信越地方の国際山岳ガイドに約7279万円の損害賠償を求める訴えを仙台地裁に起こした。山岳ガイドによる海外での登山事故をめぐる訴訟は全国で初めてとみられる。
 訴えなどによると、ガイドは国際山岳ガイド連盟の認定を受け、公募登山隊を企画していた。ことし1月、アコンカグア山頂から下山中の午後6時ごろ、降雪の中、標高6500メートルの高所にある壊れた避難小屋に男性を置き去りにし、1人で下山したとされる。
 男性はリュックサックをガイドに預けており約18時間後に救助隊に救出されたが、凍傷で両手指が壊死(えし)し、全てを切断した。
 男性側は「悪天候なのに登頂を中止しなかった上、途中で引き返さず、直ちに救助しなかった」などと主張している。
 ガイドの代理人は争う姿勢を示し「事実関係や反論を整理している」と述べた。
 国際山岳ガイドを認定する日本山岳ガイド協会(東京)によると、現役で活動する同ガイドは30人程度いて、技能は国内最高レベルとされる。
 協会の担当者は「5月にガイドを呼んで再発防止に努めるよう厳重注意した」と話す。
ーーーーーーーーーーーーーhttp://t.news.goo.ne.jp/news/885024 より引用
太字は私が付けています。疑問な個所です。

高所登山・・・イモトが頑張っていますよね。登山とは本質的にどういうことなのか?ってホントに一般の人には知られていないんだなぁ・・・とこちらのサイトのコメント欄を見て思いました。

http://blog.livedoor.jp/gachi_aniki/archives/32910688.html

イモトのあれをみたら、簡単に思えてしまっても仕方がないなーと時々思うのですが・・・ 具体的なリスクは語られず、根性があれば、だれでも行けそうに思えてしまう反面、誰からも100%”すごい”と、一点の曇りもなく、褒めてもらえる・・・全肯定。

私が思うには、海外の登山は、日本の登山と違って、ハイキング、トレッキングと、登山(マウンテニアリング)がきっちり別れているんではないか?とおもいます。 日本だとトレッキングの延長線上に登山があるので、登山の価値観を理解しないまま、トレッキングの延長で登山に赴いてしまう・・・ 同じ感覚を海外の高所登山に持ち込むとダメなんだろうなぁと思いました。 登山の価値観と言うのは、リスクについての理解ですね。 

アコンカグアと言う山を知らないので、簡単に検索してみました。なんと無雪期では個人で登っている人がヤマレコに投稿しています。
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-259774.html

季節も同じくらいなので、なんとなく山の様子が分かります。雪山遭難でイメージするような白い山じゃないんですね。南ア全山縦走とアコンカグアでは南ア全山縦走のほうが体力要りそうです。

しかし、安いなぁ。飛行機込40万円で行けるなら、大学山岳部のような若い人はどんどん行ったらいいですよね。私は個人的に南米は治安が怖いから海外旅行での行き先にそもそもならないですが。

ともかくこのヤマレコが示すような山ですね。 1月のアコンカグア。(正月の北アのほうがよっぽど怖いような・・・?)

海外登山はツアーも豊富なので、こちらに参考になります。

アコンカグアは易しい山か?
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/1674/nanbei/aconcaguaetc.html
http://www.patagonia-guide.com/acn/acn-info/acn-faq.html

要するに、アイゼン、ピッケル、体力は必要だが、アイスクライミングは必要ない山のようです。まぁ単独で登っているくらいだし。

ちょっと登山をかじる程度の私でも、アイゼン・ピッケル止まりの人と、冬壁までやる人との間に横たわる深くて大きな技術の壁は分かります・・・

いわゆる山ヤ道は、ロープが要る山に登るようになって始まります。クライミングしない限り、いらないんですよね、ロープワーク。そういう意味で、アコンカグアはロープワークが要らない、歩くだけで解決できる山のようです。

私はアイスクライミングは体験止まりですが、歩くだけで解決できる雪稜歩きとアイスクラミングでは、やっぱり相当に異なるスポーツでした。

そういう意味で、冬壁をやらない人にとっても、体力や高所への順応さえ怠らなければ、登頂できるかもしれない射程距離内に入る高所登山の山がアコンカグアみたいですね。

私も海外でも登山したいですが(普通のトレッキングの経験ならアリ)・・・、しかしなぁ・・・高所登山に向かうなら、もうそれなりの覚悟ですね。

≪疑問に思った箇所≫

・1月 
⇒ 夏ですよね?アルゼンチンは・・ http://latte.la/travel/place/argentina/weather

・下山中 6時頃 
⇒ 夏だから日照時間は長いのでしょうが・・・なんか一般的な登山では遅いのですが・・・ 

・6960mから下山中の6500mで 
⇒ たったの標高差460m?!・・・ほとんど降りていない。って、どういうことなんだろう? 

・悪天候なのに登頂を中止しなかった上、途中で引き返さず、直ちに救助しなかった
⇒ 登山者本人は「やめましょう」と言ったのかなぁ・・・大抵は逆でガイドが「辞めましょう」と言ってもお客さんの方が「行きたい」というケースが多いのですが。

・リュックサックをガイドに預けており 
⇒ ザックをガイドに持ってもらっていたというのは、通常はバテて歩けないような状態を意味しているんですが・・・どうなんだろう?なんでザックを置いていかないで持って降りたんだろう?

・18時間後救助 
⇒ 行動しないと冷えるので、保温や食料のことはどうしたんだろう?何も書いていないので分かりませんが、エライ時間がかかったんですね・・・悪天候だったからなのかな?晴天率の高い山のようなのですが・・・

・再発防止に努めるよう 
⇒ 意味ワカンねーって感じ。これでは、判断にミスがあったことを認めるようなものでは・・・ 遭難なんて、再発防止できないから遭難なんであって・・・ 最大限に考慮した結果ではないってことなのかしら?

でも”置き去り”かどうか?は主観の問題で、現に救助されているから置き去りではないのでは?

それにしても、楽しいはずの山で、両手の指が無くなってしまうなんて、本当に恐ろしいことですね。

登山は誰にでも始められ、日本では特にハイキングやトレッキングの延長にあり、リスクについて認識しないまま、ステップアップしていくことも可能になってします。特にガイド登山主体で、登山の判断を頼るままだとスキルがアップしているつもりで必要な登山判断力が付かないです。

なので、登山の価値観をしっかり教えてくれる人についたり、自分で勉強をかかさない、のが大事だと思います。

夏山の岩稜帯・・・たとえば不帰の嶮など、ちょっと怖いもの見たさくらいの気持ちで、「ツアーだから大丈夫」と出かける人が多いから、30人や40人のツアーが無くならないのだと思いますが、危険個所での転滑落で、遭難者を出しているのはむしろ団体ツアーです。団体だったり、ツアーでガイドがいると思うと甘えが出て、リスクの認識が、たぶん弱くなるから、だと思うんですね。

■ 悪天候と体力不足

このアコンカグアの遭難がリスクの認識が甘かったかどうか分かりませんが、この情報量の少ない記事からは少なくとも・・・

・悪天候の下で出かけたこと
・登山者の体力不足

の2点は伺われます・・・、それが今年夏山の小屋バイトで見た遭難と全く同じなんですよね。

・悪天候
・体力不足

遭難するのは団体ツアーが多い・・・標高2900mでも人は死にますからね・・・標高も、ガイドさんのスキルも遭難には関係ない。

うーん・・・ 天候は人間の力ではどうすることもできない事柄ですが、体力は・・・ガイド本人は生きて帰っていてなおかつ他人のザックまで背負っていることを考えると・・・いや何とも言えません。

