Tuesday, September 19, 2017

自分で行く番がきたら

■ 強気の判断

昨日は、山ヤで遭難対策関係の役割をしている友人と飲んでいた…。

昨今、山の遭難事故は多い。遭難の方向性は、大きく2つある。

1)高齢で山をスタートした初心者の、”無知登山”
2)若年でアルパインをしている人の、”イキナリハイグレード登山”

命がいくつあっても足りない状態を、慎重に避けるには、1)の無知登山も、2)のイキナリ登山も避けなくてはならない。

もし、自らの判断基準を持ち、それらを避ける、という姿勢がなければ、もれなく、1)もしくは、2)に自動的に誘導されてしまう。

私の友人は、すでに山で3人亡くなっている。また、一人は去年300mも滑落して、九死に一生を取り留めたそうだ。花谷さんと一緒に登っていた人だった。

山をやる限りは、どんな山をやるにしても、トレーニングはマナーだ。だが、どんなにトレーニングを積んで強くなっても、それ以上に強気の判断をしてしまえば…という結果を見せつけられた格好だ。

なので、私にとっては、他人事ではない

今現在は、師匠に着き、厳選した仲間と登っている。山歴40年のベテランだ。それは、判断力を磨くため。(と自認している)

判断力を磨くための時間の必要性自体が、一般的に言って、理解しづらいだろう…と思う。

■ 連れて行く側に立つことで分かることも多い

私自身、実際、後輩をセカンドで連れて行ってしまうから、的確な判断力が必要だ。

もちろん、私が連れて行くところは、私自身がもっともリスクが大きい、リードクライマーとして登り、たとえセカンドが”形だけのビレイしかできなくても落ちない”と確信が持てるルートではあったんだが…、

 ”自分だったら、〇〇まで連れて行ける”という判断

が、山をよくリスク分解しよう、という姿勢がないと、だんだんと緩くなってしまう。

その1事例として、私の最初のパートナーは、三つ峠3ピッチで半日かかっているのに、北岳バットレス四尾根13ピッチに挑戦したがっていて、ついぞ、私は説得できなかった…。

3ピッチ半日の人が13ピッチに挑んだら、ビバークになるのは、必然と、私には自明のことに思えるが、彼には自明には思えない、というギャップをいかに埋めることができたのか?については、いまだにどうしたらよかったのか?分からない。

■ 未来予測力

未来予測力、”その次どうなるか?”というようなことは、本当に個人の差が大きいのではないかと思う。

私は悲観主義で、最悪を考える。ので、山では救われている。

が、この姿勢にも、欠点がある。

・リスクを取りたがらない
・大きな山を計画しない

ということで、大きな山をやるという、山ヤ的な敬意はもらっていない。私とでは、山が楽しめない人もいると思う。

でも、”スゲー!”みたいな敬意は、私自身が求めていない。

あくまで、自分の心と体に正直なルート選択、にしている。

つまり、行って楽しいルート。

恐怖が先立つルートには行っていない。自分のスキルにあっているか?ということは、よく見極めてから行っている。

山には順番がある。順番を端折ることはしないようにしている。

■ ジリジリ近づく

私は、アルパインの本質、リスクに近づいて行くという行為に対しては、慎重論を取っている。

端的な例は、明神主稜。 

第一に心掛けたのは安全マージンの大きさ。パートナーと行ったが、そもそも単独でも行ける、というくらいの安全マージンが大きいルート選択だ。登攀は2Pのみで、初心者向きのルートだ。

次に、事故が起こった時の対策。一緒に行く人は、レスキューの講習を一緒に受けて、互いにどんなスキルがあるかという共通認識ある人だった。

3つめは、技術や意識のすり合わせ。三つ峠で登攀のすり合わせをした。

ゲレンデを共有してから、ルートという方法論を学んだのは、最初の師匠のs木さんから。いきなりルートに行ったりしない。

レスキューのすり合わせをしない人ともルートに行かない。だから、アルパインスキルゼロの後輩が、偶然できてしまったときは、私は、全部、知っていることを洗いざらい教えた。それは彼を連れて行きたい!という気持ちが、ほんのちょっとでもあるなら、先輩の義務と化す。

■ 義務

「後輩に知っていることをすべて教えるのは義務だよ」

そう国際ガイドの新保さんが教えてくれた。新保さん、元気かな?