ホントに山はなめてかかると怖いものですね。

まったく同じ条件の山でも、片方にとっては、余計な重さを持っても往復できる山なのに、他方にとっては両手の全指を犠牲にしなくてはいけない山・・・

≪役立つサイト≫
登山者はこうして遭難する~山岳遭難事例から学ぶ安全対策

私もそろころ、今年の冬山に向けて体力トレーニング開始しなくては・・・

Monday, October 7, 2013

一緒に登りたい!と思う人、思わない人

なんかのっけから物騒なタイトルで、何なんですが…(汗) 

山登りってねぇ…一緒に行きたい人と行きたくない人がいるのが困りもの…

それも、一口にこんな人と行きたい、とか、こんな人なら行きたくない、と言えないのですよね。

それは、山行って誰と行くかで、その山行の性格まで変わってしまうから。

たとえば、同じ映画館に行くのでも、

・恋人と行く ⇒ デート
・家族と行く ⇒ 家族サービス
・親と行く ⇒ 親孝行
・子供と行く ⇒ ベビーシッター代わり

と、こんな風に誰を連れて行くかで、過ごす時間のクオリティが全然違うわけですね。

でも、映画ファンなら映画の内容そのものを味わいたい時には、一人で行くか、もしくは、同じようなファン同士で行くでしょう。

これと同じなわけです。山登りは。 

恋人と行けば山という場を舞台にしたデートになり、家族といけば、ただの疲れる場所です(笑) パパ昼寝。老親と行けば、親孝行です。家族連れといえば、昔からちょっと特別なニュアンスでしょう。

これが映画ファン同士なら、映画を見た後に白熱の議論を戦わせるのも、通な楽しみ…そうなると、次々行きたい見たい映画が出てくるわけですね。

でも、通な世界は、通な世界で個々人の好みや嗜好、というものがあり…、

たとえば、コンテンポラリーバレエが好きなバレエファンの私に、「キーロフだけどどう?」などと誘われることはまずないですね(笑) (※キーロフはロシアの古典派バレエ) これがオペラ座なら例え古典でもアリ、でしょう。演出が斬新なことが多いので。スイマセン、一般の人には分かりづらくて。

まぁ、そうは言ってもバレエなら全部好き☆ですから、古典でも行ってもいいかなと思う時もあるのですが、それはあくまで「たまには古典を」とか「チケットが安い」とかそういう理由であって… 

逆に、聞いたこともないような若手ダンサーであってもコンテで面白そうだと思えば、「これはお宝発掘化もしれん」と、二つ返事で「ああ~行く行く~」と何としても用事を片づけていくわけで(笑)

山もこれと似ています。

■ 一緒に行きたい人 

 ・一緒に歩いて楽しい人 (愚痴とか言わない人)

 ・同姓の友達

 ・山が好きな人

 ・山で競争しない人

最初は体力や志向が似ている人と、思っていましたが、良く考えたら、私はゆっくり歩く初心者の人とも歩いたけど、別に嫌じゃなかった。

≪嫌だった人の例≫

 ・すぐに愚痴る人

 ・自分で自分のことを決めることができない人

 ・連れて行ってもらうだけの人

 ・山を競争にしてしまう人

 ・自分に感心させようとする人

ふむ・・・ これは山と言わず、普通のところでもイヤかも?!

山に行って、話のついでで自分の話が出てくるのはアリかな、と思うのですが、たとえば、高校の時から登っているとか、最近山小屋でアルバイトしてきたんですよ、とか、そういうのは自然でしょう・・・

一緒に登って楽しい人って、ホントは敷居はすごーく低くて、山好きは山にいるだけでそもそも楽しいのですから(笑)、基本、誰といたって楽しいのですが

最初から、プラス方向にぶれている”楽しさゲージ”の針を大幅に、マイナス方向に揺らす人もいるのが・・・不思議なんですが今の登山なんですよねぇ…

一緒に行きたいと思える人を見つけるのは結構大変なことです。はぁ(ため息)



お山が教えてくれること

■ 山が教えてくれること

私の登山は山梨での生活を充実させるためにやっています。

山が教えてくれたこと・・・ それは、与えられた境遇に感謝する、ということの意味。

山小屋暮らし・・・ハンデとみなすことも出来るし、特権とみなすこともできる。 ハンデなのか?特権なのか?は当人の見方が決めるに過ぎない。

これはどんなことにも言えます。感謝できるかどうかは、本人の見かた次第。モノの考え方の問題なのです。

”モノの見方”を変えれば、逆境は逆境ではなく、チャンスです。

■ 生かすという発想

見かたが変わると、今の環境でしかできないことを人はやり始めます。生かすという発想が生まれるわけですね。

今持てる資源を生かし切る。 人それぞれ、今持てる環境を生かし切って生きること、は、実はやろうとすると、結構難しいです。

生かし切ったかどうか、判別が難しいからです。大抵、与えられていた環境が失われてから、いかに恵まれていたのか気が付きます。

たとえば、私はバレエ天国の福岡・・・福岡がバレエ天国だということはバレエ砂漠の山梨に来て分かりました(笑)

当時、その環境を生かし切れていたかというと、生かしていましたが、8割くらいでしょうかね。

■ サボりと主体性の喪失

今年の夏は若い人と接して、サボったもの勝ち・・・サボった方が楽だ・・・という価値観に久しぶりに接して、私は本当にびっくりしました。特に高学歴の人たちにはその傾向が強いようです。

ただ、これって山ヤさんとは正反対の価値観です・・・実は(笑) 一般に山ヤってM系な人が多いので(笑) 楽をしたい人は山には来ないでしょう(笑)

普通、人はサボるのはとても難しいです・・・それはサボると 内なる自己が「サボったでしょー」と言うからですね(笑) 

やらねばならぬこと、やった方が良いと自分でわかっていることをやらない・・・のは、罪悪感との戦いとなる・・・。 

(実行する)vs(罪悪感)では、実行するほうが容易い。それを知ると、人間はあまりサボらないです。

ということは、サボったもん勝ちという価値観は、裏返せば、その人がやらされている、主体性なく生きている、という意味ですね。

主体性とは楽しさと表裏一体です。

本当に楽しいことをしたいときは、自分で考えてやらないとツマラナイ。

連れて行ってもらう山が愉シクナイのと同じですね。連れて行ってもらって楽しいのは一回目だけ。

主体性を持つこと・・・それは人生を楽しむ秘訣のようなものですね。そして、主体的に生き始めたときから生まれる、やるべきこと・・・ それは、人それぞれです、その人にはその人の課題があり、他の誰のとも違う・・・それが取り組むべきこと(人生の課題、ダルマ)ですね。逃げずに。

ちなみに、ダルマに取り組み始めると、運命が開けてくるとヨガは教えています。

そのダルマ(課題)は、人によってそれぞれです。 

その課題は、自分でわかっているものですよね。それに逃げずに取り組むべきだ、と教えてくれるのもまた山です。

・主体的に生きる
・自分の置かれた状況を生かし切る
・現在値を正確に把握する
・今のその強みを最大限に生かす
・そして、プロセスを大事にする
・苦手に直面しても逃げない

そうして たどり着く山頂では、感謝する、ということを学ぶことができます。

お山は人生のミニチュア版ですね。

Sunday, October 6, 2013

大人の山ウエアがある店、カラファテ

■ 大人の山ウエアがある店、カラファテ

昨日は大阪への用事のついでに帰宅を一日遅らせ、東京で登山のお店を回っていました。

大型ザックを物色しなくてはならなくて。

山梨ではあまり登山用品が充実していないので、ちょっとした買い物でも大変です。

そして…巡り合ってしまったのです!とっても気に入ったお店。 目白のカラファテさんです♪ もう、ここ以外行かなくていいかもしれない!それくらい好みの店でした♪

カラファテというと、メインがクライミング用品のお店と思い、クライマーでない私はまぁあんまり関係ないかしら?な気分でしたが、行ってみると超好み~。もう東京に来て山道具屋で迷うことはないかも。 

このお店、何がいいって大人の登山ウエアが置いていること!そして、山とヨガの融合!(正確にはクライミングとヨガなのですが)

私のニーズは、ヨガウエアと登山用のウエアを一致させることなんですが…、なぜなら・・・どちらもとても高いから。

ここならできそうです。なぜかヨガウエアのPranaの製品が置いてあると思ったら…、実はPranaはヨガウエアブランドではなく、ロッククライマーが作ったブランドなのだとか。

Pranaって、大まかに言うと”気”って意味の、ヨガ用語なんですが…。ロッククライマーの平山ユージさんがヨガをされるのは、とても有名ですが、ヨガがクライマーの間でブランド名にヨガ用語を採用してしまうほど高く評価されていたとは!

私はまだ登山3年目知らないことばかりです…そうだったんだ~。ついでにこの店、パタゴニアが入っているビルと同じビル内の地下にあり、パタゴニア製品を見たい私には一つ行けば、2店舗見れる。でも、残念なのは上階のパタゴニアはあまりスポーツカラーが濃くないこと。パタゴニアって、店舗ごとに山に強かったり、サーフィンに強かったり色々ですが、目白のは近隣住民の日常ウエア向けなのだそうです。

今まで都内では、色々な山道具屋を見て見ました。 最初は、新宿の好日から、神田のICI本店を始め、吉祥寺や池袋…でも、どこでも、”欲しいから買う”んではなくて、”必要だから”買ってたんですよね。 

その必要…ってのが、”ないと山に行けないから”なんです(涙)。 でも、カラファテでは、欲しくなってつい買ってしまった(笑)

実はすでに岩初心者セットは買い揃え済。ハーネス、ATC、シューズ、ヘルメット。なので、買い足す必要があるのは、カラビナくらいだったのですが…ウエアを2着も買ってしまいました。店の出口近くに、セール品の段ボールがあり、中から発掘。
1着はモンチュラのミドルウェアジャケット。 

モンチュラってガイド寄りのブランドなのでなんとなく恐れ多いですが、まぁいいや。

R1を買い足したい、と思っていたところだったので… R1、いわずもがなのパタゴニアの名品ですが、非常に着やすいのですが、私はパタゴニア神田店で女性用のR1フーディがない頃、R1フィーディのメンズのSを買ったのですが、私にとってはフードの出番がイマヒトツない。

フードなしの通常のR1が欲しいなと思っていたのでした。フードがあるとバラクラバを省略することができるのですが。バラクラバも八ヶ岳では薄手のを使うので。

  
あと一着はヨガでも夏山でも着れそうな、タンクトップ。地味系。

山のウエアって派手なのが多くて…普段の服からして地味な私には、ちょっと敷居が高く、それに購入意欲も湧かない…のです。 でも、これなら着れそうでした。

山の下着にはなぜかブラが内臓されたキャミソール系が少ない。のはなんでなんだろう?それも決して、外に見せれないような下着然としたデザインの者が多いので、見せない着方しかできません。

夏の山は非常に暑くて、去年は稜線をキャミソールで歩いたくらいです…もちろん普通の枝が出ていたり、虫が飛んできたりする可能性がある登山は長袖で歩くのですが。

でも、稜線などでは、脱いで風に当たりたい時に脱げるのは、汗を乾燥させることができるので、ありがたい機能のはずなんだけどな。なので、下着も兼ねられるデザインだと助かるわけですね。

誰もまさか下着と思わないでしょうし(笑)。


  


今使っているバリアント・・・・をほめられたようで、なんだかうれしい☆

愛用のバリアントをほめてくれていた・・・なんかうれしい






















Saturday, October 5, 2013

検索キーワードの生かし方

■ 検索キーワードで訪問する人がほとんどです

当方のブログ、Bloggerです。ブロガーの良さは

・Googleと連動
・外国的でおしゃれなデザイン
・コーディングの自由度の高さ

ですが…

欠点の最大は、Ping送信先が限られること。Google一本。 

Yahooで検索したり、各地のブログサイトで新着ブログを読むのを楽しみにしているような人のヒット率は低いです。

ただ、最近は一つのブログを読み続けるブログの個人ファンよりも、検索して役立つ情報を取り出す人の方が多いと思われますので、来てくれた人がどんな検索キーワードで来てくれているかは重要です。

ちなみに、私のこの山サイトでは・・・最近来てくれている人たちは

ナンガダウンパンツ
ロープ 8㎜ 30m 重さ
南アルプス 概念図
垂直下降

スリング 自己確保
ダウンパンツ 比較
ダウンパンツ 登山
ダウンパンツ おススメ
ハイカーズデポ

などのキーワードで来てくれています。

そこで・・・ ブログを有用化したいと思ったら

これらの人たちが欲しい情報があるか?と考え、不足を強化します。

今日は、南アルプス 概念図 というキーワードで来ているとは思いもよらなかったので、南アルプスの登山大系と現代登山全集の記事は連携させました。ちなみに概念図は載せていません。著作の中身を載せると著作権違反になっちゃいますので、この本の中にあるよ、という紹介だけです(笑)

より検索してくれた人が欲しい情報に近いものが出す、というとブログもサービス業なんですよね(笑)。

Thursday, October 3, 2013

現代登山全集5 『北岳 甲斐駒 赤石』 

■ 『現代登山全集5 北岳 甲斐駒 赤石』

うーん。”現代”と言っても昭和36年の刊行なんですが(汗)…

でも、この本は、「これから南アルプスでも…」という人にとってぜひおススメです☆




『日本登山大系』と双耳峰を成す、『現代登山全集』…日本登山大系が古書としての地位が確定しており、価格が高い(アマゾンで19000円!)のと比べ、『現代…』のほうは神田の古書店でも800円くらいで投げ売りで売っています。

実は・・・この『北岳…』は、ずいぶん昔に神田で見かけたのに、八ヶ岳を買うか、こっちを買うかで、ひとしきり、うーん、と悩んだ後、八ヶ岳のほうを買ったのでした。

その後、同じ書店を訪ねても同じ本はおいておらず…「しまった…」とひそかに思っていたのですが、どちらにしても、南アは山の初心者にはとっても近寄りがたい山域なので…(笑)、八ヶ岳の気軽さとは正反対です。

実際、今年は南ア、まだ行っていない…いやゴールデンウィークに仙丈ヶ岳に登ったんでしたっけ…。

そうそう、この本がおすすめなワケは、南アを紹介する日本登山大系が、岩と沢ばかりを取り上げており、一般登山者が足で歩ける一般ルートの紹介や紀行文がほぼ皆無だったからです。一般登山者には全く何の関係もない本が日本登山大系の南アでした(汗)。

関連記事 読了 南アルプス

こちらは、こんな感じです

≪目次≫
・南アルプス概説
  小島鳥水、百瀬舜太郎、浜野正男、式正英
・紀行・記録・ガイド
  鳳凰、甲斐駒、仙丈、北岳
  塩見、赤石、聖

・南アルプスの岩と谷
  甲斐駒のバリエーションルート(黄連谷、赤石沢奥壁、摩利支天峰、など)
  北岳バットレス
  赤石岳・聖岳周辺の谷
・随想(平賀文男他)

南アルプス 概念図






■ 地元は劣勢?