新保さんは国際ガイドというくらいだから、色々な技術を持っているのだが、それを私にもシェアしてくれた。(中には使わない技術もある。伸縮可能なセルフの取り方、パーゼルなど、アメリカのガイドの仲間うちでは、デファクトスタンダードな技術だそうだが、私にとっては、目新しく、したがって私の仲間にとっても不安をもたらすと思うので、使っていない)

山の技術は日進月歩で、色々と、より安全、よりベターな方法、模索されている。

私の現在の師匠は、山歴40年だが、いまだに新しい確保器を購入していた。「〇〇使いやすいよね」

そういう姿を見て、確保器を持っていなかった自称山屋の先輩がニセモノだったことがわかる(笑)。

かつて、私が確保器を購入しようとして、選択に悩んでいたら、「確保器なんて買う必要ないよ」と私に諭した先輩…は、ムンターで確保派だったのだ。つまり、彼は今の時代のフリークライミングへ進化することを拒んだ古い山ヤだった。

ムンターで確保できるような場所は、3級や4級の易しい岩場だ。その確保スタイルでは、バンバン落ちる現代のフリークライミングの登り方では、確保が効率的でない。だから、先輩はフリーはやっていないって意味だ。彼の山が止まったのは、相当昔だと推測できる。

ということは、たぶん、今では、私の方が登攀力があるに違いない…と推測できる。クラックのハンドジャムなども見せてくれたが、私はもうクラックも10Aくらいなら、フォローでなら登れるので、私の方が追い越してしまったかもしれない(汗)。

■ 危なげなくない方法論…支点

今私が出かけていくのは、フリークライミングのマルチピッチだが、それは第一に支点が整備されているため。第二に下界から近いため。

この2点が安全性の面で、山岳地帯での登攀より、私のような高齢でスタートし、体力予備の少ないクライマーに向いていると考えている。

実際、墜落してグランドし頭を切った経験があるが、救急車が登山口まで入れたし、背負い搬送してもらったが、30分程度の下山だった。

これが前穂北尾根だと、6時間ですぞ? 生きている者も死んでしまいかねない。

■ 必要な技術

私なりに、何が危険か?を考えた結果、支点が整備された岩場で、自分の登攀スキルをアップして登るほうが、支点がない、易しい岩場…つまりアルパインルート…を登るよりも安全だと判断した。

そうなると、色々と身に着けるべきスキルが違う…という話になってくる。

第一に日ごろの練習で落ちるのは日常だから、確保技術は、絶対条件だ。

岩場では、人工壁ほど落ちないが、岩場における自己脱出や宙吊り登り返し、ライジングなどのレスキュー技術は、身近な存在だ。実際、岩場での墜落も何度か止めている。

私の経験では、レスキューに習熟するようになってくると、岩場でのリラックス感が増える。岩場があまり怖くなくなる。

何が危険で何が危険でないか?の理解には、日常感覚以上の、理性による感性の塗り替えが要る。

例えば、事例としては、初めてビレイした時、私がハンギングビレイしていたら、パートナー候補者のサードの人が「〇〇さん(私のこと)、勇気ありますね!」と言った。

セカンドの支点は、パーティ全体のアンカーだから、まったくハンギングビレイは、危険がない。もし危険なら、支点が信用できないと言うことだからだ。

しかし、彼女はそれを危ない、勇気がある行為だと考えているわけだ。

その言葉で、その人が岩場では何が安全で何が危険なのかについて理解がまだ及んでいない、と言うことが分かる。

■ 行かない方が安全の事例

ので、その人とは、ロープが出る山には行かない。

しかし、発言した当人は、たぶん、自分のことを非常に臆病で安全派だと思っているはずだ…。

まさか、自分が危険な人、と判断されて、いっしょに登攀に行くには、もうちょっと理解が必要だなー、などと、思われているとは、夢にも思っていないだろう。

が、一緒に行かないのが、最も安全のために大事だと思う。

■ 恵まれた境遇

私は、やはり、今現在、とても恵まれていて、インスボンに行くことになったのは、パートナーがインスボン27回目の人だからだ。

本当は、師匠には、2名で弟子入りしたい。もう一人いれば、師匠から、教わった技術を二人で習熟して行くと言うことができるからだ。

しかし、残念ながら、私が連れてきた候補は、忙しかったみたいで、ビレイを習得してこなかったから、そのまま岩に連れて行きつづけることはできない。

そもそも、ビレイが未習得の人は、岩場にさえ行ってはダメなのだ。

セカンドの資格すらない、ということなのだから。

だから、彼が増長?(というと言葉がキツイかな?)してしまったのは、私がパートナー欲しさに、彼を色々と私だけで行ける岩場に連れて回ったせいである…。彼と居るときはもちろん、自分が絶対に墜ちない課題しか登っていなかったが。