執筆者が興味深いのは地元の山岳会の記録が非常に少ないことです。

南アの開拓者というのは、地元よりも 東京白稜会、独評登高会、明峰山岳会で、わずかに昭和山岳会積雪期南ア全山縦走を果たした梨大山岳部があるのみ…昭和山岳会も甲府昭和かどうか分かりません。東京のほうのかもしれない。

うーん。地元はあまり登山と言う感じではないのかもですね。もしかして、生活と密着しすぎていたのかもしれません。でも、名案内人は出てくるのですが・・・

北アが山を薪や山菜取りの生活資源の山から、派手で傍目にも目立つ観光資源の山、という形に活路を見出したのに対し、南アは同じように生活の糧を、水資源の採取先に見出したのかもしれません。というのも、山梨県は、ミネラルウォーター生産量は全国の4分の1を上回る、26.5%、約204億円の出荷額を誇り、日本一です。http://www.pref.yamanashi.jp/toukei/nippon_ichi.html#a7

余談ですが、一方、長野の観光市場規模は4000億円を目指しているところのようです。


”郷土の山岳会”と人々という項目に、山梨の山岳会の事情が述べられていますが、山梨師範学校(現、梨大?)の山岳部を起点に、甲斐山岳会 ⇒ 一高OB会、南嶺会、白鳳会、と3つに分派したのだそうです。この3つが伝統のある山岳会ですね。

今ではたくさんの会があるようですが、HPがないところも多いので、あまり活動が活発なような様子はうかがえません。若々しいくて頼もしい感じの会も見かけました。
私は岩登りはあまり興味がないのですが、岩登り好きな人にはよさそうです。

山梨メープルクラブは『山梨百名山』というガイドブックで有名です。



■ 南アの特徴

『現代登山全集5』によると・・・南アの特徴

・アプローチが長い
・マスコミ式に山頂に立てない
・山が深い
・岩稜の魅力はくらい
・駆け出しの登山者には不向きで、山の姿や地形を良く読める人でないと、尾根や谷を間違ったりする
・一日中他の人の顔を見ないで、静かな味のある山歩きができる
・2700から下は原生林
・細いリッジは少ない
・山小屋も少ない
・頂上付近に水場が少ない
・徒渉が多い
・体力を要する
・危険(雪稜、岩稜)は少ない(岩登り技術、雪渓技術はほとんどイラナイ)

・体力をつけ、かつ、山の見方を覚える点から新人の訓練に適している
・生活の場とするのに最適

といくつか拾ってみました。 装備は、徒渉に備えてザイル&地下足袋、だそうです。

現代登山全集 5 の中身の様子
面白かったのは積雪期の案内があったことです。やっぱりアイゼンピッケルの出番はほとんどないと書いてありました。

やっぱり~去年鳳凰三山にお正月に行ったのですが、アイゼン要らなかったんですよね。ピッケルも…山頂付近は雪が少ない上、花崗岩で全然滑らないので… むしろ11月の燕岳のほうがアイゼンの出番があったくらいでした。

というわけで、この本、買ってよかったな~って感じです。愛読できそうです♪






登山、ヨガ、バレエ

最近、登山のせいで体型が変わってきたな~と感じています。ちょっと困りますね…

■ バレエ

登山の前の趣味はバレエでした。バレエはバレエの体型(ラインづくり)が重要で、やり始めると
バレエの体型にどんな人も少し変わります。

・骨盤が締ってお尻が小さくなる
・O脚が矯正される
・足の内転筋が発達する
・姿勢が良くなる
・胴体が細くなる
・首が長くなる
・肩が下がる
・足首が強くなる

これらは、股関節の外旋(ターンアウト)と引きあげ、と言われる体の使い方のせいです。またバレエは筋肉を長く引き伸ばしながら筋力を出すことが要求されます。そして、筋持久力と瞬発力の両方がバランスよく必要です。

よくある障害は
・ストレートネック (首の過伸展)
・ストレートバック (脊椎の過伸展)
・ノックバック二― (膝の過伸展)
・足首の過伸展
・坐骨神経痛 
・股関節の痛み

です。腕や肩に障害がでることはまれです。バレエをすると片足立ちや足さばきには強くなります。

■ ヨガ

ヨガをしていて、このような体の使い方は、一種の歪みである、と理解できました。

・股関節の内旋がやりづらくなる
・胴体のねじりがやりづらくなる
・肩など上半身の可動域が広がらない

ヨガは基本的にはスポーツではありません。なので比較するのはヨガの本意ではありませんが、たとえば、背中で合掌するなどバレエでは必要がないのでやりませんがヨガでは出てきます。

バレエをやっている人がヨガをやると大抵はポーズを易しく感じます。がヨガの目から見ると、体が持つ可能性を全部生かし切れていないように見えると思います。それはバレエの決まりごと(骨盤を水平に保たなくてはならない)や(胴体を水平に維持しなくてならない)が、動きの中で優先されてポーズの完成が後回しだからです。

ヨガの場合はアサナ(ポーズ)の完成が最優先なので、骨盤が倒れていようが、左右の肩が上下していようがポーズをまず完成させます。そこからきれいなポーズに修正していきます。(アジャスト)

けれども、実はとりあえずポーズと言うことで、崩れたポーズをやると関節を痛めるんです。関節にかかる負荷がかなり大きくなるので。

ヨガも教科書的には股関節の水平(ASIS)を維持できる範囲でポーズを取れ、と書いてありますが…
そうするとたいていの初心者は、体が硬すぎて、アサナがとれないので、アサナに憧れるほとんどの人は最初にそんなこと無視します。

で、痛くなって、矯正・治癒して、を繰り返す…のです。そのプロセスからも学ぶことがあるから、いいのですが。でも怪我がないならない方が良いです。というのは筋も関節も一度裂傷があると、そこは以前より固くなるからです。

というわけで、ヨガの最大の効果は、

・自分の体に注意を向ける(内観)ことによる内的リラックス
・深い呼吸による深部のリラックス
・リラックスしながらの体の伸展
・内的集中力
・体内不要物の排泄

であり、運動効果というよりは、精神的なリラックスと集中が重要です。メンタルボディバランス。

柔軟性はその結果であって、目的ではありません。

ヨガでよく起こる障害は
・手首の痛み(ねん挫)
・股関節の捻挫
・腰痛

です。どれも筋力が不足しているのにもかかわらず、無理をしてアサナを取る結果、起こります。

手首はチャトランガで痛めることが多く、そのような場合は、チャトランガよりダウンドッグなどで
まずは両手で四つん這いになって自分の体重を腕で支えるのだということを体に教えないといけません。また、股関節はロータスなどの座位を無理してとることから、腰痛はコブラなどの後屈系一般を無理して行うため、発生します。

つまり、ヨガの煩悩は過剰な柔軟性を求めることにありますね。

手首は胸筋の筋力がつけば守られ、股関節は急いで柔軟性を高めようとしても、もっとも難しい強靭な関節の一つ、そして、腰痛は腹筋力の低下が直接の原因です。

ヨガに柔軟性ばかりを求める結果、特に体幹の筋力を使うことが衰えます。体幹の筋力(インナーマッスル、コアマッスル)は、バランスのポーズなどを一定時間維持する、というようなアサナで強化される筋力です。

■ 登山の筋肉

で、登山はというと…持久系と言われますが、バランス感覚も相当に必要と思います。バランス感覚が必要と言うことは体幹の筋力が必要と言うことです。

登山は基本的に歩く、と言う行為なので、歩くということを見ると使う筋肉は主に脚です。
これは登山の後に筋肉痛になっている場所からも理解できると思います。

・大腿四頭筋
・ハムストリングス
・臀筋

それにザックが重くなってくると、その分自分の体重以上の、抗重力筋が必要になります(背筋・腹筋)。

体幹がぶれないことが重要なので体型としては多少体幹がしっかりしているほうが有利になります。
実際細すぎる人は重いザックは背負えないようです。小屋泊限定になってしまいますね(笑)

・背筋
・腹筋

これに加え、クライミングを始めると

・胸筋
・前腕
・握力(指力)

も鍛えられます。それに柔軟性も欲しくなってくると思います。

意外に見落とされているのは、バランス感覚です。

片足立ち。一本足で立つ感覚は、アイゼンワークではかなり必要です。それは岩場の歩き方につながって行きます。

登山では転滑落はNoNoですが、転倒するのはバランス感覚が悪いからです。そして最も多い障害は

・足首のねん挫
・膝の痛み

です。ねん挫は、股関節ー膝ー足首の骨のアライメントが正しくない状態で長時間歩いているため。
膝の痛みは、大腿四頭筋が弱いためです。なので足首や下肢のストレッチと大腿四頭筋の強化は重要ですね。

登山では、体の安定性を保つため、四肢と体幹のバランスでは、体幹がしっかりして、四肢が細いほうが運動効率が良くなります。

でも、これがクライミングになると逆で、四肢の筋力があり、体幹が細いほうが有利になりますが。特にハングしているような壁を登るタイプのクライミングをしていると、上体の筋力勝負になります。

■ 体型が変化してくる

最近、登山アクティビティが板について来たせいかどうか分かりませんが、最近、胸が発達してきてしまいました…(汗)

ヨガやクライミングでも胸筋を鍛えているので、その成果もしれませんが…バストサイズがアップしています…

体は正直ですね。

でも…せっかく身に着けたバレエ的な要素が失われるのはとても悲しいです…バレエでは細い体幹はかなり重要なポイント…。

せっかく長い時間をかけてそぎ落として来たのに…細くて長い腕と広いデコルテは私の数少ないバレエ的要素でした。

それに過剰に発達した大腿四頭筋もバレエはキライます…これは登山では発達する筋肉。

バレエは脚を外旋して使いますがそれだと大腿四頭筋は肥大しにくいです。

登山の場合、内旋気味に脚を使った方がパワーが発揮できる場合が特に登りの段差の大きい箇所ではあります。

膝上の盛り上がった筋肉は醜い、とされるので、登山で(特に登り)で使う大腿四頭筋があまり発達してしまうと、バレエでは余計な苦労が増えるでしょう。なので登りではハムスを使った登りを心がけています。

バレエ経験者は登山には、

・バランス感覚
・足首の強さ
・持久力
・足さばき

の関係で、とても有利です。ただ登山は、バレエには不利に働くと思います。体幹が太くなったり、日焼けしてしまうのはバレエのタブーです。

また登山で黙々と歩くことは内的な感性を研ぎ澄ますので、ヨガをしている時の感覚と同じです。歩きながらやる瞑想って感じです。

ヨガ経験者は、クライミングに有利です。

・柔軟性が高いためリーチが長い
・集中力がある
・バランス感覚が良い

■ 結論

ということを総合して考えると、登山にヨガを生かそうとする場合、

・バランス感覚 

とそれを磨くための 片足立ちのポーズ、はかなり重要ですね。またクライミングをするなら、アームバランスのポーズは面白いかもしれません。





Wednesday, October 2, 2013

帰宅厳守登山!!

甲府は朝晩冷えるようになりました。 内陸部なので寒暖差が激しくて、うっかりしていると風邪をひきそうです。

■ 危険な単独行 vs 危険でない単独行 

登山の常識では、単独行は禁止です。

それはなぜか? 単独で山に入って誰にも会わなかったら、遭難した時、誰が気が付くでしょう?

遭難者の内訳でも、単独者は生還率が低いほうに入ります。

その理由は、特に家族にも行き先を残さないで単独で人のいない山に入ってしまうから。
目撃者もおらず、遭難した場合見つけ出すのは不可能です。

だから単独がアブナイか、危なくないかを決めるのは

・登山届の有無
・目撃者の有無

です。 

なので、頼まなくても登山口から人がうようよいるような混雑した山では、単独は別に危険でもなんでもありませんん。夏山の一般ルートで単独は危ないって言われても、はぁ?って感じですね。

そもそも、単独と呼ぶにさえ、ふさわしくないかもしれない…。単独ってなんとなく、孤高なイメージがあり、ちょっと難しいイメージがありますから… 夏のアルプスの一般道なんて、単独っていうより、ソロという言葉がふさわしいです。

だって、危険がほとんどないです。ソロは自由です。

■ 里山はアブナイ・・・

山はウィルダネスなのですが、日本の山の問題は、標高が高いから自然度が高いわけでも、遠いから自然度が高いわけでもなく、里山でも人が通らなければ、自然が回復していって勝手に自然度が高くなることです。

昨今は人間の里山離れが始まってから久しく、里山はウィルダネス化進行中です。

なので、登山道の整備された高山より、里山の方がウィルダネス度が高かったりします。

で、ウィルダネス度が高いところは、

①場所としてそもそも危険 (崖、沢、滝、ヤブ)
②獣 (熊、猪)
③道迷い

の危険があります。

私は、正直言うと、道迷いについてはそんなに不安はないのですが(地図も読めるし)、何が不安って①と②です。

登山道ってホントに素晴らしい先人の遺産なんですよね。人の踏み跡ってホントにありがたいものです。すごく歩きやすいのですから。

たとえば、後立の縦走路はそれだけでも結構難易度は高いですが、それでもそこを先人は歩いて大丈夫だったという実績がある。もう何万人、何十万人と歩いているでしょう。その過程で動く石は取り払われ、なんとなく足が置きやすいところにはくぼみができ、取り囲むハイ松の枝も短くなり…ただの岩の上を歩いているようでも、過去の実績に裏打ちされた道。

でも道なき道だと、そこを歩いた実績があるのは、・・・・ うーん、獣?!って感じです。 

まぁ日本は歴史が長い国なので、どんな尾根にも踏み跡くらいありそうですが。

歩きづらい道で怖いのは、転滑落と怪我です。

浮き石を踏んでしまって、あ!と思ったらもう転倒…で、誰も来ないような尾根だったり、携帯も入らないようでは、救助の求めようがありません…こわ~い。

私は転んでコロコロと転がって行く人を見かけたことが一回だけあります。途中で止まったからいいけど、そのまま谷や崖に墜ちてしまったら、どこに落ちたか探すのも一苦労です。そんな時一人だったら?

夏の高山なら、パトロールが回っていますが里山ではだれもパトロールしていません。


■ 熊・・・5月は奥山、10月は里山

そして、一人で歩いていて、怖いのは②の獣もです。 

熊に合うのは熊のほうで人間を避けているから難しそうですが、一人だと、おしゃべりをしないので、存在感が薄い。

リスやキジくらいには一人で歩いているとしょっちゅう会います・・・ならば、より大きな動物だってその辺に居て不思議はありませんよね。

一般道でもそうなのに、その上、あまり人が通らない場所を歩くとか、道なき道・・・って、野生動物のテリトリー内に侵入していること(汗)

出会う確率としては、うんと高まってしまいます。特にきのこ狩りなど日ごろ人が入らない登山道でないところではぐれてしまうと怖いですね。山菜ときのこは遭難率が高いアクティビティです。用心すべし。

熊は、5月は奥山で、10月は里山で出会いやすいと言われています。

具合の悪いことにこれって登山者の行きたい場所と同じなんですよね(^^;) 5月は雪の高山でも気温が高くて過ごしやすいですし、10月は高山はもう終わりでやっと低山の里山歩きがいい季節…

熊は人間の女性の肉が好きらしいという記事を紹介されました。え”?!