彼には、自分が登らなくても歩いてトップロープが張れる岩場で、5.10Aくらいと手ごろの岩場も紹介したし、アイスでもリードしなくても、トップロープが張れるゲレンデを教えた。必要なギアが何かも教えた。

リードフォローも、懸垂下降も、私の目で見て、安全だ、確実に彼は覚えている、と分かるまで、教えたし、レスキュー講習に関しては、私が都岳連に行った時には、14000円+東京までの交通費がかかったような内容を、たったの5千円で教えた。これは、もちろん、恩着せがましく言うために、言うのではなくて、彼には、誰か自分のセカンドを作るだけのスキルがすでにある、と私は言いたいわけなのだ。

つまり、彼はもう、自分でがんばれば、彼はもう誰かを、岩場にも、アイスにも、自分たちだけの力で行ける。

なのに、そうしない、行かないのは? つまり、問題にしているのはそこだ。

■ ヘタレ

そういう彼の態度は、私の個人的な定義上の、ヘタレである。

自信がないことはやらない。なら、一生、自信はつかない。

これ以上は、具体的に何がどう自信がないのか本人しか確かめようがない。

私は、正直言って、岩場では怖がりで落ちるのを異様に怖がっている。そのくせ一回落ちてしまえば、「そんなにすぐに登り始めちゃいけないよ」と言われるくらい、闘志が湧いてきて、あっという間に登り切ってしまうし、グランドして頭を塗った翌日は、なんとボルダ―に登りに行ってしまった… ボルダ―なんてロープがない分、落ちると思っている人には余計怖いんじゃないか?なクライミングなんだが…

そういう行為の背景にある心と言うのは、ここで負けちゃいけない、みたいな、気持である。

ちょっとした逆境だからだ。逆境に負けてはいけない、と思う。

ここで負けたらヘタレになる、と自分で自分に思ってしまう。

で、私が言いたいのは、私にとって、あくまで私にとってと言う意味だが、ヘタレというのは、後輩の大学院生君のような態度のことを言う、ということだ。

■ 不良債権

彼には、リスクに対する保険も与えたし、知識も技術も、ほぼコストゼロで与えてある。

登攀力に自信がないなら、ジムに通えばいいだけだし、むしろ、トップロープを歩いて晴れる岩場を教えてあるから、そこで練習ができる。トップロープなら安全だ。

でも、誰を連れて行くことをしない。山岳会を紹介することや、いっしょに例会に行くことまでしたが、セカンドを得ようとする努力をしなかった。

もちろん、人を連れて行くことには責任が生じるが、そういう責任をきちんと背負うという人でないと、これ以上山を教えても、万年セカンドになるんじゃないか?

ちなみに、であるが、私は三つ峠は2度目からリードしてセカンドを連れて行っている。それを無謀と言う人もいる。が、自分がトップロープで登れたなら、リードでも登れるだろうし、何のためにロープワークを教わったんだ?

そこで会った講習生ら、おじさんたち…が、「2度目からリードなんてスゴイね~」と私に言うので、「おじさんたちだって今登っているんだから、登れる」と言うと、「リードはヤダ!」と言っていた…彼らはじゃあ、何のために講習を受けているのだろうか?

自信がない…というのは、私には言い訳に見える。

もちろん、自信がないと意見に賛同する人がいてもいい。誰にとってもセカンドは必要だし…。

ただ、自立して行く気がない…というクライマーってどうなんでしょう?

タダで技術を伝達する価値がある人材だったのだろうか?

それは私がケチだから、ではなくて、万年セカンドという人たちは、山の伝統の断絶者であって、継続者ではない。それは明白だ。

知っている会で、沢歴8年の女性がいたが、どこでも登れるのに、ザイルの出し方もレスキューも知らない。敢えて勉強しないという作戦を取っているのだ。責任回避のために。ついて行く限定の人だった。

私が躊躇するところもノーザイルで抜けていた。

慣れているから、というのもあるが、ノーザイルなのは、ザイルを出すスキルがないからだ。

それは、パーティ全体の安全対策と言う意味で万全なのだろうか?