実はこれは曲解で、熊は一度仕留めそこなった獲物に強い執着を示す、というのが正しい理解のようです。

熊の被害は毎年報告されていますよね。でも、人が襲われた、という話で、人が喰われた、という話ではありませんよね。

ところが実際は、事故報告の中に食害あり、と書かれているものは、平たく言えば、人食い熊って意味です。つまり人の味を覚えてしまったってこと。

一度覚えた味には執着をするのが熊の習性のようですから、熊が出て食害があれば、その熊は打ち殺す以外ありません。

なので熊と人の一番良い関係は、単純に出会わないこと。 熊に人間が弱くて、そして容易に食べ物になる、ということを学ばせてはいけないのです。

三毛別熊事件
福岡大ワンゲル部・ヒグマ事件

図書館で『クマは眠れない』米田 一彦 (著)を読みましたが、この本は今まで読んだ熊の本の中では
ダントツに視点が公平でおススメできる本でした。

米田一彦さんはこちらにもHPを持っていて、大変おススメです。

日本ツキノワグマ研究所

ガイドの眼  熊に出会ったら・・・対策と熊のフィールドサインが充実しています

というわけで、単独行は、人目につかない山では、あんまりおススメできるものではありません。

とはいっても、そうそう自分の暇な時に、都合よく登山相手がいるわけではありませんから、一人で出かけざるを得ない場合に、おススメは

・山小屋がある山
・日本百名山で人が季節を問わずよく通う山

です。

山梨だと、易しい順に

三ツ峠、大菩薩、茅ヶ岳、金峰山、甲武信岳、鳳凰山、甲斐駒…それくらいでしょうか。ちょっと足を延ばして良ければ、八ヶ岳も登山口まで1時間くらいです。

これ以外だと、どうしてもマイナーになってしまって、ちょっと一人では歩きづらいですね。

単独はダメ!と一律禁止するのもおかしいですが、かといってどこにでも単独で出かけられるものではありません。


Tuesday, October 1, 2013

生きるために山に行く

■ちっぽけな自分

山に行くと嫌なことを忘れる… そんな風に思って山に行く人は、実は少なくはないようです。

雄大な自然や厳しい環境で生きる動物たち、それに過酷な環境に適応して生き延びたお花、水と風が気の遠くなるような時間をかけて浸食した地形、それに満天の星空…私たちは星の光が何万年もかかってたどり着いているのをすでに知っています…

そういう自然の在り方を見ていると、どんなに自分にとって大きな悩みであっても、その悩みがちっぽけなものに思えてくる…

それは誰しも経験があるのではないでしょうか。

そして、もし、誰しもが同じように思うのなら、それは真実なのではないでしょうか?

■ 問題は大きな目で見るといつでも小さい

約10年ほど前、久しぶりにサンフランシスコに行き、旧友を訪ねると、ジムおじいさんがいました。

ジムは定年退職した元・看守でした。大男で身長はアメリカ人の中でも大きく、私なんか子供に見えるくらい。ジムは学生が入れ代わり立ち代わり住む大学近くのシェアハウスで、ガレージを改造したインローと言う部屋に住んでいました。インローというのは義理の(in-law)という意味で、嫌々ながら引き取る義理の親を押し込む部屋とくらいの意味です。でも実際インローはトイレもバスも上の階とは別で、かなり住み心地が良いものです。ただガレージ改造なので床が…ね。

ジムは出会った時から年寄でしたが、さらに年を取ってそしてアフリカ旅行から帰ってすぐでした。感想を聞くと「アメリカのことなど心配しなくなった」そうです。なぜ?と聞くと「アフリカでは今日死ぬか明日死ぬかの戦いだ。アメリカではあと30年後に年金がないと言って騒いでいる」と…

たしかにそうですよね。先進国の我々が持つ不安なんて、「老後が心配…」などとまだ起こってもいない未来を考えて心配になり、今生きている現在の時間を台無しにしているのです。

今この同じ地球上で、飢えて死んでいる人がいるというのに、私たちのもっぱらの関心は、痩せること、なんですから。

明日死ぬかもしれない人たちの現実と日本で毎日温かいものを食べることができるのに痩せることを目的にしないといけない人たちの現実…その差は生まれ落ちた場所の差だけ!

地球的視野でみると、先進国に住む我々の悩みなんて悩みのうちに入るのでしょうか…

たとえば山の問題と言えば、鹿が増えて困っている、と言うことになっていますが、鹿が増えるのと、同じ日本人なのに飢えて死ぬ人も出つつある貧困問題ではどちらが優先すべき重大な問題なのでしょう…

一方では老いて仕事に就けないからといって、人に食べ物すら与えず、一方で野生で(つまり無料で)生きているだけの鹿をただ増えすぎたからと言って打ち落とすために税金をつぎ込む・・・のが、私たちの生きている社会なのです。 

■ 大自然の目線で自分の問題をとらえなおす

そうやって、大きな視野で自分の問題をとらえてみる。

それが重要なんですよね。 

だって、な~んだ、そんなことで、ウジウジ、イジイジしていたのか、と、自分で自分がばかばかしくなってくる…

それが、精神の平衡を取り戻すってことの意味だと思うんですよね。

それは何だっていいんだろうと。海でも山でも。星でも。石でも。

だから、人は、海や山の大自然に触れ、自然の大きさ、大きな視野を思い出させてもらいに山にいく。

そうして精神の平衡感覚を取り戻し、また元気に人間界のいざこざに対処できるようになって帰っていくんだと思います。

それが自然と人間の正しい付き合い方なんじゃないかな?

人生とはままならぬもの。苦しいことは次々にやってきます。そう考えると・・・

生きるために山に行く、というのはそういう意味であながち大げさな言葉ではないと思うのは私だけでしょうか?

シンプルイズベスト モンベルアルパインパックのススメ

■ 大型ザックに開眼

私は大いに反省しました。それは大型ザックのことです。

大型ザックは超便利です。

それがなかなか納得できなかった…。どれくらい理解できなかったかと言うとGWの雪山講習時には38Lのバリアントで出かけたくらいです(笑)。

大体身長152cmと小柄なので、店頭で背負ってみると、どの大型ザックも小学生1年生がランドセル、みたいに見える・・・(汗)

私が嫌いだったのは、

「重い荷物を担げるほどエライ」

という価値観でした。 微妙に共感しづらい。なぜなら、

重い荷物=無駄な荷物。

実際、冬山では余分な荷物を担いでいる人、よく見ます。余分なだけならいいのですが、余分な重さのせいでバテて遅くなっている…

ということを目撃し、私の頭の中には、すっかり

大型ザック → 余分な荷物 → バテる&パーティの足を引っ張る → コメイワクちゃん

という関連図式が出来上がっていたのでした…

60ℓと48リットル
でも、使ってみて分かった。大型ザックは使える!

大体嵩が張っていても全然重くないんですから(笑) 

昨日なんてこーんなにでっかく見えて実は7kg。

となりは夫の48リットル8kg。

■ ザックは大・中・小

先日、久しぶりに町内の山の池上さんのサイトを見ていて、改めてザックは20Lごとに買うべきだなぁと思いました。

20リットル ⇒ 日帰り登山
40リットル ⇒ 小屋泊
60リットル ⇒ テント泊

たいていの人は日帰り登山で山デビューすると思います。でも、すぐに小屋泊になるので、それなら、最初から、40Lで雨蓋式トップローディングのを買うと長く使えます。

日帰りしか行かないと決めていたら、20リットルで十分なのです。

小屋泊とテント泊では、持って行く荷物の量が違うけれど、テントにしろ、小屋泊にしろ、4泊5日か?1泊二日か?では、そんなに荷物に違いは出ない。

だから、20リットル毎になるわけです。

テント泊、1泊2日も、2泊3日も、荷物的には朝・夕の袋飯が増えるくらいの差の負担増しかない。

小屋泊でも同じで、小屋に泊まるなら、何泊したって非常食は使わないという前提なので、増えるのは、行動食=つまりオヤツ、だけ。 

特に夏山では、おやつなんか買って入れてくるより、財布の中身を厚くした方が良いので、結局、一泊二日と同じ装備で十分なわけです。チョコなんか下界で買っても溶けちゃいますし。

これは冬山だって昨今は小屋が充実してしまって同じで、去年11月に雪の燕岳まで行ったけれど、小屋泊だったので、財布しか必要なく、結局、雨蓋しか空けなかったです…(汗) 

だから本当のことを言うと小屋泊なら、夏も冬も40リットルでも余るくらいなのです。

私は夏山で2泊3日のテント泊なら、40リットルクラスでやってしまいました…入れるものはテントとシュラフ、保温着以外は日帰り装備の3点セット、ヘッドライト、レインウエア、水筒、と同じ。

オヤツは持って行くけど、切れたら小屋で買えばいい。ちゃんとした時間に小屋のテントサイトについていれば、ランチは小屋で食べれるし、ビールも小屋に売ってるし・・・

というわけなんですね~。

と・こ・ろが! そんな軽量派だったのに、最近はずっと60Lの大型ザックを使っています…驚き!

それは、このアルパインパック、軽くて、底なし沼みたいになんでも入る、からなんです(笑)

今年はまだ小屋泊していないし・・・ よく考えたら、ずっとテントかツエルト泊・・・

同じ12kgでも40Lクラスのバリアントに入れると重く感じる。60Lのなら、まだまだ楽勝…って感じ。

それに容量にゆとりがあるので、あまりパッキングを工夫しなくても入る(笑)これはあんまりよくないかもしれないけど。

■ ザ・入門ザック

バレエではポアントを初めて履く人には自分でポアント(トウシューズ)を選ばせたりしません。大抵はそのバレエ教室の指定のものがあるか、子どもだったら先生から渡されます。だって、履いたことない人にシューズの良しあしなんて分からないのです。店に行って選べって言っても、初心者なのだから、選べないで、とんでもないのを選んでくる人がいます。それくらいなら最初の一足は多少足に合わなくても、ポアントとはどういうものか?を知るために、履きつぶすつもりで、定番的なものを与えた方が良い。

登山では、ザックというのは、バレエのポアントにあたるようなものかな~と思いますが、なぜ、誰も入門機とか、定番というものを指導しないんだろう???

ちなみにガイドさんだって、ガイド協会で定番のロープとかあるのに・・・個人の登山者にだって、入門セットがあっていいじゃないですかね~。

モンベルのアルパインパックは、たぶん、大型ザックを初めて買う人にとっては、ポアントの入門シューズに当たるような、ホントに良い製品だと思います。ザ・入門ザックって感じ。

【モンベルアルパインパックが良い理由】

・構造がシンプル
・軽い
・価格が安い

モンベルアルパインパック 公式サイト
http://webshop.montbell.jp/goods/disp.php?product_id=1223325



■ シンプルイズベスト

まずはこのザックのシンプルさですが・・・

構造はトップローディングのシンプルな筒型で定番型。現在主流の2本締めです。

構造にはトップローディングとパネルローディングがあります。20Lは小さいのでたいていが、パネルローディング。中・大型はたいていが雨蓋式、つまりトップローディング。雨蓋がなくて、上をロールトップでくるくるとするタイプもありますが、珍しいほうに入ります。

【長所と欠点】
・パネルローディング=モノを出し入れしやすい、荷物が増えたとき挟めない
・トップローディング=荷物が増えたときに対応しやすい、荷物を取り出す手間が多い

ただトップローディングが荷物の出し入れがしにくいか?と言うと、そんなことはなく、アルパインパックは雨蓋に行動中使うものは全部入るので、パネルローディングと同じなんですよね。 

気室(内部がどう別れているか)も1気室と2気室くらいのものがあります。が、サイズが小さいのに別れていてもしかたなかったりします。

大型ザックはテントを入れる場所が別れているものが多いです。大家さんむけ(笑)?

ちなみに私の最初のザックは、28Lのパネルローディング、外側にポケットが2つ、2気室タイプ。
これを見て、山ヤさんがザックを買い換えろと言ってきたくらいです(笑)

今考えると、下の気室にはずっと非常食とレインウエアと保温着、ツエルトが入れっぱなしで、上はランチ入れ、ポケットは、お財布入れとヘッドライト入れになっていたような気がします。

このザックは次に40Lを買うと、あまり出番が無くなってしまいました。

私と同じように、初心者の人はたぶん買い方が分からなくて、イマイチなザックを買ってしまうと思います。

大体今時のザックは高機能になりすぎていて、初心者には何を言われているのか全然理解できません(汗)。

なんだか、機能が一杯の家電製品を買っても結局は使わないのと同じようなことになっているような気がする・・・

実際、前にポケットがないほうが良い山行もあるし(急登で膝を上げると前が見えにくいような登山道や、梯子や鎖が多い山)、山行に合わせて、自分でウエストポーチなり、マップケースなり、ハイドレーションなり、あるいは、フロントパックなんかを好きに付け足せる、シンプルな形の方が山行が限定されなくていいかもしれません。

特に初心者で自分の登山スタイル(先鋭的な岩場メインの山が好きなのか、それともストックで歩けるような逍遥が好きなのか、それともヤブをかき分けるのか・・・笑)がまだ決まっていないなら・・・

グラブバッグは実のところ、結構不便でした。山では「シンプルなほうがかっこいい」っていう価値観もあるのですが、そっちのほうは「重いほうがかっこいい」と比べてあんまり伝承されていないのはなんでなんだろう?

今は、これより小さい、日帰り用の20Lくらいのはアタックザック(大きいザックに入れて行って山頂をピストンするときだけ使う)が欲しいなと思っていますが、軽くて良いものが見当たらず、まだ購入していません。

ちょっといいなというのはコレ・・・ライペン・プチクロワール。

すごくシンプルなんですが、BDのと迷っています。

■ 軽い

次のフューチャーは軽い、です。 アルパインパック60、とっても軽いんですよね、私のはショートなので1.6kg。スタンダードでも1.65kg

ちなみにグレゴリーなどかなり重いです。ザックだけで2.5kgくらいします… 重さでいうとウルトラライトな製品の定番、グラナイトギアにはかなわないのですが・・・ナイロン生地の厚みが薄いという指摘がいろいろ出ていて、私は軽くて丈夫なのはいくらでもありそうだと思うのですが、一般にウルトラライトの製品は高価さがネックで手がでません。

その数百グラムの軽量化の価値が分かるようになって買う製品なのかもしれません。

その点、モンベルの製品はしっかりとしたナイロン生地。その上、良心的な価格設定

同じ60リットルクラスでもウルトラライトなザックの定番のグラナイトギアなどの製品だと3万円コースのところが、半額くらいの15700円。安い。

まずはこのザックでガンガン山に行って、元を取り返してから、高級品にステップアップしてもいいのかも?

それくらいのほうがありがたみが分かるのかも?な感じです。

■欠点? 重量分散していない?