もちろん、人には向き不向きがあるから、リーダーばかりがいても困るし、私はリードクライマー向きでないから、セカンドになることも多い。でも、自分がリードできる課題はリードできるし、する。ロープワークも知っている。リードの方が楽しい。

パーティ全体の安全を考えるとロープワークが分かっている人は多ければ多いほど良い。

なので、万年セカンドでいたい!と言う意識の人は、慎重に避けている。

それは、言葉に出して言わないけれども、大体、先輩格の人は皆同じようだ。

つまり、私ばかりが色々と連れて行ってもらって悪いな~とは思うけれど、そういう境遇もまた、私自身が自分の行動で稼いできたということも事実なのだ。

こうした理解が、私の自尊心についてどういう影響を与えているか?というと、もちろん、自己肯定である。

なので、私自身は自信が大きい人間である、と言うことに一定の納得感がある。そりゃそうだ、と思う、って意味で。

私自身が、山の世界にどう貢献し返すか、と言う点は、日ごろよく考えることだが、私自身のこのような考え方を文字列にして表現する、ということも、山で祝福されたことに対する恩返しの一環と思っている。

Tuesday, September 12, 2017

確保実験棟

 ■ 師匠の家

長野に久しぶりに止めてもらったら

師匠の家が大変なことになっていた(笑)

「なにこれ~?」

「確保実験棟」

去年レスキュー講習してもらったんですが、
 今年はさらにどこへも出かけずできるようにパワーアップしてた…










Monday, September 11, 2017

ATCでグリップビレイ?

■ グリップビレイって過去の遺物?

私は色々な本を合わせて読んで、耳年増。で、グリップビレイというのは、過去の遺物…と思っていました…が、結構アルパインでは現役な技、ということを理解。意外に使えるもんだね~!と開眼。技術はケースバイケースで使えてこそ、なのです。

しかし!! フリーでこの技はいいのでしょうか?! 良く分からない…。

ーーーーーー師匠の言葉ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
グリップビレィは確保器具を使わず、流して止める必要性がある場合に使用します。
その場合、素手では怪我します。軍手なら2枚必要、Aちゃん(私のこと)なら、両手でグリップして墜落率0.2までが限界だと思いますよ。
だから通常グリップビレィでは駄目だという事です。
でもグリップビレィは支点が不確定な場合やビレィヤーの支点が無い冬山では行う事がありますね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

■ 持ち替え

正確にはグリップビレイそのものではなくて、ATCを使っているのにグリップビレイを一瞬使って、制動手の持ち替えをする、ということです。

これが、ダメって書いてある、山岸さんの本からの画像。



■ 大前提として

私が思うには、大前提として、

  ATCは、制動手側のロープの屈曲で制動力を得ている

という理解が、ビレイヤーのみんなにないのが問題なのではないか?と…

グリップビレイの制動理論は、出るロープと戻るロープが同じ力で引かれたら、力は±ゼロになるじゃん、というものです。つまり、摩擦の相殺で、ロープの流れを止めます。

一方、ATCは、屈曲で制動しています。ミソ、肝心要は、屈曲。

その屈曲がなくなってしまうようなビレイスタイルって…そもそも疑問なんですが…

■ どこかで教えているらしい?

ちょっと、不思議なのは、これは、私より年下の若いクライマーさんが、クライミングインストラクターとして、他の人に教えている、持ち替えスタイルだということです…

私より年下の人の技術だから、技術としては新しいはず?…でもなく、でも、私は業界歴まだ4年、その方は17年だそうなので、古い技術なのかなぁ???

古い山の人にとっては、人工壁でバンバン落ちる人をバンバン止めてビレイをマスターするっていうビレイマスターの方法論も、結構、受け入れるのに抵抗があるマスター手法みたいですが…一般に。

制動手は死んでも離してはいけない、と私は教わりましたが…

みんな上の手の方が制動をコントロールしていると考えているようで、初心者さんに確保させると、上の手は必死に持っていますが、下の制動する手がお留守になることが多いです(><)。

■ 様子を見ると理解が分かる

昨日ビレイヤーの自己脱出をしたのですが、荷重を移すまでは、制動する手を離せない。その時、どこを持っているか?というと、ビレイ器の屈曲のところです。そこを押さえていると、制動が効いて楽です。そういうしぐさでも、理解が分かります。

私は私より、うんと重いパートナーの不意落ちを何度か止めていますが、その時は完全にハーネスに座ります。

その場合、両手とも下で何の問題もありません。