よくウルトラライトだったり、シンプルな筒型の大型ザックの欠点と言われるのは、重量の分散です。

でも、私は気が付いてしまいました・・・ ウエストベルトって結局、ハーネスをつけるときは、外すんですよね(汗) つまり、全重量が肩に食い込むワケ・・・ なんだ・・・そうだったのか。

つまり腰で荷物の重さを・・・というのは、垂直方向を目指す登山と言うより、バックパッキングの伝統ですね。

いや私がしたいのは岩登って20kg担ぐような山ではなく、たとえ同じ20kgでも長い距離歩く方向性ですから、まぁバックパッキングの発想のザックがいいのですが(笑)

20kgくらいまでなら、モンベルのアルパインパックでギリギリなんとかなりそうな感じです。

・・・というわけで、目につく欠点が見当たらないアルパインパック・・・とってもおススメです。実は昨日、夫にも今回60リットルを買いました。

私が気に入っているのは、雨蓋がとても大きいこと。

行動食もヘッドライトも、お財布も手ぬぐいも日焼け止めなどのちょっとしたものもガンガン入ってしまう。すぐ使うものは全部雨蓋に入れてしまっています。冬は手袋もゴーグルも入ります。

となると、本体に入れるのは、衣=レインウエア&保温着、食=朝夕の袋飯&コッヘルとストーブセット、住=テント、後は救急セットくらいです。

■ パッキングの工夫

テントがないときはツエルトを入れるのですが、ツエルトは平べったく畳んで、本来ハイドレーションをいれるはずの背面ポケットに入れておけば、存在感ゼロ!の上当たりが柔らかくなって一石二鳥!な上、お尻マットがないときにはお尻マット代わりになります。

あとはダウンなどの防寒着は寒いときはすぐ着たいし、嵩は歩けど柔らかいので、一番上に入れ、くしゃくしゃにして、コッヘルなどの隙間を埋める緩衝材にしています。

雨が降りそうだとわかっているときは、レインウエアは一番上で、キレイに畳んでいますが、チャック類は全部開けてすぐに着れるようにしています。

そして、お休みセット。シュラフやシュラフカバー、枕は一つにまとめて、圧縮パックに入れます。夫はこれをしないので、シュラフとシュラフカバーと枕の3つの荷物があることになり、寝るときは狭いテント内でシュラフをシュラフカバーに入れるという手間を掛けなければならなくなり、その上、3つが迷子になる…大体日本の製品はどれにもこれにも持ち運び用の個袋つけすぎです。袋の分だけでもずいぶん軽くなるんじゃないかと言うくらい。

スリーピングマットは、私はモンベルの圧縮エア式のを使う時も、フォームタイプを使う時同様、ザックの中に縦に筒状に入れて、ザックを安定させることにしています。こうするとかさばるマットの存在感が消える・・・マットを外付けにしなくていいのです。見るからに邪魔そうなマットを…(笑)

以上がパッキングの工夫です。

・ツエルト
・ダウン
・レインウェア
・お休みセット
・スリーピングマット

■ 悩みは水と雨

悩みは水の場所・・・水はいつも一番上の雨蓋と本体の間に挟んでいますが、そこでいいのかなぁ・・・

あとは大型ザックの雨対策。大型ザック用のレインカバー買ってみましたがイマイチなので、中で防水すればカバーはいらないのかな・・・と悩み中です。

好奇心と危険認知

■好奇心と危険認知

先日、湯俣温泉に行って気が付いたのですが…

夫は危険に対する閾値が私より低い。 彼は私が危険だ、と感じるところを危険を認知しないで行ってしまいます。

でも、彼は私より好奇心は弱いです。

墳湯丘が二つあったので、もう少しあるかもしれないと「もうちょっと先まで行こうよ~」というと、「もういい」

好奇心では私の方が何倍も強いみたいです。彼の好奇心の無さは単純な怠惰の裏返しのようです。

夫:危険には閾値が低い 好奇心はあまりない
妻:危険には閾値が高い 好奇心がある

まぁ子供でも男の子はやんちゃですもんね。

私には弟がいたのですが、小さいころ、怪我をしているのは弟ばかりで、ベランダから落ちたり、椅子から落ちたり、ブランコから落ちたり、ハチの巣に手をツッこんで、蜂に刺されたり…一方の私はぜんぜん怪我をしたことがありません。もちろん、ブランコからは落ちましたけど・・・(笑)

きっと男性の遺伝子は、危険に対する認知が低いようにできているんでしょうね。そうでないと狩りに出て家族を養えない(笑)?

一方、はぐくむ性の女性は、少しの危険でも鋭敏に認知して、危険から子供や自分を守ろうとするのでしょう…

■ 岩には好奇心より危険を感じています

だから、私は岩登り、微妙に萌えていないんでしょうねぇ…私には岩に対する好奇心が全然芽生えていない。

逆に危険に対する認知はガンガンに高まっています。いや~岩はアブナイ…

いや、正確に言うと、アブナイくらいしかスキルがない人がやっていると本当にアブナイ!

みんな危ないと知らないでやっているのがアブナイ・・・ ロープワークに関しては習熟と言うことが必要なので、そうでない人が高い場所に居るととてもハラハラします・・・

夫を見てハラハラしているのと同じです。

■山は引き帰すことが可能

岩ではなく、山の危険はアブナイと感じたら、引き帰せばいいので…用心深いという女性の特性が生きる。

岩はダメ!と思っても引き帰せはしないです。何しろ降りる方が難しいのですから。

引き帰せる。(余談ですが引き帰すことを”敗退”といいます)

だから、私は山には危険をそんなに感じないんですね。引き帰せばいいじゃん。

私を山に向かわせるアクセルは好奇心と憧れブレーキは危険の察知です。

■ 変な人

私、アメリカでも大阪でも思いましたけど、かなり他の人より用心深い。周囲の環境変化にピッと気が付くタイプです。変な人が向こうから歩いてきたらとりあえず道の反対側に避けます。

以前、梅田でものすごく背の高い男の人が、ウエストまで届く長い髪をして、パンツの線ギリギリの超ミニスカートにハイヒールで歩いていたのですが…その異様な光景に気が付いたのは私だけで…夫には肘鉄を食らわしたのに、彼は気が付かず。

同じように、難波の高級百貨店の立ち並ぶ地下街の交差点で、男性の浮浪者が下半身裸でしゃがみ、鼻くそをほじくりながら、地面に置いたマンガ本を熱心に読みふけっていたのですが、それにも夫は気が付かず。

まぁ都会では夫に限らず、誰もが自分の事に忙しくて、周囲のことには気を配っていないですけど…

その状況ってとってもシュールですよね・・・

私は子供のころから雨が降りそうだと頭痛がしてくるし、音や匂い、そういうものに敏感でした。今もナフタリンの匂いのするクローゼットから出したての洋服なんて着れないし、長い間タンスにしまっていた服もかゆくなるから着れない。湿度が上がるとすぐわかるし。

変なおじさんがいればすぐ気が付いてさけようとするし…そういえば、キャベツを頭に載せて商店街を歩いているおばさんがいたときも夫は気が付かなかったんだっけな~

でも、都会に居る変な人たちって…人の気持ちを引きたいから変な格好しているんでしょうか、それとも人を遠ざけるためなのでしょうか?

昔サンフランシスコにいた頃、救急救命に勤務する医師の友人は、フラミンゴ型のヘンテコ自転車に乗って、奇天烈な格好をして通勤していました。職業柄急いで職場に向かうことが多いのですが、そういうカッコをしているとみんなが避けてくれるんだそうです。

あ、そっか。私も山で変なカッコしたら、みんなが避けて通してくれるのかな(笑)?

っていうか山ガールファッションの奇抜さは、変な人より変になって人を遠ざける為?!なのかも?